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No.0797 プロレス・格闘技・武道 | 評伝・自伝 『新日本プロレス12人の怪人』 門馬忠雄著(文春新書)
2013.09.20
『新日本プロレス12人の怪人』門馬忠雄著(文春新書)を読みました。
著者は昭和13年福島県出身で、元東京スポーツ新聞社の記者でした。『名勝負数え唄』という本をアマゾンで購入した際に本書の存在を知りました。『名勝負数え唄』はプロレスをテーマにした新書ということで新鮮でしたが、本書はなんと名門の文春新書から刊行されています。正直言って、驚きました。どうやら、新日本プロレスの40周年記念出版のようですね。その証拠に本書の帯には「新日本プロレス40周年記念」と記され、アントニオ猪木、初代タイガーマスク、アンドレ・ザ・ジャイアントの勇姿とともに「猪木、藤原、タイガーマスク、アンドレ、シン・・・・・現場取材50年の著者だから書けた最強の『怪物列伝』」と書かれています。
帯には、猪木、タイガー、アンドレの勇姿が・・・・・
本書の目次構成は、以下のようになっています。
「プロローグ」
第1章 アントニオ猪木 プロレスの妖怪
第2章 山本小鉄 道場と酒を愛した鬼軍曹
第3章 長州力 「猪木超え」を果たした反骨心
第4章 前田日明 3人の鬼が産んだ格闘王
第5章 藤原喜明 ガンになっても戦う関節技の鬼
第6章 タイガーマスク 二度と現れない天才
第7章 キラー・カーン 米国マット界を席捲した大型ヒール
第8章 アンドレ・ザ・ジャイアント ド迫力の人間山脈
第9章 タイガー・ジェット・シン 悪を商売にしたインドの狂虎
第10章 マクガイヤー兄弟 600キロ超の巨大な双子
第11章 橋本真也 太く短く生きた破壊王
第12章 棚橋弘至 ビジュアルな異能派レスラー
「参考文献」
「プロローグ」で、著者は次のように書いています。
「猛将猪木の下に弱卒なし。軽量級に新風を吹き込んだドラゴン藤波、初代タイガーマスク、関節技の鬼・藤原喜明、ライバル藤波に噛みつき過激なプロレスをひた走った長州力、従来のプロレスを否定した格闘王・前田日明、破壊王の異名で一世を風靡した橋本真也、瀕死の新日本を救ったビジュアルなV11王者棚橋弘至など、いずれ劣らぬ臭みと毒素を放つ個性派たちだ。本書は記憶に焼きつく異端、異才『新日本の12傑』をクローズアップし、筆者の『取材ノート40年』を通したプロレス紳士録に仕上げたつもりである」
興味深いことに、著者は新日本プロレスの2代目社長の坂口征二、3代目社長の藤波辰爾を本書で取り上げていません。それぞれ、プロレスラーとしても功績が大きいにも関わらず、です。著者は「2人に共通するのは、人間に臭みがなく、新日本の匂いがしない点だ。本書のタイトルにはそぐわない誠実、常識の人である」と落選の理由を述べています。坂口、藤波以外にも、ストロング小林、木戸修、木村健吾、ジョージ高野、高野俊二、高田延彦、船木誠勝、鈴木みのる、獣神サンダーライガー、外国人選手ではスタン・ハンセン、ハルク・ホーガン、ディック・マードックなどが人選から漏れていますが、個人的にハンセンとマードックはぜひ取り上げて欲しかったです。
ところで本書の内容ですが、著者が元東スポの記者なのは知っていますが、その東スポから切り抜いてきた記事を集めたような観があり、ちょっと残念でした。長年プロレス・ファンを続けてきた、それゆえに「東京スポーツ」も「週刊ゴング」も「週刊プロレス」も「週刊ファイト」も欠かさず読んできたわたしにとって、新しい情報はほとんど書かれていなかったのです。
プロレスにさほど詳しくない人向けに書いたのかどうかは知りませんが、せっかくの文春新書、もう少し彫り下げてディープに書いたほうが良かったのでは?
