No.2308 人生・仕事 『最高の老後』 山田悠史著(講談社)

2024.03.24

『最高の老後』山田悠史著(講談社)を読みました。「『死ぬまで元気』を実現する5つのM」と書かれています。著者は、米国老年医学・内科専門医。慶應義塾大学医学部を卒業後、日本全国各地の病院の総合診療科で勤務。2015年からは米国ニューヨークのマウントサイナイ医科大学ベスイスラエル病院の内科で勤務し、現在は同大学老年医学・緩和医療科で高齢者診療に従事しています。

本書の帯

本書のカバー前そでには「老化で何が起こるのか。健康で自立した老後のために何ができるか。今から備えれば間に合う!」とあります。帯には、こう書かれています。
Mobility ――――――――――からだ
Mind ――――――――――――――こころ
Medications ―――――――くすり
Multicomplexity ―――よぼう
Matters Most to Me ―― いきがい
また、「『老年医学』世界最高峰の病院が掲げる絶対的指針」「事実、高齢者の2割には病気がない」「NY在住の専門医が、最新の科学的エビデンスに基づいて徹底解説」と書かれています。

本書の帯の裏

帯の裏には、「今、私たちが何を選びどう生きるかで、この現実は変わる」として、以下のように書かれています。
65歳以上の約10人に1人は車椅子か寝たきり
65歳以上の約5人の1人は認知症
65歳以上の約3人に1人は5種類以上の薬を毎日飲んでいる
65歳の約5人の4人は、少なくとも1つ以上の慢性疾患を持つ
死に直面している人の約10人中7人は自分で意思決定ができない

本書の「目次」は、以下の構成になっています。
プロローグ
米国老年医学会が提言する
健康な老後に不可欠な「5つのM」
 序章 老化とは何か
加齢で体に何が起こっているのか
体が震えた「フレイル」という状態
加齢には、実はメリットもある
第1章 Mobility[からだ]
    身体機能を維持する
老後も身体機能を維持するということ
第2章 Mind[こころ]
    「認知症」にも「うつ」にもならない
認知症=アルツハイマー病ではない
第3章 Medications[くすり]
    薬を“最適化”する
「ポリファーマシー」という問題
第4章 Multicomplexity[よぼう]
    病気を防ぐ、上手に付き合う
年とともに、病気は増える
第5章 Matters Most to Me[いきがい]
    自分いとって何が大切かを知っておく
人によって違う、人生のプライオリティ
「エピローグ」
「文献一覧」

「プロローグ」の冒頭を、著者は「日本人は、平均で男性なら約81歳、女性なら約87歳まで生きると報告されています。しかし、多くの人にとって『生きる』に加えてもう1つ大切なことは、『元気に自立して生きる』ということかもしれません。この違いを明確にするため、平均寿命とは別に、健康寿命という言葉が定義されています。これはまさに『元気に自立した生活を送ることのできる期間』を指した言葉です。健康寿命を先の平均寿命と比べてみると、老化の課題が浮き彫りになります」と書きだします。

日本人の健康寿命は、男性なら約72歳、女性なら約75歳と報告されています。これは、日本人が平均的に最後の約10年を、支援や介護を受けて生きているということを意味していますが、できることなら最期まで人の助けを借りずに健康に暮らしたいと思う人が多いでしょう。では、最後の10年も元気に生きるために、何ができるのか。著者は、「考えなければならないことは、実はたくさんあります。この「考えなければならないこと」を5つのコンセプトに整理してくれたのが『5つのM』です。この考え方は、2017年にカナダおよび米国の老年医学会から初めて提唱されました」として、「Mobility」からだ(身体機能)、「Mind」こころ(認知機能、精神状態)、「Medications」くすり(ポリファーマシー)、「Multicomplexity」よぼう(多様な疾患)、「Matters Most to Me」 いきがい(人生の優先順位)といった「5つのM」を紹介しています。

