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2019.10.30
ベストセラーになっている『こども六法』山崎聡一郎著、伊藤ハムスター絵(弘文堂)を読みました。『儀式論』の編集者である外山千尋さんが手掛けられた本で、外山さんが送って下さいました。クスっと笑えるようなユーモアをたたえた動物のイラストで法律をわかりやすく説明しています。著者は1993年、埼玉県生まれ。教育研究者、写真家、俳優。合同会社Art&Arts代表。慶應義塾大学SFC研究所所員。慶應義塾大学総合政策学部卒業、一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。修士(社会学)。2013年より「法教育といじめ問題解決」をテーマに研究活動と情報発信を行う。劇団四季「ノートルダムの鐘」に出演するなど、ミュージカル俳優としても活躍中。
本書の帯
本書のカバー表紙には、伊藤ハムスター氏のカラフルなイラストが描かれ、帯には「きみを強くする法律の本」「いじめ、虐待に悩んでいるきみへ」「法律はみんなを守るためにある。知っていれば大人に悩みを伝えて解決してもらうのに役立つよ!」と書かれています。
本書の帯の裏
アマゾンの「内容紹介」には「●法律は自分を守る武器になる。いじめ・虐待をなくすために」として、以下のように書かれています。
「いじめや虐待は犯罪です。人を殴ったり蹴ったり、お金や持ち物を奪ったり、SNSにひどい悪口を書き込んだりすれば、大人であれば警察に捕まって罰を受けます。それは法律という社会のルールによって決められていることです。けれど、子どもは法律を知りません。誰か大人が気づいて助けてくれるまで、たった一人で犯罪被害に苦しんでいます。もし法律という強い味方がいることを知っていたら、もっと多くの子どもが勇気を出して助けを求めることができ、救われるかもしれません。そのためには、子ども、友だち、保護者、先生、誰でも読めて、法律とはどんなものかを知ることができる本が必要、そう考えて作ったのが本書です。小学生でも読めるように漢字にはすべてルビをふり、法律のむずかしい用語もできるだけわかりやすくして、イラスト付きで解説しています。大人でも知らないことがたくさんある法律の世界、ぜひ子どもと一緒に読んで、社会のルールについて話し合ってみてください」
一条真也の新ハートフル・ブログ「法令試験合格!」で紹介したように、わたしは昨年の秋に石川運輸支局で、一般貸切旅客自動車運送事業の法令試験を受けました。本来は1年半かけてやる勉強を実質1ヵ月半で仕上げました。分厚い『自動車六法』(3000ページ以上!)を手にしたときは途方に暮れました。字も小さくて読みにくいので、ハズキ・ルーペをかけて一生懸命読みました。今では内容のほとんどは頭に入りました。たぶん全問正解の満点で合格したと思いますが、そのときに「法律を知らないと損をする!」と痛感しました。
『こども六法』の「もくじ」
『こども六法』の「もくじ」は以下の通りです。
「まえがき」
「凡例」
第1章 刑法
「これをやったら犯罪」のリスト
安全な生活を守るためのルールだよ!
第2章 刑事訴訟法
犯罪の捜査と裁判のためのルール
罪を犯したと疑われている人の権利も守るよ!
第3章 少年法
子どもが犯罪行為をしたときのルール
社会で生きていけるように教育を与えるよ!
第4章 民法
みんなの「あたりまえ」を支えるルール
人と人との争いを解決する基準だよ!
第5章 民事訴訟法
民事裁判で争うためのルール
こじれたケンカを解決する最終手段だよ!
第6章 日本国憲法
すべての法律の生みの親
国のしくみと理想が書いてあるよ!
第7章 いじめ防止対策推進法
大人にはいじめから子どもを救い
いじめをなくす義務がある!
