No.1634 幸福・ハートフル | 芸術・芸能・映画 『茶をたのしむ』 一条真也著(現代書林)

2018.12.06

わたしは、お茶が大好きで、よく飲みます。
これからひと仕事するというときには濃いめのコーヒーを飲むことが多いのですが、疲れたときや病気のときは必ず緑茶をすすります。お茶ほどストレス・キラーな飲み物はありません。日本人は、もっともっとお茶を飲むべきだと思います。

ということで、24冊目の「一条真也による一条本」は、『茶をたのしむ』(現代書林)をご紹介いたします。「日本人の癒し」シリーズの第1弾として、2007年12月8日に刊行された本です。サブタイトルは「ハートフルティーのすすめ」です。帯には、「日本人はなぜ茶で癒されるのか?」と大書され、「『茶とコーヒー』『茶と健康』『茶と宗教』『茶の若者ばなれ』『茶のおいしい飲み方』『茶のふるさと・星野村を訪ねて』……茶をたのしみ尽くす、『新・茶の本』誕生!」と書かれています。

本書の帯

帯の裏には、序文の言葉が引用されています。
「茶は単なる飲料ではありません。ペットボトルで飲めばよいというものではありません。茶には『もてなし』の心が欠かせないのです。茶で『もてなす』とは何か。それは、最高のおいしいお茶を提供し、最高の礼儀をつくして相手を尊重し、心から最高の敬意を表することに尽きます。そして、そこに『一期一会』という究極の人間関係が浮かび上がってきます」

本書の帯の裏

本書の「目次」は、以下のようになっています。
序「茶の大いなる慈悲」
茶の歴史を考える
宗教と茶
茶室が示す「平和」と「平等」
ハートフル社会と茶
第1部 ◆日本人の心の中にいつもお茶がある
【茶の歴史】
古代中国にはじまり、世界を席捲するまで
「茶」の語源は”調べる”
陸路で世界へ伝播した茶は「チャ」、海路は「ティー」
将軍・源実朝は2日酔いのときに一服の茶を飲んだ
石田三成の「三献の茶」が伝える「おもてなしの心」
18世紀初頭に登場した急須が、おいしい茶に貢献した
童歌に秘められた「お茶壺道中」の威光
慶事にも重宝されてきた茶のしきたり
茶柱が立つと縁起がいい、と言われた理由
【茶のいろいろ】
作り方によって味わいが変わる日本茶の妙
煎茶ができるまで
緑茶の種類いろいろ
土地柄が生んだ日本各地の銘茶
【茶の効用】
なぜ、体にいいのか。なぜ、心にいいのか
栄養素の宝庫、茶葉をそのまま食べよう
カテキンとビタミンの相乗効果で若々しく美しく
【茶のいれ方】
緑茶のおいしいいれ方としきたり
茶の種類によって違う基本のいれ方
水出し煎茶をおいしくいれるコツ
煎茶オンザロックをおいしくいれるコツ
緑茶の正しい買い方と保存法
古くなった煎茶は、自家製のほうじ茶に
捨ててしまうのはもったいない茶殻
【世界が注目する緑茶】
香りと味、そして健康食ブームに貢献
【ここまで発展した茶のいろいろ】
緑茶の風味を食べ、香りを楽しみ、着る
【幻の茶・本玉露】
星野村が育んだ日本一の伝統本玉露
村人の愛情と熱意が育む最高の味わい
最高の本玉露で最高のおもてなし
第2部 ◆特別対談
茶も、冠婚葬祭も、「平和」に通じている!
日本茶が羽ばたく要素、ジャンルは無限
「あとがき」

茶は、現在のインドと中国の国境上にあたるヒマラヤ東部の山林地帯が原産地とされています。カメリアシネンシスという椿科の常緑樹の葉、芽、花を乾燥させ、これを煎じて飲むのです。最初は、飲み物というよりも、薬や食材でした。
茶はまず、中国で普及します。中国の神話によれば、最初に茶をたてたのは神農とされています。紀元前28世紀から27世紀に君臨したと言われる、伝説上の第二代皇帝です。初代皇帝は火と調理と音楽を見つけたと言われていますが、神農は農業と鋤を人々に教え、薬草を発見したことで知られます。伝説では、神農が飲み水を沸かしているときに、自生の茶の枝を火にくべていると、突風が吹いて茶の葉が何枚か鍋の中に落ち、偶然に繊細かつすっきりとした味わいの飲み物ができたのだそうです。