「5つのM」は、現在では米国中の老年医学専門医にその考え方が浸透し、高齢者を診察する基本指針とされています。著者自身も、ニューヨークにある大学病院の米国老年医学専門医として、日々5つのMに沿って高齢者の診療にあたっているといいます日本ではまだ浸透するには至っていませんが、5つのMhaただ高齢者の診療に活用できるだけではなく、より若い世代が上手に歳を重ねる上での指針にもなるのではないかという著者は、「この5つのMに沿って、老化で何が起こるのか、そしてそれを防ぐために、最高の老後を過ごすために何ができるのかを考えていきたいと思います」と述べるのでした。

序章「老化とは何か」の「加齢には、実はメリットもある」の3「アレルギーが改善する」は、幼少期からアトピー性皮膚炎に悩んできたわたしには朗報でした。アレルギー性の疾患に苦しむ人にとって、加齢は味方になってくれるかもしれないとして、著者は「アレルギーのメカニズムを担うプレイヤーの1つに、IgEと呼ばれる抗体があります。この抗体は、感染症などに応じて作られるそのほかの抗体が加齢で減少傾向となるのと同様、年齢とともに減っていくことが知られています。このため、加齢によって、アレルギー反応も軽減してくると考えられています。実際に、アレルギー性疾患のピークは幼少期と20~30歳代の二峰性になると考えられており、それ以降は50~60代にかけて頻度が減ってくることが報告されています」と述べています。確かに、そうかもしれません。

「加齢には、実はメリットもある」の5「受けられるサービスが増える」では、現金な加齢のメリットが紹介されます。高齢者に対しては、入館料が無料になったり、優待券が手に入ったりする観光施設が各地域に数多く存在します。また、シルバーパスと呼ばれるような高齢者向けの低額チケットを発行する公共交通機関もあります。著者は、「このように、財布に優しいサービスが使える工夫が数多く存在しており、生活がしやすくなるかもしれません。また、地方自治体によって、高齢者の外出を支援するような取り組みに力を入れているところも多くあります。歳をとっても安心して暮らせる街づくりを心がけてくださっている自治体があるのは心強いですね」と述べます。

老福論』(成甲書房)

「加齢には、実はメリットもある」の6「自由時間を獲得できる」では、「自由時間」の増加というメリットも指摘されます。これは、拙著『老福論』(成甲書房)でも訴えたことです。現役世代における仕事や子育てが占める時間というのは非常に長く、自由時間を確保するのは難しいという人も多いです。一方、歳をとってくると、仕事が忙しいかった方でも仕事の負担が軽くなったり、子供がいる方なら子供が自分の手を離れたりして、自由時間が増える傾向にあります。とらえ方によっては、これもよい点と言うことができるのではないかとして、著者は「それまでの人生で『やりたいけれど時間がない』と思う何かがあった人にとっては、この歳をとってからのタイミングこそが、自分のやりたいことに没頭できるチャンスかもしれません」と述べています。

「加齢には、実はメリットもある」の7「政治や社会への貢献度が高くなる」では、歳をとるメリットは個人に留まらず、社会に対してももたらされると指摘し、著者は「高齢者が多く住む社会では、政治やボランティア活動に参加する人が多くなるというのもよい点として挙げることができます。国政選挙における投票率は、日本でも米国でも高齢者のほうが若い世代よりも高いことが報告されていますし、ボランティア活動に参加する人の割合も高齢な層でより高くなることが報告されています。加齢というと、とかくその問題点やネガティブな側面に焦点が当たりがちですが、実はこのように、個人としても、また社会としても、挙げていけばキリがないというほど、ポジティブな側面がたくさんあります」と述べるのでした。

第1章「身体機能を維持する」の「老後も身体機能を維持するということ」の「健康な老後を叶えるのは、日々の習慣の見直し」では、65歳以上の約10人に1人は車椅子か寝たきりと考えられるといいます。そのような不自由から、転倒のリスクも高くなります。著者は、「一度転んだ人というのはまた転びやすく、歩くことへの不安を抱えるようになる傾向が知られています。その不安から、歩く頻度が減り、それがさらなる筋力低下を招き、ますます転びやすくなり転倒するという悪循環に入ってしまいます。このため、そうなる前に未然に防ぐことが大切です。このMobilityの視点では、このような体の老化を見直し、予防する方法を考えていきます。そのためには、頭からつま先まで、視力やバランス感覚、筋力や足の健康まで幅広く自分の体を見直す必要があります」と述べます。

