No.2495 芸術・芸能・映画 『トム・クルーズの真髄』 星海社新書

2026.09.17

『トム・クルーズの真髄』メラニー著(星海社新書)を読みました。「40年間トップに立ち続ける理由」というサブタイトルがついています。著者は、アカデミー賞ウォッチャー。映画会社に29年勤務しながら、1989年から35年にわたりアカデミー賞を見続けている会社員。アカデミー賞受賞予想がライフワーク。2017年2月にTBSラジオの人気カルチャー番組「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」(現在は「アフター6ジャンクション2」)に“オスカー予想屋”として初登場。以来、アカデミー賞シーズンの風物詩ゲストとなっている。以降、映画関連の寄稿記事やトークイベントに多数掲載及び出演。

本書の帯

本書のカバー表紙にはトム・クルーズの顔写真が使われ、帯には「映画界の至宝、トム・クルーズはいかに不可能(インポッシブル)を可能(ポッシブル)にしてきたか」「トム・クルーズ、自身初のオスカー 第98回アカデミー賞名誉賞受賞」「映画評論家・町山智浩、推薦!『誰よりもアカデミー賞に詳しいメラニーさんが誰よりも詳しく、熱くトムクルを論じた!』と書かれています。

本書の帯の裏

帯の裏には、「トム・クルーズの功績を4分で話せと言われたが、それはこの街で言うところの“ミッション:インポッシブル”だ――アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ(『レヴェナント:蘇えりし者』『バベル』など)」と書かれています。

カバー前そでには「トム・クルーズを超えるものは、トム・クルーズしかいない」として、「数々の一流監督を魅了して止まない俳優としての格、命懸けのスタントに宿る身体表現の極致、天才的なセルフプロデュース力、『ミッション:インポッシブル』を世界規模のフランチャイズに育て上げたプロデューサーとしての手腕、そして誰よりも強い映画への愛ーー世界を惹きつけて止まない唯一無二の映画人、トム・クルーズ。本書は、トム・クルーズの『俳優としての卓越性』『ビジネスマンとしてのプロフェッショナリズム』『人間性」という3つを軸として、29年間映画業界に従事し、片時も目が離せない対象としてその存在を追い続けてきた著者が、40年間トップの座に君臨し続けるトム・クルーズの真髄に迫ります』とあります。

カバー後そでには、「映画は私を世界へと連れて行ってくれます。違いを認め、尊重することを教えてくれるとともに、私たちが共有する人間性、私たちがどれほど多くの点で似ているかを見せてくれる。そして映画館では、出自にかかわらず、共に笑い、共に感じ、共に希望を抱きます。それがこの芸術の力です。だからこそ、私にとって映画は大切なのです。映画製作は私の仕事ではなく、私そのものです――トム・クルーズ(第16回ガバナーズ賞授賞式 2025年開催/アカデミー賞名誉賞受賞スピーチより抜粋)」と書かれています。

本書の「目次」は、以下の構成になっています。
「はじめに」
第1章 俳優 トム・クルーズ
第2章 プロデューサー トム・クルーズ
第3章  人間 トム・クルーズ
「参考文献及びウェブサイト一覧」
「おわりに」

「はじめに」で、著者は「トム・クルーズ――唯一無二、前代未聞、世界一のスター、最後の映画スター――トム・クルーズは様々な形容詞で賞賛されるスーパースターである。私たちが彼に惹かれてやまないのはなぜか。私は、それは彼が、私達が理想とする生き方を体現し、目標を掲げ、それを有言実行し続けているからではないかと思う。40年の間、進化し続け、常に新しいハードルに挑戦し克服し続ける彼は、私たちに夢と希望を与えてくれる。次に期待する私たちを、トム・クルーズは絶対に裏切らない。そんな超人的な魅力を持つ彼はいかにして出来たのか。果たしてトム・クルーズの何が、どう凄いのか」と述べています。

「リドリー&トニー・スコットの邂逅」では、『トップガン』(1986年)も『デイズ・オブ・サンダー』(1990年)も、いかにトム・クルーズをかっこよく見せるか、という演出に命を懸けているとして、著者は「レースラック彼方から、ババイクで颯爽と登場する主人公など、他の俳優では恥ずかしくて出来ないような演出を用意し、危険なアクションの末に必ず生還するヒーローという、世界中が憧れるトム・クルーズを創り出したのは、トニー・スコットなのだ」と述べています。

