No.1143 人生・仕事 | 帝王学・リーダーシップ | 読書論・読書術 『古典が最強のビジネスエリートをつくる』 齋藤孝著(毎日新聞社)

2015.11.06

『古典が最強のビジネスエリートをつくる』齋藤孝著(毎日新聞社)を読みました。
教育学の第一人者である著者は、読書教育を重視しています。
名著『読書力』(岩波新書)をはじめ、この読書館でも紹介した『読書のチカラ』で紹介した本など、これまでにも著者には読書に関する多くの著書があります。

「偉人の精神で戦い抜け!」と書かれた本書の帯

帯には書棚の前に立つ著者の写真が使われ、「偉人の精神で戦い抜け!」と大書されています。また、「『論語』『武士道』、福沢諭吉、吉田松陰、デカルト、ニーチェ・・・・・・ビジネスに役立つ! “生きた教養”を伝授。」と書かれています。

帯の裏では「目次」を紹介

本書の「目次」は、以下のような構成になっています。

「はじめに」
序章  なぜビジネスパーソンは古典を読むべきか
第一章 経済活動の深みを知る
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』『フランクリン自伝』
第二章 ビジネスの戦略を学ぶ
『孫子』 ナポレオン言行録』『方法序説』ほか
第三章 精神の柱を築く
『論語』『私の個人主義』『学問のすゝめ』ほか
第四章 日常の意識を変える
『武士道』『君主論』『日本文化私観』ほか
第五章 基本のスキルを磨く
『文章読本』『「いき」の構造』『枕草子』『徒然草』ほか
第六章 才能を開花させる
『ツァラトゥストラ』『史記』『地下室の手記』ほか
[特別編]有名作家の”学び”の姿勢
『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011』

本書のテーマは「ビジネスパーソンと古典」です。「はじめに」で、著者はいきなり次のように述べます。

「今のビジネスパーソンに最も必要なものが、『古典力』だと思います。古典には『骨格』、つまり精神の骨があります。その骨格を、自分の中にきちんと身につけることによって、競争の激しいビジネスの世界でも、きちんとやっていけるメンタルを作っていくことができます。精神力は、古典を通して具体的に身につくものだと思います」

かつては、どの文化にも、精神性を培うための中心となる本がありました。
著者は、次のように書いています。

「西洋文化では『聖書』であり、あるいはシェイクスピアであり、ゲーテやニーチェが、1つの基盤になっていました。日本の場合は、『論語』がそれに当たるものでした。『論語』を引用すれば、誰もが知っている。江戸時代であれば、今の小学生に当たる年齢の子たちでも寺子屋で習っていますから、『論語』について知らない人はいませんでした。そういう古典を共有していた民族は、精神的に非常に強い」

それでは、古典とは何か。著者は述べます。

「古典は、偉大なる精神力を持った賢人たちが、莫大なエネルギーを用いて記した人類の遺産です。それゆえ、他の書物とは比べがたいほどの力を持っています。古典は、ビジネスパーソンの精神、姿勢を支え、1人の人間の運命を大きく変えるほどの力を持った書物だと思います」

序章「なぜビジネスパーソンは古典を読むべきか」では、「古典の精神力が経済を動かす」として、著者は次のように述べています。

「教養を身につけるのは大事ですが、みなさん忙しいですね。だからこそ、私は古典を読むのがいいと思います。古典は1冊読むだけで、かなりの力を発揮するからです。普通の本であれば、100冊読まなければ力にならないものもあります。しかし、古典は1冊が強力であり、一生モノになります。例えば、宮本武蔵『五輪書』は、読むのがちょっと疲れるかもしれませんが、1回きちんと読んで引用できるようにしておくと、一生、自分の心の支えになります。『1年に1冊』と思いながら増やしていくのもよいのではないでしょうか」

本は情報を得るためのものでもありますが、一番大事なことは、深い人間性を培うということ。古典にきちんと向き合って過ごした30分間は、人生において最もクオリティの高い30分であるとして、著者は述べます。

「『孔子が2500年前に言っていた言葉で、現在とは環境が全く違うのに、この言葉は今でも通用する』と気づいた瞬間に、古典のすごさが分かります。あるいは、『五輪書』を今喫茶店で読んでいるのは自分ぐらいなものだろうという高揚感、スペシャル感も保てます。
みんなが日常会話をしている中で、自分だけは錨(アンカー)を下ろしている。どんなに海が荒れても、自分は流されない。そういう自分のアンカーとしての古典を、生活の中に持つことが大事だと思います」

また、著者は自分に大きな影響を与えてくれる「三本柱」に出会うことが大事であるとし、次のように述べます。

「誰に聞かれずとも、『マイ古典』を持つことで、自分自身が満足します。すると、大きな変化があります。自分の中に、偉大な精神を持った巨人たちが自分の味方として住んでくれるようになる。自分個人はたいしたものではなくても、自分の中にいる勝海舟、ゲーテ、ソクラテス、そういう人間たちが後押ししてくれるような気分になります。そういう気分で一生を過ごせると、逆境に遭っても、自分の中では先へ進んでいくパワーを必ず感じることができる。エンジンを搭載するようなイメージです。状況にただ流されているだけではなくなります。川の流れ、潮の流れで流されているのではない、あるときは錨を下ろし、あるときにはエンジンを身につけることができる。それが古典であり、人物を心の中に住まわせるということです。とりあえず3人を、三本柱として持つとよいのではないかと思います」

