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No.1839 読書論・読書術 『室内生活 スローで過剰な読書論』 楠木健著(晶文社)
2020.03.05
『室内生活 スローで過剰な読書論』楠木健著(晶文社)を読みました。著者は1964年、東京都生まれ。幼少期を南アフリカで過ごしました。一橋大学大学院国際企業戦略研究家(ICS)教授。一橋大学商学部卒、同大学院商学研究科博士課程修了。専門は競争戦略とイノベーション。一条真也の読書館『戦略読書日記』で紹介した本をはじめ、著書多数。
本書の帯
本書の帯には、「独りで、ゆっくり、大量に読む!」「これが知的体幹を鍛え、思考の基盤を厚くする本の読み方」「読書の醍醐味は、そこから何を読み取り何を得るかにある。当代随一の本の読み手が、これまでに手掛けた書籍解説、書評のほぼすべてを網羅した全書籍解説・書評・読書論集」と書かれています。
本書の帯の裏
帯の裏には、以下のように書かれています。
「僕が何よりも好きなのは『考える』という行為なのだ。何かを知りたくて本を読んでいるわけでは必ずしもない。読書が無類に好きなのも、それが考えるための日常的手段としてもっとも効率的で効果的だからだ。読めば考えることがある。それを文章にして人様に読んでもらう。書評書きは僕にとってこれ以上ないほど嬉しくありがたい仕事だ。書評の仕事はその基底で僕の本業と密接な関係にある。その本が経営や競争戦略と一見無関係なものであっても、『考える』という行為としては本業と共通している。(「はじめに」より)」
カバー前そでには、こう書かれています。
「読書は、アスリートにとっての基礎練習。室内で寝ながらできる走り込み、汗をかかない筋トレ、体を動かさないストレッチ。本さえあれば、1年365日、呼吸をするように思考を鍛えられる。著者の貪欲なまでの研究マインドに裏付けられた読書術を、あますことなく体験できる決定版読書論。先端ITビジネス系から塩野七生、城山三郎、古川ロッパ昭和日記まで。『特殊読書の愉悦』『棺桶に入れてほしい本』などコラムも抱腹絶倒のおもしろさ。できれば部屋から一歩も出ず、ずっと本を読んでいたい!」
本書の「目次」は、以下の構成になっています。
「はじめに ラーメン屋のスープ」
1号室 ビジネス書解説
2号室 さらにビジネス書解説
3号室 さまざまな書籍解説
4号室 さまざまな書評
5号室 もっとさまざまな書評
6号室 読書意外の「室内生活」
「はじめに――ラーメン屋のスープ」の冒頭を、著者は「子供のころから本を読むのが大好きで、読書に明け暮れていた」と書きだしています。幼少時は南アフリカ共和国のヨハネスブルクで育った著者は、テレビもラジオもない環境の中で、読書ぐらいしかすることがなかったといいます。日本に帰国してからも軽井沢に別荘を持つ(しかも、お隣は北杜夫の別荘!)セレブな家庭の中で、著者はひたすら本を読み続け、「世が世なら貴族になりたかった。貴族であれば、部屋に閉じこもって好きな本を好きなだけ読んで生きていける。僕にとって、これほどいい仕事はない。貴族に生まれなかったのを恨んでも仕方がない」などと、とんでもないことを考えるのでした。
そんな著者は長じて大学教授となり、さまざまな書評や本を解説を書く人になりました。それでも、「書評家を名乗るほどの覚悟も力量もない。あくまでも本業のサイドメニューに過ぎない。それでも心持ちは貴族。公爵や伯爵とはいえないまでも、男爵ぐらいの気分になれる。この業界は原稿料がヒジョーに安いのも、経済的な損得にし恬淡とした貴族らしくてイイ。半世紀近くを経て、子どもの頃の貴族の夢が半ば実現したといっても過言ではない」と述べます。著者と同じように、原稿料がヒジョーに安い仕事ばかりこなしているわたしは、これを読んでニヤッとしました。
著者は、ある人から「あなたにとっての書評はラーメン屋がついでにチャーハンを出しているようなものですね」と言われたそうです。サイドメニューといえば、その通りなのでしょうが、著者の実感は少し違いました。ラーメンとチャーハンは相互に独立した別物ですが、書評の仕事はその基底で著者の本業と密接な関係にあるというのです。著者は「その本が経営や競争戦略と一見無関係なものであっても、『考える』という行為としては本業と共通している」と述べています。
