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No.2448 心理・自己啓発 『読書する脳』 毛内拡著(SB新書)
2026.02.23
『読書する脳』毛内拡著(SB新書)を読みました。著者は、お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教。1984年、北海道函館市生まれ。2008年、東京薬科大学生命科学部卒業。2013年、東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、理化学研究所脳科学総合研究センター研究員等を経て2018年より現職。同大にて生体組織機能学研究室を主宰。専門は、神経生理学、生物物理学。「脳が生きているとはどういうことか」をスローガンに、基礎研究と医学研究の橋渡しを担う研究を行っています。第37回講談社科学出版賞受賞。主な著書に、『脳を司る「脳」―最新研究で見えてきた、驚くべき脳のはたらき』(講談社ブルーバックス)、『「頭がいい」とはどういうことか―脳科学から考える』(ちくま新書)、『心は存在しない―不合理な脳の正体を科学でひもとく』(SB新書)、『脳と免疫のなぞ―心身の不調はどこからくるのか』(NHK出版新書)など。
本書の帯
帯には「本を読むと私たちの脳はどう変わるのか?」と大書され、「『頭がよくなる』メカニズム」「数分間でメンタル不調が治る理由」「スマホで見る情報との決定的なちがい」「脳科学で証明された読書の驚くべき効能」とあります。
本書の帯の裏
帯の裏には、「ページをめくって文字を追うたび、物語に没入するたびに、あなたの脳内では『静かな、しかし豊かな変化』が起きています。(はじめにより)「デジタル時代に本を読む人だけが得られる、人生の豊かさ」とあります。
カバー裏表紙には「読書は単なる情報収集ではなく、あなたの『脳』を創る行為」として、「なぜ、紙の本で読んだ内容は記憶に残りやすいのか?なぜ、物語を読むと登場人物に感情移入できるのか?――その答えは、あなたの『脳』に隠されています。本書では、読書が私たちの思考力や想像力を高める驚きのメカニズムを、最新の脳科学をもとに解き明かします。押し寄せる情報の波に疲れがちな今だからこそ知りたい、読書の科学的な意味がわかる一冊」とあります。
アマゾンより
アマゾンの出版社内容情報には、「本を読む人の頭の中で、一体何が起きている? 読書だけが私たちの脳にもたらす能力を科学的に解き明かす」として、「本書で解説している、読書と脳についての謎」が以下のように紹介されます。
・なぜ「紙の本」で読んだ内容は記憶に残りやすい?
・読書によって「頭が良くなる」のはなぜ?
・漢字と仮名が混ざった文章を、脳はどうやって理解している?
・読書中に、内容と関係のないことを考えてしまうのはなぜ?
・「快読」「精読」「音読」の科学的な使い分けとは?
・読書のモチベーションを上げる科学的な方法とは?
