No.0840 オカルト・陰謀 『現代オカルトの根源』 大田俊寛著(ちくま新書)

2013.12.17

『現代オカルトの根源』大田俊寛著(ちくま新書)を読みました。
著者は、1974年生まれの気鋭の宗教学者です。一橋大学社会学部を卒業、東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻宗教学宗教史学専門分野博士課程を修了し、現在は埼玉大学の非常勤講師を務めています。

著者の本は、『グノーシス主義の思想』『オウム真理教の精神史』この「読書館」でも紹介しました。わたしはこの2冊を非常に高く評価しており、著者のことを「宗教学の超新星」であると述べました。また、「オカルト」全般をテーマとした本では、これまでにも 『オカルト超入門』『オカルト』 、『ぼくらの昭和オカルト大百科』『オカルトの帝国』『オカルトの惑星』などの本も紹介してきました。

本書の帯には「世界に蔓延する幻想の正体!」と大書されており、カバーの前そでには以下のような内容紹介があります。

「ヨハネ黙示録やマヤ暦に基づく終末予言、テレパシーや空中浮揚といった超能力、UFOに乗った宇宙人の来訪、レムリアやアトランティスをめぐる超古代史、爬虫類人類陰謀論―。多様な奇想によって社会を驚かせる、現代のオカルティズム。その背景には、新たな人種の創出を目指す『霊性進化論』という思想体系が潜んでいた。ロシアの霊媒ブラヴァツキー夫人に始まる神智学の潮流から、米英のニューエイジを経て、オウム真理教と〈幸福の科学〉まで、現代オカルトの諸相を通覧する」

本書の目次構成は、以下のようになっています。

「はじめに」

第一章 神智学の展開
1. 神智学の秘密教義―ブラヴァツキー夫人
2. 大師のハイアラーキー―チャールズ・リードビーター
3. キリストとアーリマンの相克―ルドルフ・シュタイナー
4. 神人としてのアーリア人種―アリオゾフィ

第二章 米英のポップ・オカルティズム
1. 輪廻転生と超古代史―エドガー・ケイシー
2. UFOと宇宙の哲学―ジョージ・アダムスキー
3. マヤ暦が示す2012年の終末―ホゼ・アグエイアス
4. 爬虫類人陰謀論―デーヴィッド・アイク

第三章 日本の新宗教
1. 日本シャンバラ化計画―オウム真理教
2. 九次元霊エル・カンターレの降臨―幸福の科学

「おわりに」

「主要参考文献一覧」

最近、オウム真理教の後継団体の1つである「ひかりの輪」の代表である上祐史裕氏から『危険な宗教の見分け方』(ポプラ新書)という新刊がわたしのもとに送られてきて、ちょっと驚きました。普段からも各種の宗教団体などからの献本は多いのですが、今回の場合は、上祐氏の著書『オウム事件17年目の告白』をわたしが自身のブログで取り上げたせいかもしれません。

その上祐氏と著者・大田氏は2012年に刊行された雑誌で対談し、「オウム真理教を超克する」をテーマに語り合いました。そのとき、上祐氏は「88年がひとつの転換だったとすれば、それは麻原の考えのなかに、普通に人類を救済するのではなくて、『人類の種の入れ替え』を行なうという考え方が出てきたからです。これは、修行をせず悪業を積む大半の普通の人たちを滅ぼしてしまい、修行をして善業を積む者たちのみの国をつくるという意味だったのです」と発言したそうです。この「種の入れ替え」という言葉に大きなインパクトを受けたという大田氏は、「言われてみれば確かに、オウム真理教の世界観をこれほどまでに凝縮して表現した言葉も、他に存在しないだろう。すなわち、オウムによるあらゆる活動は、『種の入れ替え』こそをその目標としていたのである」と本書に書いています。

それでは、「種の入れ替え」とは何か。著者は次のように述べます。

「麻原の目から見れば、資本主義と社会主義のあいだに大きな違いはない。なぜなら両者は、ともに世界を物質的なものとしてしか捉えておらず、そのあいだには、物質的な富をどのように生産・分配するかという方法の違いしか存在しないからである。麻原は、現在の世界において人間たちは、物質的豊かさのなかに埋没し、霊性=精神性の次元を蔑ろにした結果、『動物化』していると語る」

つまり麻原は、いわゆる二元論者だったということになります。著者も「麻原彰晃の世界観、そしてオウム真理教の教義は、その根幹において、きわめて単純な二元論から成り立っていた。その二元論とはすなわち、現在生きている人間たちは、霊性を高めて徐々に『神的存在』に近づいてゆく者と、物質的次元に囚われて『動物的存在』に堕ちてゆく者の2つに大別される、というものである」と述べています。そして著者は、以下のように「種の入れ替え」について説明します。

