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No.0400 心霊・スピリチュアル 『スピリチュアル市場の研究』 有元裕美子著(東洋経済新報社)
2011.08.01
『スピリチュアル市場の研究』有元裕美子著(東洋経済新報社)を読みました。
データで読む急拡大マーケットの真実
本書は、ビジネスの視点から「スピリチュアル」の世界に斬り込んだ本です。著者は、三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)副主任研究員で、専門は健康産業や統合医療関連分野の調査・コンサルティングだそうです。
本書の帯には「怪しい—– 。でも気になる。」とのキャッチコピーに続き、「携帯占いサイト市場約200億円、ヨガ市場約1600億円。誰も語らなかった巨大市場の真相がこの一冊で明らかになる!」と書かれています。
スピリチュアル市場に現代人はどれだけの金額を投じているのか。客観的調査に基づいた調査結果を軸に、スピリチュアル市場における有望カテゴリーや今後の市場のゆくえを探った本です。各種データも豊富で、資料として活用できる内容となっています。
本書の目次構成は、次のようになっています。
「はじめに―夢と幻想を巻き込みながら拡大するスピリチュアル・マーケット」
「本書のあらまし」
1:スピリチュアルとは?
1. 各分野で異なる「スピリチュアル」の用途
2. 意外に身近なスピリチュアリティ
3. スピリチュアル・ビジネスの誕生
2:急成長するスピリチュアル・ビジネス
1. スピリチュアル・ビジネスの定義と範囲
2. スピリチュアル・ビジネスの市場規模
3. スピリチュアル・ビジネスの実際
4. 米国スピリチュアル・マーケット
3:データに見るスピリチュアル・コンシューマー
1. 調査から見えてきた”スピリチュアル・コンシューマー”
2. スピリチュアル消費の背景と特徴
4:スピリチュアル・ビジネスのゆくえ
1. 国策として推進される統合医療
2. 変わる神社仏閣のビジネスモデル
3. 薄まって拡大するスピリチュアル産業
「おわりに―スピリチュアル・ビジネスの浸透がもたらす社会的インパクト」
「参考文献」
「はじめに」では、次のように昨今のスピリチュアル市場が俯瞰されています。
「スピリチュアルは、メディアのしかけ等をきっかけに、女性を中心とした幅広い層に受け入れられて一大ブームとなり、関連書籍をはじめ、パワーストーンなどのグッズや、ヒーリングなどのサービス業の市場が一気に顕在化した。超能力やオカルトなどかつてのマニア向け分野が、今やリラクゼーションやエンターテインメント、人生や生き方のコツとして定着しつつある」
そして、現在のスピリチュアル・ビジネスは黎明期であると分析します。
さらに著者は、「参入企業に大手は少なく個人事業者が大半で、一部のカリスマ占い師やヒーラーを除けば経営基盤は極めて脆弱だ。一方、怪情報や都市伝説まがいの情報が飛び交い、商品も玉石混淆入り乱れ、効くか効かないか明らかでないグレーゾーンであるがゆえに成長しているビジネスもある。スピリチュアルが消費者にもたらすのは、夢か依存心の助長か。人間の存在の根幹にかかるスピリチュアリティ(霊性)を扱う同ビジネスは”はまり”やすく、個人にとっても社会全体にとっても、その強い訴求力で毒とも薬ともなりうる」と述べています。
著者は、「本書のあらまし」の冒頭で、現在のスピリチュアル・ブームはコンセプト・チェンジによって生まれたと分析しています。それは、「ストイックできまじめな”精神世界”」から「優しく明るい”スピリチュアル”」へのコンセプト・チェンジでした。
“精神世界”と”スピリチュアル”という2つのコンセプトは、どう違うのか。
著者は、「”精神世界”と”スピリチュアル”が包含する範囲にはそれほど大差はない。精神世界がカタカナのスピリチュアルとなってリニューアルされたのだから当然だ。しかし、このカタカナ表記となった点が意外に重要である。精神世界は物質世界の対立概念として考えられた言葉であり、米国から入ってきたサブカルチャー(ニューエイジ)の思想を忠実に再現している。一方、スピリチュアルは最初からマーケティングありきのネーミングである」と述べています。
