No.1034 国家・政治 『新・戦争論』 池上彰&佐藤優著(文春新書)

2015.02.02

わたしは自身のブログに「『日本の悪夢』という呪いを解くために」という記事を書きましたが、「イスラム国」によって後藤健二さんが殺害されました。後藤さんの御冥福を心よりお祈りいたします。昨夜は、NHKスペシャル「追跡イスラム国」を観た後、昨年末に読んだ『新・戦争論』池上彰&佐藤優著(文春新書)を再読しました。

両者の写真入りの本書の帯

「僕らのインテリジェンスの磨き方」というサブタイトルがついていますが、ジャーナリストの池上彰氏、作家・元外務省主任分析官の佐藤優氏という「最強コンビ」が国際社会を生き抜くためのノウハウを公開しています。帯には2人が腕組みをして背を向け合った写真が使われ、「10万部突破!」と書かれていますが、現在では30万部を突破しているそうです。

本書の帯の裏

カバーの前そでには、以下のような内容紹介があります。

「領土・民族・資源紛争、金融危機、テロ、感染症・・・・・・これから確実にやってくるサバイバルの時代を生き抜くためのインテリジェンスを伝授する」
また、本書の「目次」は以下のような構成になっています。

はじめに(池上彰)
序 章  日本は世界とズレている
第1章  地球は危険に満ちている
第2章  まず民族と宗教を勉強しよう
第3章  歴史で読み解く欧州の闇
第4章  「イスラム国」で中東大混乱
第5章  日本人が気づかない朝鮮問題
第6章  中国から尖閣を守る方法
第7章  弱いオバマと分裂するアメリカ
第8章  池上・佐藤流情報術5ヵ条
終 章  なぜ戦争論が必要か
おわりに(佐藤優)

本書を一読し、「非常に良く出来た対談本」という感想を持ちました。わたしにも渡部昇一氏との対談本『永遠の知的生活』(実業之日本社)、矢作直樹氏との対談本『命には続きがある』(PHP研究所)、さらには山口昌男、山折哲雄、鎌田東二、横尾忠則といった方々との対談集『魂をデザインする』(国書刊行会)などの著書があります。対談本を読むときは「自分だったら、どう発言するか」「対談の流れに無理はないか」などと考えることが多いのですが、本書『新・戦争論』は見事な対談本であると思いました。

この対談本が成功した最大の要因は何か。わたしは、対談した当事者同時がお互いにリスペクトし合っているという点にあるように思いました。「はじめに」の冒頭で、池上氏は以下のように述べています。

「佐藤優氏は化け物のような存在だとつくづく思います。毎月コンスタントに複数の書籍を出版し、月間の連載締め切りが70本に及ぶというのですから。書斎に籠ってひたすら原稿を書き続けていれば、それも可能かもしれませんが、それでは新しい情報が入ってきません。佐藤氏の場合は、海外はもちろん、日本各地からも最新の情報が入ってきます。それを佐藤流に料理して、インテリジェンスに役立つものに仕立て上げています。私たちは、それを読むことができるのです」

また「おわりに」の冒頭で、佐藤氏は以下のように述べています。

「池上彰氏は、良心の人である。この場合の良心とは、『優しい人』とか『善い人』ということとはちょっと違う。ジャーナリストの職業的良心に基づいて、一貫して行動するという意味だ。朝日新聞をめぐるゴタゴタの中で、池上氏の本領が発揮された」

池上氏は、ジャーナリストの職業的良心に基づいて、イラクなどの危険地域にも赴きます。ただし、そのときは1日に200万円くらいの経費をかけて民間軍事会社に守ってもらうそうです。池上氏が人質になったり、殺されたりしないのは、これだけのコストがかかっているということを知る必要があります。まさにプロのジャーナリストだと思います。

本書では、まず池上氏が世界の諸問題について佐藤氏に話題を提供します。佐藤氏はインテリジェンスで得た最新情報を披露し、それに対する自分自身の知見を示す。それを補足して、池上氏が読者にわかりやすく解説しながら、さらに佐藤氏に質問を投げかけていくといったスタイルで流れていきます。いわば、両者の得意分野がうまく生かされており、本書をリーダブルな読み物とすることに成功しています。池上・佐藤両氏の実力派もちろん、対談のコーディネーターや編集者の力量をも感じさせる一冊です。