など多数。
本書の「目次」は、以下の構成になっています。
はじめに「あなたの脳は読書で変わる」
第1章 読書の今をひもとく
―データで見る「読まない時代」の現実
第2章 読書がもたらす脳科学的メリット
第3章 文字と言語処理の脳メカニズム
第4章 認知バイアスとセルフトーク
―自分を操る脳のしかけ
第5章 脳が喜ぶ読書術
第6章 読書がもたらす共感力と社会性6
あとがき
はじめに「あなたの脳は読書で変わる」で、著者は「結論から申し上げましょう。皆さんが普段から行っている読書という行為には、多くのメリットがあります。本書を書くにあたってあれこれと考察しましたが、考えれば考えるほど『メリットしかない』と断言できるほどの有用性が明らかになりました。ただし、それには1つだけ条件があります。それは、文字で書かれた情報をただ目で追うだけの読書から、あなたの脳を最大限に活用する読書へと、スイッチを切り替えることです。これから本書で示すように、読書とは単なる情報収集ではありません。それは、あなたの脳そのものを変化させる、極めて能動的で創造的な行為なのです。ページをめくって文字を追うたび、物語に没入するたびに、あなたの脳内では『静かな、しかし豊かな変化』が起きています」と述べています。

第1章「読書の今をひもとく―データで見る『読まない時代』の現実」の「情報の洪水から身を守るための『紙の本』の力」では、デジタルデバイスを用いた情報消費では、得られる情報が断片的かつ高速になり、深い思考や知識の定着が阻害される可能性が高いことが指摘されます。これにより、読書が本来与えてくれるはずの「深い知識習得」や「思考力の涵養」といった価値が、表面的で即時的なものに置き換えられてしまいやすいといいます。著者は、「情報が洪水のように押し寄せる今だからこそ、本当に大切なのは『質の高い情報を深く味わう力』。その力を鍛える最強のツールが、実は紙の本なのです」と述べています。
紙媒体で味わえる「ページを繰るドキドキ感」や「指先で紙の質感を確かめる楽しさ」は、デジタル端末では得ることが難しいと感じる人も少なくないでしょう。また紙の本で読むと、「あの話、確か本の真ん中あたりで読んだ気がする」「重要な部分は右ページの下にあったな」など、内容とページの位置が自然と頭に残ります。付箋を貼った場所や、折り目のついたページ、インクの匂いや手触りまで、記憶と結びつく「手がかり」をたくさん作れるのは紙の本ならではです。著者は、「この、紙媒体で五感をフル活用して本と向き合う『没入体験』こそが、実は内容の深い理解や記憶の定着を助けてくれることが、脳科学的にも明らかになっているのです」と述べるのでした。

第2章「読書がもたらす脳科学的メリット」の「読書がもたらす脳と身体のリラックス効果」では、著者は「なぜ読書はこれほどまでに心と身体を癒してくれるのでしょうか」と読者に問いかけます。その理由の1つは、脳に対するストレス刺激を抑制し、ストレスホルモン(コルチゾール)の分泌を低下させるためと考えられるそうです。コルチゾールは、本来はストレスから身体を守るために働いています。ところが、この働きが慢性化してしまうと、心身の健康を害する原因になってしまいます。著者は、「読書に集中し、外部からのストレス(情報過多)から一時的にでもいいので解放されることで脳が休まり、私たちは心地よい安らぎを感じることができるのです。特に睡眠前の読書は心理的な緊張の軽減や安眠促進につながるという報告もあります」と述べています。
また、集中して読書を続けていると、心拍数や呼吸数が自然に落ち着くのを感じる方も多いと思いますが、それは、自律神経の中でも副交感神経が優位になっている状態だそうです。副交感神経は休息や睡眠をとるときに活性化し、筋肉の緊張を緩和し、血圧を下げる役割を持っています。読書に伴うこうした反応は、まさにゆっくりと深く息を吐いた後に身体が自然と落ち着いていくのに似ており、副交感神経を介したリラクゼーション効果が得られると考えられていると言います。著者は、「以上のように、読書は単なる娯楽を超えて、副交感神経を働かせたり、ストレスホルモンを抑制したりといった、生理学的にも測定可能な効果をもたらし、心理的な安定性を向上させる有効な手段であることが、さまざまな研究を通して明らかになっています」と述べます。
