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No.0893 民俗学・人類学 『和食の知られざる世界』 辻芳樹著(新潮新書)
2014.03.22
『和食の知られざる世界』辻芳樹著(新潮新書)を読みました。
互助会保証の藤島安之社長から頂戴した本です。著者は、1964年大阪生まれ。12歳で渡英。米国でBA(文学士号)を取得しています。1993年、父である辻静雄の跡を継ぎ、辻調理師専門学校校長、辻調グループ代表に就任しています。海外への和食の発信も積極的に行っており、著書に『美食のテクノロジー』 『美食進化論』などがあります。
本書の帯には、著者の上半身の写真および食材の写真とともに、「なぜ『世界遺産』たりうるのか」「辻調グループ代表だから書けた『和食の真実』」と書かれています。また、カバーの前そでには、以下のような内容紹介があります。
「料理研究者として知られる辻静雄を父に持つ著者は、幼い頃から味覚の英才教育を受けてきた。そしていま、世界が賞賛する『和食』の未来に大きな希望と一抹の不安を抱いている。なぜ海外の一流シェフは和食に驚嘆したのか? 料理を最高の状態で味わうコツとは? 良い店はどこが違うのか? 歴史的変遷から、海外での成功例や最先端の取組みまで、世界の食を俯瞰的に見つめ続けてきた著者だからこそ書けた、和食の真実」
本書の目次構成は、以下の通りです。
序章 和食の驚くべき広がり
第一章 「カリフォルニアロール」は和食か?
第二章 和食はそもそもハイブリッドである
第三章 「美食のコーチ」の必要性
第四章 和食の真髄が見える瞬間
第五章 ニューヨークで本格懐石を
「あとがき」
「主要参考文献」
最近、世界中で「和食」がブームと言われます。序章「和食の驚くべき広がり」には、「なぜ爆発的人気なのか」として、『日経ビジネス』(2013年7月15日号)に掲載された次のようなデータが紹介されています。
「世界の日本食レストランの数は、この3年で2倍近く(3万店が5万5000店に)増加」
「従来の寿司だけでなくラーメン、カレーなどにもすそ野が広がる」
「好きでよく外食する外国料理は?の質問に、イタリアと中国では4分の1の人が『和食』と答え、韓国、フランス、香港でもナンバー1」
「2002年時点で2.2兆円だった日本食の市場規模は、2020年には最大6兆円に」
これらのデータを見て、著者は次のように述べています。
「様々な業界で『ガラパゴス化』『衰退化』が言われる日本経済にあって、まさに『食』だけは別世界の勢いなのだ。
では、その躍進の秘密はどこにあるのか。子細にこの状況を見ていくと、1つのトレンドがあることに気づく。それは、世界の大都市に生まれている和食レストランの経営者は日本人ではなく異文化の人が多いという点、そして、日本人に違和感のないテイストの店であって、かつ外国人に受け入れられるメニューを開発している店が増えているという点だ」
著者によれば、そもそも現在の和食ブームは日本人の料理する和食が世界に大々的に「発信」されて広まったのではないとして、次のように述べています。
「むしろ日本以外の『異文化の人々』の味覚や食感が広がり、和テイストの味付け、食材、料理方法等に馴染んでくれた結果なのである。
そして、その『広がり』を生んだ理由は、日本人の努力というよりは、むしろ異文化の人々の日本に対する憧れであったり、『低カロリーでヘルシー 』という和食の持つ効能を評価してくれた結果であったり、長い歴史を持つ日本という文化への畏怖の念であったりすると私は思っている」
興味深かったのは、第一章「『カリフォルニアロール』は和食か?」に紹介されていた「世界に出た和食の3つの変化変容」です。世界に出ていった和食は、どのような変化を辿るのでしょうか。著者は、これまで歴史的に見て、世界に発信された「和食」は次の3つの姿に変容していると思うそうです。
「1つは、70年代のカリフォルニアロールのように、完全に海外の味覚に合わせる形になっていて、我々からみれば和食とはいえないスタイルになっているケース。私はこれを『ギミック和食』と呼ぶべきカテゴリーだと考えている」
「2つ目は、和食ではないけれども確実に日本の料理技術や食材の使い方に支えられている料理。間違いなく日本の料理文化・技術の影響を受けてそれを外国料理の文脈の中で表現することによって生まれた料理。それらは、『ハイブリッド和食』と呼ぶべきカテゴリーだと私は考えている」
「そういう2つのパターンを経て、現在世界の料理潮流のある意味で最先端にあるのは、『どこまで和食と呼べるのか』という試み。つまり、異文化の中で、その民族が好む味や食感にあうような和食を作り出そうとする試みが、各地で行われるようになったのだ。私はそんな料理を『プログレッシブ和食』と呼んでいる」
「異文化進出における必須作業」の項も興味深く読みました。
「和食が異文化で成功するために、絶対に必要なものは何か」という問いに対して、著者は「私はそれは『変換力』だと思っている。これがないと、いくら国内で人気の料理でも、この和食ブームにのって世界展開することはできない。どんなに国内で人気のメニューでも、異文化の厚い壁に阻まれてしまう。そんなケースを数多く見てきた」と述べています。
また「変換力」は料理に限らないとして、著者は述べます。
「このことは、何も料理だけに限らない。料理で言う『変換力』とは、たとえば文学で言えば『翻訳』ということになるのだろう。
古くは安部公房、三島由紀夫らに始まり、現代ではノーベル文学賞を受賞された大江健三郎、人気作家の吉本ばなな、村上春樹等、異文化でも人気を博す作家が多数登場してきた。そういう作家の多くは、言語ごとに信頼する翻訳家を持ち、日本語の文章→粗翻訳→確認→本翻訳→確認といったプロセスを経て、やっと英語やフランス語の『文学』に仕上げて出版していると聞く」
米国でBA(文学士号)を取得した著者ならではのユニークな見方ですね。
2013年12月6日「朝日」「毎日」「読売」「西日本」新聞朝刊
さて、世界でブームを起こしている和食が、昨年12月世界遺産(無形文化遺産)に登録されました。4日、ユネスコ(UNESCO、国連教育科学文化機関)が登録を決定したのです。昨年12月6日、松柏園ホテルとマリエールオークパイン金沢は、それぞれ世界遺産登録の祝福メッセージ広告を新聞に掲載しました。
本書は、そんな世界遺産となった和食の現在をグローバルな視点かた語った本だと言えるでしょう。「日本食はどこから来たのか」といった和食のルーツを探るエピソードも面白く、もともと好きな和食がさらに好きになった気がします。