No.1790 小説・詩歌 『ストーナー』 ジョン・ウィリアムズ著、東江一紀訳(作品社)

2019.11.12

『ストーナー』ジョン・ウィリアムズ著、東江一紀訳(作品社)を読みました。一条真也の読書館『二十五年後の読書』『この地上において私たちを満足させるもの』で紹介した乙川優三郎氏の小説に登場する本書は実在の小説であり、しかも半世紀も前に書かれた小説です。本書は第1回日本翻訳大賞の「読者賞」を受賞しています。静かな物語ですが、魂が揺さぶられるような素晴らしい作品でした。心の底から感動しました。

第1回日本翻訳大賞「読者賞」受賞!

著者のジョン・ウィリアムズ(John Edward Williams)は1922年8月29日、テキサス州クラークスヴィル生まれ。第二次世界大戦中の1942年に米国陸軍航空軍(のちの空軍)に入隊し、1945年まで中国、ビルマ、インドで任務につきます。1948年に初の小説、Nothing But the Nightが、1949年には初の詩集、The Broken Landscapeが、いずれもスワロープレス社から刊行されました。1960年には第2作目の小説、Butcher’s Crossingをマクミラン社から出版。また、デンヴァー大学で文学を専攻し、学士課程と修士課程を修めたのち、ミズーリ大学で博士号を取得しました。1954年にデンヴァー大学へ戻り、以降同大学で30年にわたって文学と文章技法の指導にあたります。1963年には特別研究奨学金を受けてオックスフォード大学に留学し、さらにそこでロックフェラー財団の奨学金を得て、イタリアへ研究調査旅行に出かけました。1965年、第3作目の小説、STONERを出版。1972年に出版された最後の小説、Augustusは、このときの取材をもとに書かれた作品で、翌年に全米図書賞を受賞しました。1994年3月4日、アーカンソー州フェイエットヴィルで逝去。

本書の帯

本書の帯には「これはただ、ひとりの男が大学に進んで教師になる物語にすぎない。しかし、これほど魅力にあふれた作品は誰も読んだことがないだろう。――トム・ハンクス」「半世紀前に刊行された小説が、いま、世界中に静かな熱狂を巻き起こしている。名翻訳家が命を賭して最期に訳した、”完璧に美しい小説”」と書かれています。

本書のカバー裏表紙

カバー裏表紙には、「美しい小説……文学を愛する者にとっては得がたい発見となるだろう。――イアン・マキューアン」「純粋に悲しく、悲しいまでに純粋な小説。再評価に値する作品だ。――ジュリアン・バーンズ」「『ストーナー』は完璧な小説だ。巧みな語り口、美しい文体、心を深く揺さぶる物語。息を呑むほどの感動が読む人の胸に満ちてくる。――『ニューヨーク・タイムズ』」と書かれています。

本書の帯の裏

帯の裏には、以下のように書かれています。
「読んでいると、さざ波のようにひたひたと悲しみが寄せてくる。どのページの隅にもかすかに暗い影がちらつき、これからどうなるのだろう、ストーナーはどうするだろうと、期待と不安に駆られ、もどかしい思いでページを繰らずにはいられない。(……)しかしそんな彼にも幸福な時間は訪れる。しみじみとした喜びに浸り、情熱に身を焦がす時間が……。ぎこちなく、おずおずと手を伸ばし、ストーナーはそのひとときを至宝のように慈しむ。その一瞬一瞬がまぶしいばかりの輝きを放つ。なんと美しい小説だろう。そう思うのは、静かな共感が胸に満ちてくるからにちがいない。(「訳者あとがきに代えて」より)」

一段組で330ページに少し満たないこの長編を読み終えると、不思議な感覚にとらわれます。よく「読書で他人の人生を疑似体験する」などと言いますが、それが完全な形で実現されたように感じるのです。わたしは自らの人生とは別のウィリアム・ストーナーという人物の人生を生きたかのような錯覚に陥りました。わたしだけでなく、多くの読者がそのような体験をしたのではないでしょうか。うまくいったのか、うまくいかなかったのか、よくわからない人生。職場の仲間とうまくやれなかったこと。結婚相手とうまくやれなかったこと。ストーナーの人生は、あらゆる人々の共感を呼ぶでしょう。なぜなら、人生とはみな似たりよったりだからです。

