No.2022 SF・ミステリー | 社会・コミュニティ | 経済・経営 『グレート・リセット』 クラウス・シュワブ&ティエリ・マルレ著、藤田正美&チャールズ清水&安納令奈訳(日経ナショナル ジオグラフィック社)

2021.04.03

『グレート・リセット』クラウス・シュワブ&ティエリ・マルレ著、藤田正美&チャールズ清水&安納令奈訳(日経ナショナル ジオグラフィック社)を読みました。「ダボス会議で語られるアフターコロナの世界」世界経済フォーラムのクラウス・シュワブ会長とオンラインメディア『マンスリー・バロメーター』の代表ティエリ・マルレが、コロナ後の世界を読み解いた本です。2020年に世界を覆ったパンデミックは、それまでに起きつつあった変化を劇的に加速しました。もう元には戻れません。「マクロ」の視点、「産業と企業」の視点、「個人」の視点それぞれから、次に来る新しい世界を提示します。いま何が起きているのか、これから何が起きるのかを、俯瞰して知るのに最適な1冊です。

本書の帯

本書の帯には「持続可能な」「変化の予想図」と大書され、「もう元には戻らない」「7カ国で出版!」と書かれています。カバー前そでには、「迫り来る難問の数々は、これまで誰もが想像しようともしなかったような悲惨な結果をもたらすかもしれません。しかし、私たちがもう一度すべてをやり直そうとする力を、これまで考えもしなかった規模と連帯感で結集すれば、そのような無残な結末を迎えないようにすることも可能なのです。(「緊急出版にあたって」)」と書かれています。

本書の帯の裏

本書の「目次」は、以下の構成になっています。
「緊急出版にあたって」
「はじめに」
1.マクロリセット
1.1概念の枠組:現代社会をあらわす3つのキーワード
1.2 経済のリセット
1.3 社会的基盤のリセット
1.4 地政学的リセット
1.5 環境のリセット
1.6 テクノロジーのリセット
2.ミクロリセット(産業と企業)
2.1 ミクロトレンド
2.2 産業のリセット
3.個人のリセット
3.1 人間らしさの見直し
3.2 心身の健康
3.3 優先順位を変える
「謝辞」
「参考文献」
「著者紹介」

「緊急出版にあたって」の冒頭は、「COVID-19(新型コロナウイルス感染症)が世界中で蔓延してからというもの、国家の統治から、人々の暮らし方、果ては世界経済への参加の仕方に至るまで、これまで通用してきたありとあらゆる筋書きが文字通りずたずたに引き裂かれてしまった」と書きだされています。また、本書の主たる目的は、さまざまな分野や領域で何が起ころうとしているかを理解するための指標になることだとして、「初版(英語版)が発行された2020年7月時点では、まだ世界でコロナ危機がどうなるかは不透明な状況が続いていた。そのため、本書は、同時進行形のエッセイとしての側面と、歴史の重要な岐路に立ち合う瞬間を切り取った学術的なスナップショットとしての側面を併せ持つハイブリッドな本となった。数々の理論や実例を紹介しているが、大部分は、このパンデミックが終息した後の世界がどのような形になりそうなのか、あるいはどうなるべきかを、数多くの推察や発想を交えながら解説している」と書かれています。

さらに、「2020年7月上旬、私たちはこんな議論をしていた。われわれは今、岐路に立っている。一方の道は、よりよい世界に導いてくれる。より寛容で、より公平で、母なる自然に対してより畏敬の念を抱くような世界だ。もう一方の道は、ついこの前やっとの思いで脱出してきた世界に逆戻りする道だ。それだけではない。その先にあるのは、前よりももっとひどい、不快な驚きが次から次に襲ってくるような世界だ。だからこそ、われわれは正しい道を選択しなければならない。迫り来る難問の数々は、これまで誰もが想像しなかったような重大な結果をもたらすかもしれない。しかし同時に、われわれは世界をもう一度リセットとする力を、これまで考えもしなかった規模で結集することもできるのだ」と書かれています。

