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No.2483 経済・経営 『働く人が減っていく国でこれから起きること』 河田皓史著(朝日新書)
2026.07.22
『働く人が減っていく国でこれから起きること』河田皓史著(朝日新書)を読みました。FIRE×非婚化×人口減少の未来を見通す新しい経済書として話題になっている本です。著者は、みずほ総合研究所調査部・主席エコノミスト。1987年生まれ。岩手県出身。2010年東京大学経済学部卒業。2015年デューク大学大学院経済学修士課程修了(経済学修士)。2010年日本銀行入行。調査統計局や企画局などで経済金融調査や金融政策立案に従事。2023年11月当社入社。専門は日本経済、金融政策。
本書の帯
働く人が減る国では、労働力不足とインフレが同時進行し、社会機能や経済の大きな転換が起きます。特に若年層の非婚化やFIRE(早期リタイア)願望の増加がそれに拍車をかけ、供給能力の低下と需要のミスマッチから持続的な物価上昇を招く可能性が指摘されています。本書の帯には「元日銀・気鋭のエコノミストが分析!」「加速する人手不足の『正体』とは?」「FIREで労働人口が減少」「2025年の未来予測」「ひとり暮らし世帯が45%」「早期リタイアが400万人」と書かれています。
本書の帯の裏
帯の裏には、「読めば不安が、希望に変わる」として、以下のように書かれています。
・FIREしたい若者 vs 人手不足のJTC
・若年層と「働かないおじさん」の意外な整合
・「結婚するつもりがない」人が数倍増
・FIREで起きる「猛烈な人手不足」
・「生産性4倍」の必要条件
・毎月10分の「無駄」をなくそう
アマゾンより
カバー前そでには「加速する人手不足とインフレ。その時、日本経済はどうなる?」として、「『働きたくない』『結婚もこまでしたくはない』・・・・・・会社への『エンゲージメント』が世界最低レベルの日本。しかし、生涯ひとり暮らしなら『人生の必要コスト』は大きく下がる。だから『早期リタイア=FIRE』が視野に入る。そのとき彼らは、労働市場からは消えるが、消費者ではあり続ける。FIREをトリガーとした人手不足によるインフレが始まる――大胆予測で反響を呼んだリポート、その衝撃分析と処方箋!」と書かれています。
アマゾンより
本書の「目次」は、以下の構成になっています。
「はじめに」
第1部
FIREしたい若者
vs. 人手不足のJTC
1章 なぜ働くことが嫌になっているのか
2章 みんな「一人」を選んでいる
3章 2050年のインフレリスク
Column①若者が「頑張っても仕方ない」と感じる理由は様々――日本と中国の比較
Column②どのぐらいの人がFIREするのか?
第2部
「人口3000万人時代」
に向けた生き残り策
1章「FIREさせない」は可能か
2章「非婚化を止める」は可能か
3章「人口3000万人」を前提として
社会機能を成り立たせるには
「おわりに」
「謝辞」
「参考文献」
アマゾンより
「はじめに」の「人手不足が加速する未来」では、結婚が当たり前のことではなくなりつつあることが指摘されます。50歳時点で結婚したことのない人の割合を表す「生涯未婚率」は、男性では約30%、女性では約20%となっており、ほぼ全ての人が結婚する「皆婚社会」は完全に崩壊したといいます。かくいう著者も非婚単身者の1人です。放っておけば、FIREと非婚の増加は社会機能に深刻な影響をもたらすリスクがあるとして、著者は「FIREが増えれば、FIREした人自身の幸福度は高まるはずである(そう思うからこそFIREするのである)。だが、一国全体でみれば、FIREの増加は直接的に労働力減少につながる」と述べています。