「オウムの世界観によれば、現代における真の対立とは、資本主義と社会主義のあいだに存在しているのではない。先に述べたように、両者はともに物質主義的価値観に立脚しており、その表面上のヴァリエーションが異なるにすぎないからである。真の対立はむしろ、『神的種族(神人)』と『動物的種族(獣人)』のあいだにある。近い将来に勃発する最終戦争=ハルマゲドンにおいては、秘められていた両者の対立が顕在化し、それぞれがこれまで積み上げてきた業に対する審判が下される。真理の護持者であるオウムは、最終戦争を生き抜くことによって、世界を支配する主流派を、動物的種族から神的種族へと『入れ替え』なければならない―。これこそが、麻原が口にした『種の入れ替え』という言葉の意味である」

このような動物的種族から神的種族へと人類が進化していくといった考え方は「霊的進化論」と呼ばれます。この思想の源流はヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー(1831~91)が創始した「神智学」という宗教思想運動であるとされています。ブラヴァツキーはロシア生まれの神秘思想家ですが、「人類の救世主」あるいは「稀代の詐欺師」などと呼ばれ、これほど毀誉褒貶の激しい人物も珍しいと言えます。

ブラヴァツキーが創始した「神智学」は後の神秘主義思想に多大な影響を与えましたが、著者は次のように述べています。

「全体としてブラヴァツキーが構築した神智学の教説とは、西洋オカルティズムの世界観を基礎に置きつつ、秘密結社・心霊主義・進化論・アーリアン学説・輪廻転生論といった雑多な要素を、その上に折衷的に積み重ねていったものと捉えることができる。その意味において神智学は、古代以来の西洋的隠秘主義(オカルティズム)や秘密主義(エソテリズム)の伝統に連なるものであり、その現代的亜流の1つにすぎない、と言わなければならないだろう」

神智学の誕生の背景を考える上で、きわめて大きな存在が進化論でした。1859年、ブラヴァツキーが28歳のときにダーウィンの『種の起源』が出版され、世界中に多大な衝撃を与えました。特に進化論の影響を強く受けたのがピューリタンによって建国されたアメリカでした。敬虔なキリスト教徒たちは進化論を邪説として排撃し、生物学的進化論とキリスト教的創造論は鋭く対立しました。その対立は現在も続いています。しかし、進化論の普及につれて、純朴なキリスト教信仰をそのまま維持することは困難となり、アメリカ人たちもより合理的な新しい宗教観や死生観を求めていました。

そうした欲求に応えた形になったのが「心霊主義(スピリチュアリズム)」でした。1847年、ニューヨーク州の小村ハイズヴィルにおいて、フォックス姉妹という少女たちが死者の霊との交信に成功したとして、それをきっかけに心霊主義が生まれました。「人間は死後も霊界で生き続ける」というこの思想運動は欧米社会で大流行しました。それによって死者との交信をショーとして見せる「交霊会」が各地で開催されましたが、ブラヴァツキーも交霊会を開く霊媒の1人でした。そして、彼女はニューヨークにおいて「神智学協会」を設立するのです。

心霊主義の他にも、神智学が強い影響を受けた思想がありました。西洋社会に伏流のように流れる「フリーメイソン」の思想です。著者は述べます。

「ブラヴァツキー 、オルコット、リードビーターといった初期の神智学の代表者たちは、その多くが何らかの仕方でフリーメイソンの組織と接触しており、ある側面において神智学協会は、『神秘主義的フリーメイソン』の一種であったと見ることもできるだろう。両者の共通点としては、従来の宗教の垣根を越えた普遍的真理の探究、『同胞』相互の自由で対等な友愛、秘儀的なイニシエーション、各支部が『ロッジ』と呼ばれること、等が挙げられる」

創始者であるブラヴァツキーの死後、英国国教会の聖職者から神智学に転じたチャールズ・リードビーターによって神智学は隆盛しました。その後、彼は14歳の少年であるジッドウ・クリシュナムルティなどの人材を発掘しますが、神智学は徐々に衰退していきます。そして、ドイツで有名な神秘主義者であるルドルフ・シュタイナーが登場します。シュタイナーは「神智学」の教義を発展させて、自ら「人智学」を提唱しました。リードビーターとシュタイナーについて、著者は次のように述べています。