「はじめに」では、「多くの人がこう考えている。いつになったら、ノーマルな生活に戻れるのだろうと。シンプルに答えよう。戻れないのだ。戻る先が、危機の前はごく当たり前だった、いまや『打ち砕かれた』日常を指すなら、何も元通りにはならないのである。なぜなら、パンデミックを機に、世界の方向性が根本的に大きく変わるからだ。これを巨大な分岐点と呼ぶアナリストもいれば、『聖書に描かれたような』深刻な危機という人もいるが、要点は同じだ。(中略)私たちはまだまだ、あまりにもはやい変化や想定外の性質に驚き続けることになる。変化が変化を呼び、それが第2、第3、第4、と副次的な結果を生み、その影響や想定外の結果が雪崩のように大きくなっていく。そこからやがて、『新しい日常』が形作られるが、これは私たちが過去のものにしようとしているかつての日常とは決定的に違うものだ。この過程では、世界の未来、あるいは今後あるべき姿についての信念や予想の多くがあっけなく覆される」と書かれています。

権力にとって、疫病を封じこめる手段は、いつも政策のひとつとして用意されていました。COVID-19拡大予防のために世界のほとんどで導入された自宅隔離やロックダウンは何ら目新しいものではなく、何世紀も前から、ごく当たり前に行われてきたとして、「自宅隔離という対策が初めて講じられたのは、1347年から1351年にかけて、ヨーロッパ全土の3分の1の人々の命を奪った黒死病の流行を食い止めようとしたときだ。quarantine(隔離)という英語の語源はイタリア語のquarantaすなわち『40』だ。40日隔離するというこの日数は、何を阻止しようとしているのか当局にも分からないまま定められた。とはいえこの隔離は、初期の『制度化された公衆衛生』のひとつであり、これを機に近代国家の『権力の強化』につながっていく。40日という日数には医学的根拠はなく、象徴的・宗教的な理由で決まった。新約・旧約両方の聖書にはよく、浄化という文脈で40という数字がでてくる。たとえば、四旬節や創世記にある洪水が引くまでの日数も40日だ」と書かれています。

1.「マクロリセット」の1.1「概念の枠組み:現代社会をあらわす3つのキーワード」の1.1.1「相互依存」の冒頭は、「もし、21世紀をたった一語で表せと言われたら、間違いなく『相互依存』になるはずだ。これはグローバリゼーションやテクノロジーの進歩に伴って生じた関係性で、社会を構成する要素の力学ともいえる。グローバリゼーションと技術的進歩が過去数十年の間に一挙に進んだことから、一部の評論家はこう決めつけた。世界は今や『ハイパーコネクテッド(ネットにつながる機会・手段の増大)』、つまり筋肉増強剤で強化された相互依存の変異型だというのである。では実際に、この相互依存とはどういう状態を指すのだろうか? 簡単に言えば、何もかもがつながっている『連結された』世界である。2010年代初頭、シンガポールの学者で元外交官のキショール・マブバニはこの現実を、船にたとえてこう述べた。『地球という惑星に住む70億の人々はもはや、100隻をはるかに超える船(国家)に別々に暮らしているのではない。全員が同じ1隻の船の193の客室で暮らしているのだ』。マブバニ自身の言葉によれば『かつてない規模の転換』である」と書きだされています。

1.1.2「スピード」では、「こうした相互依存を促進してきた「主犯格」は、テクノロジーの進歩とグローバリゼーションだ。またこの二つは、「急ぐ文化」も生んだ。実際、現代では、何もかもが昔よりかなり素早く動いていると言っても大げさではない。この、驚異的なスピードアップの原因を一つだけ挙げるなら、それは明らかにインターネットである。今や世界人口の半数以上(52%)がインターネットにつながっている。20年前は8%にも満たなかった。2019年には、世界中で15億台以上のスマートフォンが販売された。スマートフォンは、いつでも、どこでもつながるスピードの象徴でもあり、それを可能にするものでもある」と書かれています。

インターネット・オブ・シングス(IoT)で今、リアルタイムに220億台もの機器(車、病院のベッド、電力網、給水ポンプ、台所のオーブン、農業の潅漑システムなど)が接続されています。2030年には、これが500億台を上回ると見られているが、もう1つ、スピードへのこだわりの原因とされるのが「希少性」という要素であるとして、「社会が豊かになるにつれ、時間はますます貴重になる。すると、時間は今まで以上に足りなくなる。これを裏付けるような調査結果もある。豊かな都市の住人は、貧しい町の住人よりも、必ず早足で歩くという。豊かな人々はぐずぐずしていられないのだ!」と書かれています。