「巨匠スタンリー・キューブリックとの挑戦」では、キューブリック監督の『アイズ ワイド シャット』(1999年)に当時夫婦であったトム・クルーズとニコール・キッドマンが共演したときのエピソードが語られます。キューブリックは撮影時、納得が行くまでとことん何度も繰り返し撮る監督らしく、クルーズは場面によっては70回もテイクを要求されたことがあるといいます。クルーズはそれに対し、文句も言わずに従ったそうです。

自身映画監督でこの作品の共演者であるシドニー・ポラックは、何度も同じ演技を要求されるクルーズに同情したとか。もっとも、同じ作品でキッドマンは「300テイクくらいした」と語り、ジャック・ニコルソン、マシュー・モディーンなど過去のキューブリック作品主演俳優もみな、キューブリック監督の多数テイクを受け入れた逸話が伝えられています。著者は、「技術のみならず忍耐力や強い精神力など、一流の俳優でなくては成立しないのがキューブリックの現場という事だろう」と述べます。

「スピルバーグとの運命の出会い――スター同士の化学反応」では、スティーヴン・スピルバーグとトム・クルーズは、80年代前半から既に友好関係を築いていたらしく、長年にわたり一緒に出来るプロジェクトを探していたということが紹介されます。2人はそのプロジェクトとして、近未来に起こる犯罪を未然に防ぐ機関の優秀なオフィサーが、次の犯人として予言された自分を守るために逃げ惑う複雑な話である『マイノリティ・リポート』を選びました。

映画『マイノリティ・リポート』(2002年)の製作発表記者会見で、スピルバーグはクルーズについて「最も過小評価されている自然体の俳優」と評しました。スピルバーグは80年代から、クルーズの俳優としての才能に注目し続けていたのです。著者は、「世界一の監督が世界一の俳優と組んだ作品は、それまでに見た事もない、画期的な映像満載の、スリラーともSFともドラマとも呼べる盛沢山な傑作となった」と述べています。

「名優の引き立て役――共演俳優をオスカーに導く」では、クルーズとダスティン・ホフマンが共演した『レインマン』(1988年)で、ホフマンがアカデミー賞主演男優賞を受賞したことが紹介されます。著者は、「私の本音を言うなら、『レインマン』でトム・クルーズがノミネートされなかったのは、罪だとさえ思う。確かにホフマンの演技は見事だが、この作品で一番スクリーンタイムが長く、物語を進めて行く主人公はクルーズである。私達はクルーズに共感し、涙する。実際、冒頭は過剰なくらい嫌な奴が、次第に兄を思いやる優しい弟に変わっていく彼の演技は見事である」と述べています。

この年、主要部門をいくつも押さえて最多受賞、作品賞受賞となった作品で一番大きな役を演じた主演俳優がノミネートされなかったことについて、バリー・レヴィンソンは「美しすぎる俳優は、実力を認められにくい」と述べました。著者も、「アカデミー賞の汚点ともいえる出来事である」と言っていますクルーズは、「憧れの存在」と聞かれてほぼ毎回必ず真っ先にポール・ニューマンとダスティン・ホフマンの名前を挙げてきました。ポール・ニューマンとは『ハスラー2』(1986年)で共演しましたが、ニューマンはアカデミー賞主演男優賞を受賞しています。この年は、クルーズの主演作『トップガン』が大ヒットした年でしたが、クルーズは無冠でした。

「大ヒット作と並行して訪れるアカデミー賞へのジレンマ」では、クルーズがアカデミー賞と無縁であることについて、著者は「これはドル箱スターに対するアカデミー協会員たちのやっかみが原因ではないか、とささやかれるようになった。そもそも見た目がチャーミングでカリスマがあり、どんな作品でもヒットさせて大金を稼ぐ大スター達に、称号まで与えてなるものか、とくだらないエゴが投票を邪魔したのかもしれない。パチーノもニューマンも、全盛期をとうに過ぎた50代、60代になってからの、ようやくの受賞だった。同様に90年代以降でも、レオナルド・ディカプリオ、ブラッド・ピット、ジョニー・デップは、初ノミネーションから受賞までに長時間を要することになる」と述べます。