2025~26年現在でさえ日本企業・日本社会は人手不足による各種の困難に直面しているわけですが、今後、ただでさえ人口減少ペースの加速により人手不足の深刻化が見込まれる中、それに加えて「働きたい」という人が減少してしまえば、深刻な労働力不足が発生し、日本経済・日本社会の機能維持はますます困難になることが予想されるといいます。著者は、「こうした場合には、例えばFIRE後の悠々自適な暮らしの一環としてのんびり温泉旅行にでも行こうかと思ったら、人手不足で旅館の営業が困難になっており、旅館の予約が全く取れないというような事態もあり得なくはない。こうなると、FIREのありがたみも薄れてしまい、FIREした人の幸福度も思ったほど上がらないかもしれない」と述べます。
また、婚外子が少ない日本においては、非婚の増加(結婚の減少)は出生の減少に直結するため、人口減少ペースの加速につながることが指摘されます。つまり、FIREと非婚の増加は、それぞれ異なる経路を通じて労働力人口の減少につながり、社会機能の低下を引き起こす可能性が極めて高いわけです。したがって、これは「社会の問題」と捉えるべきであるとして、著者は本書が設定する以下の3つの問いを紹介します。
・なぜ私たちは働くことが嫌になっているのか
・なぜ私たちは結婚することが嫌になっているのか
・これらの変化に社会はどう向き合えばいいのか
第1部「FIREしたい若者vs.人手不足のJTC」の1章「なぜ働くことが嫌になっているのか」の「日常化した拒否感」の冒頭を、著者は「従業員にとって、会社とは何だろうか。人によって考え方は様々だろうが、筆者は『サービスの対価として金銭を支払うファシリティ』と考えている。別の言い方をすれば、『仕事』とは生活に必要な金銭を得る手段としてのサービス提供であり、『会社』とは自分が提供するサービスを受け取り、対価としての金銭を支払う機械のようなものだと思っている」と書きだしています。この時点で、会社を「自己実現」や「社会貢献」の場としてとらえるドラッカーの影響を強く受けているわたしの考えとはまったく違うことがわかりました。
著者も自身の考えを絶対的だとは思っていないようで、「こうした捉え方が多数派だとは全く思わないし、社会通念上の模範解答とは程遠いことも自覚している」と述べています。世の中には、会社を「自己実現の場」「社会貢献の場」「仲間と協働する共同体」などと、もっと積極的な意味を有するものとして捉えている人も多く存在すると指摘し、そうした答え方のほうが、社会通念上の模範解答に近いことはいうまでもないとも述べます。会社なり仕事なりを本心からポジティブなものとして捉えられるのであれば、それはもちろん素晴らしいことであり、そういう人はぜひ会社で長く働くべきであるとしながらも、著者は「ただ、本書を手に取った方には、『自己実現』や『社会貢献』など熱い言葉を投げかけられると逆に冷めてしまう人も少なくないのではないか」と述べます。
「消去法で選ばれたもの」では、客観的にみて「会社がおかしい」と思われる場合に「会社を辞めたい」と思うのは当たり前のことであると述べます。また、そうしたおかしな会社は淘汰されたほうがよいので、従業員はどんどん辞めてその会社の存続を不可能にすることが社会的にも望ましいとも述べています。ただし、著者は「客観的にみて『会社がおかしい』わけではない(けれども会社に対して前向きになれない)場合――例えば、日本企業全体にある程度共通する文化(年功序列、根回し文化、同調圧力、終わりなきジョブローテーション、飲みニケーション、など)に違和感がある場合――には、転職しても状況が改善する可能性は必ずしも高くないため、FIREまたは独立・起業が有力な選択肢として浮上する。(筆者も含めて)多くの人は独立・起業して成功できるイメージが持てないので、消去法的にFIREを選んでいるというところではないだろうか」と述べるのでした。
