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2023.03.10
『むかしむかし あるところに ウェルビーイングがありました』石川善樹×吉田尚記著(KADOKAWA)を読みました。「日本文化から読み解く幸せのカタチ」というサブタイトルがついています。人気ポッドキャスト番組「ウェルビーイング ~旅する博士と落語するアナウンサー」を大幅に加筆・修正して書籍化したものです。
アマゾンより
共著者の石川氏は予防医学研究者、医学博士。1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。公益財団法人Wellbeing for Planet Earth代表理事。「人がよく生きる(Good Life)とは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学、概念進化論など。著書に『考え続ける力』(ちくま新書)など。吉田氏は1975年東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。ニッポン放送アナウンサー。2012年に第49回ギャラクシー賞DJパーソナリティ賞。「マンガ大賞」発起人。ラジオ『ミューコミVR』(ニッポン放送)、『二次元領域拡大通信』(BSフジ)等のパーソナリティを務めます。マンガ、アニメ、アイドル、デジタル関係に精通し、常に情報を発信し続けているとか。主な著書に『なぜ、この人と話をすると楽になるのか』(太田出版)など。
本書の帯
本書の帯には石川氏と吉田氏の写真とともに「日本文化は幸せになる秘訣の宝庫だった」「『ただいるだけ』に価値がある『古事記』の神様」「成長も変化もないからこそ昔話は素晴らしい」「誰かを『推す』という幸福な信仰」「石川善樹 吉田尚記 最強タッグが語る2022年必須の教養」「いちばんやわらかいウェルビーイング本」と書かれています。
本書の帯の裏
帯の裏には、「日本は『奥』、西洋は『上』を目指す」「否定を受容するカルチャーが謙遜を生んだ」「参勤交代と人事異動はイノベーティブ」「『号』は別アカ、『連』はオフ会」「能力が足りなくても替えの利かない存在」「日本文化のあちこちに潜む『ウェルビーイング』の正体に最強タッグがゆるゆると迫る!」と書かれています。
アマゾンより
本書の「目次」は、以下の構成になっています。
「はじめに」
第1章 ウェルビーイングってなんだろう
第2章 日本文化から見つけたウェルビーイング
第3章 【特別鼎談】健康から見るウェルビーイング
第4章 ウェルビーイングへの道とは何か
「おわりに」
アマゾンより
第1章「ウェルビーイングってなんだろう」の「ウェルビーイングってなんですか?」の欄外には吉田コメントとして、「『ウェルビーイング』を最もダサい日本語で表すなら、僕は『イキイキ』がしっくりきます」と書かれています。また、「『未来』を想像たとき何を思うか」では、「実は人間は起きている時間のほとんどを、未来のことを考えて過ごしています。『今日のお昼はどうしよう』『案件はどうやって進行させよう』いうように、今、目の前にある瞬間ではなく、これから起きる未来のことに頭を働かせる時間のほうが、圧倒的に長いのです。未来のことを想像しながらワクワクする。ここに人間の本質を考えるときのヒントがあります」と書かれています。
「『未来』は心理学の盲点だった」では、「未来を想像したときのワクワクする心」が取り上げられます。つい最近まで、心理学の世界では「未来」は盲点でした。トラウマ、原体験、モチベーションを上げる、集中力を発揮する方法など、「過去」と「今」の心の動きについては盛んに研究が行われていましたが、「人の心はどのように未来を考えているか」「未来にワクワクしているのか」といった領域については、さほど研究されていなかったことが指摘されます。これには、わたしも「なるほど!」と唸りました。
また、「銀メダリストのほうがその後の人生で成功しやすい」では、オリンピックに出場する選手にとって最上の結果は金メダルであることが指摘されます。4年に1度しかない世界的スポーツの祭典で、全力を発揮して世界のトップになる。オリンピックでの金メダル獲得は、間違いなくアスリート人生における最高の到達点でしょう。しかし、金メダルを取った選手よりも、銀メダルを取った選手のほうが実はその後の人生で成功しやすい、高収入を得ていたという研究結果が出ていることが紹介されます。
アスリートとしての名誉、賞金や報奨金の額面においても銀メダリストよりも金メダリストのほうが格段に上であるにもかかわらず、なぜそうなるのか? それは金メダルを獲得することによって、人生の『予測不可能性』が下がってしまうと考えられるからです。「人生の早い段階での成功はマイナスにもなる」では、吉田コメントとして「年俸何十億円という収入を若いうちに得るNFL(アメリカンフットボール)選手の約8割が引退後に自己破産している、という報道がありました。人生のピークが若いうちに来るのは危うさもありますよね」と書かれています。
