No.0658 オカルト・陰謀 『幻獣ムベンベを追え』 高野秀行著(集英社文庫)

2012.08.25

『幻獣ムベンベを追え』高野秀行著(集英社文庫)を読みました。

アフリカ大陸・コンゴの奥地には、太古の昔より謎の怪獣モケーレ・ムベンベが生息するといわれています。そのムベンベ発見に挑む、早稲田大学探検部11名の密林サバイバル78日間を記録したノンフィクションです。

謎の怪獣を追う痛快ノンフィクション

本書は、もともと1989年に『幻の怪獣・ムベンベを追え』(早稲田大学探検部)としてPHP研究所より刊行されました。1966年生まれの著者は早稲田大学第一文学部卒業なので、わたしの大学の後輩に当たります。ちょうど、わたしの家内とは学部の同級生になりますね。著者を含むワセダ探検部のメンバーはアフリカの奥地に怪獣を探しに出掛けたわけですが、こんな凄い連中が同級生だったとは、家内も驚くでしょう。
卒業後、著者はノンフィクションライターとなりました。本人の公式サイトによれば、「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをして、それを面白おかしく書く。 をモットーに執筆活動をつづける辺境作家」だそうです。そして「辺境作家」の他にも、著者には「UMA(未確認生物)研究家」という肩書きがあります。

本書の「目次」は、以下のようになっています。

「プロローグ」
第一章:コンゴ到着
第二章:テレ湖へ
第三章:ムベンベを追え
第四章:食糧危機
第五章:ラスト・チャレンジ
第六章:帰還
「エピローグ」
「あとがき」
早稲田大学探検部コンゴ・ドラゴン・プロジェクト・メンバー一覧
文庫版あとがき
SPECIAL THANKS
解説(宮部みゆき)

まず、本書の主役ともいえる「ムベンベ」とは何か。「プロローグ」で、著者は次のように書いています。

「怪獣の名は、通称コンゴ・ドラゴン、本名モケーレ・ムベンベ(これは現地語で”水の流れをせきとめるもの”の意味だそうだ)、年齢不詳、おそらく太古の昔より棲息していると思われる。現地の人々は古くからその存在を信じており、一種の魔物として恐れているという。この怪獣はコンゴのこのテレ湖以外でも広く見られており、ヨーロッパの文献にも早い時期から登場している。18世紀後半、フランスのキリスト教伝道団が、90cmもある大型動物の足跡を発見したのをはじめ、『茶色がかった灰色の長くしなやかな首をした動物を見た』(1913年)、『巨大な蛇がカバを殺したあと、首を伸ばして岸辺の草を食べていた』(1930年)など、多数の目撃報告がある。
それらの証言を総合すると、長い首、太い胴、ゾウのような四肢、体長10~15m・・・・・どうもネス湖のネッシーのような恐竜像が浮かび上がってくるではないか。しかも、このコンゴのジャングルは、世界で最も氷河期の影響が少なかった地域だという」

世界一有名なUMAであるネッシーが登場しましたが、第四章「食糧危機」で著者はネッシーについて次のように書いています。

「ネス湖のネッシーもソナーによる徹底的な調査で否定的な結果が出て以来、実在論者は『ネス湖は海にトンネルで通じておりネッシーがそこを往来している』という説を前面に押し出しているらしい。調査のときはたまたまどこかに出かけていて留守だったということか。私はネッシーについては研究していないのでよく知らないが、自分ならソナー調査の結果をまず疑うだろう。あんなに広い湖なのだ。それほど厳密な調査ができるわけがない。”徹底的な”とは主催者側の発表でそれをうのみにすること自体が危険である。生物が潜んでいそうな湖底の岩陰、小さい穴など意外にとらえられていないんじゃないか。また、調査を行った人間が、ネッシーについてあらかじめどのような意見を抱いているかも問題だ。断言してもいいがおそらく正体不明の影も結構映っていたことだろう。否定論者なら、どんなえらい学者でもろくに確かめもしないで『あー、そんなの水草、水草』なんてことにすぐなってしまいそうな気がする。ま、われわれくらいは、自分の見たもの、自分の足で確かめたことだけを信じていきたいものだ」

また、本書の「あとがき」に著者は次のように書いています。

「何事にも『理由』があると思う。たとえば、ネッシーは今まで何百人もの人々によって目撃されているという。『そんなのいるわけないよ』というのは簡単だが、『いるわけない』のなら、なぜそのような現象が起きるのだろうか。
もし、特定の場所で何百人もの人々が声をそろえてウソをついているとすれば、それは古代の一生物が生き残っているのと同じくらい珍しい事であると言わねばならない」

と、このように著者のムベンベ発見にかける姿勢は真剣そのもので、シャレなどではありません。完全なガチンコ探検だったのです。

「幻獣とは何か」の仮説を立てました

「幻獣」といえば、わたしは2010年2月に『世界の幻獣エンサイクロぺディア』(講談社)という監修書を出版しました。表紙を憧れの永井豪先生に描いていただいた一冊ですが、そこでわたしは「幻獣とは何か」について考察しました。そして、幻獣の正体について、わたしは4つの仮説を立てました。