1.1.3「複雑性」では、パンデミックとは複雑で順応性のある1つのシステムであり、いろいろな要素や(生物学から心理学に至るまでいろいろな)情報から成り立っているとして、「その動きは、企業、経済政策、政府の介入、医療政策あるいは国のガバナンスといった変数で変わってくる。このため、パンデミックは刻々と変化する条件に適応していく『生きたネットワーク』と考えられるし、そう考えるべきだ。変わらないものではなく、複雑で適応力があり、相互作用で成り立つシステムである。複雑なのは、『あやとり』のように相互依存と相互接続で成り立っているからだ。さらに、その『動き』は結節点(組織や人の)の間で起きる相互作用によって左右されるという意味では適応力がある。ただ結節点にストレスがかかっているときには混乱するし、御しがたいものになる(自宅隔離という規範に慣れるのか、大多数の人はルールに従うのか従わないのか、問題が生じたときだ)。複雑で適応力のあるシステムを管理する(たとえばパンデミックを封じ込める)には、非常に多くの領域間で、継続的かつリアルタイムかつ柔軟な協調が求められる。同じように領域の中にあるさまざまな分野間の協調も必要だ」と書かれています。

1.2「経済のリセット」の1.2.1「COVID-19の経済学」の1.2.1.2「命を犠牲にしてでも経済を守るべきという経済論の誤り」では、「このパンデミックを通じて、『命を守るべきか、それとも経済を守るべきか』という『生命vs.生活』論争がまた始まった。しかし、こうしたトレードオフの議論は的外れだ。経済の視点から見て、公衆衛生と経済成長のどちらかを選択しなければならないという神話は簡単に覆すことができる。経済を救うために一部の命を犠牲にするという重要な倫理的問題は、ダーウィンの社会進化論の命題の1つかもしれないが、それはさておき、命を守らないという決断をしても、経済は改善されないのである」と書かれています。

さて、「命を守らないという決断をしても、経済は改善されない」理由は以下の2つだといいます。
1つ目は、「まずは供給サイドだ。さまざまな規制やソーシャルディスタンシングのルールを状況が整わないのに緩めれば、再び感染が拡大する(大多数の科学者はそう考えている)。そうなると、より多くの従業員や労働者が感染し、操業できなくなる企業も増える。2020年にパンデミックが発生した後、この説が正しいことが何回か実証されている」ということ。2つ目は、「一方、需要サイドはどうか。この議論は、結局のところ、最も根底にあり、かつ基本的に経済を決定している感情の問題となる。経済を実際に動かすのは消費者の感情なのだから、安全であると確信しない限り、どのような形でも『平常』には戻らない。安全に対する個人の見方が、消費行動や経営判断を左右する。経済が持続的に回復するには、2つの条件が必要だ。1つはパンデミックが終わったと確信できるようになること。この確信がなければ、消費も投資も戻らない。もう1つは、全世界がこのウイルスに打ち勝ったことを示す証拠だ。この証拠を見せられてはじめて、人々はまず自分たちが安全になったと感じ、次第に他の場所も安全だと思えるのである」ということ。

経済学者も公衆衛生の専門家も、「命を救わない限り、生活は守れない」と言っています。すなわち、経済回復を可能にするのは人々の健康を中心に据えた政策以外にないことは明白なのです。さらに彼らは、「もし政府が国民の命を守ることに失敗すれば、ウイルスを恐れる者は誰も買い物や旅行や外食を再開しようとはしない。そうなれば、ロックダウンしていようがいまいが、経済の回復は進まない」とも語っています。そして、本書には「新型コロナウイルス感染症によって多くのものが寸断されてしまった今、社会延滞がここで一度立ち止まり、本当に価値があるものは何かを冷静に見つめ直す契機が訪れた」と書かれています。この問題については、一条真也の読書館『命の経済』で紹介したジャック・アタリの著書を読むと理解が深まるでしょう。

