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No.2503 国家・政治 『新書 世界現代史』 川北省吾著(講談社現代新書)
2026.10.05
『新書 世界現代史』川北省吾著(講談社現代新書)を読みました。「なぜ『力こそ正義』はよみがえったのか」というサブタイトルがついています。ロシアによるウクライナ侵攻、世界的な移民排斥運動、権威主義的国家の台頭、トランプ2.0、そして民主主義制度基盤の崩壊……なぜ世界はここまで急に揺らぎはじめたのか? 共同通信社を代表する国際ジャーナリストが、混迷する国際政治の謎を解き明かすために、国際政治学者や評論家、政治家や現場を知る実務家へのインタビューを敢行した一冊です。著者は1963年、神戸市生まれ。慶応義塾大学卒。共同通信入社。ブリュッセル、ジュネーブ、イラク、ニューヨーク、ワシントンで特派員を務めました。外信部副部長、ニュースセンター副センター長、整理部長などを歴任。現在は編集委員兼論説委員。共同通信加盟25紙が掲載した大型国際インタビュー連載「レコンキスタの時代」を基に上梓した本書がベストセラーに。
本書の帯
本書の帯には左から習近平・トランプ・プーチンの顔写真が並び、「成毛眞(元日本マイクロソフト代表取締役社長)さん絶賛!」として、「この本は読まなきゃダメだ!」「この5年間で読んだ国際政治分野の本の中で、もっともおすすめできる本だ。最後までページをめくる手が止まらない。すばらしいストーリー性と文章力。読者は日本人としてこれからの世界をどう捉え、どう行動するべきかを深く考えさせられる」と書かれています。
本書の帯の裏
帯の裏には「世界はなぜ突然壊れ始めたのか?」と大書され、「社會部部長」(『あの国の本当の思惑を見抜く 地政学』著者)推薦として、「今の世界は、音楽が止まった椅子取りゲームのよう。アメリカが立ち上がり、空いた椅子をロシアや中国が奪い合う。本書は、その混乱の構造を彼ら『悪者』の視点に立って見つめ、『悪者の正義』を冷静に解き明かす一冊」と書かれています。

本書の「目次」は、以下の構成になっています。
「はじめに」
プロローグ 「警察官」の退却
第1章 覇者の驕り――「無敵」から「Gゼロ」へ
第2章 「格差」の超大国―アメリカを蝕む病
第3章 リバンチズム――「大ロシア」再興の野望
第4章 百年国恥―― 中華民族の偉大な復興
第5章 「南」の逆襲――BRICSの論理と心理
第6章 白人の焦燥――「人種置換」の世界観
第7章 SNSと情報工作――民主主義の新たな脅威
第8章 「警察官」の犯罪――時代遅れの戦後秩序
第9章 逆流する歴史――よみがえる伝統主義
エピローグ 「19世紀」へ向かう歴史

「はじめに」で、著者はさまざまな事象を観察し、取材を重ねるうちに、おぼろげに見えてきたものがあるといいます。それは、「ツァイトガイスト(時代精神)」とも呼ぶべき時代の空気です。多くのメトロノームを一斉に起動させると、最初はバラバラに振動します。しかし、時間がたつうちに同調し、次第にリズムがそろっていきます。「同期(シンクロ)現象」と呼ばれ、蛍の明滅などにも見られるとか。古代の賢人は「万物は共鳴する」と喝破しました。著者は、「現代社会に生きる私たちにも同じことが言える」と述べます。
異なる国に暮していても、相互に作用し合い、メトロノームのように同調し、1つの時代潮流(トレンドライン)を形成する――。そんな視座から、現代と世界を理解しようと試みたという著者は、「プーチンと習近平、トランプをバラバラに見るのではなく、共通のトレンドラインにおけるロシア的、中国的、そしてアメリカ的な表現と捉えるよう心掛けた。3者を突き動かしているのは『失地回復(レコンキスタ)』への強烈な意志だ。だからプーチンはウクライナを再征服しようとし、習は『中華民族の偉大な復興』を唱え、トランプは『MAGA(米国を再び偉大に)』を連呼する」と述べるのでした。
第1章「覇者の驕り――『無敵』から『Gゼロ』へ」の「フクヤマの過誤」では、「祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ」という『平家物語』の一節が引用され、著者は「冷戦後の世界の変転を振り返るとき、いつもこの一節を思い出す。『冷戦の覇者』の栄華と没落や新興国の台頭とオーバーラップするからだ。まさに『諸行無常の響き』そのものである」と述べています。
