No.0456 国家・政治 『いま、日本が立ち上がるチャンス!』 日下公人著(WAC)

2011.09.25

わたしのブログ記事「タイムマシンは作れるか?」には大きな反響がありました。

「タイムマシン」のインパクトにはかないませんが、「石炭火力発電所」という大変魅力的なアイデアをご存知ですか? ポスト原子力発電所として注目すべきかもしれません。

『いま、日本が立ち上がるチャンス!』日下公人著(WAC)に紹介されています。この本には、他にもさまざまなアイデアが披露されています。

日下公人の発想法

著者は日本を代表する評論家の1人で、日本長期信用銀行取締役、(社)ソフト化経済センター理事長を経て東京財団会長も務めた人です。

ソフト化・サービス化の時代をいち早く先見し、日本経済の名ナビゲーターとして活躍してこられました。これまで著者が書いた本はほとんど読んできましたが、本書は東日本大震災後に刊行された最新刊です。

本書の帯には、「震災を日本人のショック療法に!」と大書され、「日本と日本人はこれだけ変わる!」ということで次のような具体的な項目が並べられています。

●小さな政府を志向する!
●カネは国でなく民間に回す!
●「お上」頼りにサヨナラをする!
●日本的経営の良さが見直される!
●自主独立と助け合いの精神が出てくる!
●”家族””絆”が大事にされる!
●日本の文化・伝統を尊重するようになる!
●平和ボケから目覚める!

また本書の目次は、以下のような構成になっています。

第1章 震災前と震災後で日本は大きく変わる
第2章 原発は多額のカネを地元に落とす
第3章 人災論(1)―責任逃れをする人たち
第4章 人災論(2)―義援金は個人に渡せ
第5章 復興論(1)―小型原子力発電所をつくる
第6章 復興論(1)―地方は中央をあてにするな
第7章 復興論(3)―「特区」を活用して活力ある日本に
第8章 平和ボケ・日本から立ち上がるチャンス
「あとがき」

著者は、震災後に詩人・作家の辻井喬(堤清二)氏が新聞の取材での発言に非常に共感したそうです。その辻井氏の発言とは、以下のような内容でした。

「私たちは根本的問題に直面しています。国主導で産業を発達させる時代は、もう終わっています」

「震災で、私たちは物事を自分の皮膚感覚で選び出す時代に入らされたと思います。震災後の停電、節電で、消費者はいままでの無駄遣いに気付いた。主婦たちは、節約して合理的に生きようとしている。大量消費文明は、原発問題とともに終わりつつある。『消費は美徳』は、いまや危険思想にすらなりましたね」

(2011年4月24日 東京新聞)

著者は、かつてセゾングループの代表として消費文化の旗振りをしてきた堤清二氏が、こんなふうに宗旨変えをしていることに感銘をおぼえ、次のように述べます。

「人々はモノよりサービスを求め、量より質を求め、進歩より安心を求める。相対価値より絶対価値を求める。流行を買うのではなく、自分にとっての新発見を買う。さらに言えば消費の満足より働く喜びを求める。働き甲斐のある仕事を求める。挑戦して達成することが成功で、収入の増加は副産物である。
そして家族主義がもどってきた。これからは結婚が増えるだろう」

さらに堤氏は、「僕はいま、日本には心の豊かさと伝統の再評価が必要だと思っています。いままで日本人は、忍耐強く従順だから、だめなんだと言われ、僕も内心そう思っていました。でも、それは日本人の伝統的な美徳でした。僕はそのことに気づき、反省しています」と語ったそうです。

提氏は、東大の学生時代に共産党員として活動したことがあります。その後、衆議院議長だった父・康次郎(西武グループの創業者)氏の秘書を経てから、西武百貨店に入って経営者の道を歩みました。著者は、堤氏の宗旨替えについて、次のように述べています。

「学生の頃は父親に対して反発し、その後は西武百貨店やパルコで消費文化のチャンピオンになったまさに進歩的『戦後派』の典型である。その人が、日本人の心の豊かさや伝統について評価するようになった。これは『戦後派=災前派』から『戦前派=災後派』への転向という、とらえ方ができるかもしれない」

さて、これからの日本における経営はどうなるでしょうか。著者は、今後は日本的経営が復活し、復活させた会社は黒字になると予測します。アメリカの経営学者・経済学者であるジェームズ・アベグレンは、日本企業の経営手法を「日本的経営」として分析しましたが、それによると、「終身雇用」「年功序列」「企業別組合」が日本的経営の3本柱です。しかし、本当に大きい特徴は株主に勝手をさせないことで、株主主権を否定していることにあります。