1.3「社会的基盤のリセット」では、歴史的に、数多くのパンデミックは社会そのものを試す試金石であり、2020年の新型コロナウイルス感染症も例外ではないとして、「この感染症によって、経済や地政学的な激動にも匹敵する大きな変動が社会そのものにももたらされた。この混乱は今後何年も、ことによると何十年にもわたって続くだろう。こうした状況ですぐに出てくる明らかな影響は、多くの政府が批判されるということだ。パンデミックへの対応で能力や準備の不足を露呈した政策決定者や政治家に怒りの矛先が向けられる」と書かれています。アメリカの元国務長官、ヘンリー・キッシンジャーは、「国民が一枚岩となって国家が繁栄するには、政府が災難を予見し、影響を食い止め、平安を回復できると信じられていればこそだ。新型コロナウイルスのパンデミックが終息したときには、多くの政府が対応に失敗したと見なされるだろう」と述べました。

キッシンジャーの発言は、一部の豊かな国々にとくに当てはまります。進んだ医療制度、研究、科学技術、イノベーションの資産を十分に持ちながら、他国に比べて対応がかくもお粗末だったのはなぜなのかを、国民に問われることになるとして、「そうした国では、社会構造と社会経済システムの本質が浮き彫りとなり、それが多数の国民の経済的・社会的福祉を保証できなかった『真犯人』だと糾弾されるかもしれない。より貧しい国では、今回のパンデミックによって社会コストの面で大きな犠牲を強いられるだろう。コロナ危機が、従来の社会的課題、とくに貧困、不平等、政治の腐敗を悪化させ、場合によっては社会活動(個人や集団間の交流)および社会基盤の崩壊といった深刻な結果を招く可能性がある」と書かれています。

もちろん、各国で社会基盤のリセットがどのような形で生じるのか、ある程度の正確性をもって示すには時期早尚です。しかし、大まかで包括的な輪郭はすでに描くことができるとして、「とりわけ第一に言えることは、パンデミック後には、富裕層から貧困層へ、そして資本家から労働者への大規模な富の再分配が生じるということだ。第二に、今回のパンデミックは、新自由主義の終焉を告げるものとなりそうだ。新自由主義は、連帯よりも競争、政府介入よりも創造的破壊、社会福祉よりも経済成長を重んじると大まかに定義される概念や政策の集成である。新型コロナウイルス感染症が広がる数年前から、新自由主義の「市場崇拝」を多くのコメンテーターやビジネス界や政界の指導者が非難するようになっていて、最近は衰退傾向にあったが、新型コロナウイルス感染症がそのとどめの一撃を与えた。過去数年にわたって新自由主義的な政策を最も熱烈に信奉してきた二つの国、アメリカとイギリスでパンデミックの死者数が最も多くなったのは偶然ではあるまい。大規模な富の再配分と新自由主義との決別という二つの流れが同時に生じることで、不平等がもたらす社会不安から、政府の役割の拡大、そして社会契約の再定義に至るまで、社会組織に決定的な影響が生じるだろう」と述べられています。

このパンデミックの第一の意義は、社会階層によってリスクの大きさに驚くほどの差があることを浮き彫りにし、社会の不平等というマクロ的な課題を可視化したことだと指摘され、「ロックダウン中、同じような光景が世界のあちらこちらで見られ、現実が露わになった。そこに浮かび上がったのは二分された世界である。上流や中流階級の人々は自宅でテレワークをし、その子どもたちも自宅で教育を受けられた(まずそれが可能であり、次に、より離れた住まいが安全と見なされたため)。それに対して仕事を持つ労働者階級は、外出を控えることも、自宅で子どもたちの勉強を監督することもできず、人々の命を(直接的あるいは間接的に)救い、経済を動かすために第一線で働いていた。病院を清掃し、レジを打ち、生活必需品を配送し、私たちの安全を守っていたのである」と述べられています。