「『飽きる』は才能」の「すぐ飽きる人ほど新しいことを始められる」では、意見ネガティブにとらえられる「飽きる」は一種の才能であるとして、「飽きやすい人のほうが、圧倒的に新しいことを始めやすい。私たちは普段から脳内で世界に対するモデルを構築し、それに基づいて無意識にこれからのことを予測していきます。飽きが早いということは、この予測力が高いということ。モデルをアップデートする能力が高いため、人より早く先の展開も見えてしまうのです。『飽きる』は健全な反応であると同時に、立派な才能だと捉えてください」と書かれています。
「脳はサプライズが大好きで大嫌い」の冒頭は、「幸せになる方法を突き詰めると、最終的に行き着くのは「脳が心地よくなるのはどんな状態か」という認知神経科学の領域です。ウェルビーイングの本質は、どうやって脳のご機嫌を取っていくかといってもいい。ところが、人間の脳は実にややこしくできています。未来にワクワクが期待できないと耐えられない一方で、サプライズが大きすぎても負荷がかかる。つまり、脳の処理が追いつかなくなってしまうのです。刺激がなさすぎるのは嫌、でも刺激がありすぎるのも嫌。このバランスの複雑さが、人間の脳の特徴です」と書きだされています。
「日本的ウェルビーイングって?」では、2021年、日本政府が毎年6月に打ち出す「成長戦略実行計画」において、「国民がWell-beingを実感できる社会の実現」という文脈でウェルビーイングという言葉が登場したことが紹介されます。石川氏は「ウェルビーイングに関する会議を設置した菅義偉前首相と、ウェルビーイング推進を強烈に後押しした下村博文前政調会長は、いずれ歴史の教科書に載るだろうと私は思っています」と述べ、さらに「国より一足早く、企業もウェルビーイング経営に向かって舵を切り始めています。トヨタ自動車の豊田章男社長は2020年の中間決算の発表で、『幸せを量産する使命』という表現で、ウェルビーイングの追求を経営理念の中核に置く宣言をしました。『車を量産する』会社ではなく、その先にある『幸せを量産する』ことこそが新しいミッションであると定義したのです」と述べています。
第2章「日本文化から見つけたウェルビーイング」の「『むかしむかし』から日本的ウェルビーングを考える」では、日本の昔話や落語から見えてくるのは、「ゼロに戻る」ことを良しとしてきた日本人の心性であると指摘します。西洋のようにマイナスからゼロ、ゼロからプラスへと上を目指すのではなく、ゼロに戻ることに日本人は価値を見出してきたことが窺えるとして、石川氏は「さらに私なりにもう一歩踏み込んで解釈すると、日本的ウェルビーイングの原型は『ゼロに戻る』にあると考えています。それが日本人にとっては長らく『幸せ』のかたちだったのではないでしょうか」と述べます。
「『歌』にこれほど力を見出した民族はいない」の「脈々と息づいている七五調リズム」では、和歌が取り上げられます。五・七・五・七・七の31文字という独自のフォーマット、そこから生まれた七五調のリズムは、今なお日本文化のあらゆる箇所で脈々と息づいているとして、石川氏は「『君が代』の歌詞も、実は五・七・五・七・七で構成されています。聖徳太子が定めた十七条の憲法冒頭に掲げられる『和をもって貴しとなす』も七五調のリズムです」と指摘します。これは、目から鱗でした!
「和をもって貴しとなす」は憲法というより一種の「うた」と解釈していいのではと著者は述べ、さらに「文字が庶民に普及していない時代は、七五調のリズムに乗せたほうが伝わりやすかったはずですから。また、日本が国家として初めてひとつにまとまった明治時代、政府は標準語を広めるために『鳩(はとぽっぽ)』『雪(雪やこんこ)』などの童謡を作って全国に普及させました。言うまでもなく、これも七五調のリズムがベースです。要するに、日本人の心にすっと入ってくる言葉は、もう千年以上ずっと七五調のリズムになっているのです」と述べるのでした。
「『号』は別アカ、『連』はオフ会」の「『号』と『連』がない社会は息苦しい」では、2000年代に入ってから、ハーバードやイェールのようなアメリカの名門大学では、一時期「ポジティブ心理学」という学問が大流行したことが紹介されます。これは「自分の強みや長所をのばして周囲と繋がり、楽しく生きよう!」という学問で、当時は世界的に大流行しました。ところが、その流れの後に来たのは、ポジティブ心理学の対極にあるような東洋哲学のブームだったと指摘し、石川氏は「こうした振り幅はなぜ生じたのでしょうか。ポジティブで人格すべての面で完璧であるべき、というプレッシャーに疲れた若者たちが、『首尾一貫なんて幻想だ。だめな自分も真面目な自分も矛盾なく同居していいんだ』という東洋哲学に癒やしを求めたからだと指摘されています」と述べます。