本書で取り上げられている問題は多岐にわたりますが、やはり「イスラム国」関連の発言が興味深いです。第1章「地球は危険に満ちている」では、「イスラム国」について、元同志社大学教授のハサン中田考氏の例を挙げながら、佐藤氏が次のように述べます。

「日本で極端な思想をもつ人たちの受け皿が、かつてのような左翼過激思想ではなく、イスラム主義になる可能性は十分にある。集団的自衛権で日本が中東に出て行った場合、向こうからすれば、イスラム世界への侵略だということになるわけだから、それに対する防衛ジハードとして、日本国内でテロが始まり得る」

佐藤氏の発言を受け、池上氏は次のように「イスラム国」を説明します。

「『イスラム国』の大きな特徴は、一部の報道によると約4割が外国人という兵士の国籍という点にあります。国籍は70カ国以上におよぶと言われています。インターネットを使った活発な広報宣伝活動により、先進国からも若者が続々と集まっているようです。こうなると、2020年の東京オリンピック開催時の治安大作も、これまで以上に難しくなるかもしれません」

中東の現地事情については、やはり佐藤氏が詳しいですね。たとえば、イランが相手に心理的な打撃を与える暗殺が上手であると明かした上で、佐藤氏は次のように述べています。
「イランのイスラム革命防衛隊の聖職者たちは、ときにはベドウィンの格好をし、ときには『イスラム国』の戦闘員みたいな格好をして、イラクに入ってきます。アラビア語もペラペラだし、少しくらい訛りがあっても、遠くから来た義勇兵と思わせればいい」

またイスラエルについても、佐藤氏は以下のように述べています。

「イスラエルがうまいのは、自分たちを『野蛮なテロリスト国家』とイメージづけられるのではなく、ハリウッドと組んで新しい物語をつくったことです。ポール・ニューマン主演の『栄光への脱出』(1960年)。あの映画を見た人は全員、キング・デイヴィッド・ホテルの爆破はやむを得なかったと思うことになる。そういったアフターケアを時間かけてやっている。非常にしたたかですね」

本書の白眉は、第2章「まず民族と宗教を勉強しよう」です。冒頭、「今後の世界を占う上で重要なのは、何と言っても、民族と宗教の問題です」と述べていますが、最大の問題の1つとして「イスラム国」が取り上げられます。

「イスラム国」はシリアやイラクといった国家を支配することを目標としていないことが特異なのですが、彼らの目的は何かということを考える上で、恰好のサンプルになるのがロシア革命であると佐藤氏は述べます。共産主義者たちが目指した「世界プロレタリア革命」を「世界イスラム革命」に置き換えたのが「イスラム国」であるとして、以下のような対話が行われます。

佐藤  アフガニスタンのタリバン政権も、一国イスラム主義のように見えましたが、目的は世界イスラム革命でした。一時期、チェチェンとダゲスタンの間にできた『イスラムの土地』み  たいなグループも、目的は世界イスラム革命でした。「イスラム国」は、そういう過渡期国家を目指して、実際にそれを半ばつくってしまったわけです。

池上  彼らは、イラク中部からシリア北部にかけて「イスラム国家」を樹立すると宣言して、「イラク・シリアのイスラム国(ISIS)」から「イスラム国(IS)」に改名しました。
この国家は、カリフ(イスラム指導者)をトップに据え、シャリーア(イスラム法)を適用する政教一致国家です。イスラム教の創始者ムハンマドの時代、ムハンマドを指導者にして、ムハンマドが伝える「神の言葉」に従って人びとは敬虔な暮らしをしていた、と考える人たちが、その理想の社会を現代に取り戻そうとしているのです。
この考え方を「イスラム原理主義」と呼びます。イスラム教の理念を復興させようというものですが、必ずしも過激な武装闘争と結びつくものではありません。平和裡に行動して
いるイスラム原理主義者も多いのです」(『新・戦争論』P.74~75)

さらに池上氏によれば、「イスラム国」の中期的な目標は「西はスペインから東はインドまで」だそうです。かってのイスラム王朝が支配していた土地を取り戻したいというものです。ちなみに、人類史を振り返るとき、欧米の人々はキリスト教的な世界観でのみ歴史を構築しようとしますが、人類史においてイスラム教はキリスト教と並んで巨大な存在です。わたしは、『ユダヤ教vsキリスト教vsイスラム教』(だいわ文庫)、『100文字でわかる世界の宗教』(ワニ文庫)、『世界をつくった八大聖人』(PHP新書)などで、イスラム教および開祖であるムハンマドについて詳細に私見を述べました。