「読書で『頭がよくなる』脳科学メカニズム」では、昔から、読書をすると「頭がよくなる」と言われたものですが、実際に読書は、認知機能や知的能力の向上にも深く関連することが指摘されます。その背景には、読書が脳の特定領域を活性化し、脳内の神経ネットワークを効率よく強化するという事実があります著者は、「まず、私たちが文章を読むときには、脳の中で多くの領域が同時に活性化されます。視覚的に文字を認識する際には後頭葉の『視覚野』が働き、文章の意味や文法的な構造を理解する際には『言語野』(特にブローカ野やウェルニッケ野)が活性化します。また、物語の内容を想像し、その世界を頭の中で視覚化したり、登場人物の行動や心情を理解したりする際には、『前頭前野』や『側頭葉』などの領域も同時に関与します」と述べます。
このように複数の脳領域が協調して活性化することで、脳全体の情報処理能力が刺激されるため、認知機能が全体的に向上すると考えられています。さらに、読書を習慣的に行うことによって、これらの異なる脳領域間を結ぶニューロンネットワークが次第に強化されていくとして、著者は「脳には、学習や経験に応じて構造や機能を変化させる能力(可塑性)があり、継続的に読書を行うことで、脳内の情報伝達がよりスムーズで効率的になります。これは、複雑な情報処理を迅速に行うための神経ネットワークが強固になることを意味し、結果として知的能力が高まる=頭がよくなるのです」と述べます。
読書を通じて新しい語彙や概念に触れる機会が増えることも重要だといいます。語彙が豊かになると、言語野の働きがさらに活発になり、複雑な思考や論理的な推論能力が養われるからです。著者は、「語彙力が豊かな人ほど、より正確で深い思考ができ、コミュニケーション能力や批判的な分析力も高い傾向があるのはこのためです。特に、難解なテキストや多様なジャンルの本に挑戦することで、多角的な視点や深い理解を促す複雑な神経ネットワークが形成されやすくなります。このように、読書は単なる情報収集や娯楽を超えて、私たちの脳全体を活性化し、知的能力を高める神経生理学的メカニズムを確かに持っているのです」と述べています。最近の研究では、読書や作文などの知的な活動が、認知症の予防や長期的な脳健康の維持に深く関わっている可能性が指摘されているといいます。

第3章「文字と言語処理の脳メカニズム」の「日本語を読む脳は、驚くべき『二刀流』の使い手」では、脳が漢字を見た際には視覚野や側頭葉を中心とした意味理解の回路を活性化させ、仮名を見たときは言語処理を担当する側頭葉の言語領域を活性化することが紹介されます。著者は、「つまり、日本語を読むときの脳は、意味を直接的に処理する回路と、音を経由して意味を理解する回路を、同時にかつ非常に柔軟に切り替えているのです」と述べます。実際、脳画像(機能的MRI)研究によっても、日本語を読む際には、漢字と仮名それぞれに対応した脳領域が連携して活性化していることが示されているといいます。日本語が読めるのに読書しないなんてもったいないではありませんか!

第4章「認知バイアスとセルフトーク―自分を操る脳のしかけ」の冒頭を、著者は「なぜ、占いや性格診断はあんなにも『よく当たる』と感じるのでしょうか? なぜ、同じ本なのに、時間を置いて読み返すと全く違う発見があるのでしょうか? これらの問いの答えはすべて、私たちの脳が持つ、ある厄介なクセに隠されています。それが、自分に都合のよい情報ばかりを無意識に集めてしまう『認知バイアス』です。私たちの脳は、決して外界の情報をありのままに受け取っているわけではありません。むしろ、常に過去の経験や知識に基づいた色眼鏡をかけて、無意識のうちに情報を選択的に取り込みながら現実を構築しているのです」と書きだしています。
近年急速に普及した生成AI(ChatGPTなど)も同じように、わたしたちの質問や好みに忖度した情報を提示する傾向があるため、気づかないうちに確証バイアスが強化され、視野がどんどん狭まってしまう可能性が高いといいます。こうした傾向は、読書においては特に速読や飛ばし読みを行う際に強くなると指摘し、著者は「情報を速く処理しようとすると、脳は自分が求めている情報にのみ注意を集中させ、それ以外の重要な情報を見逃しやすくなるためです。これによって本の内容全体に対する理解が浅く偏ったものになり、誤解や偏見をさらに強化させてしまうリスクがあるのです」と説明します。