米シカゴ大の国際政治学者ジョン・ミアシャイマーは、冷戦終結直後のアメリカについて「大いなる陶酔の時代」と語っています。一極支配の玉座から他の国々を睥睨し「世界はわが手中にある」と優越に浸っていました。そんな気分を反映していたのが『歴史の終わり』です。日系3世の米政治学者フランシス・フクヤマが1992年に出版した世界的ベストセラーで、原題は『歴史の終わりと最後の人間』です。
「勢いづくネオコン」では、ネオコンを勢いづかせたのが2001年9月11日に発生したアメリカ中枢同時テロだと指摘。ニューヨークやワシントン近郊で米国の心臓部が攻撃され、日本人も含めて計約3000人が死亡した大惨事です。第43代大統領のジョージ・W・ブッシュ(共和党)は直ちに「テロとの戦い」を宣言しました。国際テロ組織アルカイダの犯行と断定し、指導者のウサマ・ビンラディンを匿っているとして、アフガニスタンを攻撃します。これを機に対テロ戦争が幕を開けました。ブッシュはアメリカ国内で大規模テロの再発阻止に努めると同時に、世界中でテロ組織の掃討作戦を展開。そこで重用されたのがネオコンでした。
第3章「リバンチズム――『大ロシア』再興の野望」の「レッドライン」では、興味深いこととして、プーチンがイラクの大量破壊兵器について「サダムは既に、備蓄している大量破壊兵器の一部を破壊し、残りを(保管場所から)移動させた可能性が高い」とベルルスコーニに話していることが挙げられます。イラクの大量破壊兵器疑惑については、今なお真相がはっきりしない部分が多いですが、著者は「ロシアの情報機関がCIAと比べ、より深くフセイン政権に食い込み、正確な内部情報を取っていた可能性をうかがわせる。それでもブッシュはCIA情報に疑いを抱かず、国連を迂回して侵攻へ突き進む。フセイン独裁体制は打倒したが、シンシナティで大見得を切った化学・生物兵器は見つからず、何十万もの市民を死に追いやる悲劇を招いた」と述べます。
「ソ連的世界観」では、プーチンはウクライナだけでなく、アメリカの安全保障に頼る日本やドイツの主権にも疑問を呈したことがあると紹介。ドイツは今なお「占領」下にあると公言し、日本にも「(ワシントンの意向を離れ)主体的に行動できるのか」と問いかけました。「ウクライナの非ナチ化」というプーチンの要求も、こうした文脈に照らすと分かりやすいとして、著者は「『国ですらない』のに国家主権を掲げるのは、ナチス・ドイツの独裁者アドルフ・ヒトラーのような『極右ナショナリスト』というわけだ。だからこそ、プーチンはウクライナの大統領ウォロディミル・ゼレンスキーを『ネオナチ』と呼ぶ。彼の目には、ウクライナ人の愛国心を鼓舞する指導者の姿が、ソ連に牙をむいた『ナチス』のヒトラーと重なるのだろう」と述べます。
「大ロシア再興の野望」では、プーチンはロシア帝国の初代皇帝ピョートル1世に自らを重ね合わせることを指摘。西洋に憧れ、そして憎んだ大帝と同じように、覇者アメリカに手を差し伸べ、袖にされ、次第に遺恨を募らせてゆくというのです。14年3月にウクライナ南部のクリミア半島を併合した1週間後、アメリカ大統領のバラク・オバマは「ロシアは近隣諸国を脅かしている地域大国」と一蹴しました。「世界の大国」を自負していたプーチンは「無礼千万」と激怒。著者は、「8年後のウクライナ侵攻に至る序曲は、この時から始まったとみることも可能だろう。復讐心に突き動かされたプーチンの『リバンチズム(報復的失地回復)』は、反米共闘の友を求め始める。現れたのが、ロシアと同じ遺恨を秘めた中華の『皇帝』習近平だった」と述べるのでした。
第4章「百年国恥――中華民族の偉大な復興」の「『習時代』の幕開け」では、2012年11月に開かれた中国共産党の第18回大会について言及されています。そこで、国家副主席の習近平が第5代総書記に選ばれ、「習時代」が幕を開けました。「偉大な国」では、習が欧米列強や日本に蹂躙され、半植民地化の道をたどったアヘン戦争(1840~42年)以降の歴史に総書記就任後の初会見で言及したことが紹介されます。「1世紀の恥辱(百年国恥)」と呼ぶ国難の時代でした。習は、「われわれの責任は『中華民族の偉大な復興』を実現するために、邁進し続けることにある」と述べました。祖国が「強国」として世界の舞台に立ち、「偉大な復興」を果たすと力強く宣言したのです。