そして、これからの日本の政治はどうあるべきか。著者は、何よりも「リアリズム」が求められると主張します。中国の開放路線を推進した鄧小平は、「白猫であれ黒猫であれ、鼠を捕るのが良い猫である」と言いました。それは、脱イデオロギーのリアリズムそのものでした。これについて、著者は次のように述べています。

「ソ連も中国も、すでにリアリズムに目覚めている。ソ連との間の北方領土問題、中国との間の尖閣諸島問題での菅内閣の対応のリアリズムのなさは、まだ記憶に新たなところだろう。そうした、菅内閣に対する不満が国民の間に高まっていたところに、今回の東日本大震災が起こった。とりあえず、震災対応のために菅内閣は延命できた。
この菅直人氏がいつまで内閣に居座るかはわからないが、菅内閣にはリアリズムがない。しかし、国民はリアリズムに目覚めはじめている。
多くの国民が、今回の震災の自衛隊の活躍を見て、日本に軍隊が必要かどうかということをリアルに考えるようになった。リアリズムとは、利己的な国際社会の中で、日本と日本人がきちんと生き延びる道を現実問題として考えることである」

本書の第3章と第4章は「人災論」となっています。著者は東日本大震災の後始末、ことに原発事故をめぐって責任逃れをしている人間を見分けるための視点を次のように5つ紹介しています。

1.まずは、カネの話しかできない人。
2.いつも悪役を求める。
3.責任逃れをして、他人に罪をなすりつける。
4.「復興ではなくて復旧」をしようとする。
5.見え見えのパフォーマンスをする。

さらに著者は、例の計画停電も大いなる人災であるとして、次のように述べます。

「東電が『計画停電』を実施して、JR東日本や各私鉄が通勤電車を止めたり、間引き運転して、都心の通勤者が大きな被害を受けた。私は、裁判にかけるべきだと思っている。公共事業には供給義務があるからである。国民はおとなしく受け入れていたが、とんでもないことである」

おそらく未曾有の国難を迎えて「計画停電など当然の義務」と思った国民も多かったでしょうが、著者のこの激しい言葉にはちょっと驚きました。

しかし、その後で著者が記した言葉には感銘を受けました。それは、「助け合う心が日本の埋蔵金である」という言葉でした。

今回の大震災では、各地から多くの義援金が集められました。しかし、思うように被災地には届いていないという現実があります。著者いわく、被災地や被災者にも利害の対立があり、財務省が寄附を邪魔しているという現実もあるといいます。

個人のお金の使い道については、著者は基本的に「所得はその人のもの」という考えを持っています。その考え方をベースとすれば、日本が良くなると思っています。著者の考えは、以下のように7点にまとめることができます。

1.所得は働いたその人のものであって、その人に処分権がある。
2.したがって所得税は廃止すべきである。
3.廃止すればその分だけ国民は豊かになるから病院でも学校でも公共料金でも値上げができる。私立がふえる。サービスの多様化が実現する。多様化は進歩の第一歩である。
4.そうすれば公共事業にも競争による進歩が生まれる。
5.監督官庁の規制とか助成金とかは縮小できる。
6.国民1人1人の選択によって公益が増進され、国全体の住み心地がよくなる。
7.民度を維持するためマナーが悪い外国人は入国させない。

著者はまた、大震災によって「家族」や「絆」を大切にする社会が来ると述べます。体育館の中にいる1人の高齢の被災者の「津波が100年に1度くるものなら、それが私のときで良かった。孫のときでは孫が可愛相だから・・・・・・」という発言を聞いて感銘を受けたという著者は、次のように述べています。

「絆はヨコだけでなくタテにもある。被災地にある禅宗のお寺の玄侑宗久さんは、テレビで、『たくさんの人が死んだ。死んだ人の死に甲斐は何か。それは生き残った人が変わることだ』と話していた。絆は死んだ人とまだ生きている人の間にもある。日本にある不思議な底力の正体はこういう絆の存在ではないか」

そして、著者は原発事故によって注目されている次のエネルギーについても大胆な提言を行います。なんと、原子力の次は石炭にすればいいというのです! 著者は、次のように述べています。