そこで重要になるのが、あえて「ゆっくりと丁寧に読む」ことだといいます。いわゆる「精読」と呼ばれるものです。教育学者の齋藤孝氏は、これを「遅読」と呼んでいます。著者は、「精読や遅読とは、自分の考えと合わない内容にも意識的に目を向け、多面的に内容を吟味しながらじっくり読む方法です。この方法をとることで、意識的に確証バイアスを抑え、より客観的かつ深い理解が可能になります。さらに面白いことに、ある程度の期間を空けてから同じ本を再び読み返してみると、以前とは違った箇所に注意が向き、新しい発見や異なる理解が得られることがよくあります。これは、その時々の自分の興味や状況、求めている情報によって脳が自動的に情報処理の焦点を変えているからです」と説明しています。
「脳の数だけ『現実』がある?」では、わたしたちが「現実」と呼んでいるものは、客観的な世界そのものではなく、1人ひとりが持っている独自の予測モデル(すなわち記憶や知識)に大きく影響を受けた、その人だけの世界なのだといいます。著者は、この過去の記憶や経験によって作られている脳内の予測モデルを「知恵ブクロ記憶」と名づけています。著者が書いた『「頭がいい」とはどういうことか』(ちくま新書)に詳しく書かれていますが、著者は「これはまるで、『世界はこうなっているんやで~』と耳元で優しく囁き、私たちの背中をそっと押してくれる、おばあちゃんの知恵袋のような存在なのです。この知恵ブクロ記憶が、私たちが日々生きていく上での道しるべとなり、未来を予測し、よりよい判断を導くための心強い支えとなっているのです」と述べます。

第5章「脳が喜ぶ読書術」の「『行間を読む』とはどういうことか」では、「行間を読む」という言葉が取り上げられます。これは一般的に広く使われている用語ですが、欧米でも“read between the lines”(直訳すると「行と行の間を読む」)という非常に似た表現が広く知られています。この表現も、日本語の「行間を読む」と同様、明示されていない隠れた意味や意図を推測することを指しているとして、著者は「心理学や認知科学の分野では、『行間を読む』という表現自体は学術用語としては使われていませんが、関連する概念として『推論的理解(inferential comprehension)』や『含意(implicature)』といった用語が用いられます。これらは、文章や会話において明示的に表されていない情報を推測し理解する、認知的なプロセスを意味しています」と述べています。
脳科学の視点で見れば、行間を読むことは非常に高度な認知作業であるといいます。文章に書かれた内容そのものを処理する言語野に加えて、推論や意味の推測を行う前頭前野(特に背外側前頭前野)や側頭頭頂接合部(側頭葉と頭頂葉が接する脳領域)が活性化されます。これらの領域は社会的認知や、他者の心理状態を理解する能力である「心の理論(Theory of Mind)」にも深く関わっているため、行間を読むという行為は他者への共感や社会的スキルを高めることにもつながるといいます。「心の理論」とは、心理学や認知神経科学の分野で発展してきた概念であり、他者の心の状態や意図、感情、信念を推測し理解する能力を指しますが、著者は「私たちが日常のコミュニケーションで、相手が何を感じ、何を望んでいるかを察することができるのも、この能力のおかげです。読書においては、登場人物が明示的に語らない感情や意図を状況から推測する『行間を読む』行為は、まさに『心の理論』の働きを反映しています」と述べます。「行間を読む」という読書行為は、他者の内面を推測する脳の「心の理論」を活性化させるため、わたしたちの想像力や共感力を高める重要な手段となっているわけですね。
「『音読』はなぜすごい?――脳の力を最大限活かす」では、著者が最もおすすめしたい読書法は声に出して読む「音読」だと明かします。音読という行為自体の歴史は古く、言語や文字が発明された古代文明にまでさかのぼります。古代ギリシャやローマでは、文章はむしろ音読されることが普通で、文字は声に出して読むものとして位置づけられていたそうです。また東洋においても、古典を声に出して読む「素読」という学習法が、日本の江戸時代や中国の伝統的な教育法の中で盛んに行われていました。著者は、「近年、脳科学的な研究が進む中で、「音読」が脳の多くの領域を同時に刺激することが実証され、脳機能を向上させる効果が科学的に裏づけられるようになりました。現在では、脳科学、心理学、言語教育など幅広い学術分野で、研究対象として注目されています」と説明します。
