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No.0807 コミック 『幽麗塔(第1集~第5集)』 乃木坂太郎著(小学館)
2013.10.08
『幽麗塔』乃木坂太郎著(小学館)第1集~第5集を読みました。
『江戸川乱歩異人館』というコミックが大変面白かったので、他にもこの手のコミックが読みたくなりました。そこでアマゾンで『江戸川乱歩異人館』を調べ、例の「この商品を買った人はこんな商品も買っています」で本作の存在を知った次第です。現在、「ビッグコミック スペリオール」で連載中です。
いや、『江戸川乱歩異人館』に負けない妖しい魅力を持った傑作でした。作者の乃木坂氏は単行本既刊累計1000万部を突破した『医龍』の大ヒットで有名です。とにかく絵がきれいで、登場人物が魅力たっぷりに描かれています。その乃木氏、じつは新人時代からサスペンスとホラーの2大ジャンルを得意としていたそうです。ドラッカーの「強みを生かせ」ではないですが、乃木坂氏が自身の「強み」を生かしまくって、途方もない面白い物語を生み出してくれました。
この作品は、明治時代の作家である黒岩涙香の『幽霊塔』を原作としています。涙香は、イギリスの小説家アリス・マリエル・ウィリアムソンの小説『灰色の女』を基にした翻案長編小説として『幽霊塔』を書きました。この涙香の『幽霊塔』の魅力に取り憑かれたのが若き日の江戸川乱歩です。乱歩は「その怖さと恐ろしさに憑かれたようになってしまって、(中略)部屋に寝転んだまま二日間、食事の時間も惜しんで読みふけった」と、「探偵小説四十年」に書いています。
「少年版 江戸川乱歩選集」の『幽霊塔』
その乱歩も自ら『幽霊塔』の翻案小説を書いています。わたしは小学生の頃に、その乱歩版『幽霊塔』を読み、すっかり魅了されました。それは児童向けの乱歩のシリーズで全6巻でしたが、 『幽霊塔』をはじめ、『幽鬼の塔』『蜘蛛男』『一寸法師』『緑衣の鬼』『三角館の恐怖』などが、ものすごくオドロオドロしい絵の表紙カバーで書店に並んでいました。それは、もう子どもにとってはトラウマになりそうな恐ろしさでしたが、『幽霊塔』をワクワクドキドキしながら一気に読了したわたしは、「いつか、自分もこんな怪奇幻想小説を書いてみたいものだ」などと思いましたね。
「少年版 江戸川乱歩選集」の世界!
『幽霊塔』は、時計塔のある、いわくつきの古い屋敷が売り出されることから物語が始まります。主人公は、先祖の縁で屋敷を買った叔父の命で下検分に出かけます。そこで謎めいた美しい女性と出会い、次々と謎の人物が現れます。首なしの死体、時計塔のからくり、隠された財宝・・・・・もう手に汗握って読みました。
乃木坂氏は、涙香の『幽霊塔』を原作としながらも、独自の解釈を加えました。そして、『幽麗塔』という新たな大傑作を生み出したのです。時は昭和29年、舞台は神戸です。ニートの天野は、幽霊塔と呼ばれる時計塔で、白い何者かに襲われます。もうすぐで死んでしまうというところで、謎の美青年・テツオに救われます。テツオは、「幽霊塔の財宝探しを手伝えば、金も名誉も手に入る」と天野にささやきます。しかしテツオには、意外な正体がありました。
あまり詳しく書くと「ネタバレ」になりますが、この作品の魅力の1つは「ジェンダー」を超えるところです。男が女になり、女が男になる。また、塔の中には「死番虫」という謎の怪人が潜んでいるのですが、このあたりはガストン・ルルーの『オペラ座の怪人』を連想してしまいます。また瀬戸内海の孤島、平家の隠れ里、ニコラ・テスラみたいな博士の主宰する奇怪な研究所・・・・・これでもかというほど、「サスペンス」と「ホラー」の要素が出てきて、てんこ盛り状態になっています。とにかく、涙香や乱歩だけでなく、横溝正史も小栗虫太郎も夢野久作も、かつての探偵小説の黄金時代の作家たちの妖しい香りがこのコミックからはプンプン匂ってくるのです。こんなアナクロな物語が現代日本のコミック誌に忽然と甦り、しかも大人気を博しているとは「嗚呼、愉快なり!」の一言です。
最近読んだ漫画の中では、桁外れの面白さです。もう、第6集が待ち遠しくて仕方ありません!