もちろん、これは、あくまでも伝説です。茶がいつ、どのようにして中国で普及したのかは不明です。でも、どうやら仏教僧の働きによるものだったことは間違いないようです。仏教僧に限らず、道教僧も、茶は集中力を高め、疲れを吹き飛ばしてくれることを知っていました。茶に含まれるカフェインの効能ですが、そのため茶を飲むことが瞑想をする上で大変有益であると気づいていました。道教の思想的源流の1人である老子は、茶は不老不死の霊薬に欠かせない材料であると信じていたのです。

その道教の徒である陸羽という人物が8世紀に登場し、『茶経』を著しました。茶は4世紀までにはかなり一般化していましたが、中国史において黄金時代を迎えるのは陸羽の活躍した唐の時代です。唐において、茶は中国人にとって国民的な飲み物となったのです。
陸羽こそは茶を喉の渇きを癒すための単なる飲み物から、文化のシンボルへと変えた人物でした。彼の登場後、中国では茶の味がわかり、これを愛でることが評価されるようになりました。とりわけ、茶葉の種類の違いを見分けられることが高く評価されました。茶を入れることは、一家の主にのみ許された名誉あることであり、上手に優雅な作法で入れられないのは恥とされました。

王朝では、茶を中心とする会や宴が人気となりました。皇帝は特定の泉から取ってこさせた水で入れた特別な茶を飲み、これが後に特別な茶を「年貢」として皇帝に納めるという伝統につながってゆくのです。
その後、茶の人気は宋の時代も続きましたが、13世紀に中国人がモンゴルの支配下に入ると、茶の文化は一気に衰退します。反対にモンゴル人が排斥され、明朝が起こると、中国文化再評価の機運が生じて、その流れの中で茶の人気は再燃します。陸羽が唱えた茶の作法はますます複雑化し、より入念かつ詳細な手順が良しとされるようになりました。もともと宗教的な飲み物であった茶は原点回帰を果たし、茶の文化は一種の宗教的次元にまで高められました。こうして茶は肉体のみならず、精神をも癒す飲み物としての地位を獲得したのです。

しかし、茶の文化を極めた地は日本でした。 日本人は六世紀頃からすでに茶を飲んでいましたが、茶の栽培と茶摘み、茶の入れ方や飲み方に関する本格的な知識が中国から入ってきたのは十二世紀のことです。伝えたのは、臨済宗の祖である栄西でした。彼は茶の健康効果を讃える書も著しており、茶はヘルシー・ドリンクとして認められたわけです。栄西は、自分で育てた茶によって源実朝の病を癒し、それ以降、実朝は茶を大変好むようになったとされています。そして、茶の人気は将軍家から日本全国へと広がってゆきます。十四世紀にはすでに、日本社会の全階層に浸透していました。日本の気候は茶の栽培によく適していたのでしょう。かなり貧しい家でさえ、茶の木を何本か育てていたといいます。必要なとき、葉を一、二枚摘んで、茶を入れるためにです。

日本における茶の文化は、「茶道」として芸術の域にまで高められました。茶道は単に一定の作法で茶を点(た)て、それを一定の作法で飲むだけのものではありません。実際は、宗教や哲学、茶道具や茶室に置く美術品など、幅広い知識や感性が必要とされる非常に奥深い総合芸術なのです。
栄西が日本に茶を伝えた事実からも明らかなように、茶道はまず、禅と深い関わりがあります。禅宗は「今をどう生きるか」を説く仏教の一派ですが、茶道には禅の精神が随所に生きています。いや、むしろ禅の思想が茶道の根本にあると言ってもいいでしょう。

かの千利休をはじめとした偉大な茶人はすべて禅の修行者でもありました。人は茶室の静かな空間で茶を点てることに集中するとき、心が落ち着き、自分自身を見直すことができます。わたしは、禅を生んだ仏教という宗教と、茶という飲み物が、その本質においてよく似た存在であると思っています。特に、日本人の精神世界において、そのことが言えるのではないでしょうか。