「不動のスーパースター、オスカー冷遇でも輝く」では、人気者がオスカーを獲れないというジンクスを抱えた俳優はクルーズだけではありませんが、これらの俳優と比べても明らかにクルーズが異なる点は、クルーズは1981年のデビューから、一度も低迷していないことです。著者は、「常に第一線を走り続け、興行収入で実力を証明してきたクルーズだが、俳優としてのオスカーノミネーションは、『マグノリア』以降ない。2000年代、彼は『マイノリティ・リポート』『ラスト サムライ』『コラテラル』といった作品で、共演者やスタッフをオスカーノミネートに導きながらも、彼自身はノミネートされずに20年以上が経った。しかしそんな仕打ちを受けているにもかかわらず、当時のクルーズは誠実にオスカーと向き合っていた」と述べています。

「『トップガン マーヴェリック』というゲームチェンジャー」では、2025年11月16日、63歳にしてクルーズは初めてオスカー像を手に入れたことが紹介されます。名誉賞を受け取った彼は「映画製作は私の仕事ではなく、私の存在そのものです」と、映画に対するあまりある情熱と愛を12分かけて語りました。著者は、「自分の周りの特定の誰かではなく、自分と関わった人全てのおかげで今があると、彼と働いたことのある人全てにその場で立ち上がるように要請し、それらの人々を讃えた。偉大なスターの遅すぎる受賞に、SNSでは『授賞式で授与すべき』との声が上がった」と述べます。イーサン・ホークは、「彼はここからの20年であと4つくらい受賞するさ」と語ったといいます。

「ジョセフ・コジンスキーが掛けた魔法――『トップガン マーヴェリック』」では、著者は「『トップガン マーヴェリック』は、奇跡の映画である。アクション・エンターテインメント映画に軸足を移したクルーズは、この作品でもう一段階上のレベルに行くことになった。言うまでもなく『トップガン』はクルーズをスーパースターにした映画そのものであり、彼のフィルモグラフィーの中で最も重要な作品である。驚くべきことに『トップガン マーヴェリック』のトム・クルーズは、『トップガン』の時よりもかっこいい。60歳を目前にして、少し枯れた演技をするクルーズは今までとは一味違う魅力にあふれている。正直、誰も期待していなかったこの続編で、トム・クルーズがキャリア何度目かのピークを迎えると思っていた人間はいないだろう。『トップガン マーヴェリック』は存在そのものが奇跡なのである」と述べています。

「パンデミックを打破したクルーズの信念」では、通常、映画には賞味期限があると指摘されます。撮影の時に仕込んだ話題性は古くなり、遅れて公開された映画はたいてい成功しません。『トップガン マーヴェリック』もその運命をたどるかの様に見えました。しかし、長いこと劇場で映画を観ることが出来なかった世界中の観客は、大型エンターテインメントに飢えていたのです。そして2022年、カンヌ映画祭での初お披露目に続き、クルーズやキャストが精力的に「絶対に劇場で!」とプロモーションすると、満を持して観客は劇場に戻ってきました。そこで彼等が目にしたのが、傑作『トップガン マーヴェリック』でした。著者は、「この作品は、その年の世界興収1位の作品となり、アカデミー賞作品賞にノミネートされるほどの評価を受けた。スピルバーグは『映画を救ってくれてありがとう』とクルーズを讃えた。『トップガン マーヴェリック』は世界中で、まさに社会現象となった」と述べます。

第2章「プロデューサー トム・クルーズ」の「芸術とビジネスを融合した才覚」では、著者は「俳優とはそもそもクリエイティブな人種であって、ビジネスパーソンではないわけで、作品制作において才能を発揮することはあっても、配給まで研究、ましてや全米公開のみならず世界中の配給についてコントロールする俳優はトム・クルーズ以外にいないだろう」と述べています。俳優のみならず監督やプロデューサーにおいても、自分は芸術家であって、作ることが仕事ですから、宣伝活動は一切したくない、という人も少なくありません。クルーズ出演作が遺作となったスタンリー・キューブリックは良い例だとして、著者は「彼は、記者会見も取材も嫌った。作品の作り方においても、100回近いテイクや1年以上の撮影期間に疑問を持たないほど、自己実現のみで創作する映画作家だった」と説明します。