さらに、2つのコンセプトの違いについて、「精神世界は心霊現象や超能力、UFOといった超常現象を、スピリチュアルは風水や占星術、天使などを扱う感が強い。精神世界は、物質中心世界へのアンチテーゼであり、社会の変革が目的の一部となっているところがある一方、スピリチュアルは個人の変容を中心に焦点が当たっている。このように思い切って単純化すると、『硬派で男性的な精神世界』に対し、『優しく女性的なスピリチュアル』という、コンセプトの違いが読み取れる」と説明されています。
興味深く感じたのは、現代が「いつまでも落ち込んでいられない」効率的に癒す時代であるという著者の指摘でした。著者は、次のように述べています。
「人生にはさまざまな苦難が伴う。友達や家族との喧嘩など些細なことから、仕事上の失敗や株式投機の損失、失恋、そして、病気、失業、ペットとの死別等、自力ではいかんともしがたいことまで日々遭遇する。しかし、忙しい現代では、いつまでも落ち込んでいるわけにもいかず、素早く回復することが求められる。
その結果、『ゆっくりと根本的な回復』ではなく、たとえ表面的にでも、通常の生活が送れる程度にまで、『効率的に癒されたい』という需要が発生する。あっちでもない、こっちでもない、と解決策を模索した末、ようやく人生の変容を経験するのではなく、専門家によって構成された効果的なプログラムや、訓練を積んだプロによる高度なサービスを購入することで、短期間で”人生の正解”を手に入れる」
なんと、「こころの癒し」というジャンルに「効率」という要素が流入したもの、それこそ現在のスピリチュアル・ブームの正体であるというのです。この指摘は、非常に的を得ているのではないかと思いました。
スピリチュアル・ビジネスとは、いかなる産業なのでしょうか? 著者によれば、リラクゼーション促進や孤独解消によるメンタルヘルス改善という点では健康産業であり、相性や恋愛コンテンツのゲームで楽しむという点では娯楽産業であり、個人や企業に目標達成や経営面での助言をする点ではコーチングまたはコンサルティングとなります。このように多面的な側面を持つスピリチュアル・ビジネスの最大の魅力と強みは、目に見えないものを扱うだけに、常識を超えた解決方法が見つかるかもしれないとの期待感を抱かせる点にあります。その期待感について、著者は次のように詳しく分類しています。
「商品によって異なるものの、その期待の主な中身はというと、①努力することなく、それまでの人生をガラッとリセットしてまったく違う本来の素晴らしい自分になれるという変身願望や、②透視能力を備えた専門家の肯定的な言葉や静寂、香り等によってもたらされる深い安心感とリラックス、神秘体験、③そして、超越的な非日常の中で遭遇する”特別な自分”や”特別な人生”が与えてくれる人生や自分の存在の意味づけ、優越感等だ」
本書には、さまざまなスピリチュアル・ビジネスが具体的に紹介されています。中でも、特に面白かったのが、開運するという菓子です。竹田製菓の「タマゴボーロ」という菓子は製造過程で100万回「ありがとう」を聞かされているそうです。同社の工場では「ありがとう」と録音されたテープが24時間流されており、出荷するまでの間に約100万回聞くことになるというのです。著者は、「つまり、感謝の波動(というものが存在するという前提なら、それ)がお菓子に入っているというわけだ。しかし、同社では、なぜこのように『ありがとう』を聞かせているのか。同社のオーナー竹田和平氏は、保有する総資産が100億円と言われ、大口の個人投資家としても知られる。しかし、最近では、まごころ、無意識の心、天意を実践する『まろわ講』を提唱している。『ありがとうボーロ』は、同氏の人生哲学が色濃く反映された商品だ」と書いています。他にも、聖地のマネジメントとか、風水コンサルティングとか、チャネリングによって売上予算を決定する会社など、驚くべき話がたくさん紹介されています。