あと、本書を読んで共感したのは「今、世界は拝金教」と述べた部分です。たとえば、以下のような対話が行われています。

佐藤  今の世界の普遍的な宗教は、拝金教です。
1万円札をつくる原価は、22円でしかないのに、なぜ1万円文の商品やサービスを買えるのかと言えば、そこに貨幣の本質としての宗教的効果があるからです。1万円札が1万円札として機能するのは、ただただ、人びとがそれに「1万円の価値がある」と信じているからです。誰も信じなくなれば、ただの紙切れです。ピットコインという新興宗教も出て来て、それを従来の拝金教の国家がつぶしにかかっています。

池上  単なる紙切れがなぜお金になるのかと言えば、「みんながお金だと思っているから」という共同幻想以上の根拠はありません。ご利益があると思って信じれば宗教になるのと同じです。(『新・戦争論』P.71~72)

また、佐藤氏がイスラエルのネタニヤフ首相の官房長を務めたという知人の言葉を紹介していますが、それが非常に示唆に富んでいます。

「国際情勢の変化を見るときは、金持ちの動きを見るんだ。最近になって格差が広がってきたというけれど、そうじゃない。昔から人口の5パーセントの人間に富は偏在していた。東西冷戦の間は、共産主義に対抗するために、その5パーセントの人間が国家による富の再分配に賛成していたけれども、冷戦後は、もはやそういうことに関心をもたなくなった。いまやその5パーセントの格差がうんと広がって、ビル・ゲイツの資産は、ヨーロッパ諸国の予算を軽く上回っているし、アフリカ諸国のGDPよりも大きい。こんなことはかつてなかった。しかし、大富豪、あるいはIBMのような大企業は、自分たちの儲けの半分を吐き出さないとつぶされることを経験則でわかっている。そこで自分たちのつくったファンドで、慈善基金という名で富の再分配をしている。ただし、それは公平な再分配ではない」

最後に「なぜ戦争論が必要か」という終章で、現代を「嫌な時代」とした上で、以下のように語り合われています。

池上  歴史を改めて勉強することが必要ですね。学生時代は、歴史を何のために勉強しているのかまったく理解できなかったし、全然おもしろくなかった。今になって、歴史を読むと『ああ、歴史は繰り返す』と思います。その通りには繰り返さないけれど、何か同じようなことが起こる。マルクスの有名な言葉がありますよね。

佐藤  「ヘーゲルは歴史は繰り返すと言ったが、そのとき一言付け加えるのを忘れていた。一回目は悲劇として、二回目は喜劇として」

池上  まさにそれなんだろうと思います。

佐藤  「今後、第三次世界大戦は起こりうるのか? 起こるとしたらどんな形の戦争が考えられるのか?」という問いかけも出てくるでしょうが、それに対しては「そういうことはあってはならない」という立場で、私は全力を尽くしたい」(『新・戦争論』P.249~250)

最後に、本書にはまったく知らなかった情報が満載です。このような極秘情報を池上氏や佐藤氏はどうのような方法で入手するのか。このことに強い興味を抱きました。じつは、本書には「ビジネスに効く池上・佐藤流情報術5か条」というものが紹介されています。以下の通りです。

●インテリジェンスの98%は公開情報からとれる
●20分の朝活で10紙の記事を取捨選択する方法
●スケジュールからメモまで「1冊の大学ノート」で
●重要記事は即、破ってクリアファイルに保管せよ
●CNN、外国紙の日本語版HPは情報の宝庫

なんと、2人ともこんなシンプルな方法で情報入手していたとは! それにつけても、2人が購読する新聞の多さには仰天しました。

池上氏は「朝日新聞」「毎日新聞」「読売新聞」「日経新聞」「産経エクスプレス」「朝日小学生新聞」「毎日小学生新聞」「中国新聞」を自宅で読み、出勤途中に「産経新聞」と「東京新聞」を買うそうです。これで10紙。
一方、佐藤氏は「インターナショナル・ニューヨークタイムズ」「朝日新聞」「東京新聞」「琉球新報」「沖縄タイムス」「イズべスチヤ」「赤い星」(ロシア国防省機関紙)を購読し、ネットで「産経新聞」「日経新聞」を読むそうです。これで9紙ですが、「朝日」「琉球新報」「沖縄タイムズ」の3紙はネットでも読むとか。
わたしは自宅で2紙、会社で3紙を読みますが、この2人に比べると恥ずかしい限りです。もっと新聞を読まねば!

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