No.0527 日本思想 『東洋の理想』 岡倉天心著(講談社学術文庫)

2012.01.13

『東洋の理想』岡倉天心著(講談社学術文庫)を再読しました。

わたしは、日本人の「こころ」についてよく考えます。日本人の「こころ」は世界に例のないユニークなものであると思います。それを知るため最高のテキストがあります。『武士道』および『代表的日本人』、そして本書の3冊です。

本書の「目次」は、以下のようになっています。

序文
1.理想の範囲
2.日本の原始芸術
3.儒教―北方中国
4.老荘思想と道教―南方中国
5.仏教とインド芸術
6.飛鳥時代(550年―700年)
7.奈良時代(700年―800年)
8.平安時代(800年―900年)
9.藤原時代(900年―1200年)
10.鎌倉時代(1200年―1400年)
11.足利時代(1400年―1600年)
12.豊臣および初期徳川時代(1600年―1700年)
13.後期徳川時代(1700年―1850年)
14.明治時代(1850年―現在)
15.展望
「解説」松本三之介

世界四大聖人」というものがあります。ブッダ、孔子、ソクラテス、イエスの4人の偉大な人類の教師たちのことです。いわゆる「四聖」とも呼ばれますが、この人選には、洋の東西から2名づつ選ばれており、じつにバランス感覚の良さを感じます。おそらく、「ええとこどり」の心学思想に根ざした日本人が選んだ人選ではないかと推察します。その選者として非常に可能性が高い人物として、新渡戸稲造や内村鑑三と並んで、岡倉天心の名が挙げられます。

あまりにも有名な『茶の本』の著者としても名高い彼は、1903(明治36)年に『東洋の理想』を著わしました。そこで天心は、欧米の植民地主義が進行してゆく中で、アジアの伝統的精神文明の自覚を強く訴えています。

アジアの課題とはアジア的様式というものを守り、再建することが重要です。そのためにはまず、こうした様式をしっかりと認識し、その自覚を高めなければなりません。

過去の影こそが未来を約束するものとなり、どんな木も、もともとその種に含まれた力以上に大きくなることはできません。天心は、生きるということは常に自分自身に立ち戻るということであると喝破し、次のように述べます。

「どれほど多くの福音書がこの真理を説いていることか!『汝自身を知れ』とは、古代ギリシャ、デルフォイの神託が告げた最大の神秘だった。『すべては汝自身の内にある』と孔子は静かに語った。そして、同じ教えを説く話で一層胸をうつのは、次のようなインドの物語である。ある時、こんなことがあったと仏教徒は言う。師が弟子たちをまわりに集めると、突然、彼らの前に恐ろしい姿、偉大な神であるシヴァ神の姿が立ちあらわれ、弟子たちはことごとく目がくらんでしまった。その中で、ただひとり、一切の修行を積んだヴァジラパーニだけが目をくらまされることなく、師に向かってこう言った。『ガンジスの砂の数にも負けないほど無数の星や神々をたずね回ってきましたが、どこにも、こんなに輝かしい姿を見出すことができなかったのはなぜなのでしょう。この人は誰なのですか』すると仏陀は言った。『お前自身だよ』これを聞いてヴァジラパーニは即座に悟りに達したのだという。」

この岡倉天心の言葉は、見事な「四聖」思想のエッセンスとなっています。ここにイエスやソクラテスの名前そのものは出てきませんが、言うまでもなく「福音書」とはイエスの言葉を記したものであり、「汝自身を知れ」とは「無知の知」を説いたソクラテスの代名詞として知られます。

『武士道』、『代表的日本人』、『東洋の理想』・・・・・新渡戸稲造、内村鑑三、岡倉天心といった人々の著書にいずれも「四聖」のメンバーたちが登場することは興味深いと思います。おそらく日本人の精神構造が決して特殊ではなく普遍性をもっており、国際社会においても立派にやっていけることをアピールする目的もあったのでしょう。

ゆえに、イエスやソクラテスといった西洋文化を代表する2人や、ブッダや孔子という東洋文明を代表する2人の名を持ち出して、インターナショナルな日本を打ち出したかったのかもしれません。しかし、それだけではありません。民族宗教である神道のみならず仏教も儒教も受け入れてきた日本人の心には、もともとあらゆる思想や宗教を平等に扱うという素地があったのです。

そのことを世界に広く示したのが、新渡戸稲造や内村鑑三や岡倉天心でした。いずれにせよ、彼らの著書は世界中の人々に読まれ、日本においても「四聖」の存在感は次第に大きくなっていったのです。

このような日本人の「こころ」における四聖の影響について、わたしは本名の佐久間庸和の名で『四大聖人』『心学入門』といったブックレットを書きました。また、PHP新書からは『世界をつくった八大聖人』を上梓しました。「四聖」に加えて、モーセ、老子、ムハンマド、聖徳太子を論じました。いわば、『東洋の理想』のアンサーブックというか、東洋も西洋も超えた『世界の理想』かもしれません。ご一読いただければ幸いです。

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