「昔から中国領」では、中国が主張する「(国家の)核心的利益」は、中国にとって国際法より上位にあることが指摘されます。国際仲裁裁判所が16年7月、南シナ海の領有権を主張する中国の訴えを全面的に退けた際、中国側は「判決は紙くず」と一蹴しました。当時の中国政府の声明にも「南シナ海の島々は古来、中国領だった」という論理が顔をのぞかせています。「中華人民の南海での活動には2000年余りの歴史がある」として、主権と権益を主張しました。著者は、「21年7月、ロシアとウクライナの「歴史的一体性」を主張する論文を発表し、7ヵ月後の22年2月24日にウクライナへの全面侵攻を命じたロシア大統領ウラジーミル・プーチンの論理とも通じるものがある」と述べます。
「共産党も宣伝」では、中国5000年の歴史を通じ、「盛世」は数えるほどしかないことが指摘されます。古くは漢の皇帝だった文帝や景帝の治世(文景の治)、唐の太宗の治世(貞観の治)などです。近世に入ってからも、清の康熙帝から乾隆帝に至る治世(康乾盛世)くらいしかなく、19世紀以降は一度もありません。「黄金時代」は極めて稀だったのです。ところが、習が最高指導者になった後、盛世の再来が繰り返し語られるようになりました。ハーバード大学教授の中国史家マーク・エリオットによると、共産党一党支配の正当性を示すためだといいます。その理屈はこうです。①中国は新たな黄金時代(盛世)に入った ②共産党の政策が間違っていれば、そのような繁栄は訪れない ③だから党は正しい――。民衆に対する三段論法の宣伝の狙いがあるといいます。
「『反日』という副作用」では、冷戦終結の黎明を告げる天安門事件後、中国共産党の生き残り策として編み出された愛国主義教育キャンペーンでしたが、影響は海外にも及んだことが指摘されます。最大の攻撃対象となったのが日本でした。その理由ははっきりしているとして、著者は「イギリスが仕掛け、『百年国恥』の扉を開いたアヘン戦争より抗日戦争の方が長期に及び、中国大陸の広大な地域が戦場となり、はるかに多くの中国人犠牲者を出したからだ。辛酸をなめた要人もいる。胡錦涛政権で首相を務めた温家宝もその1人だ。旧日本軍の侵攻後、家や祖父が築き上げた小学校は焼き払われた。温はいつも、当時のつらい体験を口にしていた」と述べています。
日本への「屈折した感情」もあったと汪は言います。歴史の一時期、日本は中国を師と仰ぎ、貢ぎ物を献上する朝貢国でした。四大文明の1つである中国は長い間、「日本を格下の存在と見なしていた」のです。ところが、その国が近代化に成功し、19世紀末の日清戦争で勝利しました。20世紀に入ると、中国東北部に「満州国」という傀儡国家をつくりました。「“弟子”に敗れた悔しさが自尊心を傷つけ、対日感情を複雑にした」と汪は語ります。1998年11月、愛国主義教育キャンペーンの「仕掛け人」である江沢民が国家主席として初めて国賓来日し、宮中晩餐会に出席したとき、未来志向のお言葉を述べられた天皇陛下(現在の上皇さま)に対し、江は「日本軍国主義は対外侵略拡張の誤った道を歩み、中国人民とアジアの他の国々の人民に大きな災厄をもたらした」と返す“事件”がありました。
「習が高みへ」では、習近平は2012年に共産党総書記に就任すると、愛国主義教育の深化に着手しました。学校教科書の標準化を図り、17年から『歴史』『国語』『道徳と法治』の重点3科目で統一教科書を導入したのです。歴史教科書は以前と様変わりし、領土問題の記述が大幅に増えました。南シナ海や台湾、釣魚島(沖縄県・尖閣諸島の中国名)に関する言及が目立ち、「古来、中国領」と説く特設欄まで登場しました。著者は、「テレビには愛国番組があふれ、愛国心をかき立てる映画や歌、本も大量に作られる。江沢民が天安門事件後に推し進めた愛国主義教育は社会に深く根を下ろし、『スイッチの壊れたラジオのように延々と鳴り続けている』」と述べるのでした。
第6章「白人の焦燥――『人種置換』の世界観」の「ポリティカル・コレクトネス」では、人種や性別、性的指向などに関する差別や偏見を避けるため、言動に気を付ける考え方として「ポリティカル・コレクトネス」が紹介されます。「政治的正しさ」と訳され、特定の属性を持つ人々が不快感や不利益を受けないように配慮します。アメリカでは1980年代末から広がり始めました。黒人を「アフリカ系アメリカ人」と言い換えるのが代表的な例です。クリスマスのあいさつも「メリー・クリスマス」ではなく、非キリスト教徒に配慮して「ハッピー・ホリデー」と言ったりするようになりました。日本でも「看護婦」という言葉は使われなくなりました。「女性の仕事」という偏見を正すため、今では「看護師」と呼ばれます。同じ理由から「スチュワーデス」は死語となり、「客室乗務員」と称されます。
