No.0588 コミュニケーション 『SQ 生きかたの知能指数』 ダニエル・ゴールマン著、土屋京子訳(日本経済新聞出版社)

2012.04.29

『SQ 生きかたの知能指数』ダニエル・ゴールマン著、土屋京子訳(日本経済新聞出版社)を読みました。サブタイトルは「ほんとうの『頭の良さ』とは何か」です。一般に「頭の良さ」といえば「IQ」が思い浮かびますが、さらに進んだ知能指数について書かれた本です。『NQ』と基本的に同じテーマを扱っています。

本書の帯には「世界的ベストセラー『EQ こころの知能指数』の姉妹編」というショルダー・コピーに続き、「なぜ、仕事でEQが大切なのか? 人間関係で失敗するのか? 最近の子供はキレやすいのか?」と書かれています。さらに、「すべては社会的知性(SQ)で分かる!」とも書かれています。

もともと「こころの知能指数」としてのEQを提唱したのが、本書の著者であるゴールマン博士です。そのEQを超える新理論がSQであり、過去10年間の脳科学や心理学の進歩をとりいれて、人間にとって最も大切な「頭の良さ」とは何かを解き明かしています。

教育、恋愛、家庭、ビジネス・・・・・すべての人間関係はSQで成り立っています。また、セックス、犯罪、戦争・・・・・人間のあらゆる行為とSQは密接に関わっています。

そのSQを理解することは、さまざまな社会的問題を抱える日本人にとっても、きわめて重要なテーマです。著者は、人間の「社会性」がどういうメカニズムで生まれ、現実社会でどう発揮されているかを数々の驚くべきエピソードを織り込みながら科学的に解説していきます。そして、「社会的知性」としてのSQの正体に迫ったのが本書です。

本書の「目次」は、以下のようになっています。

プロローグ「新しくわかってきたこと」

第一部:人間はかかわりあって生きている
第1章:感情のプラス・マイナス
第2章:ラポールの秘訣
第3章:ミラー・ニューロン
第4章:思いやりは人間の本性
第5章:キスの神経解剖学
第6章:社会的知性

第二部:壊れたきずな
第7章:「汝」と「それ」
第8章:ナルシスト、マキアベリ主義者、反社会的人格障害者
第9章:心の行間を読む能力

第三部:「生まれ」も「育ち」しだい
第10章:遺伝がすべてではない
第11章:安全基地
第12章:幸福を感じる能力

第四部:さまざまな愛のかたち
第13章:愛着の神経ネットワーク
第14章:彼の欲望、彼女の欲望
第15章:思いやりを育む人間関係

第五部:健全なつながりを求めて
第16章:有毒な社会環境のストレス
第17章:生物レベルで心を結びあう
第18章:医療現場の思いやり

第六部:より良い社会のために
第19章:最高の力が出るスイートスポット
第20章:心を結びなおす矯正制度
第21章:「彼ら」から「我々」へ

エピローグ「ほんとうに大切なこと」

付録A:「表の道」と「裏の道」
付録B:社会脳
付録C:社会的知性を再考する
「謝辞」「原注」「訳者あとがき」

プロローグ「新しくわかってきたこと」で、著者は「社会脳」というキーワードをあげます。そして著者は、その「社会脳」について次のように述べます。

「神経科学の研究によって、人間の脳はもともと社交的にできている、ということがわかってきた。他人とかかわるとき、脳は否応なしに相手の脳とつながってしまう。
脳と脳がつながることによって、人間は相手の脳に――したがって身体にも――影響を与え、自分自身も相手から影響を受ける。
日常のありふれた人間関係でさえ、脳に影響を及ぼし、快や不快の情動を喚起する。
心のつながりが強い人間どうしほど、互いに及ぼしあう影響も大きい。
影響が最も大きいのは、多くの時間を共有する相手、とくに自分にとって大切な相手との相互関係だ。相手と自然に心がつながりあうとき、脳は情動のタンゴを踊る――相手と気持ちをひとつにしてステップを踏むのだ。
脳はさまざまな機能を調整しながら、情動の変化に対応していく」

また、続けて著者は「人間関係」について次のように述べています。

「人間関係によって喚起された情動は、心臓から免疫細胞に至るまでさまざまな生体組織を制御するホルモンの分泌をうながし、全身に広範な結果をもたらす。おそらく最も注目すべき研究成果は、不快な人間関係と免疫機能との関係だろう。
人間関係は、経験として蓄積されるにとどまらず、身体に対しても驚くほど大きな影響を及ぼす。脳と脳がつながりあう強い人間関係の力で、わたしたちは同じジョークに声を上げて笑うことができる。その一方で、人間関係は免疫システムの尖兵であるT細胞の遺伝子発現を左右する力ももっている。
つまり、これは両刃の剣だ。豊かな人間関係を築くことができれば健康に良い影響があるが、有害な人間関係が続けば健康が徐々に蝕まれることになる」