「『転倒』が高齢者の人生を狂わせる」では、筋肉量が減り、筋力が衰えてくると、健康被害の1つとして「転ぶこと」が指摘されます。まだ30代、40代の働き盛りの世代の人にとっては、そもそも転ぶこと自体が縁遠かったり、「たかが1回ぐらい転んだところで」と考えたりするかもしれませんが、歳を重ねると、転ぶことは「それ以上」を意味するようになります。転倒は、高齢者の抱えるとても頻度の高い問題の1つであるとして、著者は「過去の報告によると、65歳以上の2~3割の人が1年に1回以上転倒を経験するとされています。また、80歳以上になると転ぶ人の割合がさらに1割増加することも知られています。さらに困るのは、『一度転んだ人はまた転ぶ』という事実です。実際に、少し古い報告ではありますが、過去1年で一度以上転倒した人は、次の年に転ぶ確率が5.9倍高くなるということを試算したものがあります」と述べます。現在88歳のわたしの父もよく転ぶので気をつけないといけません。

「30~50代の経済状況が、老後の健康に大きく関わる」では、重い病気にかからず、身体や認知の機能が維持された状態を「成功した加齢」ととらえ、どういった人がそのような状態を達成できたのかを観察しているものだといいます。すると、最も大きく影響を及ぼしていたのは30代から50代にかけての経済状況だと指摘されます。経済状態のよい人ほど「成功した加齢」と関連していたのです。この研究では、年収が100万円程度の人から2500万円程度の人までが含まれていましたが、年収が一番低いグループと年収が一番高いグループでは大きな差が見られました。また、経済状況の因子を取り除くと、喫煙なし、健康な食生活、運動のほか、女性では程よい飲酒(ビールで1日350mlまで)、男性では職場での上司や同僚からのサポートが「成功した加齢」と関連していました。著者は、「社会経済的な地位と健康との関連は他にもこれまで様々な研究で指摘されてきていますが、経済状況がよいことは生活水準の改善、医療アクセスの向上につながりやすいこと、またより迅速に健康的なライフスタイルを取り入れやすい傾向となることも知られています。こうしたことが積み重なって老化とも密接に関連しているのかもしれません」と述べるのでした。

第2章「『認知症』にも『うつ』にもならない」の「認知症=アルツハイマー病ではない」の「認知症は原因の見極めが大切」では、認知症はときに「認知症=アルツハイマー病」のようにとらえられてしまうことがあるが大きな誤解だと指摘されます。アルツハイマー病は確かに認知症の最多の原因疾患ではありますが、その他にも認知症には数多くの原因疾患があるそうです。アルツハイマー病は、誤診も多い病気だそうです。なぜならアルツハイマー病を容易に診断してくれるような単一の検査が存在しないからです。一方で、頻度が最も高いという揺るぎのない事実もあります。そんな背景から、高齢な患者さんの認知症を見たときに、すぐさまアルツハイマー病という病名が連想されて誤診されてしまいがちだとして、著者は「それはさながら、喉の痛みが出たときに『風邪かな』と思ってしまうのと同様です。一口に認知症と言っても、実際には様々な原因があり、それぞれで治療法が異なります。このため、すぐに原因を決めつけずに丁寧に原因が何かを考えるという姿勢がとても大切なのです」と述べます。

「老化で脳が縮むと起こること」の「全ての脳の機能が衰えるわけではない」では、脳にはさまざまな能力がありますが、とりわけエピソード記憶や作業記憶、遂行機能は加齢だけで低下しやすいことが指摘されます。これらの機能は60歳以降に低下しはじめ、加齢とともに加速度的に低下することが報告されています。物事の処理能力が低下し、時間がかかるようになるため、話す速度もゆっくりになる傾向があります。そう聞くと納得かもしれないとして、著者は「『遂行機能』というのは、物事を順序立てて実行する機能です。例えば、スマートフォンの操作1つとっても、まず指紋認証や顔認証、パスワードを適切に入力してロックを解除し、必要なアプリケーションを探し出して、その上をタップするというようなプロセスが必要になります。慣れてしまっている人からすれば簡単な作業のように感じられるものの、実際には数多くの工程を一瞬で脳が処理していることがわかります。こういった機能は70歳以降に比較的急速に衰えてくることが知られており、若い人とは異なってスマートフォンの操作が難しくなる場合があるのです」と述べています。

