- 書庫A
- 書庫B
- 書庫C
- 書庫D
2017.01.27
『SMAPと平成ニッポン』太田省一著(光文社新書)を読みました。
「不安の時代のエンターテインメント」というサブタイトルがついています。
著者は1960年生まれ。社会学者、文筆家。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビと戦後日本の関係が研究および著述のメインテーマ。それを踏まえ、現在はテレビ番組の歴史、お笑い、アイドル、ネット動画などメディアと文化に関わる諸事象について執筆活動を続けています。著書に『芸人最強社会ニッポン』(朝日新書)、『中居正広という生き方』(青弓社)、 『紅白歌合戦と日本人』(筑摩書房)などがあります。
本書の帯
本書の帯には五色のSMAPカラーを背景に「バブル崩壊、度重なる天災、居場所の欠如―ぜんぶ、5人とのりこえた! 平成史は、SMAP史である。」と書かれています。カバー前そでには、以下の内容紹介があります。
「四半世紀にわたり、誰からも愛されながら活動を続ける国民的グループ・SMAP。華々しいスポットライトを浴び続け、パイオニアとしてアイドルの道を開き・・・・・・というように、一見順風満帆に見えた彼らにも、実は多くの人が知らない、ファンとの長い苦難の歴史の共有がある。同時に、彼らが活動した平成という時代は、日本そのもの、そして私たちの暮らしが先行きの見えない不安にさらされた時代でもあった。こうした時代に、SMAPひいてはアイドルは、社会とどのように関わったのか? そして社会の側はSMAP、アイドルをどう受け入れたのか? 2016年、今一番読むべきアイドル、エンターテインメント論!」
本書の「目次」は以下のような構成になっています。
序章 『世界に一つだけの花』を求め続ける私たち
第1章 SMAPのどこが新しかったのか
(1)苦難の歴史とその背景
(2)バラエティでのパイオニア的成功へ
(3)アイドルを総合エンターテインメントにした
第2章 平成ニッポンがSMAPを求めた
(1)不安の時代のなかで
(2)「団塊ジュニア」とSMAP
(3)SMAPという理想のコミュニティ
第3章 アイドルと社会の関係を変えたSMAP
(1)アイドルは人生のパートナーになった
(2)アイドルが担う社会的役割
(3)生活のなかのエンターテインメント
終章 平成ニッポンとエンターテインメントの行方
「あとがき」
序章「『世界に一つだけの花』を求め続ける私たち」では、著者は「『存続』から突然の『解散発表』」として、以下のように述べています。
「SMAPは、改めて述べるまでもないほど、芸能史上まれにみる成功を収めたグループである。それは、さまざまな数字上の記録でも確かめることができる。デビューシングルから現在まで55作連続トップ10入りは歴代1位で、シングル総売り上げは2000万枚、アルバム総売り上げは1000万枚を突破。また2002年に行われたツアー『SMAP’02”Drink!SMAP!Tour”』の観客動員数115万人は、日本のアーティストとしては史上最多である。さらに2005年には国立競技場で単独公演としては初のコンサートもあった」
「紅白」でのグループ歌手として初のトリも忘れてはなりません。
第1章「SMAPのどこが新しかったのか」の(1)「苦難の歴史とその背景」では、著者は「『デビュー曲で1位』が取れなかった理由」を述べます。
「SMAPのデビューしたタイミングは、ちょうどヒット曲が生まれる仕組みががらっと変わった時期に重なっていた。その端的な表れが、各テレビ局の看板音楽番組の相次ぐ終了である。まず『ザ・ベストテン』(TBSテレビ系)が1989年9月で幕を閉じた。次いで『歌のトップテン』(日本テレビ系)が1990年3月に、そして『夜のヒットスタジオSUPER』(フジテレビ系)が同じく10月に終了となった。これらは、生放送で毎週多くの歌手が登場し、歌を披露するという伝統的スタイルの音楽番組だった。番組名の変更などはあったものの、いずれも1970年代から1980年代にかけてゴールデンタイムに放送され、当時の日本人が最新の流行歌を知る貴重な窓口になっていた」
続けて、著者は以下のように述べています。
「たとえば、当時は五木ひろし、森進一、布施明、沢田研二が『業界四天王』などと呼ばれて中心的存在であり、その上北島三郎のような大御所歌手がいた。そうした歌手は、演歌、ポップス、ロックとジャンルはばらばらだったが、いま挙げたような音楽番組に頻繁に登場し、自らの新曲を歌った。視聴者はそれを聞いて気に入れば、レコード店でレコードやCDを買う。つまり音楽番組は、流行歌の最大の発信源、プロモーションの場であり、それなしには曲のヒットは覚束なかった」
第2章「平成ニッポンがSMAPを求めた」の(3)「SMAPという理想のコミュニティ」では、著書は「個人と集団の理想のかたち」として、「『世界に一つだけの花』が草彅主演の『僕の生きる道』の主題歌であったことは、二重の意味で象徴的なことだったと感じられる。木村拓哉はこの曲の歌詞にSMAPというグループが『オンリーワン』であることを重ね合わせたが、一方で草彅もブレークした段階でのこの曲は、個々のメンバーそれぞれが到達した『オンリーワン』の境地を歌っているとも受け取れるからである」と述べています。
第3章「アイドルと社会の関係を変えたSMAP」の(1)「アイドルは人生のパートナーになった」では、著者は「『物語』から『日常』へ」として、以下のように述べています。
「SMAPにとって、テレビバラエティへの進出によって現在のポジションを築いた面は大きい。そしてそこが彼ら以前のアイドルとは違った強みにもなっている。ただそこには常に、物語性が希薄になる危険がある。成長物語が止まったとき、アイドルはアイドルでなくなってしまう。SMAPというグループがキャリアを重ね、もはややっていないことがないような状況になればなるほど、その矛盾を抱え込むことになる。
つまり、かつてアイドルのバラエティ挑戦自体が新しい物語になり得たように、SMAPは常に成長の余地を見つけていかなければならない。そこには、どこまでいっても終わりがない難しさがある」