「いじめで悩んでいるきみに」
「大人向けのあとがき」
「スペシャルサンクス」
「監修者紹介」
「謝辞」
「制作チーム紹介」
「著者紹介」
「まえがき」の冒頭を、著者は次のように書きだしています。
「あなたは法律にどんなイメージがあるでしょう。法律は、大人も子どもも、日本に暮らす人、日本に旅行でやってきている人も含めて、すべての人が守るべきルールです。でも、法律はわたしたちにきゅうくつな思いをさせるためのものではありません。むしろ、わたしたちの自由で安心な生活を守るためのものです。もし、人に暴力をふるったり、物を奪い取ったりしても、何もペナルティがなかったらどうでしょう? 急になぐられたり、お財布を盗まれたりしたときに、誰も助けてくれない国では、安心して生活できませんよね。そうです。法律は、みんなの安心で安全な生活を守るために決められたルールなのです」
第1章「刑法」では、著者はこう書いています。
「人を殺す、ケガをさせる、人のものを盗む……そんなことをすれば警察につかまってしまうことを、わたしたちはニュースやドラマで見て、あたりまえだと思っています。でもそれは『刑法』という法律があるおかげなのです。刑法には、何をしたら犯罪になるか、そしてその犯罪に対する刑罰が書いてあります。『こんなことをしたら、こういう罰を受けますよ』というルールをまとめた法律が刑法です。刑法には、罪の重さによって罰金や懲役、死刑といったペナルティが決められ、必ず従わせる強い力があります。罪を犯した人に罰を与えることで、それを見た人が『ルールを破ると罰を受けるから悪いことをするのはやめておこう』と考え、その結果、犯罪が減って暮らしやすい社会になるという効果が期待できるのです」
第4章「民法」では、著者はこう書いています。
「誰かと何かを約束したら守る。人に借りたものは返す。友達をいじめたり、悪口を言ったりしてはいけない。『そんなのあたりまえ!』って思いますよね? 民法はそのような人と人との約束や関係についての『あたりまえ』を決めた法律です。あたりまえのことは、普段は意識することもありませんが、いざもめごとが起きたときにはそれを解決する基準になります。民法の内容は、財産についてのルールと家族についてのルールの2つに大きく分けられます。財産についてのルールは、お金や物の貸し借りなど、人と人が何かを約束するときの決まりと、他人を傷つけてしまって、その責任を負うときの決まりです。そして家族についてのルールは、結婚や離婚、どこまでが家族かなどについての決まりをまとめています」
いかがですか? 六法の根幹をなす「刑法」と「民法」について、これほどわかりやすく書かれた文章を他に見たことがありません。これは子どもだけでなく、大人でも勉強になります。全編にわたって掲載されているコラムも興味深く、たとえば「法律は国によって違う?」と題されたコラムには次のように書かれています。
「放火をはじめとする火災に関係する犯罪に対しては、日本では罰則が重いと言われています。これは日本の住宅は木造が基本で、江戸時代には多くの命が失われた大火災が3回もあったなど、火災と密接な関係を持つ歴史があるからです。法律はこのようにそれぞれの国の歴史や文化を色濃く反映します。たとえば中国の場合、麻薬を作ったり売ったり、運んだりすると、最も重い刑罰は死刑です。これはかつて中国が清という国家だった時代に、アヘンという麻薬の一種のやり取りと流行によって国を亡ぼすほど大変な経験をした反省なのです」
このように読み物としても本書は非常に面白いのですが、著者は本書を「いじめ」をなくすために書いたそうです。「いじめで悩んでいるきみに」と題した文章では、著者は次のように書いています。
「いじめはどんな理由があろうとやってはいけないことです。また、いじめられても仕方のない理由などありません。きみがつらい思いをするようなことをされているなら、それはもちろんいじめです。『もしかしたら自分にも原因があるのでは』と考えるかもしれませんが、きみはけっして悪くありません。もし、きみがいじめにあっているなら、一人で悩まずに、信頼できる大人に相談してみてください」
本書には、いじめで悩んでいる子ども向けに、いろんなアドバイスが示されているのですが、その中に「●日記をつけてみよう」というものがあり、「いじめがずっと続いているのであれば、日記をつけておくことも大切です。書くだけで気持ちが落ち着くこともあります。日記には、いつ、どこで、誰に、何をされて、自分はどう思ったのか、具体的に書いておくと、後から思い出すときの助けになります」と書かれていました。これは、じつに適切なアドバイスであると思います。