「高齢者に頻発する『せん妄』という問題」では、「せん妄」が取り上げられます。せん妄とは、場所や時間が突然わからなくなったり、興奮、錯乱といった気分の異常が突然起こったりする精神機能の障害を指します。著者は、「せん妄は心身にストレスが重なったときに起こりやすくなります。入院という出来事はまさに、心身ともに大きなストレスのかかる状態です。五感が使いにくくなるような状況でも症状は悪化しやすくなります。例えば、夜の暗い時間帯、日中でも窓にカーテンがかかっている状況、また、普段メガネをかけている人が病院にメガネを持ってくるのを忘れたというような状況でもリスクは高まります。身体的なストレスとしては、痛みや便秘などもせん妄の引き金になりえますし、感染症も原因になりえます。新型コロナウイルスのパンデミック下では、多くの高齢者がせん妄の症状をきっかけに新型コロナウイルス感染症と診断されてきたことも報告されています」と述べます。

「『うつ病』は持病を抱えた人がなりやすい」の「うつ病と持病が影響しあって悪化していく」では、年齢を重ねるにつれて喪失感や悲しみを感じるライフイベントというものは増えていく傾向にあることが指摘されます。家族を亡くしたり、仕事を退職したりといったライフイベントは人生の後半にこそ重なる傾向にあるでしょう。配偶者を失い、突然独り身になることだってあります。あるいは退職して社会的な立場や収入を失うことになり、将来への不安を感じるかもしれません。著者は、「このような喪失が悲しみや孤独の感情につながりやすいのは間違いありません。それがうつ症状の引き金になることも確かにあります。しかし、誤解をしてはいけないのは、これだけでうつ病を発症するわけではないということです。実際、喪失体験がありながらも、特に持病などのない健康な高齢者は、むしろ一般成人よりもうつ病の発症頻度は低いことが知られています」と述べるのでした。

「確かな科学的根拠のある認知症の予防法はない」では、認知症の予防はできるのかという問題が取り上げられます。著者は、「結論から述べてしまえば、実際には、認知症の予防には良質な科学的根拠のある介入方法があまりないというのが現状です。これは、もしかすると治療法が見つかっていないことと共通で、アルツハイマー病の原因がまだ完全には明らかになっていないこととも関連するのかもしれません。根っこを摑むことができないと、予防も治療もなかなか難しいのです」「一方、楽観論もあります。複数の先進国から、認知症の発症率が年々減少しているとする報告があるのです。これはもしかすると、私たちが今行っている介入が何らかの形で認知症を減らすことに寄与しているのかもしれません。有効な方法が明らかではないものの、様々な介入を組み合わせることで、認知症が予防できているのかもしれません」と述べています。

「地中海式ダイエットに期待する認知症予防の力」では、地中海ダイエットが紹介されます。これは一般的に、果物、野菜、全粒穀物、豆類、ナッツや種子などの種実類を多く含み、脂肪源としてオリーブオイルを含みます。また、魚、鶏肉、乳製品は少量から中程度の量で、いわゆる赤肉、つまり牛肉や羊肉はほとんどありません。このような食品で成り立つ食事が地中海式ダイエットと呼ばれるものです。この地中海式ダイエットは、食品の構成やバランスがよく、健康への影響が熱心に研究されている食事の1つであるとして、著者は「実際に、ある観察研究で、地中海式ダイエットを守って食事をとっている人は、地中海式ダイエットを摂取していない人と比較して、認知機能の低下が軽いことやアルツハイマー病の発症率が低いことと相関関係があることが示されています」と述べます。