パンデミックとロックダウンが明らかにした第二の意義は、生活に不可欠で本質的な価値のある仕事に対し、それに見合う報酬が支払われないという、根深い乖離が明らかになったことです。言いかえれば、社会が最も必要とする職業の人々に対する経済的評価が最も低いのであるとして、「パンデミックによって私たちが気づかされたのは、コロナ危機のヒーローやヒロインたち、感染者を看病し、経済を動かし続けてくれた人々が、最も賃金の低い職種であったという事実だ。看護師、清掃業者、配達員、食品工場や介護施設、倉庫の労働者などである。しかし、彼らの経済的、社会的な貢献は、ほとんど見過ごされている」と述べられています。

1.3.3「『大きな政府』の復活」では、マーガレット・サッチャー元英首相が、時代精神をとらえて「社会などというものはない」と宣言して以来、初めて政府が優位に立っていると指摘し、「パンデミック後の時代に起きることすべてが、私たちに政府の役割を見直すよう求めるだろう。政府は、市場が失敗したときに正すだけではなく、経済学者のマリアナ・マッツカートが提案するように、『持続可能で包括的な成長を果たせるような市場を積極的に形成するべきだし、政府が資金を提供する企業とのパートナーシップは、利益ではなく公益を目的とするべきだ』」と述べています。

1.3.4「社会契約」では、若者の現状改革主義は、過去には不可能だったレベルまで動員力が高まったソーシャルメディアにより大きく変容し、世界中に広がっているとして、「彼らが取る行動形式は、組織化されない政治運動からデモや抗議活動まで多岐にわたり、取り上げる問題も、気候変動、経済改革、男女平等、LGBTQの権利など、多様化している。彼らは確実に社会変動の先陣を切っている。若い世代こそが変化の起爆剤となり、グレート・リセットに強力な勢いをつける重要な原動力となることは間違いない」と述べられています。

1.5「環境のリセット」では、環境とパンデミックは一見、遠い親戚のような離れた関係でしかないように見えますが、じつは、わたしたちが思っているよりもはるかに密接に絡み合っているとして、「これまでも両者は予想できない独特の形で相互に作用してきたし、これからも同じだ。たとえば、生物多様性が減ると感染症にどのように作用するか、パンデミックが気候変動にどんな影響を与え得るかなどを考えると、人類と自然が、危うさを伴う微妙なバランスと複雑な相関関係の上に成り立っていることが分かる。さらに、グローバルリスクから見れば、パンデミックに並ぶ重大なリスクとしてすぐ思い浮かぶのが、気候変動と生態系の崩壊という2つの重大な環境リスクだ。この3つはいずれも、程度の差はあれ、人類の存続を危うくする性質の脅威である。本格的な気候変動と生態系の崩壊が起こればこの惑星がどのような姿になるかを、新型コロナウイルス感染症が経済的視点から垣間見せてくれているのかもしれない」と書かれています。

1.5.1「新型コロナウイルスと環境」の1.5.1.1「自然と人獣共通感染症」では、動物から人間に移る感染症のことを人獣共通感染症といいますが、人獣共通感染症が近年大幅に増加していることは、大多数の専門家や自然保護活動家の間の共通認識だとして、「その原因としてとりわけ取り沙汰されているのが森林破壊(二酸化炭素の排出量増加ともリンクする現象)で、動物と人間の接近や汚染のリスクを高める要因にもなっている。世界中の研究者たちは長年、熱帯雨林や豊かな野生生物などの自然環境がデング熱、エボラ、HIVなど、人類を脅かす新型ウイルスや病原体の主な発生源であり、人類にとって大きな脅威だと考えてきた。しかし今や、この考え方は誤っていて、因果関係が逆だとされている」と述べられています。

『スピルオーバー』の著者デビッド・クアメンは、「人間はこれまで、多様な動物や植物の種が生息する熱帯雨林やその他の大自然を侵略してきた。そうした動植物の体内には、未知のウイルスが数多く潜んでいる。私たちは木を伐採し、動物を殺すか艦に入れ、市場に送る。生態系を破壊し、ウイルスを自然宿主から解放してしまう。解き放たれたウイルスは、新たな宿主を探さなくてはならない。その時、選ばれるのが、多くの場合、私たち人間なのだ」と述べています。今ではますます多くの科学者が、人間による生物多様性への破壊行為が、SARS-CoV-2のような新型ウイルスを解き放つ原因だということを示すようになりました。こうした研究者たちは「プラネタリー・ヘルス」という新しい学問の領域に集まっています。そこで人類の幸福と、他の生存種やすべての生態系の間に存在する微妙で複雑なつながりについて研究するのですが、その結果、生物多様性を破壊するとパンデミックの数が増えるということが明らかになりました。

