No.0490 メディア・IT 『発信力の鍛え方』 藤代裕之著(PHPビジネス新書)

2011.11.16

『発信力の鍛え方』藤代裕之著(PHPビジネス新書)を読みました。

帯には、「あなたのブログやツイート、ムダにしていませんか?」「仕事に使えるアルファブロガーの技満載!」と書かれています。

ソーシャルメディア活用術

著者は、新聞記者出身のジャーナリストで、ブログ「ガ島通信」を運営、日本経済新聞電子版「ソーシャルメディアの歩き方」を連載しています。

著者は、「ツイッター、ブログ、フェイスブック、ミクシィ・・・・・アカウントは持っているけれど、気付けばプライベートばかりで利用して、ビジネスに全然活用できていない、という人は多いのではないだろうか?」と述べ、「つながる力、足りていますか?」「名刺なしで勝負ができますか?」と読者に問いかけます。

著者いわく、ソーシャルメディアはビジネスパーソンとしての可能性をぐんと広げるためのツールであり、本書では、「個人が不特定多数の人々に思いを伝え、つながることができるメディア」としてのソーシャルメディアを最大限活用すべく、情報の収集から発信までのノウハウが解説されています。

本書の「目次」は、以下のような構成になっています。

「はじめに」

第1章:なぜソーシャルメディアに取り組むのか
1-1.「伝えて」終わりですか
1-2.脱「カイシャ」、入「シャカイ」

第2章:発信力は自分力
2-1.求められる情報発信
2-2.決め手は良い「ネタ」

第3章:はじめてみよう 発信の第一歩
3-1.情報の料理人になる
3-2.自分を「差別化」する戦略
3-3.さあ、発信してみよう

第4章:差がつく情報活用術
4-1.「伝える」から「伝わる」へ
4-2.つながる三元素
4-3.情報から読み解く
4-4.マスコミより早く
4-5.発信者としての注意事項

第5章:「伝わる」技術
5-1.タイトルが9割
5-2.文章を構造化する
5-3.表現力を磨く

第6章:トラブルに対処する
6-1.炎上で人生が台無しに
6-2.ネットの情報で評価される
6-3.トラブルを未然に防ぐ
6-4.情報に踊らされないために
6-5.人の権利を侵害しないために
6-6.自分や人の安全を守るために
6-7.トラブルに対処する

終章:人とつながる
・リアルでつながる理由
・つながるために必要なこと
・つながるためのステップ

「はじめに」の冒頭には、「今世紀で成功するためには、他者とより強くつながることが必要になる。そして、他者のことを理解し、われわれはみなつながっているのだという感覚を持つことが必要になる」という言葉が紹介されています。これは、フェイスブック創業者・CEOのマーク・ザッカーバーグの言葉です。この言葉を受けて、著者は次のように述べています。

「フェイスブックに限らず、ツイッター、ブログ、SNS、YouTubeにニコニコ動画・・・・・10年前には存在しなかった多数のソーシャルメディアが急激に利用者を伸ばしています。ジャーナリズムだけでなく、政治や経済、社会を変えるという声も聞かれますが、変化の担い手はメディアではなく発信者です。この本は、個人がソーシャルメディアを活用し、思いを伝え、人とつながり、目的を実現していくためのものです」

本書は、いわゆる「情報発信」に関する本です。そもそも、なぜ情報発信が重要なのでしょうか。その理由について、著者は次のように述べています。

「情報発信すべき理由は、ソーシャルメディア時代には個人の評判を高めることが重要だからです。誰かと会ったり、紹介されたりしたときに、名前をグーグルやヤフーといった検索エンジンで調べてみたことはありませんか。そこで、意外な経歴や過去を知って驚くこともあるでしょう。逆に、悪評が書かれていたらどうでしょうか。つまり、信頼できる人なのかどうかをネットで判断されるのです。良い評判は個人の資産となり、つながりを生んでいきます。情報発信は、自分の持つ知識や問題意識以上にはできません。発信力を鍛えることは、自分を成長させることでもあります」

本書の内容は基本的に知っていることが多かったですが、第6章「トラブルに対処する」は参考になりました。情報発信の危険性として、「炎上」がよく取り上げられます。この炎上のメカニズムについて、著者は以下のように述べています。

「炎上のきっかけは、反社会的な言動や行動、主義の対立にあると言われていますがそれだけではなく、相手とのやり取りに問題があることが多いのです。『炎上』という言葉が広がるきっかけになった、テレビ局職員と新聞記者の開設したブログが批判されたケースがあります。この炎上はリアルタイムで観察していましたが、いずれもユーザーとのやり取りの中で、反対する意見に対し『ネット右翼』などのレッテルを貼り、暴言とも取れる言葉を返したところ、ネットユーザーから批判を浴び、勤務先や実名が暴かれ、最終的にブログが閉鎖に追い込まれました」

炎上は個人だけでなく、会社にとっても大きな危険をもたらします。場合によっては会社が公式に謝罪に追い込まれることもあるのです。本書には、そんな実例がいくつか紹介されています。