著者は、常にiPodやウォークマンのイヤホンを耳にさし、すれ違う通行人には無関心なニューヨークの人々を「つながっていても淋しい人々」であると指摘し、彼らについて次のように書いています。

「iPodをつけている人に言わせれば、両耳のイヤホンを通じて歌手やバンドやオーケストラとつながっている、ということになるかもしれない。たしかに、本人の鼓動は耳から聞こえてくる音楽と一体のリズムを刻んでいるのかもしれない。
けれども、両耳でつながっているだけのバーチャルな相手は、自分のすぐそばに現実に存在する人々とは何の関係もない。音楽に恍惚となっている当人は、そうした現実世界に存在する人々にはほとんど無関心だ。
テクノロジーによる日常生活の侵略が進んで人々がバーチャルな現実に引きこまれれば、それだけ自分の周囲に存在する生身の人間に対して無感覚になる。こうした社会的自閉状態から、テクノロジーによる想定外の副作用が次々に生じてくる」

第2章「ラポールの秘訣」では、人間関係構築の基本要素としての「ラポール」の秘訣を解明すべく、著者は次のように述べています。

「ラポールは、人と人のあいだにしか生まれない。だれかとの関係が気持ちよく、ぴったり嚙みあい、円滑に運んでいるとき、わたしたちはラポールを感じる。ただし、ラポールは一時的な気持ちの良い関係よりも奥の深いものだ。ラポールによって結ばれた人々は、より大きな創造性を発揮でき、より効率的な意思決定ができる。夫婦でバカンスの予定を立てるときも、経営トップがビジネス戦略を立てるときも、それは同じだ。
ラポールは気持ちの良いものだ。心が通じあった満足感が得られ、相手のやさしさ、理解、誠実さが感じられて親しい気持ちになれる。お互いに対する好意的な感情によって、どれほど短時間の経験でもきずなが強まる」

このような特別の結びつきには、つねに3つの要素が伴うそうです。それは、お互いに対する心の傾注、肯定的な感情の共有、そして非言語的動作の同調性、です。この3要素が揃ったとき、ラポールが生まれるというのです。

第3章「ミラー・ニューロン」では、「笑顔のアドバンテージ」が語られます。他人に思いやりを示したり、好印象を与えるには「笑顔」の存在が欠かせません。「笑顔」について、著者は次のように述べています。

「笑顔は、他のどんな感情表現よりも強力だ。人間の脳は楽しそうな顔を好むようにできており、不快な顔よりも楽しそうな顔のほうを先に認識する―『笑顔のアドバンテージ』として知られている現象だ。脳には肯定的な感情を維持して活動に備えておこうとするシステムがあり、そのせいで人間は否定より肯定的な気分を抱きやすく、人生に対しても肯定的な見通しを抱きやすくできているのだ、と提唱する神経科学者もいる」

第4章「思いやりは人間の本性」は共感するところ大で、次のように書かれています。

「だれかが人助けをしているという事実を耳にするだけでも、温かい気持ちが高まるなどの感化作用が生まれる。心理学者は、これを『高揚』と呼ぶ。自発的な勇気、寛容、同情などの場面を目にした人がそのときの気持ちを語るとき、彼らの精神は『高揚』している。ほとんどの人が、自分自身も心を動かされ、身震いするほど感動した、と語る。
人の心を高揚させる行為としてよく挙げられるのは、病気や貧困に苦しむ人々や困難な状況に置かれた人々を助ける行為だ。が、善行といっても、一家をまとめて面倒見る、マザーテレサのように無私の奉仕を貫く、というほど並はずれた献身が要求されるわけではない。ただ思いやりの気持ちを示すだけでも、それを見た人の心は高揚する。日本でおこなわれた調査では、人々が『感動』した話を次々に挙げた。
たとえば、恐い顔つきのヤクザが電車の中で立ち上がって老人に席を譲ったのを見て『感動』した、というようなエピソードである。
心の高揚には伝染力があるようだ。人は、親切な行為を目にすると、自分の中でもそうしたいという衝動が生まれる。勇敢な行為で人々を救う英雄の伝説が世界じゅうで語り継がれているのも、うなずけるところだ。心理学では、そうした伝説が生き生きと語られることによって現実の場面を目にしたのと同様な情緒的インパクトが生まれるのだろう、と推測する。心の高揚に伝染力があるということは、これが『裏の道』の回路を経由していることを示している」

