No.0941 国家・政治 | 幸福・ハートフル 『ノーベル平和賞で世の中がわかる』 池上彰著(マガジンハウス)

2014.06.20

 『ノーベル平和賞で世の中がわかる』池上彰著(マガジンハウス)を読みました。
 テレビや著作を通じて、複雑な現代の諸事情をわかりやすく解説することに定評のある著者が、ノーベル平和賞について説明した本です。

 本書の目次は以下のようになっています。

「はじめに―ノーベル平和賞が映す現代史」
第1章 地域紛争と環境保護の時代に 2011~1991
第2章 中東危機が泥沼化し、冷戦は終結へ 1990~1975
第3章 東西冷戦と核戦争の恐怖が忍び寄る 1974~1946
第4章 ファシズムが台頭し、第二次大戦へ 1945~1019
第5章 20世紀の幕開けから第一次対戦へ 1917~1901
「おわりに」「参考文献」

 目次を見てもわかるように、本書では、 第1回受賞者の「赤十字の父」アンリ・デュナンから始まる111年の歴史を5つに区分して紹介していますが、現代から過去にさかのぼる形となっています。これでは歴史の流や因果関係などがわかりにくく、やはり過去から現代へ流れる構成のほうが良かったと思いました。先人の活動があって、後の世代に影響を与えます。その「平和精神」のDNAの歴史を読みたかったです。

 それでも、多くの人物が紹介されており、ノーベル平和賞受賞者についての事典として利用するには便利です。「はじめに―ノーベル平和賞が映す現代史」の冒頭には、以下のように書かれています。

 「毎年秋になると、『今年のノーベル平和賞は誰だろ』と話題になります。誰もが『受賞して当然』と考える人物が選ばれることもあれば、多くの人が首を傾げる選考結果もあります。ただ、この111年の歴史を見ると、地上から戦争や紛争、貧困、疾病をなくそうと闘ってきた人々の努力が見えてきます。ノーベル平和賞の歴史は、20世紀から21世紀にかけての現代史そのものでもあるのです」

 御存知のように、ノーベル賞には「文学賞」をはじめ、多くの部門があります。他のノーベル賞がスウェーデンの王立アカデミーによって選考されますが、平和賞だけはノルウェーのノーベル平和賞委員会が選考・発表しています。なぜか。その理由が、本書には次のように書かれています。

 「ノーベル賞創設当時のノルウェーは、スウェーデンとの連合王国の一部で、スウェーデンからの完全独立を求めていました。これにスウェーデンが反発。武力に訴えてでも独立を阻止しようとします。これに対してノルウェー議会は、平和的な解決を模索していました。ノーベルは、このノルウェー議会の調停能力を高く評価し、あえてノルウェー議会に平和賞選考を委ねたと見られています」

 ノーベル平和賞の基準とは何でしょうか。ノーベルの遺言によれば、「国家間の友愛、常備軍の廃止または削除、平和会議の開催や促進のために、最大または最善の仕事をした人物」だそうです。その受賞者をめぐっては論議が起こることもあります。具体的には以下のようなケースです。

 「74年の佐藤栄作元首相の受賞は、日本国内で論議を呼びました。『アメリカのベトナム戦争遂行に協力していた人物に平和賞を受賞する資格があるのか』との批判です。彼の授賞理由は、『非核三原則を打ち出し、沖縄を平和裏に返還させた』功績が認められたものでした。ところがその後、アメリカとの間で核兵器持ち込みに関する密約が発覚。『非核三原則』は建前にすぎなかったことが判明しました。また、沖縄返還に関してもアメリカとの間で密約がありました。こうなると、平和賞委員会がだまされたと厳しい評価をする人もいます」

 その一方で、「受賞して当然」と考えられる人物が受賞していないというケースもあります。本書には、その人物の名が次のように書かれています。

 「それはマハトマ・ガンジーです。彼は平和賞に5回もノミネートされながら、受賞しませんでした。そこには、イギリスに対する配慮があったと見られています。『マハトマ』(偉大なる魂)の称号を持つガンジーは、イギリスによるインド支配に反対し、非暴力不服従運動を展開しました。徹底した非暴力運動は、インドの独立に道を開き、その後世界に大きな影響を与えました。ビルマ(ミャンマー)のアウンサンスーチーも、幼い頃にインドに暮らし、ガンジーの思想の影響を受けています。それだけの実績を上げたガンジーですが、ノーベル平和賞の受賞には至りませんでした」

 また、佐藤栄作元首相より前にノーベル平和賞の候補になった日本人もいました。本書には以下のように、その人物を紹介しています。

「賀川豊彦です。神戸市生まれの賀川は、キリスト教の信仰に基づく社会事業家として労働組合や消費組合、協同組合を設立しました。1920年に設立した神戸購買組合は、その後、灘神戸生協を経て、現在は日本最大の生協であるコープこうべに発展しています。また自伝的小説『死線を越えて』がベストセラーになりました」

 詳しくは、本サイトの書評『死線を越えて』をお読み下さい。

 なんだかんだいっても、ノーベル平和賞の影響力は非常に大きいです。受賞によって世界に問題の存在が広く知られ、解決への国際社会の圧力が高まった例も本書には紹介されています。たとえば、1975年に受賞したソ連のアンドレイ・サハロフや、83年のポーランドのレフ・ワレサ、89年のチベット亡命政権のダライ・ラマ14世、91年のビルマ(ミャンマー)のアウンサンスーチー、96年の東ティモールのカルロス・ベロ、ジョゼ・ラモス=ホルタ、2003年のイランのシーリーン・エバーディー、10年の中国の劉暁波などです。

 まだ何の実績もなかったアメリカのオバマ大統領が受賞したり、政治的な色合いも強いノーベル平和賞ですが、その受賞者が国際的に巨大な影響力を持つのは事実。これからも、ノーベル平和賞の行方を見つめていきたいです。それと、日本から新たな受賞者が生まれることを願っています。

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