1.6「テクノロジーのリセット」の1.6.2「接触確認、接触追跡と監視」では、全世界には現在、約52億台のスマートフォンがあり、その1つ1つにもしかしたら、感染した人や場所、それにほとんどの場合、感染源まで特定できる機能を備えられるかもしれないとして、「これが、人類史上前例のないチャンスであることが、アメリカとヨーロッパでそれぞれロックダウン期間中に行われたいくつもの調査結果で裏付けられているようだ。(非常に限られた分野とはいえ)公的機関によるスマートフォン追跡を支持する人が増えている。しかし、政策の細かい部分やその施行には落とし穴が付き物だ」と書かれています。

「デジタル追跡は義務か、任意か」、「データ収集は匿名ですべきか、個人ベースですべきか」、「情報収集は非公開で行うか、公開で行うべきか」という問いに答えようにも、その判断には実に多彩な濃淡があるため、集団の意見をまとめ、デジタル追跡統一モデルの合意を得るのは至難のわざだとして、「こうしたもろもろの疑問やそれがもたらす不安は、経済活動を再開してすぐに社員の健康状態を監視する企業が現れたことでさらに強まった。こうした企業は、このパンデミックが長引いたり、また新たなパンデミックが起きるという恐怖が表面化してきたりすればもっと増えるだろう」と述べられています。

1.6.3「ディストピアのリスク」では、17世紀の哲学者で、生涯を通じて圧政的な権威に反発したスピノザの「希望のない恐怖はないし、恐怖のない希望もない」という有名な言葉が紹介され、「ここに、不可避であることなど何もないし、良い結果も悪い結果もバランスよく考えるべきだという言葉も添えたい。ディストピア的シナリオだからといって、破滅ではない。確かに、パンデミック後の時代には個人の健康と幸福がこれまで以上に社会で重視されるだろうから、『テクノロジーによる監視』という魔法使いを元の壺の中に戻すことはないだろう。しかし、個人、それに国家全体の価値や自由を犠牲にすることなく、テクノロジーの恩恵を管理し、存分に活かせるかどうかは、国家、そして国民の一人一人の心がけによる」と書かれています。

2.「ミクロリセット(産業と企業)」の2.1「ミクロトレンド」の2.1.1「デジタル化の加速」では、このパンデミックがピークを迎えていた時、オンラインとオフライン両方を備えることの重要性が注目され、ドア(水門と言った方がいいかもしれない)が開いて内と外が入れ替わり、O2O(オンラインからオフラインヘ)がビジネスを牽引する大きな力を得たことが指摘され、「絶え間なく外に向かって開いているサイバースペースで『私たちの世界は内と外が入れ替わり続けている』と著名なSF作家ウィリアム・ギブスンが指摘したように、オンラインとオフラインの区別を曖昧にするこの現象がコロナ危機以後の時代の最有力トレンドの1つとして浮上している。コロナ危機の下では、教育やコンサルティング、出版など、多くの経済活動をデジタルで行わざるを得ず、デジタルで『無重力』の世界に向かうことが、かつてない勢いで強いられたり、推奨されたりして、この反転現象が加速することになった。もうしばらくしたら、テレポーテーションがトランスポーテーションに取って代わったと言えるようになるかもしれない」と書かれています。

2.1.4「ステークホルダー資本主義とESG」では、過去10年ほどの間に起こった根本的な変化が、企業を取り巻く環境を大きく変えてしまったことが指摘されます。この変化によって、持続可能な価値を創造するには、ステークホルダー資本主義と環境・社会・ガバナンス(ESG)に配慮することがますます重要になったといいます。ESGは、ステークホルダー資本主義のものさしと考えることもできます。本書では、「従業員と地域社会の親善を育むことが、ブランドの評判を高める鍵となる。すすんで職場環境を改善し、従業員の健康と安全だけでなく職場での幸せに注意を払い、従業員を大切にしていると示すことがますます必要になる。企業が純粋に『善良』だからそうするのではなく、そうしないと、活動家(物言う投資家と社会活動家)の怒りを招いて、代償があまりにも高くなりかねないからだ」と書かれていますが、まったく同感です。特に、わが社のような冠婚葬祭互助会においてはESGが重要であると言えます。