「コーヒー好きはうつ病にならない?」では、コーヒーとうつ病との関係に言及しています。前向き追跡研究と呼ばれるタイプの研究で、さまざまな量のカフェインを摂取しているうつ症状のない女性約5万人を対象に、10年間のカフェイン摂取量やその他の食事摂取の変化を追跡調査しているそうです。著者は、「この10年間の追跡調査の中で、全体で2607人にうつ病発症が確認されました。そこで、うつ病を発症した人たちのカフェインの摂取量の傾向を調べました。すると、週に1杯以下のカフェイン入りのコーヒーを飲む女性と比較して、1日に2~3杯のカフェイン入りのコーヒーを摂取する女性はうつ病のリスクが減少するという関連性が見られました」と述べています。

「睡眠の確保も重要! 不眠症の解決には、生活習慣にもヒントが」では、不眠症は、生活習慣に解決のヒントが隠されている場合があると指摘し、著者は「例えば、夜の飲酒は、入眠にはつながるものの、睡眠の質は悪化すると考えられています。アルコール自体には催眠作用がありますが、アルコールが代謝されると今度は睡眠障害を引き起こすと考えられているからです。また、タバコに含まれるニコチンにも睡眠を妨げる作用があることが知られています」と述べています。確かに、自分自身のことを考えてみても深酒したときは眠りにはつけますが、変な時間に起きてしまったりもしますね。

第3章「薬を“最適化”する」の「『ポリファーマシー』という問題」の「世界中で怒るポリファーマシー」では、著者は、「皆さんは、『ポリファーマシー』という言葉を聞いたことがあるでしょうか。『ファーマシー』という言葉ならご存じの方が多いでしょう。『ファーマシー』は『薬局』『薬学』という意味を持つ言葉です。そして、接頭辞の『ポリ』は『数多くの』という意味を持ちます。この両者をかけ合わせて、『患者さんが数多くの薬を飲んでいる状態』のことを指します」と述べています。実際に、「60歳以上の高齢者の約3人に1人が5種類以上の薬を毎日内服している」というデータがあるそうです。

「ジェネリック医薬品は正しく理解し賢く使う」では、オリジナルの薬のコピーであるジェネリック医薬品が取り上げられます。コピーといっても名前や形、色が異なることがあるので信じ難いかもしれません。しかし、有効成分はオリジナルの薬とまったく同じものであり、また一般的にオリジナルの薬よりも安価になります。「ジェネリックのほうが効果は弱い」と言われることがありますが、そんなことはないそうです。著者は、「なぜ、オリジナルのメーカーよりも安価に抑えられるかというと、ジェネリック医薬品のメーカーは、薬の開発や宣伝に費用をかける必要がないためです。新薬の開発や研究には多大なコストがかかります。そのため、新薬の薬価というのは高くなる傾向があります。しかし、すでに研究されている薬の成分をコピーして薬を作れば、一から研究をする必要がなく、コストダウンが期待できるというわけです」と述べます。

第4章「病気を防ぐ、上手に付き合う」の「年とともに、病気は増える」の「生きているだけで病気になることがある」では、人間は年齢を重ねていく中で病気を持つことがあり、特に原因がないという場合も数多くあるとして、「何も原因がなくても、生きているだけで病気になってしまうことがあるのです。普段やっている単純な作業でもミスを起こすことがあるように、あるいはパソコンが突然バグを起こすことがあるように、人間の体も日々生きている中でミスを起こすことがあります。そうやって様々な病気を起こしてしまうことがあるのです」と述べています。

「タバコは老化を加速させる」では、種々の病気の原因となり老化を加速させる要因として、タバコの存在は見逃せないことが指摘されます。加齢に伴う変化の例として、血管の動脈硬化が挙げられますが、タバコで加速することが知られています。著者は、「タバコには、悪玉コレステロールと呼ばれるLDLコレステロールを増加させる作用や、インスリンの効き目を低下させ、血糖値が悪化する作用を持つ可能性が指摘されています。また、交感神経の働きを高め血圧を上昇させる作用も知られています。これら、コレステロールの増加、血糖値の悪化、血圧の上昇は、いずれも動脈硬化の悪化の要因となります」と述べます。

