No.2328 社会・コミュニティ 『中流危機』 NHKスペシャル取材班著(講談社現代新書)

2024.05.15

『中流危機』NHKスペシャル取材班(講談社現代新書)を読みました。かつて「一億総中流社会」と言われた日本。戦後、日本の経済成長を支えたのは、企業で猛烈に働き、消費意欲も旺盛な中間層の人々でした。しかし、バブル崩壊から30年が経ったいま、その形は大きく崩れています。本書には衝撃的な内容が満載でした。

本書の帯

本書の帯には「〝中流″なんて高嶺の花!」「結婚できない」「正社員になれない」「自家用車を持てない」「趣味にお金をかける余裕がない」「持ち家に住めない」「年に1度以上旅行に行けない」「なぜこんなことに! 再生への処方箋は何か?」と書かれています。また帯の裏には、「25年で世帯所得は急減」「505万円(1994年)→ 374万円(2019年)全世帯の所得分布の中央値(内閣府『令和4年度 年次経済財政報告』より)」と書かれています。

本書の帯の裏

アマゾンの内容紹介には、「2022年7月内閣府が発表したデータでは、1994年に日本の所得中間層の505万円だった中央値が2019年には374万円と、25年間で実に約130万円も減少した。もはや日本はかつてのような『豊かな国』ではなく先進国の平均以下の国になってしまった。なぜ日本の中流階層は急激に貧しくなってしまったのか。『中流危機』ともいえる閉塞環境を打ち破るために、国、企業、労働者は何ができるのか。その処方箋を探った」と書かれています。

本書の「目次」は、以下の構成になっています。
【プロローグ】稼げなくなった中間層
第1部 中流危機の衝撃
第1章 幻想だった中流の生活
第2章 夢を失い始めた若者たち
第3章 追い詰められる日本企業
第4章 非正規雇用 負のスパイラルはなぜ始まったのか
第2部 中流再生のための処方箋
第5章 デジタルイノベーションを生み出せ
第6章 リスキリングのすすめ
第7章 リスキリング先進国ドイツに学ぶ
第8章 試行錯誤 日本のリスキリング最新事情
第9章 同一労働同一賃金
オランダパートタイム経済に学ぶ

【エピローグ】ミドルクラス 150年の課題

「【プロローグ】稼げなくなった中間層」の冒頭は、「かつて『一億総中流社会』と言われた日本。戦後、日本の経済成長を支えたのは、企業で猛烈に働き、消費意欲も旺盛な中間層の人たちだった。しかし、バブル崩壊から30年が経ったいま、その形は大きく崩れている。中間層の定義はさまざまだが、複数の専門家は、日本の全世帯の所得分布の真ん中である中央値の前後、全体の約6割から7割にあたる層を所得中間層としている。その中間層の所得がこの25年間で大幅に落ち込んでいる。2022年7月に内閣府が発表したデータでは、1994年に505万円だった中央値が2019年には374万円。25年間で実に約130万円も減っているのだ」と書きだされています。

もはや、日本はかつてのような「豊かな国」ではなく先進国の平均以下の国になってしまいました。豊かさの目安となる1人あたりの名目国内総生産(GDP)をみてみると、1995年には、ルクセンブルクやスイスに次いで、世界で3番目の水準にあったものが(IMF統計、国連統計では第6位)、内閣府が2022年12月23日に発表した国民経済計算年次推計によると、経済協力開発機構(OECD)加盟国38ヵ国中20位に急降下しています。

第1部「中流危機の衝撃」の冒頭には、「バブル崩壊後に起きた日本経済の長期にわたる低迷は『失われた20年』と呼ばれた。しかし、バブル崩壊から20年以上経ってなお、日本経済は低空飛行を続けている。2013年には、『大胆な金融政策』『機動的な財政政策』『民間投資を喚起する成長戦略』の“三本の矢”を掲げる『アベノミクス』が始まったが、10年経っても、GDPや実質賃金の伸びはぱっとしない。いつしか『失われた20年』に代わり、『失われた30年』という言葉が、人口に膾炙するようになりつつある」と書かれています。こうした長期低迷のしわ寄せが及んだのは、バブル崩壊後に社会人になった世代です。右肩上がりだった賃金は伸び悩み、かつて当たり前だったマイカーや持ち家、海外旅行は徐々に縁遠いものになっていました。