「リードビーターには、英国国教会の聖職者を務めた経験があったが、にもかかわらずその理論は、ヒンドゥー教や仏教からの影響が濃厚に見られ、全体として東洋的色彩を帯びていた。それに対してシュタイナーは、キリスト教の歴史観やドイツ・ロマン主義の生命論といった西洋の諸思想を基盤として、神智学の体系を再構築した。こうした点において、両者は対極的な位置にあったと見ることができるだろう」

しかし、リードビーターもシュタイナーも、ブラヴァツキーの霊性進化論を踏襲したという点においては共通していました。本書には3人の霊性進化論の内容が詳しく紹介されていますが、専門書ならともかく、入門書の性格が強い新書でこの細かい説明は不要だったと思います。そのため、本書自体が非常に読みにくくなってしまっており、広い読者を得ることが難しくなりました。
しかしながら、シュタイナーの霊性進化論は非常に興味深いものです。
ちなみにシュタイナーはわたしの敬愛する思想家の1人であり、翻訳された彼の著作はほとんど読んでいます。

著者は、以下のようにシュタイナーの神秘思想の核心について触れます。

「シュタイナーは、キリストの本質は『太陽神』であると述べている。キリストの存在は、遥か太古から、少数の秘儀参入者たちのあいだで認識されてきた。そして、ペルシャ文化期においてその霊格は、アーリマンと対立する光の神の『アフラ・マズダ』として、多くの人々の前に姿を現した。しかし、その本質が初めて明瞭に示されたのは、イエスの磔刑=『ゴルゴタの秘儀』においてである。シュタイナーの理論によれば、キリストの受肉によって人類は、物質界と霊界双方の存在を明確に理解するようになった。それは『地球期』において、物質性と霊性の双方を兼ね備えることによって『自我』を獲得した人類にとって、さらに高度な霊性に向かって進化するための転換点を画するものなのである」

神智学における霊性進化論は、20世紀初頭に「アリオゾフィ」という思想運動を生みました。本書の白眉は、このアリオゾフィがドイツやオーストリアにおいて徐々に支持者を増やしてゆき、ついにはナチズムの源流の1つを形成するに至る流れを説いた部分です。著者は「アリオゾフィ」について述べます。

「白色人種のなかでも、神的要素をもっとも多く留めているのはゲルマン民族であり、金髪・碧眼・長身といった身体的特徴は、神に近い存在の証であるとされる。ゆえにゲルマン民族は、劣等人種との雑婚を拒絶して血統の純粋性を回復し、神への進化の道を再び歩まなければならない。ランツは、キリスト教を始め、さまざまな宗教の伝統のなかには、人間に内在する神性を回復させるための鍵が隠されていると考えた。後に彼はそれを『アーリアの叡知』=アリオゾフィと称するようになる」

アリオゾフィからは「トゥーレ協会」というオカルト団体が誕生し、さらにはナチスがその影響下にあったわけです。そこには、アーリア人こそが「神人」としての霊的存在であるのに対し、ユダヤ人は世界を破滅させる「獣人」獣であるという思想がありました。そして、ナチスの行動の背景には、「人類全体が獣に堕落するのを防ぎ、霊性を高めねばならない」という信念があったわけです。これがオウムの「種の入れ替え」に通じているのは明らかです。著者は述べます。

「ナチズムにおける民族的運動が、通常の近代的ナショナリズムの範疇を遥かに超える暴挙に結びついた原因の1つとして、霊性進化論に基づく特異な世界観からの隠然たる影響があったということを、われわれは決して見逃してはならないだろう」

第二章「米英のポップ・オカルティズム」では、冒頭で著者は述べます。

「神智学が作り出した思想体系、すなわち本書において『霊性進化論』と呼ぶ潮流が、それで途絶えたというわけではない。第二次大戦後、アメリカが世界の中心国の1つとなり、資本主義経済の発展によって本格的な大衆消費社会が実現されると、霊性進化論も装いを変え、ポップなオカルティズムとして多くの人々に受容されることになる。そしてその動きは、1960年代以降のアメリカにおいて、『ニューエイジ』と呼ばれる現象の重要な一角を占めるものとなっていったのである」

ここでは、エドガー・ケイシーをはじめとした超能力者などが登場しますが、ケイシーの思想の背景にはアトランティス大陸が実在したという超古代史論がありました。著者はケーシーの項の最後に、次のように書いています。