「なぜ『読みっぱなし』では記憶に残らないのか」では、どれほど効果的に情報をインプットしても、それをアウトプットしない限り、脳に長期的に定着させ、実際に活用できる知識とすることは難しいと指摘します。読書という行為が単なる「情報の吸収」を超えて、わたしたちの行動や考え方を豊かに変えるようになるためには、アウトプットというプロセスが不可欠だといいます。アウトプットが記憶を定着させる脳のメカニズムとして特に注目されるのが、「想起練習(Retrieval Practice)」というプロセスだとして、著者は「読んだ内容を自分の言葉で作文や読書感想文として書き出すと、脳は記憶の中に保存されている情報を能動的に『思い出そう』と必死に努力をします。この『思い出す』という行為自体が、海馬を中心とした脳内の記憶ネットワークを活性化させ、記憶をより強固で再現しやすい状態に強化するのです」と述べます。
さらに重要なのが、脳における「再符号化(re-encoding)」と「再固定化(reconsolidation)」というプロセスだといいます。読んだ情報をアウトプットする際、脳は単にその情報を取り出すだけでありません。新しい文脈や既存の知識と関連づけながら、記憶を整理し直しています。その中で、最初に読んだときとは違う形で記憶が符号化され直し、再び脳内に固定化されます。著者は、「これが記憶のアクセス経路を複数構築し、柔軟で安定した記憶として脳に保存されるしくみです。また、アウトプットを繰り返すことで、脳は「思い出せない」という状態から『思い出せる』という状態へと情報を切り替えることができます」と述べるのでした。
「読書習慣を身につける実践法」では、読書を習慣にする上で最も重要な脳内システムドーパミンを中心とする「報酬系」だと指摘します。脳は何らかの行動の結果として快感や達成感を得ると、その行動を繰り返すようになります。「また同じ気持ちよさを味わいたい!」と脳が学習するのです。このしくみを上手に活用することで、読書を楽しい行為として脳に刷り込むことができます。さらに重要なのが脳の習慣形成メカニズムであると指摘する著者は、「これは『基底核』という部位が中心となって働いています。基底核は日常的な動作やルーティンを司る領域で、決まった時間や場所などの条件を繰り返すことで、読書を習慣化しやすくなります。たとえば『寝る前に30分本を読む』と決めておくことで、その時間になると自然に脳が読書モードへと切り替わるようになるのです」と述べます。
「『最強の読書法』をすでにあなたは経験している」では、日本語という言語自体が、ひらがな・カタカナといった表音文字と漢字という表意文字を巧みに組み合わせた、非常に複雑で難解な構造を持っていることが指摘されます。これほど難解な言語を多くの人が日常的に操ることができるのは、日本の義務教育(小学校・中学校)におけるカリキュラムの質が非常に高いからにほかならないとして、著者は「実際、日本の義務教育の国語では、文章を単に正しく読解・表現するだけでなく、文章の背景や行間を読んだり、感情や文脈を理解したりする高度なスキルが身につくように工夫されています。小学校の国語のテストですでに、『このときの登場人物はどんな気持ちでしたか』のような問題があったことを覚えている方もいるでしょう。こうした積み重ねこそが、誰もが日本語を自在に操れる素地を形成しているのです」と述べるのでした。

第6章「読書がもたらす共感力と社会性」では、物語を読むことが共感力を高めることが指摘されます。なぜか? それは物語というものが、「社会学習」のための非常に効果的なツールだからです。わたしたちが日常生活で直接体験できることには限界がありますが、読書を通じてさまざまな登場人物の視点や感情を体験することで、実体験がなくともさまざまな人間関係や社会状況を学習できます。それによって脳内で共感回路が柔軟に発達し、多様な価値観や行動を理解できる能力が育っていくことになります。さらに、共感を通じて他者を理解し助けるという行動は、脳の報酬系を刺激し、わたしたちに「心地よさ」や「満足感」を与えます。著者は、「こうした感情的な報酬が繰り返されることで、協力したり、分かり合ったりする力が自然と強化されていきます」と述べています。