第1の仮説は、幻獣とは人間の想像力が生み出した存在であるということ。
第2の仮説は、幻獣とは未発見の実在する生き物であるということ。
第3の仮説は、幻獣はこの世界ではなく異界において実在するということ。
そして第4の仮説は、幻獣とは人間の無意識の願望が生み出したというものでした。

これは、第1の想像力仮説とは違います。想像力はあくまで意識的なものですが、これは無意識のうちに幻獣を生み出すという人間の心のメカ二ズムに根ざしています。

現代において最大の幻獣といえば、やはりネス湖のネッシーが思い浮かびます。
ナショナル・ジオグラフィックの制作する「サイエンス・ワールド」という番組でネッシーが取り上げられたことがあります。わたしは、市販されているそのDVDを観たことがあるのですが、非常にショックを受け、深く考えさせられました。1933年に初めて写真撮影されてから、多くの目撃証言が寄せられ、写真や映像が公開されてきたネッシー。最初の写真はトリックだったと明らかになり、その他の写真や映像もほとんどは、流木の誤認をはじめ、ボートの航跡、動物や魚の波跡などであったといいます。
その正体についても、巨大ウナギやバルチックチョウザメ、あるいは無脊椎軟体生物などの仮説が生まれました。今のところ、どの説も決定打とはなっていません。
しかし、そんなことよりも、わたしは番組内で行なわれた1つの実験に目が釘付けになりました。それは、ネス湖に棒切れを1本放り込んで、湖に漂わせておくのです。それから、ネス湖を訪れた観光客たちにそれを遠くから見せるのです。その結果は、驚くべきことに、じつに多くの人々が棒を指さして「ネッシーだ!」と興奮して叫んだのでした。

わざわざネス湖にやって来るぐらいですから、ネッシーを見たいと願っていた人々も、その実在を信じていた人々も多かったでしょう。そして、現実の結果として、彼らの目には棒切れが怪獣の頭に映ったのです。人間とは、見たいもの、あるいは自分が信じるものを見てしまう生きものなのです。幻獣も興味深いですが、それを見てしまう人間のほうがずっと面白いと思いました。
ネッシーを見たのと同じメカ二ズムで、かつてドラゴンや人魚や河童や天狗を見てしまった人間は多いはずです。いや、幻獣だけではありません。神や聖人や奇跡など、すべての信仰の対象について当てはまることではないでしょうか。

きっと、人間の心は退屈で無味乾燥な世界には耐えられないのでしょう。そんな乾いた世界に潤いを与えるために、幻獣を必要とするのではないでしょうか。
いま、ファンタジー、アニメ、ゲームなどで昔ながらの幻獣が大量に復活し、大活躍しています。きっと、これも現実の世界が乾いていて、つまらないせいでしょう。人間が生きていく上には幻獣の存在が欠かせないようです。
そう、幻獣が世界を豊かにするのですね。そして、本書の著者などはまさに「退屈で無味乾燥な世界には耐えられない」心を持った人なのだと思います。
いわば、少年のような心を持った大人だと言ってもよいでしょう。わたしにもそういう部分があると自覚しているのですが、大学の後輩である著者にはとてもかないません。

本書を読めばわかりますが、大変な苦労をして準備し、費用を捻出し、実際にアフリカの奥地にまで怪獣を求めて探検に行くわけです。現地では、ゴリラ、チンパンジー、カワウソ、トカゲ、ワニまで食べます。メンバーの中にはマラリアにかかって生死を彷徨う者も出ます。そこまでして怪獣発見に情熱を燃やす姿は、「バカじゃないか」という思いを通り越して、「これは凄いわ!」という感動さえ呼び起こします。わたしには、とてもここまで出来ません。この素晴らしい後輩たちは、ある意味でもっとも「ワセダらしい」連中ではないかと思いました。

わたしは、子どもの頃に放映されていた水曜スペシャルの「川口浩探検隊」シリーズが大好きでした。わたしより少し下の世代である探検部の彼らも、きっとこの番組を観て、影響を受けた部分が大きかったのではないかと思います。
それにしても、「怪獣を探しに行く」という発想をし、実際に行動してしまう人が本当にいるのですね。わたしは、かつて、若き日の石原慎太郎都知事がネッシーを探しにネス湖の探検隊に参加したことを思い出しました。
いやあ、「怪獣探し」に勝る男のロマンがあるでしょうか?
わたしは、かつての石原知事や本書の著者を心から羨ましく思います。

IT化が進行し、グーグルマップやストリートビューで全て明らかにされていく世界は、どんどんロマンが失われていく世界でもあります。こんな世界において、辺境を旅し、未知の生物を求め続ける著者の生き方は注目すべきだと思います。

これからも、著者のロマン溢れるノンフィクションを読んでみたいです。

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