No.0700 エッセイ・コラム | 宗教・精神世界 『遺伝子オンで生きる』 村上和雄著(サンマーク文庫)

2013.03.31

 村上和雄シリーズ6冊目は、『遺伝子オンで生きる』(サンマーク文庫)です。
 「こころの持ち方であなたのDNAは変わる!」というサブタイトルで、帯には「遺伝子の能力を自分でコントロールして生きる!」「バイオテクノロジーの世界的権威が語る遺伝死のスイッチ・オン/オフで『あなたの無限の可能性を目覚めさせる法』」と書かれています。

 本書は、以下のような構成になっています。

「文庫化によせて」
プロローグ:遺伝子オンでどう生きるか
第1章:遺伝子オンで人は変わる
第2章:どうすれば遺伝子オンになるか
第3章:遺伝子オンで生きている人たち
第4章:遺伝子オンと心のかかわり方

 それにしても、いっぷう変わった書名です。「遺伝子オンで生きる」とは、いったいどういうことなのか? 冒頭の「文庫化によせて」で、著者は次のように説明します。

 「遺伝子にはスイッチのオン/オフのような機能があります。このスイッチは3つの要因によってオンになります。その3つとは、物理的、化学的、精神的なものです。そして、私は精神的要因に注目しています。たとえば、糖尿病の患者さんの血糖値を『笑い』で下げてられることが実験によって証明されています。だとすれば、「心の持ち方」でよい遺伝子をオンにすることもできるはずであり、それによって、よりよい生き方ができるはずです」

 著者は40年におよぶ研究生活で、「思いが遺伝子の働きをオン/オフにする」と確信するようになりました。著者の『生命の暗号』でもそのことについて触れたところ、思いがけないほどの反響があったそうです。そして、「すべてが遺伝子レベルで決められている」と思い込んで、憂鬱になっていた人たちから、「遺伝子にオン/オフがあると知って気が楽になりました」という感謝の言葉をたくさん貰ったとか。
 その後、著者は大学を退官した後も、多くの一般の人々が遺伝子に興味をもっているのを知って、この方面の研究を続ける決意をしました。そして、ついに次のような1つの仮説を立てました。

 「感動、喜び、イキイキワクワクすることが、よい遺伝子のスイッチをオンにし、悲しみや苦しみ、悩みが悪い遺伝子のスイッチをオンにする」

 この仮説を証明するため、著者は自身が所属する財団法人国際科学振興財団に、「心と遺伝子研究会」を立ち上げたそうです。

 本書には、遺伝子のスイッチをオンにする方法がいろいろ紹介されています。中でも興味深かったのが、断食という方法でした。著者は述べます。

 「断食という行為は、個体にとってはそれまでと異なった環境におかれることです。それまで1日3度の栄養補給の機会に恵まれていたのが、急に水だけになってしまった。体はしばらくは蓄積した栄養素で急場をしのぐでしょうが、それでも栄養が供給されないとわかると、真剣に生命維持を考えるようになるはずです。そうなったとき、それまで眠っていた遺伝子がオンになる。少なくとも通常レベルではオフだった遺伝子が働き出し、それによって生命体を守ろうとします。断食によって通常の状態では治りにくかった病気が改善される例がよく見られるのは、こういうメカニズムだと思います」

 また、祈りというのも遺伝子オンの効果的な方法だそうです。著者は述べます。

 「祈りの方法は、自分で祈るのはもちろん効果的ですが、家族など身近な人の祈り、他人の祈りも効果的であることは明らかです。科学的にはその理由はまだ解明されていませんが、祈りによって症状によい変化が表れるのは、遺伝子が働いている証拠でしょう。したがって祈りが遺伝子オンに何らかの働きかけをすることは疑う余地がありません」

 本書で最も興味深かったのは、ノーベル平和賞受賞者であるダライ・ラマと、ノーベル物理学賞受賞者である小柴昌俊教授との対話のエピソードです。小柴氏が「アルカイダとかビン・ラディンのようなテロリストをどう思われるか。いくらダライ・ラマさんでも許せないでしょう」という意味の発言をしました。
 すると、ダライ・ラマは「ビン・ラディンは銃を持ち、私は仏像しか持っていないから、対話は非常に難しいと思うが」と前置きしてから、「どんな悪い人間でも、心の奥底には良心というものがある。それを忘れてはいけない。何かが起きるためには必ず原因がある」と言ったそうです。

 ダライ・ラマの発言は、いわゆる仏教の因果律の考え方です。この考え方は遺伝子が取り巻く条件によって働きが変わってくるのとよく似ているとして、著者は次のように述べます。

 「遺伝子はたしかに人間の生命をつかさどるものですが、すべてが遺伝子で決まるのではない。遺伝子と環境との相互作用によって決まってくる。だから遺伝子も大事だが、環境も大事だということ。それに近いことをダライ・ラマは『たとえヒットラーやスターリンであっても、環境とか時代とかさまざまな条件によって現れてきたものと、現れなかったものとがある。仏性は誰にでもあるのだ。すべての人の心に慈悲や愛は宿っている』といいきられたのです」

 そして、遺伝子についての思索を深める著者は「子供は誰のものなのか」という根本的な問題に至ります。子供は、その両親がつくった所有物なのではなく、サムシング・グレートからの預かりものである。あくまでサムシング・グレートが主役であって、両親は脇役にすぎない。両親は「子供をつくる」のではなく、ただ「受精のお手伝い」をしただけであるというのです。著者はこういう事実を戦後の日本人は再認識する必要があるとして、次のように述べます。

 「戦後からいままでに葬り去られた胎児の生命は、6700万人に上るといわれていますが、この数字は過去百年間に世界中で起こったすべての戦争の犠牲者の数にほぼ匹敵するのです。これは日本人の生命観が変わってしまい、『子供はつくるもの』という意識が強くなったからだと思います」

 最後に、次の言葉で著者は本書を締めくくります。

 「生命は、宇宙、地球、サムシング・グレートが、膨大な時間を費やしてつくり出した最高傑作です。人間の知恵や工夫でできたものではない。そのことをけっして忘れずに謙虚な気持ちで接することが大切であると思います。そして、そのような態度が、遺伝子オンで生きるための最低の条件であるのかもしれません」

 本書には、最新の研究成果や、著名人の具体例を通して遺伝子オンでいきるための方法が示されています。眠っている遺伝子がオンになれば、誰もが天才になれるのかもしれませんね。

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