「週刊文春」2019年10月24日号
本書の大ヒットによって、「週刊文春」の取材を受けた外山さんは、同誌の2019年10月24日号で、次のように語られています。
「法律の研究は細分化されており、本書のように法律全般に及ぶ内容を専門家がひとりで書くのは困難です。著者が法律の専門家だったらまず考えつかない斬新な企画であり、また、いじめの元当事者がいじめ防止を目的とする本を書くことの強い思いを応援したい気持ちもあって、法律の専門書を主に手掛ける弊社からの刊行を決めました」「身近にある問題を見て見ぬふりしている大人の、心の逃げ道を塞ぎたい気持ちもありました。いじめと全く無縁に育った人って、この国にはほとんどいないんですよね。児童虐待や、痴漢などの性犯罪もそう。はっきりと法で許されない行為だと知れば、そうしたものをただ黙って見過ごしてしまうことも、減ると思うんです」
わたしは、自分の担当編集者である外山さんがベストセラー本を作られて、それを献本して下さったのが本当に嬉しくて、外山さんに以下の内容のメールを送りました。
「『こども六法』、届きました。ありがとうございました。まず、この本、アイデアが秀逸ですね。それから、イラストが素晴らしい! もちろん、内容はわかりやすいです。出版というのは世の中のためになる営為だと思いますが、まさにそんな本です。この本は、ハートフル・ソサエティにつながっていると思います。以前、村上龍氏の『14歳からのハローワーク』という本がベストセラーになりました。しかし、きっと『こども六法』のほうが長く残るでしょう。外山さん、本当に良書を手掛けられましたね!」
すると早速、外山さんから以下のメールが届きました。
「『こども六法』をお褒めいただいてありがとうございます。ハートフル・ソサエティにつながる、と感じていただき光栄です。ご高察どおり、世の中を変えたいというメッセージをしっかり込めました。『14歳からのハローワーク』は大好きですが、総ルビでないことを残念に思っていたので本書は総ルビにしました。イラストの内容もコピーも苦労もしましたが、結果として多くの方に喜んでいただけて本当によかったです」
たしかに、総ルビにしたのは大成功でした。もしかすると、本書がヒットした最大の原因は、総ルビと動物のイラストかもしれません。総ルビと動物のイラストといえば、わたしには思い当たる著書があります。『はじめての「論語」』(三冬社)という本です
『はじめての「論語」 しあわせに生きる知恵』(三冬社)
同書には「しあわせに生きる知恵」というサブタイトルがついています。わたしにとって初めての児童書で、お子さんやお孫さんと一緒に『論語』を学ぶことをイメージして書きました。今から2500年前ほど昔の中国の国に、孔子という人物がいました。孔子は「人がしあわせに生きるためには、どうすればいいか」ということを考えた人で、孔子とその弟子たちの言葉や行動をまとめた本が『論語』です。
一条真也の新ハートフル・ブログ「論語と算盤」で紹介した渋沢栄一が1万円札の新しい顔になることが決定し、今また『論語』に熱い注目が集まっています。
わたしもイラストで登場します
孔子は、紀元前551年に生まれました。同じ頃、インドには釈迦、つまりブッダが生れ、それから80年ほどしてギリシャにソクラテスが生れています。孔子は儒教、ブッダは仏教、そしてソクラテスは哲学の祖だとされています。こういった偉人たちがほぼ同じ頃に活躍していたというのは、考えてみれば不思議です。さらに紀元4年にはイスラエルにイエスが生まれています。そう、キリスト教の祖です。この孔子、ブッダ、ソクラテス、イエスの四人は「四大聖人」と呼ばれ、明治時代の日本では非常に尊敬されました。中でも、孔子とブッダの2人はそれ以前の江戸時代からよく知られ、わたしたち日本人に大きな影響を与えてきました。そして、孔子の教えが書かれた『論語』は、千数百年にわたって、わたしたちの祖先に読みつがれてきたのです。
「仁」のイラストはこんな感じです
『論語』ほど日本人の「こころ」に大きな影響を与えてきた本はないのではないでしょうか。特に江戸時代には、あらゆる日本人が『論語』を読みました。武士だけでなく、町人たちも『論語』を読みました。そして、子どもたちも寺子屋で『論語』を素読して学んだのです。なぜ、それほどまでに日本人は『論語』を学んだのでしょうか。それは、『論語』に書いてある教えを自分のものとすれば、立派な社会人になることができ、人の上に立って多くの人を幸せにすることができ、さらには自分自身が幸せになれるからです。そこに「いじめ」などという馬鹿げた行為はありえません。
なぜ「礼儀」を大事にしなければいけないの?