これぐらいの内容なら、ターザン山本氏かGK・金沢克彦氏にでも書かせたほうがもっと面白い本になったと思います。
大好きなアンドレ・ザ・ジャイアントの章は興味深く読みました。85年の新日本は選手の大量離脱によって苦境にあり、苦肉の策として「マシン軍団」というマスクマン集団を登場させました。そのとき、新日本はなんとアンドレにマスクを被せて、ひと目で正体がわかる大男ジャイアント・マシーンを登場させたのです。当時わたしも大いに違和感をおぼえましたが、著者も同様で、この愚行がアンドレの全日本プロレス移籍につながったと見ています。
著者は、次のように述べています。
「”超獣”ブロディの移籍に絡む全日本との外国人選手の引き抜きなどの問題があった新日本の動乱期だったが、長州らの維新軍、前田らのUWF組が離脱し、なぜアンドレに覆面を被らせる必要があったのか、理解に苦しむ。アフロヘアを振り乱し素顔で暴れてこその大巨人なのに、新日本はアンドレの価値をわかっていない、これほど失望感を抱いたことはなかった。世界一の売れっ子である。『なんで、俺がマスクを被らなければならないのか?』と、アンドレはプロレスラーとしてのプライドをいたく傷つけられたに相違ない。そこで発生するのが86年4月29日、津大会での前田日明とのトラブル(試合放棄事件)だった」
当時のアンドレは相当のストレスを溜めていたとされていますが、ストレスが溜まれば酒量が増えます。本書には、移動バスにワイン1ケースを持ち込んですべて飲み干したなど、アンドレの凄まじい飲酒エピソードも紹介されています。健康のためにワインを飲む前は、ビールを何ケースも飲んでいたそうです。
それだけ飲めばトイレも近くなるわけですが、アンドレはバスでの移動中に尿意を催すと「バスを停めろ」と言って、自分でドアを開けてステップのところで小便したそうです。それが赤信号で隣に停まっていた車にひっかかると思ったら、車の屋根を飛び越えていき、一同仰天したそうです。
著者は、「小」だけでなく「大」のエピソードも次のように述べています。
「アンドレの最大の悩みはトイレであったと思う。”大”の方も、食べれば排泄する。体の割りには食わなかったが、それでも半端な量ではない」
女性がよく使うコーラックというピンク色の下剤があります。女性の便秘のひどい人でも1錠か2錠使うのが普通ですが、アンドレは1箱全部飲んでしまい、帰国の際には飛行機に乗る前に空港で全部出していったといいます。これで体に良いはずがありません。
著者は、続けて次のように述べています。
「巨体が武器となった大型レスラーの悩みは例外なくトイレ、排泄だった。バスルームで浴槽の縁につかまって用を足したであろう怪物は、アンドレのほかに、マクガイヤー兄弟、WWFのキングコング・バンディ、ビッグ・ジョン・スタッド(203センチ、145キロ)、グレート・コキーナ=ヨコズナ(193センチ、210キロ)、それにハルク・ホーガンの面々であったと思う」
大型の怪物レスラーといえば、本書には次のエピソードも紹介されています。
「77年11月、テキサスでマクガイヤー兄弟とアンドレ・ザ・ジャイアント、ヘイスタック・カルホーン組が対戦。615キロvs.515キロ(ジャイアント組)合わせて1130キロという20世紀最重量のタッグマッチが実現した」
会場は3万人の大観衆を呑み込み、マクガイヤー兄弟はアンドレを潰しにかかりましたが、5分もかからないうちにリングが壊れて試合中止になったとか。
アンドレの話に戻しますが、晩年の彼は、自分が長生きできないと悟っていたそうです。国際プロレスの若手時代からアンドレをよく知っていて、全日本でも世話をしたマイティ井上氏は次のように述べました。
「亡くなる3、4年前から『俺は人生を最高に楽しんだから、いつ死んでもいい』って言ってたんですよ。『オイ、おまえ、馬鹿なこと言うんじゃない』と言ったんです。まだ40歳を過ぎたくらいなのに、いつも『俺はジャイアントだから、普通の人とは違う』って言ってたね」
そのアンドレは、45歳の若さでパリで亡くなりました。大巨人に生まれたがゆえに、つねに好奇の目にさらされ、トイレをはじめとした諸問題にも悩んだであろう彼の人生を思うと少し悲しくなりますが、誰がなんと言おうが、アンドレ・ザ・ジャイアントは世界最強のプロレスラーでした。本当は、本書で猪木、長州、藤原、佐山、前田、高田、船木、橋本、小川、藤田といった新日本における「強さ」の系譜をもっと読みたかったのですが、読了後、わたしの心の中には大巨人アンドレの勇姿のみがありました。