また、「思いやり」は人間の本能であるとして、次のようにも述べています。

「人間が他の人間に引きつけられる理由は、脳に刻みつけられた欠乏状態の記憶にさかのぼるのかもしれない。困難な局面において、集団のメンバーであることがサバイバルにどれほど有利に働くか、容易に想像できる。たった1人で集団に対抗して乏しい食糧を奪いあっても、とても勝ち目はない。
生きのびるためにこれほど重要な特質であれば、それがやがて脳の回路形成に影響を与える可能性は十分考えられる。遺伝子を子々孫々に広く伝えるために有用な性質は、遺伝子プールの中で幅をきかせるようになっていく。
有史以前のヒトにとって社交性が生き残るための重要な要素であったとすれば、それを支える脳の回路も同じように重要だったはずだ。他者とつながりあうために何より大切な共感がこれほど大きな力をもっているのも、当然のことだ」

本書の内容は、まことに僭越ながら拙著『ハートフル・ソサエティ』および『隣人の時代』(ともに三五館)の内容とも重なる部分が多いように思います。全部で530ページを超える大著ですが、最初から100ページくらいのうちに「助け合い」や「思いやり」が人間の本能であることが示されいます。

つまり、全体の5分の1を読めば、重要はことはすべて書かれていると言えます。「訳者あとがき」で土屋京子氏が、本書について以下のように解説しています。

「1995年、ハーバード大学で心理学の博士号を取得したのちジャーナリストとしてこの問題を考えてきたダニエル・ゴールマンが、『EQ~こころの知能指数』を発表した。ほんとうの意味で聡明な人間かどうかを決めるのはIQではなくてEQだ、というゴールマンの切り口は、人間の知性に対する新しいとらえ方を提示した。
それから10年あまりを経て、ゴールマンは『EQ~こころの知能指数』(原題:Emotional Intelligence)の完結編ともいうべき『SQ 生きかたの知能指数』(原題:Social Intelligence)を発表した。その背景には、20世紀末から21世紀にかけて脳神経科学が大きな進歩をとげ、脳内の神経メカニズムについてずいぶんいろいろと新しいことがわかってきた、という事情がある」

本書で述べられていることの根幹は何でしょうか。土屋氏は述べます。

「なかでも根幹にかかわる発見は、人間という生き物はそもそも脳の神経回路からして他者の影響を受けずにはいられないようにできている、という事実が科学的に検証されたことだ。人間の脳は、いやおうなしに他者の脳と反応しあい、つながりあうようにできている――その詳細なメカニズムが最先端の科学技術によって解明できるようになったのだ。その結果、他者との人間関係の中でより良く生きるために必要な『かしこさ』とは何か、というテーマを科学的に考察できるようになった。『EQ~こころの知能指数』が人間の内側に目を向け、自分自身の情動を賢明にコントロールする能力を解き明かそうとしたのに対して、『SQ 生きかたの知能指数』は自分の外側に目を向け、他者との関係において聡明に行動する能力を解き明かそうとする試みである、と言えよう」

そして、本書のキーワードの1つである「社会脳」について、土屋氏は解説します。

「『社会脳』を構成する神経回路の大部分は、言語や思考ではコントロールできない領域にある。つまり、『社会脳』の能力――社会的知性――は、基本的には非認知的能力だ。言葉で理解したり測定したりすることができないため、社会的知性というものは非常にとらえにくい。ゴールマンは本書の中で、社会的知性を『社会的意識』(他人について何を感じとれるか)と『社会的才覚』(そのうえでどう動くか)に大別している。
社会的意識には、他者の感情に寄り添い、非言語的な情動の手がかりを読みとる能力、相手に波長を合わせて傾聴する能力、他者の思考・感情・意図を理解する能力、社会のしくみを理解する能力、などが含まれる。
社会的才覚には、他者との相互作用を非言語レベルで円滑に処理する能力、自分を効果的に説明する能力、他者とのかけひきの中で自分の望む結果を実現する能力、他者のニーズに心を配り、それに応じて行動する能力、などが含まれる」

そして、「訳者あとがき」の最後で土屋氏が述べた言葉を読んで、わたしは「わが意を得たり」と思いました。それは、以下のような言葉です。

「時代がどんなにヴァーチャルになっても、人間と人間のふれあいがなくなることはない。人間は母親の肉体から生まれ、かいがいしく世話を受けて育つ哺乳類の一種なのだ。iPodで両耳をふさいで世界をシャットアウトしていても、ふと目を合わせた他人の視線ひとつで、人間の心は傷つくこともあれば勇気づけられることもある。ゴールマンが本書の中でくりかえし強調しているように、人間は他者からの影響を受けずには存在できない。他者の感情を受け止めれば、それに左右されずにはいられない。だからこそ、それを望ましい方向へ向ける知性が大切なのだ」

そうです、人間と人間のふれあいがなくなることはありません。また、人間は他者からの影響を受けずには存在できません。分厚い本書のメッセージとは、じつはとてもシンプルなことなのです。

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