No.0471 コミック 『ダンウィッチの怪』 ハワード・フィリップス・ラヴクラフト 原作、宮崎陽介&原田雅史 漫画(PHP)

2011.10.19

『ダンウィッチの怪』ハワード・フィリップス・ラヴクラフト 原作、宮崎陽介&原田雅史 漫画(PHP)を読みました。

章末解説は、怪談専門誌「幽」の編集長で怪談研究家の東雅夫氏が担当しています。 この読書館で紹介した『遠野物語と怪談の時代』の著者であり、『クトゥルー神話事典』の著者でもあります。

クトゥルフの血族

物語は、20世紀初頭のアメリカ、マサチューセッツ北部が舞台です。

近親結婚を重ねたために退廃したダンウィッチという村に、父親不明の男の赤ん坊が生まれます。彼はウィルバーと名づけられますが、異様な早熟ぶりと醜い容姿から村人に忌み嫌われます。やがて成長したウィルバーは、怪しげな研究に没頭し、禁断の魔道書である『ネクロノミコン』にまで手を伸ばします。怖ろしい結末が待っているとも知らずに・・・・・ラヴクラフトの作品の中でも最も有名なものの1つです。

原作の雰囲気がよく出ていて、素晴らしいコミカライズとなっています。解説「ダンウィッチ・マイ・ラヴ」で、東氏は次のように述べています。

「クトゥルー神話大系の大いなる創造主であり、E・A・ポオに始まりスティーヴン・キングにいたる栄光のアメリカン・ホラーの歴史に、ひときわ輝かしい足跡を残した、不世出の怪奇作家H・P・ラヴクラフト。
20世紀前半の新興大国アメリカ――かつてない経済と文化の繁栄を謳歌する一方で、二度の世界大戦と金融大恐慌が暗い翳を落とす・・・・・・そんな激動の時代と社会から、頑ななまでに距離を置いて、自分が愛する文学の世界にのめりこみ、同好の友人たちとの交流(それもたいていは文通で。もしも彼が現代に生まれていたら、嬉々としてインターネットのブログやSNSに熱中していたに違いありません)を生きがいにして、短くも不遇な生涯を怪奇小説に捧げたラヴクラフトの作品は、今では世界中で翻訳出版され、熱狂的な愛読者を日に日に増殖させているのです」

さらに、東氏のラヴクラフト論は驚くべき展開を見せます。なんと、ラヴクラフトの代表作とされる「ダンウィッチの怪」は日本における伝説のSFテレビドラマ『ウルトラQ』に強い影響を与えているというのです。

いや、「ダンヴィッチの怪」ばかりではありません。東氏は、『ウルトラQ』=アンバランス・ゾーンの世界と、ラヴクラフト/クトゥルー神話作品との間には多くの共通点・類似点を指摘できるとして、次のように述べます。

「オーソドックスな半魚人のスタイルに造形された海底原人ラゴン(第20話/以下、話数の表示はすべて『ウルトラQ』放映時のもの)と<深きものども>との類似は、誰しもが思い浮かべるところでしょうが、ほかにも、文明社会のエネルギーを吸い取って無限増殖する風船怪獣バルンガ(第11話)とウボ=サスラやアザトース(!?)、あるいは触手さながらの吸血根を蠢かせて人間を襲う古代植物ジュラン(第4話)など、見るからにクトゥルー神話でおなじみの妖物たちを連想させる怪獣は少なくありません。
あるいはまた、クトゥルー崇拝の一大拠点でもある南太平洋の群島を舞台に、島の守護神たる大蛸スダールの猛威を描く第23話『南海の怒り』や、猛吹雪のなか南極探検隊員に迫る巨大なペンギン怪獣の恐怖を描いた第5話『ペギラが来た!』、超古代文明の遺品である彫像が、破滅の使者たる貝獣を召喚する第24話『ゴーガの像』、2020年の未来から、地球人の若い肉体を奪いにやってくるケムール人の暗躍を描く第19話『2020年の挑戦』あたりの設定と着想、ストーリーは、それぞれ『クトゥルーの呼び声』『狂気の山脈にて』『闇をさまようもの』『超時間の影』といった代表的神話作品のそれと、奇妙なほどの符合を示しているのです。そしてもう1点――第12話『鳥を見た』や第26話『206便消滅す』、初回放送時にはお蔵入りとなり再放送でようやく陽の目を見た異色作『あけてくれ!』など、異次元に触れることの戦慄と恍惚をリアルに描いた一連の作品が、ラヴクラフトの提唱するコズミック・ホラーのありようときわめて近い視点を有することも、忘れずに強調しておきたいと思います」

わたしは、この東氏の『ウルトラQ』=アンバランス・ゾーンの世界と、ラヴクラフト/クトゥルー神話作品との共通点の指摘を読んで、本当に仰天しました。そして、大いに納得しました。『ウルトラQ』という番組は、当初は『UNBALANCE(アンバランス)』という仮タイトルだったことはよく知られています。

この『アンバランス』は、当時日本でも放映されて人気だった『ミステリーゾーン』や『アウターリミッツ』などの海外SFドラマを意識していました。そこで『アンバランス』の企画スタッフとして白羽の矢が立てられたのが、当時の日本の若きSF作家たちでした。「日本SF作家クラブ」のメンバーたちが、その頃、文壇における新興勢力となりつつあったのです。東氏いわく、「餅は餅屋に、SFドラマはSF作家に」というわけです。

このとき企画に参画し、検討用脚本の執筆などに協力したSF作家は、後に『戦国自衛隊』などで人気作家となる半村良をはじめ、光瀬龍、福島正実、大伴昌司という豪華メンバーでした。そして、その中の1人である大伴昌司こそ、『ウルトラQ』とラヴクラフト/クトゥルー世界との接点となる人物でした。