「『お金のため』の現代人」では、近年よく聞くようになった「やりがい搾取」という言葉を取り上げ、「仕事にはやりがいがあるはずだ(やりがいさえあれば、給料や労働環境など二の次であるはずだ)」と考える経営者と、「仕事は給料のためにやるものだ(やりがいなど感じていないし、期待もしていない)」と考える労働者の意識ギャップが表れているように思うと述べています。著者は「経営者の立場からすれば、利益最大化の観点から賃金はなるべく上げたくないし、一方で労働時間の削減につながるような組織・業務合理化は面倒だし、結果的には『やりがい』を強調することを通じて現状維持で乗り切りたいというのが本音ではないかと思う」と述べるのですが、経営者であるわたしは利益最大化が最適解とは思いませんし、少しでも社員の給料を上げて、休みを増やしてあげたいと思っています。その上で、経営者は自社の仕事の意味や価値を社員に説くべきでしょう。
「管理職は負け組」では、いわゆる「働き方改革」の効果もあって、労働時間を厳格に管理されている「非管理職」(≒労働組合員)の労働時間管理(≒残業抑制)はこの10年ほどで相当進展してきたことが指摘されます。一方、本来はそれと同時に必要だったはずの業務効率化(業務プロセスにおける無駄の削減)はそれほど進まず、結果として、労働時間の制約が小さい(=経営者目線では「いくらでも残業させられる」)管理職が宙に浮いた業務を引き取ることになりました。加えて、コンプライアンスやハラスメントに関する基準が年々厳しくなる中で、関連事案への対応に割く時間も増大しました。こういった流れを踏まえて、著者は「管理職の役割は、今や『報われない多重責任』と化している。業務は減らず、裁量は限定的で、報酬も見合わない――それが現代日本の『管理職』像である」と述べます。わたしはそうは思いませんが、こういう見方があることを知ったのは参考になりました。
負担増の割に管理職の賃金は全く増えておらず、むしろ若干減少しているのが現状であるといいます。昨今の高水準の賃上げも、初任給大幅増を筆頭に「若年層に手厚く配分」がトレンドとなっており、中高年層には渋い状態が続いています。この問題は、「就職氷河期世代はかわいそう」という議論になりがちですが、著者は「おそらく実際には、就職氷河期世代だけが損をするわけではなく、今は高い初任給でホクホク顔の若者も、時が経ち中高年になると現在の中高年層(=就職氷河期世代)と同じような苦境に直面する可能性が高い。それがある程度わかっているからこそ、『管理職は負け組。中途半端に昇進すると損』といった認識が若年層に広がっているのであろう」と述べています。
「『生殺与奪の権』を握られた中高年層」では、多くの管理職ポスト(そしてそれに紐づく管理職業務)は、会社を安定的に運営するために必要なものであることが指摘されます。その仕事が必要(=労働需要がある)にもかかわらず、その仕事をやりたがる人が少ない(=労働供給が少ない)ということは、その仕事に関して労働需給がタイトになっていることにほかならないので、市場メカニズムのもとでは需給が均衡するまで賃金が上昇することが想定されるといいます。しかし実際にはそうなっておらず、むしろ管理職の多い中高年層の賃金は「渋い」状況となっています。著者は、「これはすなわち、中高年層の労働市場に市場メカニズムが働いていないということを示唆していると考えられる。この理由として最も大きいのは、中高年層の転職市場に厚みがないことである」と述べます。
「『働かないおじさん』の発生」では、いわゆる「働かないおじさん」が発生する理由が考察されています。メインの理由は、多くの日本企業の人事体系(伝統的な「年功序列」を現代風に微修正したもの)のもとでは、40代半ば頃で出世レースの結果がほぼ確定する(40代半ば頃まで確定しない)ということだといいます。社長(CEO)を新卒入社したプロパー従業員から選抜することが多い日本企業においては、企業にとって最も大事な人材は「将来の社長候補」(それに準じて役員候補)なので、社長候補・役員候補のリストに名前が載っているうちはある程度大事にされるし、従業員の側も社長・役員ポストという「ニンジン」に向けて全力疾走することを厭いません。ただ、社長レース・役員レースから脱落し、それ以上昇進の見込みがなくなった中高年人材に対して、企業の態度は一転して冷淡になりますし、目の前から「ニンジン」が消えた従業員も一気にやる気を失うことが少なくないとして、著者は「その結果、やる気はないがポストは手放さない『働かないおじさん』と化すわけである」と説明しています。