3.「個人のリセット」の3.1「人間らしさの見直し」の3.1.1「現れるのは『よき本性』か……それとも?」では、心理学者によると、世の中を突き動かすような出来事にはよくあることですが、このパンデミックもまた人の最良の面と最悪の面の両方を引き出すという意見を紹介し、「現れるのは、天使か、悪魔か? その証拠とは何だろう。最初は、パンデミックが起こったことで人の絆が深まったように見えた。たとえば2020年3月のイタリアの状況を思い出してみよう。その時期、この国は最悪の状態だった。報道を見た世界の人々は、このような印象を受けた。この国を新型コロナウイルス感染症による破滅的状況が呑みこもうとしている」と述べています。しかし、コロナ危機がもたらした数少ない、思いがけない良い面もありました。それは、団結して「戦おうとする姿勢」です。市民全員が強制自宅隔離になると、人々は以前よりも人助けに時間を割き、互いにいたわりあっているように見える実例が無数に見られ、このことで共同体意識が強まりました。

死者が1万人を超え、新型コロナウイルス感染症による破滅的状況にあったイタリアでは、著名なオペラ歌手が近所の住人のために自宅のバルコニーから歌を披露しました。また、医療従事者に敬意を表し、人々は毎晩声を合わせて歌いました(この現象はほぼヨーロッパ全土に広まった)。助け合いの精神や、困っている人を助けようとするさまざまな行動も見られました。本書には、「イタリアがある意味、手本を示したのだ。以来、強制自宅隔離の期間、世界各地で人や社会の驚くべき連帯感を示す、似たような例が幅広く現れた。至るところで、親切心や寛大さ、利他主義を表すちょっとした行動が常識になりつつあるように思えた。協力という概念、共同体を重んじる考え、社会の利益と思いやりのためなら、自分の利益を犠牲にする価値観が重んじられるようになった」と書かれています。

歴史を振り返ると、ハリケーンや地震といった自然災害は人を団結させますが、パンデミックは逆に人を孤立させるといいます。自然災害はある日突然起き、破壊的ですが、普通はたちまち過ぎてゆきます。本書には、「人々は結束し、比較的早く立ち直ることが多い。ところがパンデミックはじわじわと長期間続くために、何かにつけ(他者に対して)疑心暗鬼になりやすい。その奥には、死への根源的な恐怖がある。心理学的に見ると、パンデミックが引き起こすものの中で最も本質にあるのは底知れぬ不透明感で、それが不安の原因となる。明日何が起きるか分からない(新型コロナウイルス感染症の次の波が来るのか? 大切な人が感染してしまうのではないか? 仕事をクビになるのではないか?)。何の保証もないことが人々を落ち着かなくさせ、悩ませる。人間は、本能的に確かさを求める生き物だ。そのため『認知的閉鎖』の状態を求める。つまり『いつも通り』にできなくなる不確実性や曖昧さを消せそうなことが必要になるのだ」と述べられています。

パンデミックという状況の下では、リスクは絡み合い、全体像がなかなか見えず、ほとんどのことがよく分かりません。だから、いざ直面すると、突然の自然災害(あるいは人災)でよくあるように他者を助けるのではなく、無駄なことをしなくなることが多い(つまり、報道によって一般的に知られている最初の印象とは真逆の現象である)といいます。本書には、「これが恥意識の根深い元になる。パンデミックの期間中、人々の行動や反応を突き動かす中心的感情になるのは、この恥意識だ。これは倫理観に基づく居心地の悪さのようなもので、後悔や自己嫌悪、『正しい』ことをしていないという淡い『不名誉』な感じが入り混じった不快な感情である。恥意識はこれまで、歴史上の疫病大流行を題材にした数々の小説や文学作品で描かれ、分析されている」と書かれています。