茶室で茶を飲むと人は「平等」になります。廻し飲みというのも、平和を実現するとともに、すべての人を平等に扱っているわけです。そもそも茶室の中における主人と客人との関係は、主従関係を離れた対等の関係でした。そこでは、身分の差を超えて、あくまで個人対個人の関係だったのです。近代民主主義の時代ならともかく、身分制と主従関係を基本として構成されている前近代社会の中にあって、このような人間関係が茶室の中で実現したことは奇跡的でさえありました。

さらに前衛芸術家としての利休は、偉大な心理学者であり、一流の空間プランナーでもありました。茶室には、露地、中門、飛石、蹲踞、躙口といった、利休が張りめぐらせたさまざまな仕掛けを見つけることができます。そこでは天下人も富豪も、他の人々と同じ歩幅で敷石を踏み、必ず頭を下げなければ中には入ることができなかった。中に入った後も、狭い空間ゆえに互いに正座して身を寄せ合わなければなりません。茶室では、すべての人間が平等となるのです。

もちろん、茶室の外でも茶は平等をもたらす飲み物でした。茶の平等性は貧富をも超えます。貧しい暮らしの人が冷えた食べ物を食べる場合でも、茶と一緒に取れば、温かい食事をしているような気になれました。どれほど多くの貧しく人生に絶望しているような人々が一杯の温かい茶によって、心やすらぐひとときを持つことができたことでしょう!それというのも、日本でも中国でもイギリスでも、茶は水の次に安い飲み物であり続けたからです。

さらに日本においては、茶は安いどころか無料で提供される水以外の唯一の飲み物です。寿司屋でも蕎麦屋でも日本料理店でも、店に入ると一杯の茶が出される。もちろん無料であり、いくらおかわりしてもタダ。
煎茶であれ番茶であれ、茶葉を購入するわけですから何かしらのコストがかかっているわけで、考えてみれば実に不思議な話です。このことについて、『茶ともてなしの文化』の著者である角山榮氏は、「すべてのモノやサービスが商品化される資本主義社会において、無償で提供されるこのお茶。商品の試供品であれば、話は別である。日本はお茶の国である、だからお代を頂くほどのものではない、というならば、ブラジルはコーヒーの国である。だからブラジルのレストランでは、コーヒーがタダで出てくるというのか」と書いています。

わたしは、この無料で万人に茶が出されるということこそ、茶の平等性および茶が仏教のシンボル・ドリンクであることの最大の証明であると思います。仏教の説く「慈悲」のごとく、茶は万人に与えられるのです。
このように茶ほど「平和」で「平等」な飲み物はありません。わたしは冠婚葬祭を業としていますが、2つの理念を掲げて、仕事をしています。1つは、「結婚は最高の平和である」であり、もう1つは「死は最大の平等である」です。
この2つをセレモニーとして形にしたものが結婚式であり、葬儀であると信じています。社員には、いつも1件1件の結婚式や葬儀が「世界平和」と「人類平等」という、この上なく崇高な理念に直結するものであると強調しています。

しかし、お茶を飲むというシンプルな行為がすでに「世界平和」「人類平等」につながっているのだと最近になって気づきました。いつの日か、アメリカ大統領やイスラエルやパレスチナの政治的代表者、ローマ法王やイスラム教の最高指導者などが一同に会し、みんなで蹲踞をくぐって茶室に入る。そして、一碗の茶を廻し飲みする…そんな夢のような光景を想像してしまいます。
さらに茶は、21世紀における心ゆたかな社会、つまりハートフル・ソサエティの到来に深く関わっています。ハートフル・ソサエティとは人間の心が最大の価値をもつ社会ですが、そこでは「ホスピタリティ」が一番のキーワードになります。サービス業界を中心に「ホスピタリティ」の重要性がいたる所で叫ばれていますが、もともと茶道の世界はジャパニーズ・ホスピタリティとでも呼ぶべき密度の濃い究極の「もてなし」の文化だったのです。

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