スピリチュアル消費の対象は、「ライトユーザー」と「スピリチュアル・オタク」に二極化しているそうです。そのうち市場を牽引しているのは、もちろん、「スピリチュアル・オタク」のほうです。この事実に基づいて、著者は次のように述べています。
「スピリチュアル消費の多くは、習慣的に利用する神社仏閣や、携帯電話やWEBでの占いゲームなどであり、ヒーリングやセラピー、神社仏閣での修練など、本格的にスピリチュアリティや精神性の探求に直結する消費をしている人はそれほど多くはない。しかし、1人当たりの消費は、前者は無料か月数百円程度であるのに対して、後者は1回当たり数千~数万円にのぼる。このようにスピリチュアル消費は、1人で単価の高い商品・サービスを複数個・複数回購入する人と、まったく買わないか、数百円の携帯やPC等の占いゲームの利用に留まる人に分かれる」
このように本書では、スピリチュアル・ビジネスがさまざまな角度からレポートされます。著者は、「まとめ」として以下のように述べています。
「スピリチュアル・ビジネスには、メカニズムが解明されていない、それゆえにエビデンスがないという根本的な課題があるため、現状では、業界全体の信頼性がまだ高まっておらず、企業がなかなか参入しづらい分野である。
そのため、よほどエンターテイメント的な訴求をしないと、企業やブランドのイメージが低下する恐れがある。健康効果等を打ち出す場合、表現によっては、薬事法、景表法、健康増進法等に抵触するリスクも出てくる。
一方、理論が解明されていないことを逆手にとって、過大な効果を謳って多額の報酬を要求する悪徳業者も問題となっている。その結果、消費者は『効果がわかりづらい』という不満を持ち、『効果があると思えない』と敬遠する人も多く、信頼性向上に『明朗な料金システム』等を求めている。
一方で、スピリチュアルは、用い方によっては、消費者の生活にうるおいを与え、女性層に自社商品を売り込みたい企業にとっては、売上げ拡大のための貴重なツールにもなりうる。今後研究が進み、エビデンスが構築されれば、ビジネスにおける活用が広がると考えられる」
つまるところ、「信じやすい」という人間の属性を上手に「利用する」企業が伸びるということでしょうか。まあ、それが結論だと「身も蓋もない」という感じですが・・・・・。あと、いわゆる霊感商法とどう一線を引き、どのように間違われない工夫をするかがポイントになるでしょう。これは、ヨガや占いビジネスだけでなく、わが社が取り組んでいるグリーフケア・サポートなどにも言えることだと思います。著者は、「おわりに」で次のように述べています。
「霊感商法などではなく、あくまで健全なスピリチュアル・ビジネスの場合、その本質は”直観”、そしてそれからもたらされる”安心感””高揚感”等であるはずだ。たとえば、その浸透によって、消費者の安心感が高まるとどうなるか。単純に考えると、将来への不安がニーズに結び付くビジネスは衰退すると考えられる。また、人間関係や自分の人生への心配からくるストレスが軽減されれば、自律神経や免疫等の働きが高まり、疾病は減少する可能性さえある。そうなると、治療のための医療や製薬産業、健康産業、保険業等への需要が減少することもありうる。労働衛生の観点からも、生産性の向上など好ましい影響が生じるかもしれない。さらには、直観が研ぎ澄まされた消費者が増えれば、マーケティングなども現在とは変わったものにならざるをえない。将来に備えて貯蓄をする人も減るかもしれない。残るのは衣食住、コミュニケーション、教育・介護・セルフケアなど生活に関わる産業となるだろう。そして、消費行動と従業員の意識の変化を受けて、企業の経営戦略や管理なども大きく見直されるようになることさえも考えられる」
スピリチュアルに関する本といえば、これまで精神世界を肯定した本か、逆に否定した本が多く、本書のように客観的に分析するという内容は珍しいと言えます。書店によって「精神世界」のコーナーに置かれたり、「マーケティング」のコーナーに置かれたりしているそうですが、このジャンルを特定できないという両義性が本書の魅力かもしれませんね。わたしは、非常に面白く本書を読みました。