「タバコが引き起こす病気は肺がんだけではない」では、肺がんは、よく知られた喫煙が原因となる病気の1つですが、タバコが引き起こす病気は肺がんに限られたものではないことが紹介されます。それ以外にも、心筋梗塞や脳梗塞といった血管の病気、多くの種類のがん、肺気腫と呼ばれる肺の病気、糖尿病、骨粗鬆症、不妊、白内障と多くの臓器にわたって病気と関連することが知られています。著者は、「早く禁煙すればするほど、このような病気のリスクを下げられることがわかっており、早い段階で禁煙すれば、年月をかけながら、そのリスクは非喫煙者と同じレベルまで低下させられる可能性があることも知られています」と述べています。

「限界はあるにせよ、まずは一般健康診断を」の「私たちが毎年受けている『一般健康診断』とは」では、わたしたちが一般的に毎年受けている「一般健康診断」というのは、その実施が法律で義務づけられていることが紹介されます。労働安全衛生法は、「事業者は労働者に対し、医師による健康診断を行わなければならず、労働者は、事業者が行う健康診断を受けなければいけない」としています。一般健康診断でいろいろな検査を受けることで、またその名前からも、なんでもわかるように思われるかもしれませんが、限界があります。著者は、「異常がないかをざっくり知るために使われるのがこの健康診断です。『健康診断正常=健康』でも『健康診断異常=不健康』でもないのです。健康診断とその他の道具もうまく使って、健康の支えの1つにするというぐらいの感覚でいることが必要とされます」と述べています。

第5章「自分にとって何が大切かを知っておく」の「人によって違う、人生のプライオリティ」の「『生きがい』が明確ならば決断できる」では、ある米国の研究では、死に直面した人の約7割は意識が朦朧としているなどの理由で、意思決定能力を失っていると報告されていることが明かされます。そのようなときには、その人をよく理解する家族や友人が代わりに治療方針を決定しなければならないとして、著者は「もちろん、専門的な知見とともに医療チームもサポートをしますが、医療者は意識のない状態で運ばれてきた本人と初対面であることも稀ではなく、対面したことのある医療者でも、家族や友人ほど患者さんを理解できているということはほとんどないでしょう。そのような中で患者さん本人の『生きがい』や価値観は、治療方針を決定していくうえでとても大切な羅針盤となります」と述べています。

「最期のとき、自分で意思決定ができない可能性は大きい」では、「最期を迎える人の約7割が、自分で意思決定ができない」というデータが紹介されます。例えば、感染症で命が奪われそうなとき、血圧が低下してしまって脳への血流が維持できなかったり、人工呼吸器につながれたりすることで、コミュニケーションをとるのが難しくなってしまうことがあります。あるいは、脳卒中が突然に発症、その日を境に意識を失ってしまい、コミュニケーションがとれなくなるということもあります。著者は、「そんなとき、あなたの代わりに意思決定をしてくれるのは、あなたのことを理解する家族、友人、そしてあなたの治療にあたる医療チームということになります。では、そのような中で何を根拠に意思決定をするのかといえば、一番はあなたの気持ちを代弁してくれる家族が、あなたの気持ちになって考えた結果です。先の研究では、代弁をした人の約半数が子供、3割が配偶者、1割がその他の親族と、やはり圧倒的に血縁関係のある家族が意思決定をしていることが報告されています。日本でも、最も多いのはおそらく家族が代弁をするというケースでしょう」と述べます。

「医師が重要と思うことと、患者が重要と思うことにはズレがある」では、患者や家族の返答からは、「よい死」を構成する6つの要素が浮かび上がる結果となったことが紹介されます。以下の通りです。
・痛みやその他の症状での苦しみがないこと
・明確な治療方針が決まっていること
・死の直前や死後への準備ができていること
・大切な人と過ごし、人生の振り返りを完了できること
・最期まで他者に貢献できること
・「患者」ではなく全人的な肯定感を持てること

「朝日新聞」2023年6月14日(夕刊)

