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No.0731 小説・詩歌 『旅屋おかえり』 原田マハ著(集英社)
2013.05.29
『旅屋おかえり』原田マハ著(集英社)を読みました。
著者の本を読むと、美術館のキュレーター(『楽園のカンヴァス』)とかスピーチ・ライター(『本日は、お日柄も良く』)など、一般人にはあまり馴染みのない職業の様子が詳しく描かれていて興味深いのですが、本書に登場する職業はまたとびきり変わっています。それは、なんと他人の代わりに旅に出かけるという新しいビジネスでした。そう、旅行代理店ならぬ「旅代理業」です。
本書は、WEB文芸「レンザブロー」2009年9月~2010年12月に連載されたものを単行本化にあたって加筆・修正しています。かわいらしいカバーの装画は”たけわきまさみ”の作品です。本書の帯には、「旅に出ます、あなたのために。」というキャッチコピーに続いて、次のように書かれています。
「売れないアラサータレント『おかえり』こと丘えりか。唯一のレギュラー番組が、まさかの打ち切り・・・・・。依頼人の願いを叶える『旅代理業』をはじめることに。とびっきりの笑顔と感動がつまった、読むサプリメント!」
また、帯の裏には次のように書かれています。
「もう一度見たいあの風景、もう二度と帰れない故郷。事情を抱えた依頼人のため、『おかえり』こと丘えりかが日本各地に向かう」
「出会って、笑って、泣いて―『おかえり』の旅は、あなたの人生を変えていく」
この物語の主人公は、元アイドルの丘えりか、略して「おかえり」です。彼女は零細の芸能プロダクションの唯一のタレントなのですが、その仕事は旅番組の「ちょびっ旅」のレポーターのみでした。この番組、視聴率はさほど高くないのですが、長年続いているだけにコアなファンは存在していました。しかし、彼女がスポンサーの社名をライバル会社の名前と言い間違えたことから、番組は打ち切られてしまします。吹けば飛ぶような小さな芸能プロダクションは廃業の危機に瀕しますが、さまざまな事情を抱えた依頼人の代理として旅をする「旅屋」なる新ビジネスを開始します。
ここから涙、涙の人情ストーリーがジェットコースターのように進んでいきます。もともと涙腺の弱い体質もあって、わたしは何度もハンカチを濡らしました。この読者の心の琴線に触れる感動のハートフル・ストーリーは、著者の小説『キネマの神様』や『本日は、お日柄もよく』にも共通します。それは本のスタイルにも言えることで、『楽園のカンヴァス』や『ジヴェルニーの食卓』のような格調高い文章や重厚な展開ではなく、もっとポップなタッチで綴られた人情噺となっています。このように2つのスタイルの小説を書き分けられるところが作家・原田マハの凄みですね。
本書にはいろいろな魅力的な土地が登場します。「おかえり」が生まれ育った礼文島、しだれ桜が咲き誇る秋田の角館、そして、和紙の街である愛媛県内子町など・・・・・。どこもわたしが行ったことのない場所ばかりで、「旅がしたい!」という欲求を大いに刺激されました。この物語、「自分のために旅をする」ではなく「誰かのために旅をする」というのが新しくていいなと思いました。「自分探しの旅」はよく聞きますが、旅をすることによって他人に奉仕するというアイデアが面白いですね。
最後に、「おかえり」という言葉の素晴らしさをあらためて感じました。「おかえり」の前には「ただいま」があり、さらにその前には「行ってらっしゃい」があるわけですが、この「行ってらっしゃい」とは祈りの言葉にほかなりません。旅に出れば交通事故をはじめ、事件に巻き込まれたり、犯罪に遭遇したり、さまざまな不安があります。それを「行ってらっしゃい」という言葉を発することによって、「どうか無事で帰ってきてください」という祈りを込めているのです。そして、「ただいま」は「無事に帰ってきましたよ」という報告であり、「おかえり」は「あなたが無事で帰ってきて嬉しい」というメッセージなのですね。
「行ってらっしゃい」「ただいま」「おかえり」がたくさん言われる社会・・・・・それは大いなる観光とホスピタリティの社会であると言えるでしょう。本書は、旅のお供に最適の一冊です!