No.2223 ホラー・ファンタジー 『怪奇小説という名の小説怪談』 澤村伊智著(新潮社)

2023.03.28

『怪奇小説という名の小説怪談』澤村伊智著(新潮社)を読みました。ホラー短編集ですが、全7編のうちの5篇は非常に怖かったです。一連の著者のホラー作品を読むうちに「この人は、長編よりも短編向きではないか」と思ってきましたが、本書でその思いは確信に変わりました。

本書の帯

本書の帯には「小説は、恐ろしい。」と大書され、「車中の怪談会、作者のわからない恐怖小説、迷い込んだのは学校の怪談の世界、小説の形をした怪談集」とあります。

本書の帯の裏

帯の裏には、「なぜ人は怖い話を描いたり、語ったりするのでしょうか。」「……私はそこに新しく意味を付け加えてみたいんです。」「深夜の高速道路で始まる怪談会、子連れで散歩中に遭遇した呪いの物件、夕暮れの学校を彷徨う幽霊、断筆した先輩作家から預かった、語ってはいけない小説……。古今紡がれてきた『怪談』の数々を、ホラーとミステリ両界の旗手が、更なる戦慄へと塗り替える。精微な技巧と無慈悲な想像力が現出させる、真なる恐怖を見よ! 『小説』ならではの企みに満ちた、著者真髄の七篇。」と書かれています。

『怪奇小説という名の小説怪談』という書名は、明らかに都築道夫の『怪奇小説という題名の怪奇小説』を意識しているなと思ったら、巻末の〈参考・引用〉文献一覧の後に欄外の形でその書名が記されていました。『怪奇小説という題名の怪奇小説』は1975年に桃源社(なつかしい!)から刊行された作品で、現在は集英社文庫に収録されています。主人公の作家「都筑道夫」が「怪談」の執筆依頼を受けて本作を書き始めた、という人を喰った説明で始まる「怪奇小説」ですが、締め切りに追い立てられている作家が、少しもアイデアがわかず書けなくて、海外無名作家の作品を適当に日本にプロットを移していわば盗作しようとするところから世にも奇妙な物語が始まります。わたしは、中学生のときに読みましたが、とても面白かったことを記憶しています。

都築道夫は自らを技巧派と称していましたが、『怪奇小説という名の小説怪談』を読めば、それは頷けます。そして、本書『怪奇小説という名の小説怪談』を書いた澤村伊智氏も技巧派として知られます。おそらく澤村氏自身が都築道夫のファンであり、彼の後継者を目指しているのではないでしょうか。澤村氏の短編小説は、どれもラストに読者を落とし穴に突き落とすようなオチが用意されています。その落とし穴に気づかせないようにするために、途中、別の彷徨へ目を向けさせます。そのあたりの技巧がじつにうまい作家だと言えるでしょう。

本書『怪奇小説という名の小説怪談』は、「高速怪談」「笛を吹く家」「苦々陀の仮面」「こうとげい」「うらみせんせい」「枯れ井戸の声」「怪談怪談」の7つの短編小説から成っていますが、「うらみせんせい」と「怪談怪談」がイマイチで、あとは怖かったです。「うらみせんせい」は主要登場人物が「猪木ちゃん」という名前なので、それが気になってしまい、まったく物語に集中できませんでした。著者お得意の読者を騙す叙述トリックの一環なのでしょうが、これはスベっていたと思います。

この著者の短編集が楽しいのは、実在するホラー映画のタイトルがよく登場することです。たとえば、「高速怪談」には1986年のイタリア映画『アクエリアス』が、「苦々陀の仮面」には1999年のアメリカ映画『ブレア・ウイッチ・プロジェクト』が、「枯れ井戸の声」には1964年のアメリカ映画『シェラ・デ・コブレの幽霊』が出てきます。この中でも、特にいわくつきの作品が『シェラ・デ・コブレの幽霊』です。1964年に公開予定だった作品で、日本では1967年にNETテレビ(現:テレビ朝日)の「日曜洋画劇場」で放送。これが一部では「史上最高に怖い映画」として有名になったのです。

『シェラ・デ・コブレの幽霊』は、ゴーストハンターが、死んだ母親から電話がかかってくるように見える男の事件を調査する物語です。その過程で、メキシコのシエラ・デ・コブレという村で起きた幽霊騒ぎや、昔起きた殺人事件の背後にある恐ろしい秘密が浮かび上がってくるのでした。この映画に登場する幽霊があまりに恐ろしい映像描写ゆえに試写会で体調を悪化させる者が続出し、上映が中止された「幻のホラー映画」となりました。関西テレビの「探偵ナイトスクープ」で「史上最高に怖い映画」として紹介され、確認されている残存フィルムが2本と数少ないとか、そのうちの1本を某映画評論家がeBayから交渉の末に落札したとか、さまざまな噂が飛び交いました。

ホラー映画には目のないわたしも血眼になって探しましたが、どうしても観ることができませんでした。数年前にDVDの輸入盤を求めて、ようやく英語で観ることができました。古典的ホラーの風格はありましたが、「そこまで怖いかな?」というのが正直な感想です。幽霊は、アメリカでは珍しい足のないタイプでした。監督のジョセフ・ステファノは、ホラー映画史に残る最高傑作といえるアルフレッド・ヒッチコック監督の『サイコ』で脚本を担当した人です。この「幻のホラー映画」としてホラー・マニアを悶絶させた『シェラ・デ・コブレの幽霊』ですが、なんと、現在はアマゾン・プライムで配信されています。信じられないほど良い時代になったものですね! 高橋克彦氏や井上雅彦氏も「ホラー映画愛好家」として知られていますが、澤村伊智氏もかなりのマニアであることがわかって嬉しくなりました。

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