ミズーリ大学というアメリカの地方大学の英文学の助教授ストーナーの一生は、教え子との不倫を除けば、とりたてて変わったことのない平凡な人生でしたが、それが圧倒的に美しい文章で描かれています。たとえば、貧しい農家の実家から、あるチャンスを得て、ミズーリ大学に入学したストーナーは親戚の農家の屋根裏部屋に住んで、大学図書館の本を読み漁りますが、その描写が美しいです。

図書館では、何万冊もの本を収めた書庫のあいだを歩き回って、革の、布の、そして乾き行くページのかびくささを、異国の香のようにむさぼり嗅いだ。ときおり足を止め、書棚なら一冊抜き出しては、大きな両手に載せて、いまだ不慣れな本の背の、硬い表紙の、密なページの感触にくすぐられた。それから、本を開き、この一段落、あの一段落と拾い読みをして、ぎこちない指つきで慎重にページをめくる。ここまで苦労してたどりついた知の宝庫が、自分の不器用さのせいで万が一にも崩れ去ったりしないようにと。(『ストーナー』P.18)

友人はなく、生まれて初めて孤独を意識するようになった。屋根裏部屋で過ごす夜、読んでいる本からときどき目を上げ、ランプの火影が揺れる隅の暗がりに視線を馳せた。長く強く目を凝らしていると、闇が一片の光に結集し、今まで読んでいたものの幻像に変わった。そして、あの日の教室でアーチャー・スローンに話しかけられたときと同じく、自分が時間の流れの外にいるように感じた。過去は闇の墓所から放たれ、死者は棺から起き上がり、過去も死者も現愛に流れ込んで生者にまぎれ、そのきわまりの瞬時に、ストーナーは濃密な夢幻に呑み込まれて、取りひしがれ、もはや逃れることはかなわず、逃れる意思もなかった。トリスタンが、金髪のイゾルデが、目の前を歩いていく。パオロとフランチェスカが、身を灼く闇の中を漂っている。ヘレネと王子パリスが、咎を負った苦々しい顔で薄闇から浮かび上がってくる。そういう登場人物たちとストーナーが絡んだ絆は、大学の同輩たちとはけっして結ぶことのできないものだった。(『ストーナー』P.18)

本好きなら、このくだりを涙なしには読めないでしょう。これほど書物への憧憬、読書への愛情が描かれた文章が他にあるでしょうか。わたしは稀代の読書家であった故渡部昇一先生のことが思い出されました。
さて、ストーナーの人生には、誰にでもあるように「婚」と「葬」がありました。本書には、たくさんの結婚と死の場面、結婚式と葬儀の描写が登場します。妻となるイーディスとストーナーとの結婚式のシーンは以下のように描かれています。フィンチというのは新郎新婦をお互いに紹介したストーナーの友人です。

白いドレス姿は、部屋に射し込む冬の陽のようだった。ストーナーは思わず歩み寄ろうとしたが、フィンチが腕をつかんで制止した。イーディスは青白い顔をしながらも、ストーナーに小さな笑みを投げた。それからそばに来て、ふたりで歩いた。丸襟の服を着た見知らぬ男が前に立っていた。小柄で、太りじしで、つかみどころのない顔、その男が、手にした白い本を見て、何やら言葉を発している。ストーナーは沈黙に反応する自分の声を聞いた。隣りでイーディスが震えているのを感じた。それから、長い沈黙が訪れ、またざわめきが起こって、笑い声がした。誰かが「花嫁にキスを!」と言う。振り向くと、フィンチのにやけ顔があった。ストーナーはイーディスに微笑みかけ、なよやかに揺れて見えるその顔にキスをした。ふたりの唇は同じように乾いていた。(『ストーナー』P.77)

ストーナーの父の葬儀は、次のように描かれています。

家の中には、見覚えのない近所の住人が何人かいた。黒のスーツに白のシャツ、紐タイといういでたちのひょろ長い男が、上体をかがめて母に話しかけている。その母は、父の亡骸を納めた細長い木の箱のわきの簡素な椅子に坐っていた。ストーナーはそちらへ歩を進めた。ひょろ長い男がそれを見て、歩み寄ってきた。上薬を塗った陶器のような、灰色の平べったい目をしている。太くよどみないバリトンの声で、取り入るように、内緒めかした言葉を口にした。ストーナーを”兄弟”と呼び、”死は奪う”とか”神に召され”とかいう文句をちりばめて、祈りをともにしようと誘いかける。ストーナーは男の横をすり抜け、母の前に立った。母の顔が揺らいで見える。ぼやけた視界の中で、母がうなずき、椅子から立ち上がった。息子の腕を取って、言う。「父さんにごあいさつなさい」(『ストーナー』P.123)