江戸時代、滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』という本が大ベストセラーとなり、多くの日本人に読まれましたが、その中にも『論語』の教えが書かれています。すなわち、「仁義礼智忠信孝悌」です。
「仁」とは、愛と思いやりのことです。
「義」とは、悪いことをにくむ気持ちです。
「礼」とは、人として生きる「道」を守ることです。
「智」とは、善いことと悪いことの違いを知ることです。
「忠」とは、誰にでも真心で接するということです。
「信」とは、自分を信じ、人を信じて、ともに成長することです。
「孝」とは、自分と親、ご先祖さまへと続く「いのち」のつながりです。
「悌」とは、年齢が違っても、人の長所を認め、大切にすることです。
「礼」のイラストはこんな感じです
これらの8つの教えは、『論語』の教えを日本人向けにまとめたもので、とてもわかりやすくなっています。そして、これら8つを自分のものとした人のことを「君子」と呼びます。『論語』には「君子」という言葉がたくさん出てきますが、はじめは地位のある人のことでした。それから、徳のある人をさす言葉になりました。人間界で最も素晴らしい人を「聖人」といいます。孔子はまさに聖人ですが、君子は聖人ではありません。あくまで、この現実の社しゃかい会に存在する立派な人格者で、生まれつきなれるものではありません。『論語』には「君子は上達す」という言葉がありますが、努力すれば誰でもなれる人、それが君子なのです。
自分だけが正しいと思っていませんか?
そんなことをいうと、「なんだか、かた苦しいなあ」と思うかもしれませんが、そんなことはありません。孔子は大いに人生を楽しんだ人でした。きれいな色の着物を好み、音楽を愛した人でした。『論語』には「楽しからずや」「悦よろこばしからずや」といった前向きな言葉がたくさん出てきます。同じ聖人でも、ブッダやイエスの言葉には人間の苦しみや悲しみについては出てきても、楽しみや喜びなどはまず見当たりません。この点、『論語』に前向きな言葉が多いのは、本当に素晴らしいことだと思います。孔子は、とにかく「どうすれば、幸せに生きることができるか」を考えた人なのです。
2冊揃えば、鬼に金棒!
『こども六法』を読んでいて、気づいたのですが、『はじめての「論語」 しあわせに生きる知恵』は『こども論語』としてアップデートすべきです。『はじめての「論語」 しあわせに生きる知恵』は子ども向きに書いたのですが、それでもまだ難しいところが多々あったように思います。それをどのように書き直したらよいかが『こども六法』を読んでいてひらめきました。もともと古代中国では、孔子、孟子、荀子に代表される「儒家」と李斯、商鞅、韓非子に代表される「法家」の両方を学ぶのが好ましいとされていました。「礼」と「法」を学べば「鬼に金棒」というわけです。
司法修習生への講演のようす
一条真也の新ハートフル・ブログ「司法修習生への講演」でも紹介したように、数年前まで、毎年わたしは司法修習生のみなさんに「礼と法について」という講演を行ってきました。講演の最後には、わたしはいつも司法修習生の方々に向けて、「法律的には許されても、人間として許されないことがある」と述べます。たとえ、酒気帯び検査を切り抜けたからといって、飲酒運転は絶対に許されません。相手が泣き寝入りしようが、セクハラを許してはなりません。いくら証拠がなくても、ウソを言って人を騙してはなりません。結局は、法律とは別に「人の道」としての倫理があり、それこそが「礼」なのです。現実世界における法律の影響力は非常に絶大です。しかし、大切なのは「礼」と「法」のバランス感覚なのです。講演の最後は、「よく学び法を修めし人なれば 礼も修めて鬼に金棒」という道歌を若き法曹の徒に贈りましたが、大変喜ばれました。
よく学び法を修めし人なれば 礼も修めて鬼に金棒
『こども六法』は本当に素晴らしい本です。この世から「いじめ」をなくす魔法の杖になるかもしれません。ただ、『こども六法』を読むのは、いじめている子どもではなく、いじめられている子どもさんが圧倒的に多いような気もします。いじめっ子に対しては、両親や祖父母が「法」よりも人の道としての「礼」を説くのが効果的のように思えます。もともと、わたしは「国に憲法、人に礼法」という信条の持ち主であり、「法」も「礼」も両方必要だと考えています。ということで、『こども六法』の姉妹本として『こども論語』を書きたいです。一条真也の読書館「決定版日本人の論語」、「伊藤仁斎『童子問』に学ぶ」でも紹介したように、江戸時代に『論語』を「宇宙第一の書」と絶賛した伊藤仁斎は『童子問』という子ども向け『論語』を書きました。わたしは、令和版『童子問』を書きたいです。本当に、いじめをなくすためにも……。