「『エンゲージメント』は世界最低レベル」では、会社や仕事に冷淡な人が増加していることや、「JTC」への不満が高まっていることを企業も認識していないわけではないことが指摘されます。「大卒新社会人の3割が3年以内に離職する」といった若年離職の問題は筆者が学生の頃(2000年代後半)にもよく指摘されていましたが、転職市場が厚みを増す中で最近は各企業で主力となる中堅クラス(30代~40代前半)の離職(転職)が増加していることもあって、人材流出に関する企業の危機感が一段と高まっていることは確かだといいます。こうした流れの中で、いわゆる「エンゲージメント」(従業員の自社に対する帰属意識・信頼感・愛着)の向上に向けた取り組みが多くの企業で進められています。差し当たり、従業員に対するアンケート調査を実施し、従業員が会社に対して何を感じているかのデータを集めている企業が多いようだといいます。
このような「エンゲージメント」向上への企業の取り組みについて、著者は「従業員が何に満足し、何に不満を持っているかを知ろうともしていなかった時代と比べれば一歩前進ではあるだろうが、そうしたデータ収集が有効な施策の立案・実施につながっているかというと、少なくとも現時点では、それほどうまくいっていないようである」と述べます。また、「不満の声すら出なくなったら危機的」では、このところ耳にするようになった言葉として、「静かな退職」や「リベンジ退職」といったものを紹介します。「静かな退職」は「会社に所属してはいるが最低限の仕事しかしない」という行動であり、「リベンジ退職」は「会社や上司への不満や怒りを晴らすために、意図的に組織に損害を与える形で退職する」こととされます。
2章「みんな『一人』を選んでいる」の「結婚の経済的意味:一緒に暮らすと得になるのか?」では、結婚が持つ経済的な要素について、山口慎太郎の著書『「家族の幸せ」の経済学』を引用して、「費用の節約」「分業の利益」「リスクの分かち合い」の3点を挙げています。この3つの中で最も重要なのは「リスクの分かち合い」だと思うとして、著者は「つまり、誰しも何らかの確率で病気・怪我・失業といった苦しい状況に直面し得るわけだが、こうしたリスクイベントに対しては、『頼れる同居家族がいる』ということの価値は非常に大きい」と述べています。わたしは「夫婦は一番小さな互助会」と唱えていますが、結婚によってひとたび夫婦になると、運命共同体になります。結婚しておいて良かったとしみじみ思うのは「病めるとき」と「貧しきとき」です。結婚というのは、そういう人生の危機を生き延びるための相互扶助システムだと思います。
「結婚や子を持つことによる幸せの『賞味期限』」では、「結婚」=「幸せ」というイメージで語られることが多いとして、著者は「結婚式を『幸せのおすそ分け』と表現するのはその典型であるし、当然ながらブライダル業界はそうしたイメージを強力に打ち出している。だが、本当にそうなのだろうか。夫の愚痴を際限なく言う妻、妻の愚痴を際限なく言う夫、いずれも全く珍しくないだろう。そもそも『結婚=幸福』という価値観が本当に万人に信じられているなら、現在のような『結婚離れ』は生じないのではないか」と述べます。この点、「結婚=幸福」とは言い切れないと指摘する研究結果も存在ます。鶴見哲也・藤井秀道・馬奈木俊介らの『幸福の測定』では、結婚はいったん幸福感を高めるものの、結婚の幸福感へのプラス効果は結婚してから2~3年経つと弱まることが多いという先行研究を紹介しています。
