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2018.11.14
『あの頃ボクらは若かった』わたせせいぞう著(毎日新聞出版)を読みました。日本が一番輝いていた1960年代後半から90年代初頭の時代が、オールカラーのイラスト&エッセイで甦ります。
本書の帯
カバー表紙には、さまざまな時代のファッションに身を包んだ若い男女5人が元気よくジャンプするイラストが描かれています。背景には、中央に東京タワー、その右に東京オリンピックの聖火台、その左に大阪万博の「太陽の塔」が描かれています。帯には「日本がいちばん輝いていた時代」「鮮やかに甦る、あの日、あの時。」「『ハートカクテル』の著者が描く1970-80年代極私的クロニクル」と書かれています。
本書の帯の裏
帯の裏には、以下のように書かれています。
「あの頃、ボクは若かった、
友人たちも、街行く人たちも、
街の上映映画も芝居も、
流れてくる音楽も目にする雑誌も――
ボクはあの頃のボクと会話しながら
毎回絵を描き、文を書いた。」
本書の「目次」は以下のようになっています。
Ⅰ 1964~1979
東京オリンピック選手村/スキー帰り上野駅/東大卒業式阻止集会/港区飯倉からの東京タワー/銀座の母娘連れ/新郎!胴上げ!新婚旅行/吉祥寺ジャズ喫茶〈メグ〉/眩しきタイピストたち/芝ボウリングセンター/マクドナルド1号店銀座/笑顔のボーナス支給/芝ゴルフ場/薬缶と灰皿のあった社員食堂/愛しのエレベーターガール/大渋滞の東名高速/嗚呼軽井沢!/麻雀時代のサラリーマン/VAN青山/オアシス 日比谷公園の昼/会社帰りのビヤホール/うたごえの店「灯」/サラリーマンたちの昼休み/学生の下宿/東京の花見 千鳥ヶ淵/体育の日の東京・国立競技場/不忍池のボート/渋谷ハチ公/キャンティ六本木/新幹線の食堂車/江の島を望む湘南の海/神宮外苑のいちょう並木/営業マンの成績表/原宿の歩行者天国で踊る若者たち/小春日和の江ノ電/正月の浅草仲見世通り/復活隅田川花火大会/渋谷駅井の頭線乗り換え口/テアトル東京/ディスコin六本木/横浜馬車道の公衆電話ボックス/ハマトラと氷川丸など
Ⅱ 1980~1995
受験の神様湯島天神/苗場スキー場筍山ゲレンデ/山へ行く若者であふれる新宿駅/新宿思い出横丁の師走/サヨナラ日劇ウエスタン・カーニバル/辞令を受ける社員/有楽町ニュートーキョー屋上ビアガーデン/後楽園球場/上野公園花見の場所取り/ウォークマン大流行/秋葉原電気街/銭湯鶴の湯(浅草橋)/日比谷シティのアイススケートリンク/晴れ着姿の初出勤/赤坂プリンスホテル/鎌倉成就院/アルコールよりマイクの忘年会/資生堂パーラー・ミートクロケット/西麻布〈ホブソンズ〉/プールバー/初雪の銀座長蛇のタクシー待ち/待ち合わせは、銀の鈴/工事中のお台場を望むお台場海浜公園/雪の朝の丸の内/MLBオールスター観戦など
「サンデー毎日」連載を単行本化した2冊
本書では、高度成長期からバブル崩壊まで、日本が一番輝いていた時代を『ハートカクテル』著者わたせせいぞう氏が瑞々しく描いています。「サンデー毎日」2013年4月14日号から2015年4月19日号に掲載されたものです。連載終了後のちょうど半年後の2015年10月18日号から2018年4月8日号までの2年半にわたって、わたしが同誌に「一条真也の人生の四季」というコラムを連載しました。123本のコラムは、今年の6月に『人生の四季を愛でる』(毎日新聞出版)として単行本化されました。
なつかしい場所と時間が甦る!
一条真也のハートフル・ブログ「わたせせいぞう展」にも書きましたが、わたしは、わたせ氏の代表作である『ハートカクテル』の大ファンでした。1988年に上梓したデビュー作『ハートフルに遊ぶ』(東急エージェンシー)でも『ハートカクテル』について書きました。そこで、「ハートカクテル」は男のセンチメンタリズムのようなものを描いており、女のセンチメンタリズムを描いている代表はユーミンの曲であるなどとと述べています。
わたせ氏は北九州の出身で、小倉高校から早稲田大学と、わたしの完全な先輩に当たります。故郷である北九州に関係する仕事も多く、門司港には「わたせせいぞうギャラリー」もオープンしました。『ハートカクテル』のオールカラー・ショート・コミックの舞台は、一見するとアメリカの街並みのようです。でも、よく見ると、北九州を連想させる光景がよく出ていたのを記憶しています。とにかく、学生時代のわたしは、『ハートカクテル』が大好きでした。最近、TVアニメ版の音楽を集めたCDを購入して、iPhonenに入れて聴いています。わたせ氏独特のなつかしい物語の数々が甦ってきます。
最近、愛聴しているCD
『ハートカクテル』には、タイトルそのままに多くの「ハート」たちが登場します。そこから、わたしは「ハートフル」というキーワードを思いつき、『ハートフルに遊ぶ』を書いたのでした。その後、北九州市は「ハートフル・北九州」というコピーを打ち出し、時期が少しずれたとはいえ、わたせ氏の後に「サンデー毎日」での連載も実現しました。わたせ氏に憧れていた身としては、なんだか憧れの先輩と自分がつながったようで、とても嬉しく、光栄でした。わたせ氏に『人生の四季を愛でる』をお送りさせていただきたいと思います。
早慶戦(慶早戦)も門司港駅も登場します
本書『あの頃ボクらは若かった』を読むと、早稲田とか六本木とか、なつかしいわが青春の場所が続々と登場して、胸が熱くなります。最近、妻が早稲田大学の同窓会に参加して往時をなつかしんでいましたが、妻と最初に出会ったのも早稲田の学生街でした。いま、東京には慶應義塾大学に通う次女が暮らしています。わたしたち夫婦が早稲田出身なのに、娘は慶應、親子で早慶戦(慶早戦)となりました。さらには、わたしが上智で教えるというのも不思議な感じですね。
このブログを愛読して下さっている方はよくご存知でしょうが、わたしは、よく東京に出張します。ところが、2020年のオリンピックの開催中は東京中のホテルがすでに予約済と知って狼狽しています。わたしは前回の東京五輪の前年の1963年生まれですが、あれから55年以上が経過して、また東京でオリンピックが開かれるのですね。
ところで、本書のカバー表紙の真ん中に描かれている男性はグループサウンズ風の衣裳に身を包み、エレキギターを抱えています。なんだか、ザ・スパイダースのマチャアキ(堺正章)に似ているように思います。スパイダースといえば、「あの時君は若かった」がヒットしたのは1968年でしたね。1964年の東京オリンピックから1970年の大阪万博の間の、日本が最も希望に満ち溢れていた時代のラブソングです。けっこう好きなナンバーで、これまで何度かカラオケで歌いましたっけ。じつは13日の夜、「東京の止まり木」ことカラオケ・スナックDANで久々に歌ってみたのですが、74人中で3位でした。(笑)