No.2461 コミック | 幸福・ハートフル 『本なら売るほど』 小島青著(KADOKAWA)

2026.04.21

20日、青森県で最大震度5強を観測した地震が発生したときは心配しました。気象庁がすべての津波注意報を解除したという報に接し、少し安心しました。ただし、くれぐれも余震には気をつけなければいけません。この日、わが最新刊『本の読み方』(産経新聞出版)が発売。わたしは本が大好きで、「本ほど、すごいものはない」と考えています。自分でも本を書くたびに思い知るのは、本というメディアが人間の「こころ」に与える影響力の大きさです。

『本なら売るほど』1・2・3巻(KADOKAWA)

そんなわたしが、最近ハマったのが『本なら売るほど』1~3巻、小島青著(KADOKAWA)です。古書店をめぐるハートフル・コミックなのですが、ものすごい人気で、マンガ大賞026の大賞をはじめ、数々の栄冠を手にしています。本をめぐるコミックといえば、これまでにも一条真也の読書館『鞄 図書館』、およびブログ「図書館コミック」で紹介した一連の図書館を舞台にした作品群がありましたし、ブログ「読書コミック」で紹介した作品群がありました。古書店が舞台ならば、ブログ「『金魚屋古書店』シリーズ」で紹介した名作がありました。それらはもう10年以上前に読んだものばかりですが、知らない間にこのジャンルが成熟していたようです。一条真也の読書館『ビブリア古書堂の事件手帖』で紹介した三上延氏の大ベストセラー小説の影響も大きいでしょうね。

『本なら売るほど』第1巻のカバー裏表紙には、「読書好きが高じて古本屋を始めたものの、売れない本を処分しなければならない現実に苦悩する『十月堂』の店主。彼のもとに、一件の買取依頼が届く――。本を愛する人、そして、本に人生を変えられたすべての人に捧げる物語」とあります。

『本なら売るほど』第1巻の帯

第1巻の帯には「マンガ大賞2026 大賞」「宝島社『このマンガがすごい!』2026 オトコ編 第1位」「『ダ・ヴィンチ』BOOK OF THE YEAR 2025 コミック部門 第1位」「ここは、街の小さな古本屋『十月堂』。ホントホントがもう一度出会うための場所」とあります。

第2巻のカバー裏表紙には、「古本屋めぐりが趣味のサラリーマン、小説に食傷気味の漫画家、質草を処分しにきた質屋――。古本屋『十月堂』には、今日も様々な人が訪れる。“特別な一冊”との出会いを求めて。本と人生をめぐり短編連作シリーズ第2巻」と書かれています。

『本なら売るほど』第2巻の帯

第2巻の帯には、「古本屋『十月堂』は今日も営業中。かつて誰かが手放した一冊を、次の読者に届けるために」とあります。また、帯の裏には「『読み終わるまで絶対に死ねないくらい、長くて面白い本を下さい』。十月堂を訪れた新顔の客は、鬼気迫る勢いで店主に詰め寄った。彼女の真意は? そして、店主が選んだ作品は――?」と書かれています。

第3巻のカバー裏表紙には、「大家さんと仲良くしたり、おませな子供客に苦慮したり、因縁のお客と再会したり。ひとりでお店を開いていると、苦労も喜びもめくるめく訪れるものです。あなたの心にそっと寄り添う古本屋『十月堂』営業録、第3巻」と書かれています。

『本なら売るほど』第3巻の帯

第3巻の帯には、「感謝のプレゼント企画開催」と書かれています。アマゾンには、「人生の傍らには、いつでも本があった。年若いひっつめ髪の店主が営む、街の小さな古本屋『十月堂』。棚作りに工夫を凝らしたり、厄介な来訪者に悪戦苦闘したりしながら、今日ものんびり営業中です。人の手を渡り、時を超え、今なお次なる読み手を待っている本のために」の内容紹介があります。

『本なら売るほど』は、まず、脱サラして古書店を営む店主と来店する本好きなお客さんたちにまつわるエピソードが描かれた作品です。別々のエピソードの登場人物同士が知り合ったり、古書を通じて人間関係が広がっていくさまは、まさに「読縁」というものを感じさせてくれます。また、各エピソードで取り上げられている本の趣味が良いです。なんと、諸橋徹次の『大漢和辞典』(大修館書店)全巻が登場したのには驚きつつも歓喜しました。全体的に小説が多いですが、わたしの趣味にかなり近いので嬉しくなりました。まず、第1話の「本を葬送る」には、エイモス・チュツオーラの『やし酒飲み』が登場します。1952年に刊行されたアフリカ文学の最高峰です。やし酒を飲むことしか能のない男が、死んだ自分専属のやし酒造りの名人を呼び戻すため「死者の町」へと旅に出る。その途上で出会う、頭ガイ骨だけの紳士、指から生まれた赤ん坊、不帰(かえらず)の天の町・・・・・・神話的想像力が豊かに息づいた物語です。