「スタントを“自分でこなす”究極の理由」では、クルーズのスタントの中で、現時点でおそらく一番アイコニックで魅惑的なスタントは、『M:I-7』で見せた崖からバイクで飛ぶスタントだろうと述べています。言うまでもなく命がけですが、それまでのスタントレベルをはるかに超えたこのスタントは、第1日目の撮影シーンに設定されました。初日に6回、翌日に2回飛んだそうですが、成功するかもわからない、死ぬかも知れないスタントを最初に持ってきたのは、万が一失敗した場合に、残りの撮影を中止し、周りのスタッフの時間と製作費を無駄にすることがないための配慮でした。著者は、「まさにプロデューサーとしてのクルーズが、現場全体への影響を考えて下した決断だ。この撮影は、クルーズ本人しか出演しないシーンだが、共演者たちは現場でこの映画史に残る名スタントの撮影を見守った」と述べます。

「“バッド・ボーイ”ブラッド・ピットの存在」では、クルーズの1歳下で共にハリウッドを代表するスターであるブラッド・ピットが、2001年にPlanBという製作会社を設立し、プロデューサー業に乗りしたことが紹介されます。PlanBは大小さまざまな作品を手掛け、アカデミー賞作品賞を3回受賞する製作会社にまで成長しました。アンジェリーナ・ジョリーとの結婚で影響を受けたのか、2000年代以降のブラッド・ピットは社会福祉や慈善活動など多くの社会的活動に貢献しており、製作する作品も社会派のものが数多くあります。著者は、「トム・クルーズの映画製作の目的が、映画製作そのものやエンターテインメントにあるのに対し、ピットの製作は、より政治的、社会的な貢献を目指しているものが多い。ジョリーとの結婚生活が続いていた間、2人はブランジェリーナと呼ばれ、アフリカやアジアの途上国、ハリケーン・カトリーナ被災後のニューオーリンズをはじめとする、困難な場所に頻繁に現れ、慈善活動をする姿が見られた」と述べます。

かつてマイケル・ジャクソンが「世界中の困った人たちと触れ合いに行こうとは思わないのか」と問われ、「自分は音楽で彼等と触れ合っている」と答えたことがありましたが、クルーズの姿勢はこれに近いといいます。結果として、ピットは既にプロデューサーとしても、俳優としてもオスカー受賞を経験している一方、クルーズは2025年の名誉賞が初受賞となるので、ピットの方が凄いスターだと思う人もいるかもしれません。しかし、著者は「ファンが望むハリウッドの超大作のみを作り、その主演を張り続けることが、果たしてピットに出来るだろうか。現在、ハリウッドスターと呼べるアメリカの俳優はクルーズ、ピット、ディカプリオの3人だが、ハリウッドのブロックバスター製作を続ける道のみで存在意義を保つことは一番難しく、これを実現できるのは、トム・クルーズしかいない」と述べるのでした。

「すべての作品を劇場で!」では、クルーズは制作現場においても、常に誰よりも早く現場に入り、誰よりも遅く帰ることが紹介されます。それは、俳優よりも必ず先に来なくてはならないスタッフへの気遣いからくるものだといいます。クルーズは別にスターらしく振る舞わないというわけではありません。彼はトレーラーに自分用のシェフを帯同していたといいますし、移動は常に自家用ジェットやヘリコプターを使います。撮影場所の近くに借りる家は何億円もする豪邸ですし、撮影に必要な機材や設備など、お金には糸目もつけずに使います。しかし、著者は「だからと言って、一緒に働く仲間に失礼な態度を取ったり、自分だけ楽をするようなことはしない。誰よりも一生懸命働き、周りの声に耳を傾け、努力を続けることを身をもって見せるからこそ、周りはそれに従うのだ」と述べます。