また、ストーナーの母の葬儀は、次のように描かれています。

ストーナーは母を父の隣りに葬った。埋葬が終わり、数少ない葬送の客が去ったあと、ストーナーは11月の寒風の中にひとり立って、ふたつの墓を見下ろした。一方は新しい屍のために開かれ、一方は盛り土されて、和毛のような草に覆われている。父母と似た境遇の人々が眠る木もなく殺風景な墓所を見渡し、その向こうの平らな荒地越しに、自分の育った、そして母と父が生涯を過ごした能條の方角を見はるかした。年々土に対して支払う代価のことを想った。土は昔と同じ土で、おそらく少しづつ痩せてきて、少しづつ収穫に手間取るようになってきた。その流れはずっと変わっていない。父母の人生は歓びのない労働に費やされ、意気は砕かれ、知力は麻痺させられた。ふたりは今、人生を捧げてきたその土にいだかれ、年々ゆっくりと土に同化していく。ゆっくりと、湿気と腐敗が屍を納めた松材の箱を侵し、ゆっくりと屍そのものに触れ、ゆくゆくはその物理的存在の最後の名残までを食い尽くす。そして、ふたりは遠い昔に身を献じた不屈の大地の名もなき一部となり果てるのだ。(『ストーナー』P.126)

そして、ストーナーの愛娘グレースの結婚式も描かれています。グレースは学生時代に妊娠してしまったのですが、相手のエドワード・フライという名の男子学生と結婚することになりました。娘の突然の妊娠はもちろんショックでしたが、お腹の子の父親であるフライと娘が一緒になれることに安堵もしたのでした。

結婚式は、治安判事の散らかった書斎で行なわれた。ストーナーとイーディスだけが立ち会い、がらがら声でしかめっ面をした白髪の判事夫人は、式のあいだ台所仕事をしていて、終わったあと、立会人の署名だけした。1941年12月12日、寒風が肌を刺す午後のことだった。
式の5日前、日本軍が真珠湾を爆撃していた。ウィリアム・ストーナーは、いままでにない複雑な思いで式の進行を見守った。同時代を生きた多くの人々と同様、ストーナーは麻痺状態としか呼びようのない無感覚にとらわれていたが、それはかかえきれないがゆえに認識もできない深さと熾烈さを持つ感覚の集合体であることを知っていた。それは公の悲劇の力だった。恐怖と苦悩がかぎりなく広がっていき、私的な悲劇や個人の不幸はまったく別次元の代物へと姿を変える。だが周囲の景観の広大さゆえにそれはかえって強調され、大砂漠にぽつんと建つ墓標のように際立ってしまうのだ。ストーナーは無関心に近い憐みの目で、悲しくささやかな婚礼を眺め、娘の従順で冷ややかな美しさと新郎の鬱とした捨てばちな顔に妙な感動を覚えた。(『ストーナー』P.287~288)

式のあと、新郎新婦はフライの小型車にもの憂げに乗り込み、相手方の両親と新居が待つセントルイスに向かった。玄関で見送るストーナーの胸には、とても幼いころ、遠い昔のあの部屋に並んで坐り、楽しげな澄まし顔を父親に向けたグレースの姿しか浮かばず、それは死んで久しい愛児を偲ぶ行為にも似ていた。結婚後2カ月で、エドワード・フライは陸軍に召集された。グレースは出産までセントルイスにとどまることを、みずから決断した。6カ月後、フライは太平洋の小島で戦死した。日本軍の進攻を食い止めるための決死の戦闘に送り込まれた新兵のひとりとして……。1942年6月、グレースの子どもが誕生した。男の子だった。グレースは、わが子の姿を目にすることなく、愛でることもなく逝った父親の名前を付けた。(『ストーナー』P.288)

ここでふと、わたしは気づきました。自らの人生とは別のウィリアム・ストーナーという人物の人生を生きたかのような錯覚に陥ったとか、人生とはみな似たりよったりだとか言っても、わたしはストーナーのように父母の葬儀も、娘の結婚式も経験していないということを。つまり、わたしは未だストーナーの境地まで至っていないのです。