3.2「心身の健康」では、死亡者数や感染者数の発表、それに悲観的な話ばかりがしつこく報道され、センセーショナルな画像や動画も添えられていたため、自分自身や大切な人たちへの心配が人々の発想全体に広まっていたとして、「緊張が張り詰めたムードは、心の健康を容赦なくむしばんだ。メディアがあおる不安感は世間に広まりやすい。これらすべてが絡み合って現実となり、この出来事はほぼ誰にとっても、個人的な悲劇だった。その原因はさまざまで、収入の減少や失業による経済面での影響、家庭内暴力、強烈な孤立感や孤独感、あるいは、かけがえのない人の死をきちんと嘆けない状況で生じる感情面での影響などがある。そもそも人は、社会的な生き物だ。人づきあいや社会的な相互作用があってこそ人間らしさがある。もしそういったものを奪われたら、人々の暮らしは混乱する」とも書かれています。

ロックダウン期間中、幅広い層の人々がコミュニケーションのためにモニターやビデオ機器を手に入れました。ある意味、これは大々的な社会実験ともいえるとして、「その結論は、こうだった。バーチャルなコミュニケーションは脳に負担をかけ、不安にさせる。こうしたやりとりが仕事やプライベートなやりとりのほぼすべてである場合は、とくにそうなる。人は社会的動物だ。だから、リアルな社会的交流の中でコミュニケーションや相互に理解しようと思えば、言葉以外の方法で示される無数のささいなシグナルが欠かせない。誰かとじかに会って話すとき、人は相手の言葉に集中するだけではなく、無数にある言外の含みも敏感にとらえて判断し、相手の真意を図ろうとする。ビデオではこっちを見て話しているが、腰から下は正面を向いていないのではないか? 手の動きはどうか? 体全体からどんな雰囲気が伝わってくるか? 呼吸のリズムはどうか? ビデオチャットでは、こんな微妙なニュアンスがこめられた非言語的シグナルは絶対に感知できない。だから、相手の言葉や顔の表情だけに集中するしかなく、それもビデオの品質によって安定しない」と書かれています。

バーチャルな会話では、真剣なアイコンタクトが延々と続きますが、これはともすると相手を怯えさせ、威嚇することもあるとして、「上下関係があるなら、なおさらだ。『ギャラリー』ビューになると、問題はさらに大きくなる。おびただしい数の人が視界に入ってくるため、脳が認知する中心視野が圧倒されてしまうのだ。これは、限界をはるかに超えており、人は一度にそんなにたくさんの情報を読み取れない。心理学者はこれを『継続的な注意力の断片化』と呼ぶ。脳がマルチタスクで処理をしようとするが、うまくいかないような状態を指す。会話の終わりの方になると、非言語的なシグナルを絶えず探していてもなかなか見つけられないため、とにかく脳がフルに働き続ける。ぐったりと疲れ果て、底知れぬ不満足感がくすぶる。これがやがて、心の健康をむしばんでいくのだ」と書かれています。

「結論」の最後には、「私たちはいま、岐路に立っている。一方の道の果てには、よりよい世界がある。より寛容で、より公平で、母なる自然に対してより畏敬の念を抱くような世界だ。もう一方の道は、ついこの前やっとの思いで脱出してきた世界に逆戻りする道だ。それだけではない。その先にあるのは、前よりももっとひどい、不快な驚きが次から次に襲ってくるような世界だ。だからこそ、われわれは正しい道を選択しなければならない。迫り来る難問の数々は、これまで誰もが想像しなかったような重大な結果をもたらすかもしれない。しかし同時に、われわれは世界をもう一度リセットする力を、これまで考えもしなかった規模で結集することもできるのだ」と書かれています。

世界経済フォーラムは世界のリーダーたちが連携する国際機関であるダボス会議には、著名な政治家や実業家、学者らが招かれ、意見を交わします。本書は、次のダボス会議のテーマとなる「グレート・リセット」を余すところなく解説されています。「グレート・リセット」とは文字通り、あらゆる局面においてこれまでの常態が覆ること。コロナ禍によって図らずも生まれたこの歴史の分岐点について、豊富な研究やデータを参照しながら深く考察し、平易な言葉でわかりやすく説明している好著でした。

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