第3章「人間 トム・クルーズ」の「『ディスレクシア』との闘い」では、トム・クルーズの幼少期から俳優初期の話をする時に必ず出てくる耳慣れない言葉が1つあることが紹介されます。それは、「ディスレクシア」という障害で、これは読み書きに困難を感じる障害です。著者は、「誤解されやすいのだが、ディスレクシアを持っている人は知的障害があるわけではなく、むしろ知的レベルの高い人に多い神経発達障害のひとつで、トム・クルーズは若い頃からこの診断を受けていた」と説明します。ディスレクシアの克服について話す時、クルーズはいつも「サイエントロジーによって克服できた」と言います。ということは、デビュー当時のクルーズはまだ、ディスレクシアと闘いながら俳優業をやっていたことになります。常に脚本を読み、覚える必要がある俳優という職業にとって、ディスレクシアを持ちながら続けることは容易ではなかったはずです。著者は、「その状況の中、実質3番手で台詞の多い役柄を『タップス』で得たり、『卒業白書』の主役を射止めたりした事実からも、クルーズがいかに真面目で努力家かが窺える」と述べます。

「『弱さは言い訳にならない』というマインド」では、クルーズにとっては珍しく、パブリックな諍いがかつての共演者でブルック・シールズとの間に起こったことが紹介されます。それは、サイエントロジーの教えに従い、精神科医の存在や薬の利用を否定するクルーズが、産後性鬱の症状から抗うつ剤を使用していたブルック・シールズを公共の番組で批判したことが発端でした。個人的な見解で、自身の行動を一方的に非難されたシールズは激怒し、「学のない男の勝手な言い分」とクルーズ発言一蹴のエッセイを発表するに至ります。この論争は一時期、テレビや紙面を賑わすことになります。著者は、「この件についてはクルーズが、さすがに出過ぎた発言をしたと思ったらしく、1年後に本人がシールズの家を訪れて謝罪した事で終わりを迎える。そして、次第にクルーズは自分の宗教について発言を控えるようになり、最近ではそれについて聞かれると『ホームページに全部載っているから興味があったら見てほしい』と言うようになった」と述べています。

「クルーズの恋愛事情」では、クルーズが24歳でミミ・ロジャースと結婚し、数年後に離婚した後、彼はニコール・キッドマン、ケイティ・ホームズという2人の女性と結婚し、離婚していることが紹介されます。その他にも、キッドマンとの離婚の直後にはペネロペ・クルスと数年間交際していましたし、2025年はじめから10月までは26歳年下のアナ・デ・アルマスと交際していました。著者は、「彼が交際する相手は常に、一般的に言う美人であり、トムは『いい女』に目がない一般的な男性だと思う」と述べます。彼は10代の頃に一度、修道院に興味を持ち入所したことがあるのですが、1年でやめてしまった理由を『聖職者になるには女性が好きすぎた』と語っています。ロジャースとの離婚は、『デイズ・オブ・サンダー』でキッドマンと知り合った直後にクルーズ側が申し出ました。キッドマンとの離婚は『バニラ・スカイ』でクルスと共演した直後に、やはりクルーズの方から切り出しています。著者は、「世の女性がトム・クルーズを放っておかないのは当たり前といえど、クルーズの妻たちはフラれた上に直後相手がゴージャスな別の女性と関係を始めているのを目の当たりにするという、想像しただけで胸が痛む思いを強いられている」と述べます。

「世界を駆け巡る“クルーズ・ケーキ”」では、トム・クルーズについて、ショーン・ペンのような難しい俳優ですら、「彼とは良好な関係を続けているし、スタントにおいては世界一だと思う」と賞賛の言葉を向けていることが紹介されます。誰よりも彼に傷つけられた経験を持つ前妻ニコール・キッドマンも、トム・クルーズの事を悪く言いません。離婚後に自身のキャリアが花開き、一流スターになった彼女は、クルーズとの結婚や離婚について触れることはほとんどありませんが、約11年間の結婚生活を否定することもしません。著者は、「2人はお互いから距離を置きつつ、お互いに対する敬意を忘れない関係を保ってきているからこそ、それを見ている私達は2人に対し、良い印象のみが残る。クルーズもキッドマンに関しては『幸せでいてほしい』とたびたび発言しており、お互いに大人として思いやりを持って対応しているのが伝わってくる」と述べるのでした。わたしはもともとトム・クルーズの大ファンですが、クルーズ愛に溢れた本書を読んで、ますます彼が好きになりました。