もっとも割を食ったのはいわゆる「就職氷河期世代」であるとして、「概ね1993年から2004年に新卒で就職活動を行った人たちだ。苦難の時代を歩んできた彼らは、正社員になれず、アルバイト、派遣社員、契約社員などとして職を転々とするフリーターや、通学や求職活動もしないニートなどが、他の世代よりも多いといわれる」と説明されています。かつて日本企業は、新卒一括採用、年功賃金、終身雇用、福利厚生などの制度で、従業員の人生を、ときに退職後も含めて手厚く面倒をみてきました。“一億総中流社会”を支えてきた、いわば「企業依存型」ともいえる雇用システムですが、こうした制度を続ける余力のある企業は少なくなり、企業と従業員の関係性は大きな曲がり角を迎えているのです。

第1章「幻想だった中流の生活」の「親世代のような〝中流の暮らし″は望めない」では、4年前に訳000万円の住宅ローンを組んでマイホームを新築したものの、収入が下がったことによって支配が苦しくなり、ついには家を手ばなした20代の夫婦が取り上げられます。本人たちが言うように夫婦に「計画の甘さ」があったのかもしれませんが、分不相応の高い買い物をしたわけではないとして、本書には「親世代の“中流家庭”であれば、子どもを産み、マイホームを建てることは、“手の届くところにある夢”だったことだ。しかしそれから25年が経ち、いまの若者たちは、そもそも『夢すら見られない』という現実に直面していた。『賃金の右肩上がり』を一度も実感できない若者世代にとって、将来を見据えながら人生設計を立てることは、一層難しくなっていると感じた」と書かれています。

「[コラム]持ち家を失う、令和の中流家庭」では、マイホームの購入は、「人生で一番大きな買い物」とも言われているとして、「残業手当やボーナスが落ち込む場合も想定したうえで、なぜ余裕をもった返済計画を組まないのだろうか、という見方もあるだろう」と書かれています。しかし実際は、この夫婦のように、手当やボーナスを見込んだ収入でローンを組むケースが、大半だといいます。日本銀行による異次元緩和により、住宅ローンの変動金利は0%台という歴史的な超低水準が続いており、「借入がしやすい」状況だ。毎月の返済額をみて「これなら返せるかもしれない」と、ローンを組むことに抵抗感が減る人も多いでしょう。しかし、リーマンショックのような大不況や新型コロナ感染拡大のようなことが起きれば、あてにしていたボーナスや手当が突然なくなる事態が起きます。本書は、「今後、変動金利が上昇する可能性もある。そうした事態に直面したとき、“中流の暮らし”の象徴だった持ち家のローン返済が、逼迫する家計に襲いかかり、生活の根幹が揺らぐ危険性もあるのだ」と警告するのでした。

第3章「追い詰められる日本企業」では、中小企業の実態が取材され、静岡県富士宮市にある佐藤工機の佐藤憲和社長が登場します。「非正規雇用増加の裏で」では、佐藤社長が「経営者っていつどうなるか分からないですよね。やっぱり自殺者も多くて。社員だとかいろんな人に相談したりはもちろんできるんだけど、最終判断してその責任は全部自分にくるわけですよね。人のせいにしちゃいけないし、世間のせいにしたくなるときもあるけど、できないし。世の中が悪いとか言いたくなるときもあるんだけど、言ってもしょうがないし。自分で判断したことは全部自分に降りかかってきますから。だから自分が尊敬している方の発言とかメッセージとか、そういうのにすがっちゃうわけですよ・・・・・・。生身の人間だから弱いもん。30代で経営者になったときは、『50くらいになったら迷いもなくいろんなことが決められて、自分に自身が持てるようになっているだろう』、そんなふうに思っていた自分がいたけど、実際には全然変わらないよね」と語っています。中小企業経営者の切実な叫びです。

現代日本社会の多くの問題の一因は、デフレスパイラル(【消費者がお金を使わなくなる】→【値下げ競争が激化】→【企業が稼げなくなる】→【給与が減る】→【消費者がお金を使わなくなる】)にあります。第4章「非正規雇用 負のスパイラルはなぜ始まったのか」では、デフレ不況下においては全社員の給料を一律引き上げるベースアップは長らく行われることはなくなり、【中間層の賃金減少】→【消費減】→【価格引き上げ】→【利益減】→【投資減】→【イノベーション難】→【賃金のさらなる減少】、という負のスパイラルが継続してきたことが指摘されます。なぜ長年にわたり、日本はこの「負のスパイラル」から抜け出せずにいるのか。本書には、「バブル崩壊後の不良債権問題の処理に手間取ったこと、情報化や生産性向上に資する設備投資を怠ったこと、過度にリスクを回避する企業姿勢や意思決定の遅れなど、複合的な要因が挙げられるが、軽視できないのが『企業依存型』の雇用システムだ。日本企業では、一度採用した正規社員を解雇することは簡単ではないのに対して、米国では経営環境に応じて簡単にレイオフ(一時解雇)することができる」と書かれています。