アメリカでいち早く、ポリティカル・コレクトネスの風潮が広がったのは、多民族化が進んだことと無縁ではないとされます。「白人の国」だったアメリカは60年代半ばから、異なる文化や宗教的背景を持つ人々が大挙して押し寄せ始めました。引き金となったのは65年の移民法改正です。旧法では入国査証(ビザ)発行の8割以上を北欧・西欧出身者に割り当てていましたが、ヨーロッパ出身者への優遇枠をなくし、アジアや中南米からの大量移民に道を開きました。しばしば「モザイク」に例えられる多様な社会で秩序を維持するためには、法律はもとより、社会生活の指針となる規範が必要になります。さもなければ、むき出しの欲望が至る所で暴れ出し、「万人の万人に対する闘争」が起こりかねません。だからこそ、特定の人種、宗教的な属性を持つ人々が不快感や不利益を受けないよう配慮することが習慣づけられるようになったとして、著者は「社会的ストレスや摩擦を軽減する知恵として、『ポリティカル・コレクトネス』が普及したゆえんである」と述べるのでした。
第7章「SNSと情報工作――民主主義の新たな脅威」の「常態化する政治暴力」では、分断が激しく進むアメリカでは、政治的な暴力も常態化していることが指摘されます。保守とリベラルの分極化が進む中、対話を通じて妥協点を探るのではなく、異なる立場を頭から否定し、手っ取り早く“問題”を除去しようとする風潮が背景にあるといいます。大統領のトランプは治安対策を強化していますが、政治暴力を誘発する構造的要因がなくなったわけではありません。「19世紀の南北戦争以来」と言われるアメリカの分断は悪化の一途をたどっているのです。政治暴力研究の第一人者として知られるシカゴ大教授のロバート・ペイプは「アメリカは恐らく今後数年にわたり、政治的な暗殺未遂や暴動、民兵組織などの集団や個人による暴力に見舞われるだろう」と予測しています。
第8章「『警察官』の犯罪――時代遅れの戦後秩序」の「侵略戦争」では、2022年2月24日の早朝、ロシアの大統領であるウラジーミル・プーチンがアメリカのイラク侵攻を指弾し、北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大を責め立て、ウクライナのゼレンスキー政権を非難したことが紹介されます。20分ほど経過した時、プーチンは「私は特別軍事作戦を実施する決定を下した。ウクライナの非軍事化と非ナチ化を追求する」という重大な発言を行いました。世界を揺るがす侵略戦争の幕開けでした。「プーチンの先制攻撃」では、国連憲章は武力攻撃を受けて自衛権を行使する場合を除き、他国への軍事行動には安全保障理事会の承認が必要と定めていることが紹介されます。プーチンはこれを意識してか、特別軍事作戦は「自衛」のための行動と演説を繰り返しました。
しかし、ウクライナがロシアを攻撃したわけではありません。プーチンが演説で非難した北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大も武力攻撃ではありません。特別軍事作戦と称しても、その本質はウクライナの主権を侵害し、領土を奪い取る侵略行為です。プーチンは演説で、第43代アメリカ大統領ジョージ・W・ブッシュが命じた03年のイラク侵攻を「国際法無視」と糾弾しました。著者は、「皮肉にもそれは、国連憲章に違反してウクライナ侵攻を命じたプーチン自身にも当てはまる言葉だった」と述べます。「ブッシュの戦争」を厳しく批判したマレーシア元首相のマハティール・ビン・モハマドも、「イラク侵攻が『ブッシュの先制攻撃』なら、ウクライナ侵攻は『プーチンの先制攻撃』だ」と断罪しています。
「存在感増す中国」では、「人類運命共同体」の名の下に構築される中国の新世界秩序について言及されます。それは第2次大戦中からルーズベルトが構想し、米国主導で形成した戦後の秩序に真っ向から挑み、激しくきしんでいると指摘し、著者は「第2次大戦では、連合国の中核だった米英ソ中が結束し、日独伊の枢軸国を打倒した。大きな国が足並みをそろえてこそ、『国際の平和と安全』を維持できるとの考えが、ルーズベルト構想の土台にある。しかし、そうした状況はもはや望み薄だ。1945年10月24日の国連創設から80年を経た今、『警察官』構想は破綻している。国の上に立つ世界政府が存在しない以上、『大国が国際法を破っても、誰も止められない』(マハティール)」と述べるのでした。