ただ、わたしとストーナーに共通点があるとすれば、自らが結婚していることと、自著を持っていることでしょうか。じつは、ストーナーが人生を卒業する場面では、彼の自著が登場します。それはとても美しく悲しく、わたしは読みながら涙が止まりませんでした。

ストーナーは首をめぐらせた。わきテーブルには、長いこと触れずにいる本が山積みになっている。ひとりでに手がそちらへさまよっていった。自分の指のか細さに驚き、屈伸してみて、間接の複雑な結合ぶりに感動を覚えた。そこに力がみなぎるのを感じ、ストーナーはテーブル上の本の山から一冊を抜き取った。自分の著書だ。とうの昔に色あせ、すり切れたなつかしい赤い表紙を見て、ストーナーは笑みを浮かべた。
この自著が忘れ去られて久しいこと、なんの役にも立たなかったことは、もうどうでもよかった。いつの時代であろうと、この本に価値があるかどうかは些末なことだ。古びた印刷物の中に自分を見出せるとも思っていなかった。しかし自分のごく一部が確かにそこにあること、これからも存在し続けることは否定できない。(『ストーナー』P.326~327)

開いたとたん、本は自分のものではなくなった。ページを繰ると、まるで紙の一枚一枚が生きているかのように、指先をくすぐった。その感覚が指から、筋肉へ骨へと伝わっていく。ストーナーはそれらをかすかに意識し、全身がその感覚に包まれるのを待った。恐怖にも似た古い興奮が、横たわった体の動きを封じるのを……。窓から射し込む陽光がページを照らしていたが、そこに何が書いてあるのか、もうストーナーには読めなかった。指からの力が抜け、手にした本がゆっくり傾いて、動かぬからだの上を素早くすべり、部屋の静けさの中に落ちていった。(『ストーナー』P.327)

わたしは、『ストーナー』という小説はグリーフ文学の名著であると思いました。この小説を読めば、誰でも「自分の人生は生きるに値するものだろうか」「自分の人生は生きるに値したことがあっただろうか」という思いが沸々と湧いてきて、大きな悲しみに包まれるでしょう。「訳者あとがきに代えて」でも、担当編集者の布施由紀子氏が次のように書いています。
「とても悲しい物語とも言えるのに、誰もが自分を重ねることができる。共通の経験はなくとも、描き出される感情のひとつひとつが痛いほどによくわかるのだ。そこにこの作品の力があると思う。イギリスの作家ジュリアン・バーンズは、2013年12月13日付『ガーディアン』紙に掲載されたエッセーの中で、『ストーナー』に描かれる悲しみは、『文学的な悲しみではなく、もっと純粋な、人が生きていくうえで味わう真の悲しみに近い。読み手は、そうした悲しみが彼のもとへ近づいていくのを、自分の人生の悲しみが迫りくるように感じとる。しかも、それに抗うすべがないことも承知しているのだ』と書いている」

それにしても、本書の訳文は美しいです。まさに、名訳とは本書のような文章を言うのでしょう。じつは翻訳者である東江一紀氏は多くの訳書を世に出されながらも、癌のため、7年におよぶ闘病の末に62歳で他界されました。本書は東江氏の遺作となった。亡くなる1カ月ほど前には、本書の翻訳は残り55ページのところまで来ていたそうです。そこから緩和ケアに入りながらも、東江氏は少しづつ翻訳に取り組まれ、最後は意識の混濁と闘いつつ、ご家族に口述筆記を頼んで訳了をめざされました。

しかし、とうとう1ページを残して力尽き、翌日に息を引き取られたそうです。この壮絶な東江氏の闘いぶりを知って、わたしはまた泣きました。担当編集者として東江氏を支え続けた布施氏は、「人は誰しも、思うにまかせぬ人生を懸命に生きている。人がひとり生きるのは、それ自体がすごいことなのだ。非凡も平凡も関係ない。がんばれよと、この小説を通じて著者と役者に励まされたような気持ちになるのは、わたしだけだろうか」と書いています。

いや、布施さん、わたしも同じ気持ちになりましたよ。
そして、「人がひとり生きるのは、それ自体がすごいことなのだ」ということを痛感しました。わたしの本業は冠婚葬祭業ですが、日々お世話をさせていただく結婚式や葬儀の1件1件をかけがえのないものとして、これまで以上に心を込めてお手伝いさせていただきたいと思います。人生に悩んでいる人、得体のしれない虚しさを感じておられる方には、ぜひ、この「完璧に美しい小説」を読まれることを勧めいたします。

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