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No.0584 人間学・ホスピタリティ 『心に響いた珠玉のことば』 小林正観著(KKベストセラーズ)
2012.04.18
『心に響いた珠玉のことば』小林正観著(KKベストセラーズ)を読みました。
昨年10月に逝去した心学研究家が、「すごいことば」20を厳選した名言集です。
本書の帯には、「人生が広がり、魂が喜ぶ20の知恵」と大きく書かれています。
また、「ことばには、奇跡を起こすとんでもない力があります」「悩みが消え、生きるのが楽しくなる。宇宙に味方される人の、一字千金のひとこと」と書かれています。
帯の裏には「そこから先は、神の領域」と大書され、続いて「彼らは、宇宙法則を知っていたかもしれません―ソクラテス、釈迦、キリスト、空海、親鸞、良寛、徳川家康、ゲーテ、フロイト、マザー・テレサ・・・古今東西の賢者が残した、人生を変えることばたち」とあります。
著者が選んだ20のことばの中で、わたしの心に特に響いたものは以下の通りです。最初にゲーテのことばですが、「死を克服した者は 明るくて美しい生き方になる」というものです。著者は、ゲーテのことばだけでも書き出すと非常に面白いと述べています。それは、彼の鋭い人間観察の結果として出てきたようなことばが多々あるからだとして、著者は次のように書いています。
「例えば、「『人間の最大の罪は不機嫌である』というようなことばもそうでしょう。
最大の罪が盗むことだとか、騙すことだとかではなくて、不機嫌であるというものの見方はたいへん面白いと思います。
ゲーテは、不機嫌は被害者が何百人、何千人にも及ぶという考え方をしました。盗まれる人、あるいはあるひとつの犯罪の被害に遭う人は数人、数十人ぐらいだが、不機嫌というのはすぐに伝播して被害者が何百人、何千人にも及ぶ。しかもそれが際限なくとどまるところを知らないという意味で、最大の罪という言い方をしたのです」
著者は、ゲーテの一言一言は本当に宇宙の真実や法則を伝えてくれているような気がすると言います。その人間観察の結果、ゲーテの中から出てきたことばが、何らかの方法で「死を克服したものは 明るくて美しい生き方になる」というものだというのです。そして、著者は次のように述べます。
「例えば、死ぬような病気をした。死ぬような事故を起こした、遭遇した。それを乗り越えることができた。そのまま放置しておいたら死んだかもしれないような、深刻なものであったけれども、周りの人の協力やいろいろな偶然、偶発性の積み重ねとして命を長らえることができた。
そういう人はどうも生き方が明るくて美しいものになるらしいとゲーテは見抜いたのです。病気や事故で死を克服した、死の問題を乗り越えた人が生き方が変わった、と自覚をするのかどうかはわかりません。ゲーテはその人間がどう思うかではなく、外から見ていて明るく美しい生き方になると思ったのです」
また、マザー・テレサの以下のことばも心に響きました。
「生死にこだわっているわけではありません
人生の終末にあたり
人間に生まれてきてよかったと思ってもらいたいのです」
これについて、著者は次のように述べています。
「マザー・テレサは誰が見ても助からないような病人や老人、あるいはもう死にかけている栄養失調の孤児などを連れてきては、本当に心からの介護、看護をしました。
多くの人からマザー・テレサはこう聞かれるのです。
誰が見ても絶対にもう助からない人たちではないか。
もう少し助かる人を連れてきたらどうか。
もういくら手当てをしても絶対に助からないと思われるような人ばかりを集めても、介護、看護が無駄に終わるではないか。無駄ではないかという質問です。
聞く人の気持ちもわからないではありませんが、随分残酷な質問です。
放置しておいたら間違いなく死ぬであろう、そういう弱者に対して、もうどうしようもないのだから放っておいたらどうだ、という質問を浴びせかけたのです」
そのときのマザー・テレサのことばはこうでした。
「生死にこだわっているわけではありません。この人たちをそのまま放置しておけないのです。この人たちはこのまま死んでいったならば、人間に生まれなければよかった、何で人間になんか生まれてきたのだろうと後悔しながら、悔やみながら、あるいは世の中を呪いながら死んでいったかもしれません。最期の最期、人間として最期を本当にできる限りの手厚い介護をしてあげたいのです。その結果、自分は人間に生まれてきてよかった。こんなによくしてもらえるのだったら、人間に生まれてきて本当によかったと思ってもらいたいのです」
これは、なかなか言えるセリフではないと思います。本当に極限まで「人々のために生きる」という「LOVE IS ACTION」の生き方をした人しか行き着くことのない境地だと思います。
最後に、著者は「私の体を通してからにしてください」という天皇のことばを紹介します。「四方拝」について、著者は次のように書いています。
「1月1日、早く起きた天皇は東西南北、四方の空に向かってこう言うというのです。
『もし今年、日本に災いが降ってくるのであれば、まず私の体を通してからにしてください』これを、四方拝というそうです。普通では考えられない話です。
病気や事故、不運や災難というものを逃れたい。自分だけはそういうものに見舞われたくないと思うのが普通です。当然のことです。しかし、世の中にはこんなことを考えている方がいるのだ、ということが私には大いなる衝撃でした。
私自身が病気の身なので、ショックは二重三重にも重なりました」
この文章を書いてからしばらくして、著者は病気のためにこの世を去りました。著者が本書の最後の「珠玉のことば」として紹介したひとことが釈迦やキリストのことばでなく、日本の天皇のことばであったという事実に色々と考えさせられました。
著者を先達として、「心学」の道に生きるわたしも、いつかこのような「珠玉のことば」を集めてみたいと思います。