著者にとっての読書は、アスリートにとっての基礎練習であり、室内で寝ながらできる走り込み、汗をかかない筋トレ、体を動かさないストレッチなのです。本さえあれば、1年365日、呼吸をするように思考を鍛えられるのです。これが知的体幹を太くし、思考の基盤を厚くするとして、著者は「つまり、ラーメン屋のスープづくりのようなものである。厨房の真ん中にある大鍋で、年がら年中グツグツと煮込み、ダシを取る。スープが美味しくてこそのラーメン。僕にとっての書評書きはラーメン屋のチャーハンというよりもスープのようなものだ。チャーハンについてくる、ラーメンのそれを流用したネギを浮かしたおまけのスープといってもよい」と述べるのでした。いやあ、うまいことを言いますね。著者の表現力に脱帽です。
本書には、著者がこれまでに書きためた書評や書籍解説のほとんどすべてが収録されています。著者いわく、「あえてラーメン屋のスープだけをパッケージして世に出すという、わりと無謀な試みである。映画や食べ物など読書以外の室内生活について書いてきた文章もおまけとして入れてある」と述べています。ビジネス、歴史、芸論、評伝・自伝を中心に、509ページにわたって100冊以上の本が紹介されていますが、いずれも面白そうな本ばかり。もちろん、わたしが読了済みの本も多いですが、著者の書評がじつに達意の文章で書かれているので、大いに興味をそそられて、その本を再読したくなります。
コラムも秀逸で、特に「棺桶に入れてほしい本」というのが素晴らしいです。著者のこれまでの読書遍歴が綴られているのですが、中学・高校時代に、夏目漱石、芥川龍之介、三島由紀夫、太宰治、石原慎太郎らの小説を読み耽ったそうで、わたしと同じ体験の持ち主と知って嬉しくなりました。わたしは、高校時代に漱石、芥川、三島の全集を読破しました。その上、著者は武者小路実篤を特に愛読していたとのことで、これもわたしの趣味にドンピシャリです。思えば、著者が抱いていた貴族への憧れと武者小路の小説は通じているのではないでしょうか。
あと、著者の好きなジャンルは、歴史モノや社会評論、人物論だそうです。たまらなく面白かった本として、白川静『回思九十年』、吉田茂『回想十年』、李忘綏『毛沢東の私生活』、ロバート・マクナマラ『マクナマラ回顧録』、カート・ジェントリー『フーヴァー長官のファイル』、ギュンター・グラス『玉ねぎの皮をむきながら』、エリック・ホッファー『エリック・ホッファー自伝:構想された真実』などを挙げています。著者はこの手の「面白い人物についての面白い話」に目がないそうですが、わたしはいずれも未読ですので、機会があれば読んでみたいと思います。
競争戦略が専門分野である著者は、経営者の評伝や自伝もよく読むそうです。最近読んだ中では、一条真也の読書館『江副浩正』で紹介した本が抜群に面白かったそうです。「これ以上ないほどの事業構想力だけを武器に、ゼロからリクルートを創った稀代の経営者がなぜあのような危機と迷走に走ったのか。読んでは考え、考えては読む。僕のいちばんスキな読書スタイルにぴったり」と書いています。一条真也の新ハートフル・ブログ「一条賞(読書篇)発表!」で紹介したように、同書を2018年に読んだすべての本の中でベスト3に選んだわたしは非常に嬉しく感じました。「読んでは考え、考えては読む」というのが著者の読書スタイルだそうですが、これは「具体と抽象の往復運動」ということになります。抽象的な話は具体レベルで、具体的な話は抽象レベル解釈することが大切なのですね。
著者は自らの仕事を広い意味での「芸事」であるととらえ、世阿弥からフランク・シナトラ、エルビス・プレスリー、アンディ・ウォーホル、グレン・グールドらの本も愛読したそうですが、特に小林信彦の『日本の喜劇人』と高峰秀子の『わたしの渡世日記』が座右の書であり、「死んだらこの2冊を棺桶に入れて焼いて欲しい。そういう本があるということは、確かに幸せなことだと思う」と述べています。わたしなら、『論語』と『星の王子様』、あるいは白川静『孔子伝』と渡部昇一『知的生活の方法』を棺桶に入れてほしいですね。
わたしには『面白いぞ人間学』(致知出版社)、『死が怖くなくなる読書』(現代書林)といった書籍解説や書評を集めた著書がありますが、本書『室内生活』のようにジャンルを自由自在に超越した読書ガイドをいつか書きたいですね。じつは、125万部の発行部数を誇る「サンデー新聞」に連載中の「ハートフル・ブックス」が現在142回を数えていますが、これが150回になったら『心ゆたかな読書』(仮題)として書籍化したいと考えています。装丁も含めて、本書は『心ゆたかな読書』を作る上でのヒントになりました。1964年(昭和39年)生まれの著者はわたしの1歳下で、完全に同年代です。共通する愛読書も多く、会えば話が弾むような気がします。機会があれば一度お会いして読書談義をしたいものです。