この『本なら売るほど』は、第1巻の冒頭の3話が特に素晴らしいです。同書が大ベストセラーになった秘密もここにあるような気がしてなりません。第1話の「本を葬送る」では、古書店主は売れ残った本をリサイクルステーションに廃棄しに行くエピソードが切なく描かれています。第2話の「コーヒーにこんぺいとう」では、亡夫の愛読書だった『寺田寅彦全集』を十月堂に売った老婦人の物語です。本の中に大金が入っていたため、店主が返しに行くのですが、そこでイチゴ柄のカップに入ったコーヒーと金平糖を御馳走になります。テーブルの上には野の花が飾られていました。老婦人は「主人は、いつも『お前もそこに座っておいで』と言って、本を読んでいました。わたしは編み物なんかしながら・・・・・・」と言うのですが、古書店主はそれが「好きなもの イチゴ 珈琲 花 美人 懐手して宇宙見物」という寺田寅彦の詩に登場するイメージそのものであることに気づきます。それを告げられた老婦人は「いやだわ、もう」と頬を赤らめるのですが、なんという洒落たラブストーリー!

第3話の「アヴェ・マリア」には本好きの女子高生が登場します。彼女は澁澤龍彦の大ファンで、学校で『高丘親王航海記』などを読むような少女なのですが、同年代の男子たちにはない知性を感じさせる十月堂の店主に淡い恋心を抱きます。「高校生で澁澤龍彦はシブいね!」と言う店主に頬を赤らめた彼女は「他には三島由紀夫とか好きで・・・・・・」と告白するのでした。何を隠そう、わたしが高校時代に最も愛読した作家が三島由紀夫と澁澤龍彦の2人でした。わたしの思考法の1つに「この問題は、三島や澁澤ならどう考えるだろうか?」というものがあります。

わが書斎の『三島由紀夫全集』と『澁澤龍彦全集』

ブログ「書斎のアップデート」で紹介したように、わが書斎の目につく場所には『三島由紀夫全集』(新潮社)と『澁澤龍彦全集』(河出書房新社)の全巻が鎮座していますが、わたしは、三度の飯よりも三島と澁澤が大好きで、彼らの本ならいくら読んでも飽きません。こんなわたしの高校時代に、『高丘親王航海記』を愛読する女子生徒がクラスメートだったら、確実に話しかけていたでしょうし、かなり親しくなっていたのではないかと想像してしまいます。いや、「もしかしたら恋人同士になっていたかも」などと、その妄想は止まらなくなります。実際のわが高校生活は、3年間ずっと男子のみのクラスで、女子との接触は皆無でしたが。

それにしても、名作や話題作揃いの日本のマンガ界にあって、なぜ古書店の地味な物語が大ヒットし、まして「マンガ大賞」まで受賞したのか? マーケティング研究家で神田外語キャリアカレッジ講師の杉本有造氏は、Kindle版の著書『なぜ、『本なら売るほど』は読書好きの心をつかむのか』において、「現在の出版業界は、紙媒体の市場縮小や書店の相次ぐ閉店といった構造変化の渦中にある。加えて、社会のデジタル化やSNSの浸透に伴う生活様式の変容により、人々が日常的に読書に割く時間も減少傾向にある。もっとも、その一方で、独自性を打ち出した古書店やシェア型書店の広がりに見られるように、読書文化は新たな形態を模索し続けている。このような状況下において、『本なら売るほど』(KADOKAWA)は、単なる物語としての魅力にとどまらず、読書そのものの愉しみや、実際に書店へ足を運ぶ体験の価値を改めて喚起する作品として、多くの読者の共感を呼んでいる」と分析しています。

わが書斎のようす

なるほど、『本なら売るほど』という作品には、読者が自身の読書習慣や書店との関係性について新たな視点を獲得するという楽しみがあるのかもしれません。また本作には。デジタルではなくアナログでリアルな紙の本の魅力がふんだんに描かれています。さらには、紙の本を集めて書棚に収め、書棚を増やして書斎を作るという愉しみも描かれています。デジタル全盛時代にあって「書斎」などというものは時代遅れのきわみかもしれませんが、それは「精神の巣」であり、「魂のシェルター」でもあります。「荒俣宏の話を機にまとめた「あの人の蔵書はこうなった、こうする意思がある」一覧。(仮完成)」というgryphon氏のブログ記事に詳しいですが、近年、立花隆、紀田順一郎、荒俣宏といった「知の巨人」であり「稀代の読書家」であった方々の蔵書が処分されるという厳しい現実があります。そんな中、わたしは『三島由紀夫全集』や『澁澤龍彦全集』その他の愛読書に囲まれた書斎で、今日も思索に耽るのでした。