著者には、この読書館でも紹介した『論語力(齋藤孝)』がありますが、本書でも以下のように『論語』に言及しています。

『論語』ぐらいは、やはり日本人の教養として、誰もが修めておきたいですね。日本人の精神力の柱であり、日本の伝統です。2500年前から存在する中国のものではありますが、すでに日本人の考え方として息づいています。私は、『論語』の考え方が一番浸透しているのは、実は日本ではないかと思います。日本人は、すごく謙虚で、仁の心、優しい心もある。日本人の内側を作っているのは『論語』だと思います」

本書では31冊の本が取り上げられ、著者のレビュー風の感想が綴られています。
その中で、吉田松陰の『留魂録』についての「受け継がれる文化的DNA」という文章が興味深かったです。著者は次のように述べています。

「生物学者のリチャード・ドーキンスは文化的なDNAを『ミーム』と呼びました。ミームは人間が作ったもの。でも、本当の遺伝子のように、連綿と受け継がれていくものです。
吉田松陰のミームは、叔父の玉木文之進から受け継いだもので、乃木大将もその系統に属します。吉田松陰が受け継いだDNAは、玉木文之進から受け継いだ松下村塾で伝えていきます。2~3年教えただけの久坂玄瑞や高杉晋作、そして伊藤博文や山縣有朋などが成長を遂げました。若い彼らが幕末に活躍し、明治維新を成し遂げていきました」

わたしは、かつて『あらゆる本が面白く読める方法』(三五館)という著書の中に、本の著者が影響を受けた著者の本を遡って読み続け、時間を超えて一貫して流れるメッセージのDNAを読み解く「DNAリーディング」というものを提唱しました。しかし、「DNAリーディング」」よりも「ミーム・リーディング」のほうが正確かもしれません。

また、フリードリヒ・ニーチェの『ツァラトゥストラ』についての「超人という高みへ」では、最後は「子どもになれ」と述べたニーチェのメッセージを次のように説明します。

「大人になればなるほど、最後は子どもになれ、無垢な精神に戻れ、『始原のエネルギーとなれ。自分で回る車輪になれ』。子どもは誰に言われて生きているわけでもありません。内側からエネルギーが満ちあふれて、存在自体に生きている感じがあります。それが、生きる中で一番大事なところです。だから、子どもの精神を取り戻せと言います」

著者は、それを「小3の体」と呼んでいるそうです。
なぜか。著者は、次のように述べています。

「小学校3年のときは、男の子も女の子もいつもご機嫌、みんな元気でした。彼らは飛び跳ねていました。小学校3年生は、人生で一番伸びた1年だと思います。赤ちゃんのときの1年1年も伸びますが、自意識がないから覚えていません。覚えている範囲で伸びているのは、小学校3年生ではないかと思います」

フョードル・ドストエフスキーの『地下室の手記』についての「コンプレックスも資産になる」では、「心の地下室を持て」というドストエフスキーのメッセージをゼミの学生に薦めていることを明かし、著者は次のように述べます。

「地下室で溜め込んだものを爆発させろ、ということです。エネルギーを溜め込んでいればいるほど、噴出したときにすごいです。地下室はエネルギーの貯蔵の象徴です。地下室で溜めたものを爆発させると、祝祭になる。地下室を持っている人間が、それぞれが溜め込んだものを爆発させ合うのが、ドストエフスキーの小説です。人はみんなどこかに心の地下室を持っています。他人には見せられないもの、いろいろなものを抱えて簡単には出さない。それを溜めて、溜めて、あるときにドカーン!と爆発させる。すると、ドストエフスキーの小説のようなすごい祝祭空間が生まれるということです」

また著者は次のように続けて、「心の地下室」の重要性を説きます。

「SNSなどで話し続けて、自分の考えのすべてをフェイスブック、ブログ、メール、ラインなどで小出しにし続けてしまうと、心に地下室など形成されません。いつも人と交流して、常に人に反応して生きている。それで、24時間が終わっていく。それでは駄目です。人と話さない時間があると、心の地下室でうごめく、どうにもならないエネルギーが蓄積する。これを持っている人間が、あるときにきっかけを持って爆発したら、すごい力を発揮します。仕事ができる人は、学生時代は孤独だった人が結構多いです。みんなと仲良くしていたけれど、実は自分はみんなとは違う世界を持っていて、誰にも話せない、心の闇みたいなものを持っていたという人が多いです」

最後は[特別編]として、村上春樹の『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011』についての「有名作家の”学び”の姿勢」です。
著者は、以下のように述べます。

「作家になる人には、『準備が必要』だということも言っています。『あなたは1人きりで、孤独になる必要があります』『ひとりぼっちで暗闇に囲まれているような感覚です』。物語を作るときの話ですが、どこかでやはり孤独になり、 1人きりになってやることが必要だ。今、SNSで、ずっとみんなが交流し、おしゃべりし続けますが、1回孤独になって、暗闇の中で1人きりでいるような気持ちになってみないと駄目だと言います。孤独の力は存在すると思います。走っているときも独り、書いているときも独り。独りの時間に研ぎ澄まされていくものがすごい力になり、世に出たときに爆発していく」

同書については、わたしもこの読書館で『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』について感想を述べました。同じ本を読んでも、ずいぶんと齋藤孝氏とは感想が違うっものだと思いましたが、そのあたりが面白く、また勉強になりました。本書に登場する古典は、ほとんど読んだものばかりですが、カフカ『断食芸人』、ラス・カサス『インディアスの破壊についての簡潔な報告』、坂口安吾『夜長姫と耳男』、湯川秀樹『旅人』などは未読です。ぜひ、機会を見つけて読んでみたいです。

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