「『まんが日本昔ばなし』はウェルビーイングの宝庫」では、常にゼロに戻りたがり、「上」よりも「奥」を好ましく思うとして、「『奥』には大事な何かがあると知っている。役に立たないようで集団を成り立たせている『からっぽ』の存在がある。いまだきちんと言語化されていないこうした領域にこそ、日本的ウェルビーイングの原型が隠れているのではないだろうか? 研究を進めていく中でこのような仮説を立てた私は、数年前に絶好の素材にめぐり逢います。それが『まんが日本昔ばなし』です。日本各地に伝わる昔話を映像化したこの国民的名作アニメは、1975年にテレビ放送が始まり、以来、再放送や特番などさまざまな形で放送されてきました」と書かれています。
「秘密が未来を輝かせてくれる」の「金があれば幸せになれるのか問題」では、日本の昔話や落語の人気囃を見て特徴的だと思うのが、「金持ちになりました、めでたしめでたし」で終わる話が西洋に比べると少ないことであると指摘し、石川氏は「あるにはあるのですが、それよりはほのぼのした不思議な話のほうが日本では圧倒的に多い。これは、日本人はずっと昔から金持ちになることと、ウェルビーイングな人生を送ることは、別問題だと理解していたからだと考えます」と述べています。非常に興味深い考えですね。
「天皇は日本人にとって最古の推し?」の「歌と踊りは幸せホルモン発生装置」では、アイドルの「推し」を持つ人が多いのは、「歌」と「踊り」という身体感覚に基づくウェルビーイングの原型をアイドルのパフォーマンスが有してしるから、という理由も考えらるとして、石川氏は「ある部族が外から来た人を受け入れる際に、歌って踊る儀式を行うことは世界中に共通して見られる傾向です。言語が通じなくても、歌って踊る姿を相手に見せることは、『あなたに敵意はない』という姿勢の表明になります」と述べています。
また、人間の脳は踊っている人の姿を見ているだけでもセロトニンやドーパミン、エンドルフィンなどの幸せホルモンが分泌されることが科学的に確認されていることを指摘し、石川氏は「加えて、動きが揃ったダンスパフォーマンスは、見る側の脳に快感をもたらします。また、歌う側としても歌っている最中は脳内の二酸化炭素濃度が高まるため、幸せホルモンがドバドバと分泌されます。そう考えるとアイドルのライブに参加してそのパフォーマンスを見ることは、ウェルビーイングの究極形のような時間ともいえるでしょう」と述べるのでした。
第3章「【特別鼎談】健康から見るウェルビーイング」の「無難な生き方は楽、でも長期スパンでは難しい」では、石川氏が「マイナスからもとのゼロ地点に戻すことができる、つまり元気な状態に戻っていけるわけだから。これこそがウェルビーイングの本質だと僕は思うんですよね」と言えば、吉田氏は「今の流行りの言葉だとレジリエンスでしたっけ?」と問いかけます。すると、石川氏は「そう、レジリエンス、回復力とも言われるものです。ただ、ウェルビーイングには良すぎる状態からゼロに戻す、逆パターンもあるんですよ。あまりにいい状態が続いて油断が生まれたり、知らない間に高飛車になったりすることだって、人生にはありますよね」と語るのでした。
第4章「ウェルビーイングへの道とは何か」の「『推し』はライトな宗教である」の「理屈だけで舗装された道は細い」では、楽しさ、感謝、愛情、喜び。誰かを推しているときに湧き上がる感情は、間違いなく人生をウェルビーイングにしてくれることを指摘し、石川氏は「正しさと理屈だけでどこまでも行こうとする人生は、結構困難です。キャリアプランやライフプランを思い描いても、そのとおりに進む人生はありえません。もちろん、プランニングそれ自体は否定しませんが、因果だけで組み立てられた道はやはり細くて心もとない。だからこそ、自分よりも大事にできる何かが心を下支えしてくれれば、人生を進むエネルギーがもらえるはずです」と述べています。
「『移動』からウェルビーイングが始まる」の「安心とサプライズの狭間で」では、イギリスの脳神経科学者であるフリストン教授の「自由エネルギー原理」を紹介します。自由エネルギー原理とは、「脳の情報処理に関する統一原理」と言われています。端的に言うと「脳はサプライズを最小化するように働く」ということです。そして、「誰かが作った道の上に『要る』」の「『いる』=ウェルビーイングから始めよう」では、「むかしむかし」から始まる民話や文化の中には、今を生きる私たちのウェルビーイングを高めてくれるヒントが至るところにちりばめられているとして、「日本の土壌と文脈に即した、善く(ウェル)いる(ビーイング)ための知恵を、本書を読んでくれた読者の皆さんと共有できたら幸いです」と述べるのでした。本書は非常に読みやすくて面白い、ユニークな「ウェルビーイング」入門でした。