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No.2489 ホラー・ファンタジー 『深淵のテレパス』 上條一輝著(東京創元社)
2026.08.16
『深淵のテレパス』上條一輝著(東京創元社)を紹介します。2024年8月に刊行されたホラー小説ですが、ベストセラーになりました。評判を知ったわたしはすぐ購入したのですが、カバー表紙に描かれたイラストに違和感を抱きました。とてもチープな印象だったのです。それで読むのが遅れてしまいましたが、今年の7月にようやく読了。その面白さに度肝を抜かれました。

本書の帯
本書の帯には、「『このホラーがすごい!』2025年版 国内編第1位」「第1回創元ホラー長編賞受賞作」「ベストホラー2024(国内部門)第1位」「3冠達成の今読むべきホラー」と書かれています。
本書の帯の裏
帯の裏には、「ホラーとして娯楽小説として、非常に高いレベルでまとまっていた。――澤村伊智」「息長く活躍してくれそうな期待を抱かせる、大器である。――東雅夫」といった、創元ホラー長編賞の両選考委員による大絶賛コメントが紹介され、本書の続編となる『ポルターガイストの囚人』の刊行予告が掲載されています。
カバー前そでには、以下の内容紹介があります。
「『変な怪談を聞きに行きませんか?』会社の部下に誘われた大学のオカルト研究会のイベントでとある怪談を聞いた日を境に、高山カレンの日常は怪現象に蝕まれることとなる。暗闇から響く湿り気のある異音、ドブ川のような異臭、足跡の形をした汚水──あの時聞いた“変な怪談”をなぞるかのような現象に追い詰められたカレンは、藁にもすがる思いで『あしや超常現象調査』の二人組に助けを求めるが・・・・・・選考委員絶賛、創元ホラー長編賞受賞作」
高山カレンが参加した大学サークル主催の怪談会では、「ある女子学生の怪談」として、「あなたが、呼ばれています。あなたには、その声を聞くことができません。私は、暗い水の底にいます。暗く、危険な場所で、あなたを待っています」「私は、姿かたちを変えて、あなたの前に現れる。とても、醜い姿で」「恐ろしい私の姿を見たあなたは、正気を保っていられなくなるかもしれません。私は、そうなることを狙っています。・・・・・・あなたに伝えておきます。それが、私にできる唯一のことだからです。光を、絶やさないでください」といった内容が紹介されます。
この「ある女子学生の怪談」に登場する「私は、暗い水の底にいます」という言葉は、鈴木光司氏の名作ホラー小説『仄暗い水の底から』を連想します。実際、本書は鈴木氏の世界のホラー小説史に残る金字塔的作品である『リング』や『仄暗い水の底から』のオマージュ的作品となっており、両書のタイトルも実名で登場します。本書のストーリー自体も両書を合わせて2で割ったような内容なのですが、ネタバレになるので詳しくは書きません。
本書の著者である上條一輝氏が鈴木光司氏を深くリスペクトしていたことがよくわかりますが、その鈴木氏は2026年5月8日、病気のため東京都内の病院で亡くなりました。68歳でした。鈴木作品は、呪いや超常現象に対し、ウイルスや遺伝子解析、科学的アプローチを組み合わせて迫る論理的な恐怖が特徴でした。一方、上條作品では、オカルト現象に対し、データを集めて法則性を分析・実証していく独自の「超常現象調査」スタイルを描きます。Jホラーの礎を築いた科学的アプローチの系譜が、令和の時代にも新たな形で受け継がれていると言えますが、鈴木氏の死去は「新旧交代」を強く印象づけました。
本書には「あしや超常現象調査」の2人が以下のような会話を交わす場面がありますが、これを読んで、わたしは「心霊現象を盲目的に肯定するホラーではなく、科学の視点を重視している」点を好ましく思いました。
「心霊写真って、何なんだろうな」
ふと真顔で、そんなことを言う。
「全部作り物だっていうのは一旦ナシな。仮に幽霊が存在したとしてさ、レンズで捕捉できるってことは、幽霊自体が光を反射して、その光をレンズが捉えてフィルムに焼き付けるわけだろう。そうすると、幽霊は何の物質でできていることになるんだろう」
確かにそうだ。幽霊をカメラが視認できた時点で、そこには物質的な何かがあることになる。
「反射した光を捉えてるって意味では、肉眼も同じじゃないですか?」
「人間はもう少し複雑だよ。光として捉えてないものを、脳が勝手に見てしまうこともある。幻覚ってやつだ。でも、カメラは幻覚を見ないはずだろ」
(『深淵のテレパス』P.55~56)
また、本書のクライマックスシーンで絶体絶命の危機に陥った「あしや超常現象調査」メンバーの越野の心境描写が秀逸で、「死」についての優れた思索となっています。
子供の頃、死ぬことが怖くて仕方がなかった。いつか自分の呼吸が止まり、苦しみの中で命が終わっていくのだ。そして、この手も足もただの肉塊として燃やされて無くなってしまうのだ。そう思うと恐ろしくて夜も眠れなかった。
大人になってから、そんなことは考えなくなった。死ぬことを考えて眠れなくなるなんて、幼稚で馬鹿げているとさえ思った。しかし、そんなことはなかった。自分はただ無意識下で、死を考えないよう遠ざけていただけだったのだ。
現代社会は僕たちが「死」のことを考えなくても済むように、うまく漂白されている。寿命は延び、事故や事件の報道は血を見せず、葬儀場はセレモニーホールなどと呼ばれる。僕も、死の恐怖を克服したように勘違いしていたが、ただ単に見ないようにしていただけだった。
(『深淵のテレパス』P.227)
最後には「幽霊を信じるか、信じないか。呪を信じるか、信じないか。そんな二元論には、きっと意味がない。僕たちにできるのは、『信じる、信じない』といった固定観念を元にジャッジすることではなく、目の前で起きている事象の1つ1つを丁寧に観察して、記録し、分析することなのだろう」(『深淵のテレパス』P.253)と書かれていますが、これほど怪異やオカルトに対して誠実な言葉が他にあるでしょうか。この誠実さがわたしのハートにヒットしました。わたしは、鈴木作品の大ファンでした。鈴木光司亡き今、わたしにできることは、その精神的後継者であり、新たな日本ホラー界のエースである上條一輝氏の「あしや超常現象調査」シリーズを読むことだけです。最後に、本書『深淵のテレパス』の映画化を強く願います。