「多くの人は、死の事前準備ができていない」では、「人生会議」が取り上げられます。人生会議とは、「もしものときのために、あなたが望む医療やケアについて前もって考え、家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有する取り組みのこと」です。米国では「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」と呼ばれており、日本でも過去には同じ呼び方をされていましたが、なかなか浸透せず、「人生会議」という愛称が付けられたという経緯があります。ブログ「死生観とウェルビーイング」で紹介したように、京都大学名誉教授で宗教哲学者の鎌田東二氏は、「病で死と直面した人に、他人がどんな言葉をかけても、なぐさめになりません。それほど絶望は深いんです。その状況で生きるかてを得るには、人と人の関係性しかないと思います。家族や友人の支えです」と述べた上で、「だからこそ、普段から家族や友人と『人生会議』を持つことです。『死生観カフェ』でもいいですね。死をどう捉えたらいいか、死に向かうときにどう過ごしていくか、死生観を語り合うことです。そういう人間関係をいかに築いておくか。恥ずかしがらず、堂々と死を語り合いましょう」と述べています。

「医療現場も準備不足。日本にはホスピスがあまりにも少ない」では、厚生労働省の過去の調査では、一般の人が末期がんと診断されたとしたら、37.5%が病院で、10.7%が介護施設で、47.4%が自宅で最期を迎えたいと回答をしていることが明かされます。一方、一般の人で重い心臓病が進行したとしたら、48.0%が病院で、17.8%が介護施設で、29.3%が自宅で最期を迎えたいと回答しています。著者は、「この数字がそれぞれ多い、少ないということではなく、人はそれぞれ、安心できる場所が異なるのだと思います。病気になったら最期までずっと入院していなければいけないわけでもなく最期の瞬間は自宅で迎えるべきというわけでもなく、人それぞれ安心できる場所を選べばよいのだと思います」と述べます。

「長生きが大切か、仕事が大切か。人生の究極の選択」では、深刻な病気が生じると、難しい選択を迫られることがあると指摘されます。どちらも捨てられないと思っても、どちらかしか選べないときがあるとして、著者は「もしかすると、人生のいろいろな場面でもそうだったかもしれません。2つの大学に合格したとき、複数の会社に進む選択肢を目の前にしたとき。日本に残って研鑽を積むべきか、海外に渡って自分を磨くか。治療方針の選択にあたって、そのような悩ましい選択をしなければならないとき、参考になるのが『自分にとって大切なものは何か?』の答えです」と述べています。

「あなたにとっての生きがいを大切に」では、内閣府が2020年に行った60歳以上の人に対する調査によると、「生きがい」を多少なりとも感じている人は67.4%で、まったく感じていないと答える人は1.7%にとどまっていることが紹介されます。また、「生きがいを感じるとき」として「家族との団らんのとき」、「おいしいものを食べているとき」という答えが上位に挙がっています。著者は、「多くの人にとって、家族の存在や食事が、生きる喜びにつながっているのをうかがい知ることができます。もし具体的なものが思い浮かばない人でも、家族との時間、食事間などを比較して、その中で優先順位をつけてみるとよいでしょう」と述べています。

5つ目のMである“Matters Most to Me”はもしかすると、5つのMの中で最も大切なものなのかもしれないとして、著者は「科学的な根拠に基づいた健康的に歳を重ねる方法が、たとえ多くの人にプラスと思われても、それらがあなたの『生きがい』を損ねてしまうのであれば、あなたにとってはマイナスである可能性があります。生きがいは、全てのエビデンスをも覆すほど、大きな力のあるものかもしれないのです」と述べます。この「生きがい」という言葉、英語にはピッタリと当てはまる言葉がなく、そのまま“Ikigai”という単語になり、国外の人にも少しずつ親しまれるようになってきているとか。

日本発の「生きがい」に対する注目度の高さは、エクトル・ガルシア氏とフランセスク・ミラージェス氏の共著『Ikigai』がベストセラーになったところからも見てとれます。日本人の長寿の秘密が、実はこのIkigaiにあるかもしれないと関心を持たれているのです。最後に、著者は「あなたの『生きがい』はなんでしょうか? 残された時間を、あなたはどう生きたいですか? それを考えてみることが、『人生会議』の第一歩でもあります」と述べるのでした。本書は、「老年医学」における世界最高峰の病院が掲げる指針に基づいた内容で、エビデンスもしっかりとしており、非常に説得力がありました。最後に「生きがい」の問題を取り上げているところも深く共感できました。高齢の両親を抱え、わたし自身も老いていく中で、多くの学びを与えられました。

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