つまり、結婚による幸せには、残念ながら「賞味期限」があるということになる(無論、個人差が極めて大きいとは思う)わけです。実際、夫婦仲が年月経過に伴い冷え込み、最終的には離婚に至る事例も決して少なくないことは、いちいちデータを示すまでもなく明らかでしょう。同じように、『幸福の測定』では、子を持つことの「幸せ」効果にも「賞味期限」がある可能性が指摘されています。つまり、子を持つことの幸福度への寄与度は、子が幼いとき(未就学児であるとき)には明確にプラスであるものの、小学校入学後はずっとマイナスとの研究結果が示されているのです。著者は、「要は、『かわいいのは小さいときだけ』というのが残酷な現実である(もちろんこれも個人差が非常に大きいだろう)」と述べているのです。結婚による幸せだけでなく、子を持つことの幸せにも「賞味期限」があるというのは、一定の説得力がありますね。
3章「2050年のインフレリスク」の「FIREの落とし穴」では、著者自身は「FIRE願望を持つ非婚者」ですが、一個人としてみれば、希望通りFIREを実現できればそれ以上会社・仕事由来のストレスを受けずに済むし、このまま結婚しなければ家庭由来のストレスを受けずに済むといいます。したがって、計画通り「結婚せずFIREする」ことができれば、人間関係由来のストレスはほぼ消失することが期待されるとしながらも、著者は「それ以外のストレス要因がなくなるわけではない。FIREにより労働所得がなくなり所得水準が大きく低下すれば、経済面ではストレスを感じることが増える可能性が高い。もちろんそれだけならFIREでも定年退職でも本質的に変わらず、『遅いか早いか』というだけの話に過ぎないのだが、FIREに固有の経済的脆弱性として『インフレ耐性が低い』ということを指摘できる」と述べます。
「日本社会が壊れてしまうかもしれない」では、FIRE願望が高まっている理由については、以下の7点が影響を与えていると指摘します。
①日本経済の成長停滞に伴い「面白い仕事」が減っていること
②管理職の労働負担と賃金が釣り合わないケースが増えていること
③「働かないおじさん」が若年層のモチベーションを下げていること
④「JTC」という言葉で揶揄されるような非合理・非効率な企業文化が多く残存していること
⑤NISAなどをきっかけに資産運用に関する知識や意欲が高まったこと
⑥非婚化(単身世帯化)の進展により「人生所要金額」が低下した人が増えたこと
⑦株主が重視される裏側で従業員が軽視されがちになっていること
また、非婚化が進展している理由については、以下の5点が影響していると指摘しています。
①結婚による「社会的承認」を男性が求めなくなったこと
②結婚による「永久就職」を女性が求めなくなったこと
③女性の社会進出および男性の家事能力向上により結婚による「分業の利益」が低下したこと
④結婚以前の男女交際自体が減少していること
⑤子を持つことのコストが高まっていること
要するに、「このままいけばFIRE増加と非婚化が進むし、そうなると人手不足に拍車がかかって、やがては日本社会が壊れてしまうかもしれない」ということだとして、著者は「そういう破滅的な未来が見え隠れしている中、漫然と時間を空費し、『座して死を待つ』でよいのだろうか? よいわけがない。日本という国は、今でこそ『衰退途上国』だの『課題先進国』だの散々な言われようだが、かつては世界をリードした時代もあったわけだし、長い歴史と豊かな文化を有する大国であることは間違いない。この国をなるべく良い形で次の世代に引き渡せるように、やるべきことをやっていくことが、現世代の役割であり、責任である」と述べます。ここにきて、ようやく著者に共感することができました。