第5章「デジタルイノベーションを生み出せ」の「イノベーションの波に乗り遅れた日本企業」では、1990年代以降、世界では新たな価値を生み出すイノベーションが次々と起きましたが、日本企業はその波に乗り遅れてきたことが指摘されます。それがよく表れているのが、時価総額を指標にした世界の企業のランキングです。1989年では上位20社のうち、日本企業は14社にのぼっていました。その中には、トヨタ自動車、新日本製鐵(現日本製鉄)、日立製作所、松下電器(現パナソニック)、東芝と、日本を代表する製造業界のトップ企業の名前も並んでいました。まさに「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれた時代の象徴とも言えるでしょう。しかし、2023年のランキングでは、上位30社までみても、日本企業の名前はひとつも見当たりません日本企業で最も時価総額が高いのはトヨタ自動車ですが、日本最強の同社も39位に過ぎません。この30年間で日本企業の相対的な影響力は著しく低下したことがわかります。

トップに名を連ねるのはアップル、マイクロソフト、アルファベット(Googleの持ち株会社)、アマゾンなど、米国のIT企業が中心です。このことからも見て取れるように、潮目となったのは、IT技術の革新とグローバル化でした。1990年代以降、世界ではデジタル化と製造業のアウトソーシング化が急速に進み、産業構造が大きく転換しました。2000年以降は、本格的なインターネット時代に突入しGAFAをはじめとするプラットフォームビジネスが次々に台頭しました。2007年には、米国でiPhoneが誕生し、翌年には、日本でもTwitterとFacebookがサービスを開始。瞬く間に世界を席巻しました。しかし日本企業は、その波に乗り遅れ、世界のなかで次第に存在感を失っていったのです。

「【エピローグ】ミドルクラス 150年の課題」の「なぜ日本は輝きを失ったのか?」では、「日本はなぜ長期停滞してしまったのか。取材を続けるなかでわかってきたのは、日本の雇用システムが世界のスタンダードとはかなり異なる、ということだった。日本型の企業経営は、かつてアメリカの社会学者エズラ・ヴォーゲルから『ジャパン・アズ・ナンバーワン』と高く評価されたが、そのベースにあるのは、日本型雇用システムともいうべき新卒一括採用、年功賃金、終身雇用だ。この恩恵を最も多く受けてきたのが、所得中間層、いわゆる“中流”層である。日本の企業の多くが、この30年の間、国際競争力を持つ商品やサービスを生み出せず稼げなくなっていることと、日本型雇用システムが欧米と違うこととの間には、密接な関係があるのではないか」と書かれています。

「150年前にもあった〝中流危機″」では、歴史に目を転じれば、“中流危機”は150年前にもあったことが指摘されます。幕末の日本では、運命共同体のような「藩」という“会社”の中で守られていた雇用が、近代化という世界的なイノベーションの波にさらされました。このグローバリズムに乗り遅れないために、社会変革を迫られたのが明治維新です。この時、中流の行方に着目したのが福澤諭吉でした。当時のベストセラー『学問のすすめ』の中で、「国の文明は・・・・・・必ずその中間より興りて、衆庶の向かうところを示し」得る人材が必要だと力説しました。福澤は、その担い手を「ミッヅルカラッス」(middle class)と呼んでいます。本書には、「新しい日本を作るイノベーションを生み出すためにはミドルクラスを分厚くすることが大事であり、そのために必要なのが、学問だと説いたとも言える」と書かれています。

「企業依存からの脱却」では、日本の企業で重視されてきた労働者のスキルは、入社後にOJTを重ね、配置転換を繰り返す中で培う均一でオールラウンドの能力だったことが指摘されます。大量生産・大量消費することで経済成長する時代には、スペシャリストよりもゼネラリストの方が適していたため、真っ新なキャンバスのような新卒の若者を一括採用する方が理にかなっていたのかもしれないとして、本書には「新卒一括という単線の採用法であれば、企業は偏差値で序列化された大学の上位校から多くを採用し、学生もまた、何を学ぶかよりも、高い「学歴」を得ることをより重視してきた」と書かれています。

今、企業は新たなイノベーションを生み出すためにも、創造性のある人材や即戦力を求め始めています。「学歴」という単線の判断だけでなく、どんなスキルを持っているのか、という複線の判断をしていくのでしょう。そして、本書には「そのためには、大学入試のあり方も、一般、推薦だけでなく、何を学びたいのかという意欲を重視した総合型選抜や、編転入など多様に複線化していくことが、さらに求められていくのかもしれない」と書かれているのでした。本書を読んで暗澹たる気分になりましたが、現状を打破するためには何よりもイノベーションが必要であることを痛感しました。それにしても、何とかしなければ!

 

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