大伴昌司とえば、SFや特撮怪獣物の分野で才能を発揮したことで知られます。

しかし、それ以前、彼は慶應義塾大学の推理小説同好会での盟友である紀田順一郎氏らと一緒に、日本初の恐怖文学専門誌『THE HORROR』を旗揚げしています。紀田氏は『吸血鬼ドラキュラ』などの翻訳で知られる怪奇小説翻訳の第一人者・平井呈一の弟子的存在であり、かの荒俣宏氏の師匠的存在でした。荒俣宏から紀田順一郎や平井呈一へという、日本におけるラヴクラフト紹介者の大いなる系譜が存在したのです。そして、さらにさかのぼってゆくと、東氏いわく「クトゥルー神話大系における魔王アザトースにも比すべき巨魁」が悠然と姿を現わします。

その人物とは、あの江戸川乱歩! 言わずと知れた「日本における探偵小説の父」と呼ばれた巨人です。史上はじめてラヴクラフトを日本に紹介したのは、乱歩その人だったのです。1948年(昭和23年)6月から翌年7月まで、乱歩が探偵小説雑誌『宝石』に連載した「怪談入門」という長篇エッセイにおいて、日本の読者はラヴクラフトという怪奇小説家の名前を初めて知ったのでした。

江戸川乱歩→平井呈一→紀田順一郎→荒俣宏・・・・・日本におけるラヴクラフト紹介者の豪華リレーですね。しかし、驚くべきはそれだけではありません。ここに、もう1人の超大物が加わってくるのです。その人物の名は、水木しげる! 東氏は解説「水木しげるから『貞子』まで!?」で次のように書いています。

「『鬼太郎』シリーズをはじめとする妖怪漫画の数々や、NHKの連続テレビドラマ『ゲゲゲの女房』でもおなじみの漫画家・水木しげる氏が、なんとラヴクラフトの『ダンウィッチの怪』を翻案した『地底の足音』(現在はホーム社版『地獄・地底の足音――水木しげる 貸本・短編名作選 魍魎』所収)という貸本漫画を、1963年に発表(初刊はセントラル出版)しているのです。この作品は『ダンウィッチの怪』の設定とストーリーを、驚くほど忠実に日本の風土に巧みに移し替え、さらに水木氏一流の才筆によって独創性をも加味した傑作であるといえるように思います。
怪事件の舞台となるダンウィッチの村は、水木氏自身の故郷でもある鳥取県の辺境「八つ目村」に、ミスカトニック大学は『鳥取大学』に、ウィルバー・ウェイトリイは『足立家の怪童・蛇助』に、アブドゥル・アルハザードの『ネクロノミコン』は『ペルシャの狂人アトバラナ(別の箇所ではガラパゴロスとも)』の『死霊回帰』に、そして邪神ヨグ=ソトースが、なんと『ヨーグルト』に・・・・・・といった具合に、なかなかに味わい深いジャパネスクな土俗的アレンジが施されております」

水木しげる大先生は、「妖怪とか幽霊とかいうものをおそれる根拠は、あることは分っているがとらえることのできない『異次元』の恐怖なんだ」「地上には長い間『古きもの』と呼ばれる生物が支配していた。その生物は人間の手でふれることもできない異次元の生物であった」などとも述べているそうです。

このコメントについて、東氏は「コズミック・ホラーや<旧支配者>など、ラヴクラフトとクトゥルー神話の核心をなす概念については、きっちり原典を踏まえた扱い方がなされているあたり、さすがは水木大人!というほかはありません」と絶賛しています。

さらに驚くべきことに、ラヴクラフトの「ダンウィッチの怪」は、Jホラーを代表する『リング』シリーズのダークヒロイン・貞子にも影響を与えているというのです。もう、口をぽかんと開く他はありませんが、東氏は次のように述べます。

「『リング』(1998)『リング2』(1999)そして『リング0』と、シリーズ全作の脚本を担当した高橋洋氏は、出世作となった『女優霊』(1996年公開)以来、ホラー映画への愛と造詣、そして独自の映像哲学で知られる脚本家であり、なにより、ジャパニーズ・ホラーのシンボルともいうべき国産ムービーモンスター『貞子』の実質的な産みの親といっても過言ではないキイパーソンでした。なぜなら、鈴木光司による原作小説に描かれた貞子は、映画版とは似ても似つかぬ薄倖の美女であり、得体の知れない恐怖を体現する幽玄な存在だったのですから。
丈なす黒髪を顔が隠れるほど前に垂らし、白衣をまとってギクシャクと前進する、あの貞子特有のヴィジュアルといい、井戸を撮影した映像が映るモニター画面から、貞子がずるりと抜け出して、こちら側へ迫ってくるという有名なシーンといい、いずれも原作にはない、映画オリジナルの趣向だったのです。
このため映画版『リング』は、シリーズが進むにつれて原作離れが加速し、最終作においては、仲間由紀恵演ずる貞子の青春時代が描かれるというホラー映画としては異色の展開となります。そこから引用した脚本執筆の苦心談へとつながるわけですが、若い頃からラヴクラフト作品に傾倒していたという高橋氏は、『ダンウィチの怪』の趣向を貞子の出生の秘密に導入する奇策を案出したのでした」

恐るべし、「ダンウィッチの怪」! 偉大なり、H・P・ラヴクラフト! この日本におけるホラーやSF的想像力に多大なる影響力を及ぼしてきた物語の素晴らしきコミカライズをぜひお読み下さい。

まったく、こんな凄い物語がどこにあるでしょうか!

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