たとえば、牛丼チェーンの吉野家で起きた「テラ豚丼騒動」。アルバイト従業員がネットに書き込んだ情報によって企業が謝罪した有名なケースです。アルバイト従業員は、吉野家の店舗の厨房内で超大盛りの豚丼「テラ豚丼」を作成する様子を携帯電話の動画機能で撮影しました。それを動画共有サイト「ニコニコ動画」にアップロードし、業務日誌と見られる書類、交通費請求伝票まで公開されました。

他にも、ホテルのアルバイト従業員がスポーツ選手とモデルの飲食をツイッターで実況したこともありました。このケースでも、ホテル側が支配人名で謝罪文をネットに掲載しました。このような問題行動を起こせば、ふつう会社員なら懲戒処分や退職に追い込まれることもあります。アルバイト従業員のモラルの低さを示すとともに、管理する企業の責任も厳しく問われていると言えるでしょう。

また、ネットの噂は永遠に残るとして、著者は「20歳になったら名前を変えるしかない」という言葉を紹介します。これはアメリカのネット企業の幹部が言ったという言葉ですが、ソーシャルメディア時代の失敗の恐ろしさを物語っているというのです。著者は、次のように述べています。

「『人の噂も75日』という言葉があります。月日が経つと噂も忘れられてしまうということですが、ネットの世界ではそれは通用しません。ネガティブな評判はネットに記録・検索されて、いつまでも目に触れることになります。ソーシャルメディアは、生活に浸透し、以前は年齢で制限されていたサービスも利用できるようになっています。
高校生や大学生では、面白いこと、楽しいことに夢中になり、また経験不足から失敗することもあるでしょう。ソーシャルメディアの時代はそれを許してはくれません」

まさに、青少年に対するソーシャルメディア教育が必要とされるのです。

若者に限らず、ソーシャルメディアの世界では自分が何か偉くなったように錯覚する人が多いようです。社会的には何ものでもない一般人が急に大物気取りになるのです。著者は、次のように述べています。

「ソーシャルメディアでは企業経営者や有名人も身近に感じられます。これも同じです。ソーシャルメディアを介しているからといって急になれなれしくなったり、尊大な態度をとったり、時には文句を言ったりする人がいますが、リアルで同じようなコミュニケーションができるのでしょうか。せっかく近くにいる有名人たちも、気分を害してしまいます。
情報発信をしている側からすると、『聞いてもらいたい』が、いつのまにか『聞いているはずだ』、『聞かないとおかしい』となり、『なぜ私の話を聞かないのだ』とクレームをつけているような人までいます。ソーシャルメディアはリアルタイム性もあり、やり取りをしているように見えますが、相手は読まないこともあります。何よりも相手を尊敬して接することです」

ネットでは、人は攻撃的になりやすいと言われます。自分の名前や立場を隠した「匿名」の場合は、さらに攻撃的になります。でも、匿名だからといって油断はできません。現在のネット社会は匿名者の仮面を剥いで素顔を暴くことも可能なのです。著者はこのあたりの事情についてさすがに詳しく、次のように述べています。

「本音は裏ブログやSNSに書いているから『安心』だという人もいます。複数のブログやSNSを使い分けている人もいるでしょう。しかしながら、別々のサービスにあるさまざまな情報を組み合わせて、人物を分析するネットユーザーもいます。
炎上した事例では匿名のユーザーについて、数時間で所属している大学から実名、さらに写真までネット上に出回ってしまうことがたびたび起きています」

どうしてそんなことが可能なのか。著者は、次のようにこの秘密を明かします。

「ツイッターのプロフィール、ID、これまでの書き込みなどを手がかりに、メールアドレス、ミクシィなどのSNSなどを探し、該当しているコミュニティ、大学やサークル、アルバイトの情報を組み合わせて、どの人物かを特定していくのです。日本にはSNSの匿名ユーザーが多く、『自分の身元は知られない』と安心していることもあるのかもしれませんが、所属しているコミュニティで、出身地や出身大学、行動している範囲、所属している会社、などがわかります。さらにハンドルネームを他のサービスに利用している人もおり、まるでテレビドラマの刑事のように情報を組み合わせることで浮かび上がらせます。このようなネットユーザーの行動は褒められたものではありませんが、自分を守るためにもネットでの『陰口』はやめておきましょう」

まったく同感です。何かを発言する人間が「自分の身元は知られない」などと安心すること自体、卑怯千万です。また、そんな「名無し」の発言などに傾聴すべき内容はありません。わたしは「佐久間庸和」という本名をオープンにした上で、「一条真也」というペンネームで著書をはじめ、いろんな文章を書いていますが、いつも反論なども引き受ける覚悟を持って書いています。

最後に、本書で最も印象に残った言葉は「スルー力」という言葉でした。この「スルー力」について、著者は次のように述べています。

「スルーという言葉通り、あまり気にせず流しておくということです。批判や意見を傾聴することは意味がありますが、あまり深刻に聞きすぎないようにしましょう。残念ながら、対話ができる人ばかりではありません。場合によっては、騒ぎを大きくし、反応を楽しんでいるという人もいます。運悪くそのような人にソーシャルメディア上で出会ってしまった場合は、批判に対応してしまうと相手の思う壷です。十分に自身の意図を説明したら、取り合わないこともあります。それがスルー力です」

簡潔にして要を得た言葉だと思います。ソーシャルメディア全盛の時代を生きる人々にとって、一番求められるのは「発信力」よりも「スルー力」のほうかもしれません。

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