Column①「若者が『頑張っても仕方ない』と感じる理由は様々――日本と中国の比較」の冒頭を、著者は「若年層において労働から遠ざかる動きが出ているのは、日本に限ったことではない。例えば、中国では『タンピン(躺平)族』と呼ばれる人々が増えているとされる。『タンピン(躺平)族』の日本語訳である『寝そべり族』という言葉の語感から、全く働かない『ニート』のような人々がイメージされるが、実際にはそこまで過激(?)ではなく、『それほど一生懸命にならずに、ほどほどに働こう』という考え方を持った人々とのことである」と書きだしています。清華大や北京大といったトップスクールを卒業することが社会的成功に直結しやすいとされる中国と異なり、日本では東大を卒業したからといって就職活動やその後の人生で大きく有利になるというわけでもありません。
経済誌の企画で、「出身大学別年収」といったものが調査されることがありますが、その際、東大は上位ですが必ずしもトップではありません。結果として日本においては、「早慶などの有名私大の付属校に入ってそのままエスカレーターで大学まで上がる」のが最も投入労力に対するリターンが大きいという状況になっているように思うと、著者は述べます。それゆえ、小・中学入試はそれなりに厳しい競争となっているわけですが。つまり、中国では「競争が厳しすぎる」がゆえ「頑張っても仕方ない」というムードが広がっているのに対し、日本では「競争が緩すぎる」ゆえに「頑張っても仕方ない」というムードが広がっている感があるとして、著者は「結果において若年層が労働から遠ざかる動きが出ていることは共通しているが、背後にある状況は正反対と言っていい」と述べるのでした。
第2部「『人口3000万人時代」』に向けた生き残り策」の2章「『非婚化を止める』は可能か」の「『非婚化継続のまま出生数を増やす』は可能か」では、婚外子の問題が取り上げられます。日本で婚外子が少ない背景には様々な要因がありますが、1つには、結婚により「世帯」のリソース(お金・時間)を拡大しないと子育てが現実的に困難ということがあると指摘します。この背景には、「子育ては家庭で行うもの」との思想が根強いことが指摘できるだろうとして、著者は「本当に子育てを家庭だけで行う必要があるのかは、日本においてもっと検討されるべき論点だと筆者は考えている。つまり、子育ての負担(お金+手間)を家庭外に分担させることができれば親の負担は小さくなり、結婚を伴わない形で子を持つという選択肢がもう少し大きくなっていく可能性があるように思う」と述べています。
「恋愛結婚主義が婚姻率を下げている?」では、「出生」と「結婚」の切り離しに一考の価値があるのと同じように、「恋愛」と「結婚」を切り離す発想にも考慮すべきところがあるかもしれないといいます。内閣府男女共同参画局(2022)「人生100年時代における結婚・仕事・収入に関する調査報告書」によると、独身女性が「積極的には結婚したいと思わない理由」として、「結婚するほど好きな人に巡り合っていないから」という回答がかなり多く、5割以上を占めています。これは、「恋愛」を「結婚」の必要条件に設定していることを暗黙の裡に示しているのです。ただし、「結婚するほど好きな人にめぐり会う」こと自体が根本的に難しいし、仮に運よくそうした人にめぐり会ったとしても、その相手が自分のことを「結婚するほど好き」になってくれるかどうかは別問題であると、著者は述べます。
「企業や個人にできること」では、著者は「一人ひとりにやれることはあるだろうか」と問いかけます。1つには、「結婚には恋愛が必要」というある種の集団催眠から目覚める(目覚めさせる)必要はあると言えるといいます。「結婚するほど好き」な人が目の前に現れるという「超ラッキーイベント」を前提にしていれば多くの人が結婚し損なうのは当たり前だというのです。著者は、「結婚願望があるのなら、マッチングアプリなり何なりで『そこそこ』の人を適当に見繕ってさっさと結婚するべきだ、あまりダラダラ厳選しているとかえって損だというような雰囲気づくりができるといいのかもしれない(これはこれで賛否両論ありそうだが)」と述べるのですが、これにはわたしも賛成です。FIREという生き方には正直言って違和感をおぼえますが、否定はしません。でも、マッチングアプリを使ってもいいから結婚だけはした方が絶対いいというのがわたしの考えです。