「『精神的自由』を失っていないか」では、精神的自由について言及しています。これは、一言で言うと、自分自身の価値観や世界観に従って自由に物事を解釈し、表現し、生き方を選択する自由のことです。具体的には、自分の思想や信念を外部に表明するか否かを選択する自由や、沈黙する自由なども保障されています。さらに現代の心理学では、この精神的自由や自己決定が、創造性、積極性、レジリエンス(困難に直面した際に立ち直る力)など、個人が持つ潜在的な力を引き出す重要な要素であることが示されているとして、著者は「自律性は人間の基本的な心理的欲求であり、それが阻害されると、心理的なストレスや健康障害につながる可能性が高まるのです」と述べます。
わたしたちは、「売れているから」「人気だから」「評価が高いから」という理由や、書評や星の数に基づいて読む本を決めることが多くなっています。まるで、他者が評価したものを読まなければならないという強迫観念に支配されているかのようですが、著者は「実はその背後には『損失回避』という心理的メカニズムが働いています。『みんなが読んでいるのに自分だけが読んでいないと、何かを失うかもしれない』という不安が生じ、それが『本来は存在しない損失』を生み出しているのです。損失回避とは、心理学者ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーが提唱した行動経済学の中心的な概念であり、人間は利益を得ることよりも、損失を回避することを強く意識し、そのせいで非合理的な行動を取りやすくなるというものです」と述べます。
「未来への展望と創造性の涵養」では、多様な知識や異なる視点に触れることによって、脳内では既存の情報が新しい形で結びつき、新たなアイデアや概念が生まれることが指摘されます。このような「知識の組み合わせ」は、神経科学的には「連合皮質」と呼ばれる脳領域で活発に行われているとして、著者は「この領域は、特に創造的思考や革新的なアイデアを生み出す際に中心的な役割を果たしており、さまざまな分野や文化に触れる読書体験が、この連合皮質をどんどん活性化させていくのです」と説明します。さらに、読書を通じて未知の状況や他者の人生経験に触れることは、心理的レジリエンスを高めることにもつながるとして、著者は「物語の中で困難を乗り越える登場人物に共感することにより、脳は『こういうときはこうやって解決すればいいんだ』と困難を克服するためのモデルを獲得し、自分自身の現実世界の問題に対処する力を強化してくれます」と述べています。
「まとめ」では、現代では「他の人がやっているのなら自分も」という損失回避に陥りがちで、これが精神的自由を阻害しているといいます。そのような中で、読書に伴う「未完了感」や「内的省察」は、主体的な思考や自己理解を深める重要な機会です。さらに、多様な視点や知識に触れることで脳の連合皮質が活性化し、不確実で複雑な現代社会を生き抜くための創造性やレジリエンスを向上させることができると指摘し、著者は「総合的に見て、読書はただ面白くて学びを得られるだけでなく、私たちの脳と心を鍛え、より豊かな人生を送るための強力なツールだということは間違いありません」と述べるのでした。
「あとがき」では、量子力学では「観察者がいて初めて現象が成り立つ」という言葉を紹介し、本もまた読者がいて初めて本たりえるといいます。同じ本でも、読者によってそれは全く異なる読書体験を生み出すとして、著者は「皆さん1人ひとりの読書体験を通じて、その本は唯一無二の「あなただけの本」として、新たに創造されるのです。本書ではずっと、読書という行為がいかに私たちの脳を創っていくかという話をしてきましたが、実は本書を通じて私が最も伝えたいのは、「私たちの脳もまた、本を創っている」ということなのです」と述べるのでした。わたしは、これまでにありとあらゆる読書論や読書法の本を読んできましたが、理系の著者による脳科学の視点からの本書の内容は非常に刺激的で、大変勉強になりました。これだから、読書はやめられません!