「電力会社のエネルギー源は水力から石炭になり、石炭から石油、それからさらに原子力という流れになってきたが、その石油時代にもオイルショックをきっかけにして、石炭が見直されたことがある。30年以上前のことになるが、私は九電力に大々的な石炭火力発電構想を話して回ったことがある」

さらに、著者は具体的に石炭火力発電所のプランを語ります。

「東北復興の具体案の1つとして、石炭火力発電所はどうかと提案する。福島第1の原子炉を廃炉にして止めるなら、送電線はすでにできているので、そのあとに石炭火力発電をつくるというのもあると思う。
石炭は、地元雇用にもつながる。原子力のような危険はない。石炭のための港は多目的に使える。石炭加工業というのもあるだろう。あるいは、放射能で汚染された土地に、石炭の灰をどんどんかぶせていけば後が使える。
その石炭火力発電所は東京電力ではなく、「福島石炭火力発電所」といった地元会社にして、「福島復興のための住民参加事業」と言えば、資金は全国から集まるだろう。
能代は2機で120万キロワットだが、石炭の採算性は固定的で、他のエネルギー源より安定しているから、もっともっと拡大されても良い。ドル建ての石油価格は今後上昇するし、原子力は安全対策や放射能の後処理に費用がかかり、天然ガスはロシアやアメリカから外交的にゆさぶられるなどを考えると石炭は重要である」

第8章「平和ボケ・日本から立ち上がるチャンス」も傾聴に値します。今回の大震災で、多くの国々が日本に災害支援チームを派遣しました。わたしたち日本人はそのことに大いに感動し、感謝の念を深めました。しかしながら、著者は次のように警戒を呼びかけます。

「今回の事故処理を含めて、援助や技術協力を申し出た国の中にはデータを集めたり、大儲けをたくらむ国があることを忘れてはならない。
その1つの例はアメリカの協力である。『トモダチ作戦』と言って、善意な日本国民は『アメリカさん、ありがとう』と素直に思ったが、この『トモダチ作戦』はアメリカの利益に結びつく外交戦略のもとで行なわれている。アメリカは当初最大3500万ドル(30億円)の予算であったが、8000万ドル(68億円)に引き上げたと言われる。その当初の予算を超えた40億円近くを最終的にアメリカが日本政府に請求するかどうかは知らないが、今回の震災のどさくさにまぎれて、民主党政府は、3月31日に、2011年度から今後5年間の「在日米軍駐留経費の日本側負担」(思いやり予算 注19)を定める特別協定案を通した(自民、公明も賛成)。それが5年間で1兆円である。
68億円の出費で1兆円を決定させたとなれば、まさにエビで鯛を釣ったことになる。
日本はすでに、『思いやり予算』を1978年以来3兆円も払っている。最近は減らしてきたが、今後は、年間2000億円を支払うことになってしまった。『思いやり予算』以外と合わせれば、在日米軍に対する支払いは1年間で約7000億円にものぼっている。それなら、貧乏になった日本はこの際、自主防衛をもっと真剣に考えるとよい」

単なる美談に酔うだけでなく、こうした事実を知っておくことも「リアリズム」が求められる時代ということなのかもしれません。

東日本大震災を機に、日本は大きく変わり始めました。これまでの日本のリーダーたちの信用が失墜し、庶民のパワーが上昇してきたとして、著者は「あとがき」の中で「庶民の世界は昔から理屈より常識、理論より実際、理想より現実で、時代がそのようにきりかわっていくと、これまでの時代がいかに思い込みだらけだったかが、見えてくる」と述べます。そして、これからの日本は、どうなるのか。著者は、「あとがき」で次のように述べています。

「人々の固定観念を崩すためには、まず近代精神から生まれたものの行き詰まりを書き出さねばならない。それは精神世界で言えば、民主主義、自由主義、進歩主義、普遍主義、平和主義、それから個人主義、科学主義、技術主義、合理主義などで、たくさんあって人々は満腹状態である。
物質世界で言えば、経済学用語が花盛りだが、そもそもこれ以上の経済成長が人々に何をもたらすかについての吟味が抜けているから、日本のような近代化の模範国では、こうした議論はもはやあまり人気がない。
それより、日本では文化や風流の世界が大事で、近代を超えた芸術、幸福、教育、礼節の世界を内包した復興や復旧の話をしないと日本は日本でなくなる」

著者は、日本はいずれそれを成し遂げると見ています。そう、いま、日本が立ち上がるチャンスなのかもしれません。

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