No.2197 SF・ミステリー 『変な絵』 雨穴著(双葉社)

2022.12.19

『変な絵』雨穴著(双葉社)を読みました。一条真也の読書館『変な家』で紹介した本の著者による小説の第2弾です。前作の版元は飛鳥新社でしたが、本作は双葉社となっています。いきなり出版社が変わっていて、驚きました。もっと驚いたのは、前作にも増して面白くなっていたこと。約290ページを1時間半で一気に読みました。

本書の帯

本書のカバーには数枚の絵が描かれ、帯には「30万部の大ヒット『変な家』著者第2弾」「あなたは、この絵の『謎』が解けますか?」「9枚の『図絵』がからみあうスケッチ・ミステリー」「特典 雨穴による朗読動画つき」と書かれています。ちなみに、『変な家』は現在は40万部を超えているそうです。

本書の帯の裏

帯の裏には、「これには仕掛けがある」「あの絵と違う」「不穏な気配」「雑汚(でい)絵」「絵を描かなければ」「もしや、逆だったのではないか。」「重大なミス」「お絵描き定規の絵なんかじゃない」などの言葉がアトランダムに並んでいます。カバー前そでには、「見れば見るほど、何かがおかしい? 不穏なブログ、消えた男児、惨殺死体、補導少女……『奇妙な絵』に秘められた衝撃の真実とは!?」と書かれています。

著者の雨穴(うけつ)は、インターネットを中心に活動するホラー作家。ウェブライター、YouTuberとしても活動しています。奇妙な白い仮面を被り、服装は全身黒ずくめ。おそらくは男性かと思われますが、ボイスチェンジャーで声も変えられており、謎に満ちています。オモコロのメンバーとして活動を開始し、ウェブライターとしてオカルト系を中心に執筆してきたそうです。「変な家」に続いて、「変な絵」もYouTubeに動画を上げていましたが、まさか、ここまで面白い話に展開するなんて! うーむ、雨穴おそるべし!

本書の冒頭には、奇妙な物語のプロローグとなるブログが登場します。「七篠レン 心の日記」と題名のブログで、大学のオカルト研究会の学生たちがハマります。2014年5月19日、佐々木恭平という学生がこのブログを初めて開くのですが、本書には「『ブログ』とは、インターネット上で、文章や写真を誰でも簡単に発表できるサービスのことだ。何を書くかは人それぞれ。日記、趣味の紹介、政治への不満など、何でもいい。その自由さが受け、ある時期までは猫も杓子もブログをやっていた。しかし、ここ数年はブームも下火になり、以前より勢いはなくなった」(P.14)と書かれています。

このブログに関するくだりを読んで、2022年が終わろうとしている現在でもブログをやっているわたしは複雑な気分になりました。「この本、開始早々から嫌な感じだな…」と思いました。「著者は人気YouTuberなので、ブロガーなどという存在を見下しているのかもしれない」とも思いました。まあ、ここで紹介されているブログは数行の文章だけで構成されているもので、ときに数万字におよび、一部で「日本一長いブログ」などと呼ばれているわたしのブログとは性格が違いますが。

七篠レン 心の日記」より

この「七篠レン 心の日記」を書いている本人は本名を隠しており、七篠レンというのはハンドルネームです。また、「本当は顔写真をアップしたいけど、インターネットに個人情報を出すと危ないって言われちゃったから、代わりに似顔絵をアップします」などと書き込んでいます。日々、顔写真入りで個人情報をバンバン発信しているわたしからすれば、「何を腑抜けたことを! それなら、最初からブログなんかやるなよ!」と思ってしまいますね。しかし、驚いたのは、この「七篠レン 心の日記」が実在したことです。細かい日々の記事まで、しっかりと書き込まれています。「『変な絵』の創作のために、ここまで作り込みをするとは!」と驚かされました。

アマゾンより

七篠レンの似顔絵は上手に描けています。なんでも、彼の奥さんが元イラストレーターで、彼女が描いてくれたそうです。その後、彼の奥さんの妊娠が発覚し、彼女は数枚のイラストを描きます。愛妻の懐妊に喜びを隠せない七篠レンがそれらの絵をブログにアップするのですが、それらは世にも恐ろしい犯罪を暗示したサインなのでした。本書は「スケッチ・ミステリー」だそうですが、1枚のイラストからここまで物語が膨らんでいくのが驚きでした。イラストレーションの世界では常識だという「レイヤー構造」とか、目の不自由な人が絵を描くために使う「穴の空いたキャンパス」といった存在は初めて知りました。

著者の雨穴は「ホラー作家」ということなのですが、本書『変な絵』はホラーというより、ミステリーです。それも、古典的なトリックを利用した「本格ミステリー」の要素が強いと言えます。そこに、児童虐待などの現代の社会問題も取り入れて「社会派ミステリー」の要素も入っています。それでも、この小説がそのへんのホラー小説よりずっと怖いのは、怖い人間が登場するからです。怖い人間は、幽霊よりも吸血鬼よりもゾンビよりも怖いです。「キング・オブ・ホラー」と呼ばれるスティーブン・キングも「人間の行動が最も怖い」と述べています。怖い人間を描いた小説としては、本書は第4回ホラー小説大賞を受賞した貴志祐介の『黒い家』以来ではないでしょうか。

アマゾンより

また、グリーフ小説としても読めます。たとえば、鬱になった父親が自死した娘が登場するのですが、「父の死後、母は変わってしまった。(中略)食事は毎日缶詰ばかり。掃除や洗濯をすることもなくなり、家はたちまちゴミだらけになった。父の死因が、いっそう状況を悪くしたのだろう。たとえば病死や事故死ならば、周囲から同情を得られたかもしれない。慰めの言葉や、多少の支援はあったはずだ。しかし……」と書かれています。残された母親は「なんでご主人自殺しちゃったのかしら……」「もしかして、女房が不倫してたんじゃねーのか?」「たしかに、あの顔はやりそうよね」「娘だって本当に旦那の子供か怪しいもんだぜ」などの近所の人々に声に精神を病んでいくのでした。

愛する人を亡くした人へ』(現代書林)

他にも、本書には、密かに好きだった高校教師を亡くした女子高生のグリーフも描かれています。小説や映画やアニメやコミックをはじめ、「すべての物語にはグリーフケアの要素がある」というのはわが持論ですが、特に殺人が登場する物語は、殺された人間の家族や恋人や知人や友人たちの悲嘆と癒しがテーマになることが多く、グリーフケアの物語になりえます。拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)の中で、わたしは「親を亡くした人は、過去を失う。配偶者を亡くした人は、現在を失う。子を亡くした人は、未来を失う。恋人・友人・知人を亡くした人は、自分の一部を失う」と書きましたが、『変な絵』の中にはまさに「自分の一部」を失った人々が何人も登場します。グリーフケアはカタルシスにも通じますが、読者を欺き、騙し、それぞれの点が最後に線となって繋がる本書の結末を読んだとき、わたしは大いなるカタルシスを得ました。

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