「世界の諸文明がアトランティスに起源を持つという超古代史論は、ブラヴァツキーの時代にも流行していたが、ケイシーを介して戦後にブームが再燃し、さまざまな大衆的オカルト文献のみならず、SFやアニメにおいても頻繁に取り上げられるようになった(よく知られている例では、イギリスの作家グラハム・ハンコックが1995年に刊行して世界的ベストセラーとなった『神々の指紋』や、庵野秀明監督のアニメ作品『ふしぎの海のナディア』等が挙げられる)。科学技術の暴走による文明の滅亡という物語は、核兵器の脅威に切迫感を覚えつつあった当時の人々にリアリティをもって受け止められ、ケイシーの終末予言は、ノストラダムスのそれを裏書きするものとして捉えられたのである――結果として彼の予言は、ほとんど何1つ当たることがなかったのだが」

また、地球は爬虫類人によって侵略されているという驚くべき説を唱えるイギリスのニューエージ系思想家デービッド・アイクも紹介されています。アイクの項の最後で、著者は次のように書いています。

「古来、悪魔や悪霊といった存在は、不安・恐怖・怨念といった否定的感情、あるいは過去に被った心的外傷を、外部に投影することによって形作られてきた。近代においてそれらは、前時代的な迷信としていったんはその存在を否定されたが、しかし言うまでもなく、それらを生みだしてきた人間の負の心性自体が、根本的に消え去ったというわけではない。そうした心情は今日、社会システムの過度な複雑化、地域社会や家族関係の歪み、個人の孤立化などによって、むしろ増幅されてさえいるだろう。一見したところ余りに荒唐無稽なアイクの陰謀論が、少なくない人々によって支持されるのは、『爬虫類型異星人』というその形象が、現代社会に存在する数々の不安や被害妄想を結晶化させることによって作り上げられているからなのである」

このあたりの著者の記述に、わたしは「宗教学の超新星」らしさを感じました。

「あとがき」で、著者は次のように書いています。

「最後に、あらためて問いを立てておこう。霊性進化論は、どのような理由で歴史に登場したのだろうか。また、それが少なくない人々に受容されるのは何故だろうか。この問いに対する答えを見出すためには、近代においてダーウィンの進化論が及ぼした広範な影響力について認識しておく必要がある。なぜなら霊性進化論は、生物学的な進化論に対する共鳴と反発によって生み出された、その歪んだ『変種』と見なしうるからである」

この著者の意見に、わたしも賛成です。「人間の先祖は猿である」という進化論は、多くの人々にとってニュートンの「万有引力の法則」発見以来の衝撃だったと言ってもよいでしょう。わたしは『法則の法則』(三五館)において、願望は実現するという「引き寄せの法則」の源流を探りました。そして、ニュートンが発見した「万有引力の法則」のアナロジーが「引き寄せの法則」というアイデアを生んだことを指摘しました。「万有引力」は物理界における引く力であり、「引き寄せ」は精神界における引く力なのです。それと同様に、神智学に端を発する「霊性進化論」がダーウィンの進化論のアナロジーであることは明白だと思います。ニュートン・インパクトが「引き寄せの法則」を生んだように、ダーウィン・インパクトが「霊性進化論」を生んだのではないでしょうか。

さらに、著者は次のように書いています。

「人間を単なる物質的存在と捉えるのではなく、その本質が霊的次元にあることを認識し、絶えざる反省と研讃を通じて、自らの霊性を進化・向上させてゆくこと。それが霊性進化論の『正』の側面であるとすれば、しかしこの思考法は、その裏面に強烈な『負』の側面を隠し持っている。端的に言えば、霊性進化論は往々にして、純然たる誇大妄想の体系に帰着してしまうのである」

そうした負の側面について、著者は(1)霊的エリート主義の形成、(2)被害妄想の昂進、(3)偽史の膨張の3点を指摘しています。このように妄想そのものともいえる霊性進化論ですが、この思想を一笑に付すことはできないとして、著者は以下のようにその理由を述べます。

「宗教と科学のあいだに開いた亀裂、すなわち、科学的世界観や物質主義的価値観のみで社会を持続的に運営することが本当に可能なのか、長い歴史において人間の生を支え続けた過去の宗教的遺産を今日どのように継承するべきかといった、霊性進化論を生み出す要因となった問題は、根本的な解を示されないまま、今もなおわれわれの眼前に差し向けられているからである」

以上の文章は「あとがき」の最後に書かれています。本書はやや細部の説明にこだわりすぎたきらいはあるものの、現代のオカルト思想の源流を探るという目的は果たしていると思いました。

しかし、わたしが本当に読みたい著者の新作は、本書のようなオカルト思想の通覧などではなく、最近関心を持たれているという葬送儀礼論であることを付け加えておきます。才能ある著者にこのテーマは、もったいない気がしました。ぜひ、次は著者の骨太な葬儀論が読みたいです。

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