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No.0610 SF・ミステリー 『崩れる』 貫井徳郎著(角川文庫)
2012.05.30
『崩れる』貫井徳郎著(角川文庫)を読みました。
著者は、名作『慟哭』を書いた気鋭の作家です。数々の長編の問題作で知られる著者ですが、本書は短編集です。本書には、「結婚にまつわる八つの風景」というサブタイトルがついています。 「なにか婚活イベントの参考になるかも?」と思って本書を読み始めました。
しかし、まったく参考にはなりませんでした。それどころか、「結婚って怖い!」と読む者の心に強烈な印象を与える、ものすごく怖い短編集でした。これを読んだ未婚者たちは「結婚なんてしたくない」と思いかねません。
本書には、「崩れる」「怯える」「憑かれる」「追われる」「壊れる」「誘われる」「腐れる」「見られる」の8つのミステリー短編が収められています。表紙カバー裏には、以下のような内容紹介があります。
「仕事もしない無責任な夫と身勝手な息子にストレスを抱えていた芳恵。ついに我慢の限界に達し、取った行動は・・・(『崩れる』)。30代独身を貫いていた翻訳家の聖美。ある日高校の同級生だった真砂子から結婚報告の電話があり、お祝いの食事会に招待される・・・(『憑かれる』)。家族崩壊、ストーカー、DV、公園デビューなど、現代の社会問題を『結婚』というテーマで描き出す、狂気と企みに満ちた8つの傑作ミステリ短編集」
その情景が目に浮かぶような映像的な作品が多いです。そのままフジテレビ「世にも奇妙な物語」の原作になりそうな感じです。実際、この中の「憑かれる」は、松下奈緒主演で同番組でドラマ化されました。どの作品にも、いつ自分に起こっても不思議でない出来事が描かれています。
誰にでも当てはまるような「日常」と、身震いするような「非日常」とのコントラストが素晴らしいです。特に最初の「崩れる」が秀逸で、ストレスを溜め続け、最後には破滅的な行動に出る主婦が登場します。「主婦とは、こんなにもストレスフルなのか!」と驚くことも多々あり、我が身を省み、あらためて妻に感謝の念を抱きました。
それにしても、主婦やOLをはじめ、女性の心理を見事に描き出す著者の筆力には感服しました。よほど、女心を知り尽くしている人なのではないでしょうか。
1994年から1996年にかけて、著者はこの作品群を書いたとか。留守番電話のエピソードなどは古いアイテムを使っているにもかかわらず、まったく古さを感じさせません。きっと、そんな小道具など関係なく、人間の心の奥にある普遍的な恐怖を描いているからでしょう。また、児童虐待、ストーカー、DV、公園デビューといった、まだ当時社会問題になっていなかった話題を題材にしていたのには驚かされます。優れた小説は、時代を先取りするということでしょうか。