第9章「逆流する歴史――よみがえる伝統主義」の「『堕落した世界』に決起」では、冷戦後、世界を席巻したグローバル化という名の西洋化の大波は、イスラムの豊かな伝統文化を押し流していったことが指摘されます。イスラムの盟主サウジアラビアの名家の出であるビンラディンは受け入れられず、「肌を隠す伝統に反し、イスラム女性が西洋の女性のようにビキニを着る。アラー(神)や預言者ムハンマドにも敬意を払わない。1300年に及ぶイスラムの伝統がグローバル化の中で崩れ去り、俗世にまみれて堕落する……。そうした変化への憤りがビンラディンを突き動かした。軍事力を背景にした『アメリカ帝国主義』への恐怖や、キリスト教文明との対決などは二次的な要因だ」と述べました。
多くのイスラム教徒は世俗化の波に流されていきましたが、ビンラディンは頑なに拒否しました。21世紀の世には、もはや「神聖なものなど存在しない」と諦め、女性のビキニ着用を受け入れたら、自分を否定することになるからです。著者は、「怒りが沸点に達した時、ついに彼は決意する。グローバル化の流れにあらがい、『失われゆく伝統を守り抜く』と。付き従う者たちに対し、近代合理主義や物質主義の象徴であるニューヨークの高層ビルに飛行機で突っ込むよう命令した。前例のない凶行は3000人近い人々の命を奪い、今も癒えることのない悲しみを遺族にもたらす。非道極まりない所業だが、ビンラディンという原理主義者にとっては、『堕落した世界』を倒し、浄化するための儀式だったのだ」と述べます。
「バノンは『米国版スルコフ』」では、アメリカの元中央情報局(CIA)工作員グレン・カールによれば、旧ソ連圏の民主化運動「色の革命」を目の当たりにしたプーチンやスルコフも、ビンラディンと同じジレンマに直面したそうです。民主主義や個人の権利といった西側の価値観にひれ伏したら、ロシアの伝統は失われると考えたのです。カールは、「だからこそ、スルコフは『過度の自由』を拒絶した」とカールは言う。プーチンが2022年2月にウクライナへ全面侵攻したのも「ウクライナが西側への接近を強めていたことが根底にある」と述べます。カールによれば、サウジやロシアのジレンマは、強烈な外交文化と対峙した全ての社会に共通します。日本でも1853年の黒船来航後、尊皇攘夷運動が沸き起こりました。天皇を敬い、外国排斥を唱える伝統主義です。
現在のヨーロッパも似た状況にあるといいます。中東や北アフリカから流入するイスラム系移民との文化摩擦の中で、伝統回帰を説く「ドイツのための選択肢(AfD)」やフランスの「国民連合(RN)」などの右翼政党が台頭しているのです。ストロングマン(強権指導者・独裁者)も現れました。代表格が「ハンガリーのトランプ」と称されるビクトル・オルバンです。欧州連合(EU)加盟国の首相でありながら、プーチンに理解を示し、異端児と評される人物です。著者は、「ヨーロッパだけではない。インド首相のナレンドラ・モディ、トルコ大統領のレジェプ・タイップ・エルドアン、イスラエル首相のベンヤミン・ネタニヤフ……。ストロングマンは各地で権力の頂に立っている」と述べます。
「地域を問わず、伝統主義がよみがえっている証しだ」とカールは言います。民主主義大国アメリカも例外ではありません。行き過ぎたリベラル化への反動として伝統回帰のトレンドが生まれ、力強く脈打っています。ドナルド・トランプはその産物です。2016年の大統領選に当選後、20年に敗北したものの、不倒翁のように再起し、24年に再び勝利しました。彼を支える「MAGA(米国を再び偉大に)」運動は、アメリカの土壌で咲いた伝統主義とも言えるでしょう。トランプは遅れてきたリーダーではありません。著者は、「トランプは孤立した存在ではない。グローバル化の負の遺産が生んだトレンドラインのアメリカ的表現だ。プーチンや習近平も同じ潮流から生まれたストロングマンであり、肌が合うのもうなずけた」と述べています。
「ダボスマン」では、かつてアメリカ国務省で働いていたマイケル・キメジが、そうした時代潮流を生んだ主な原因は冷戦後のグローバル化にあると指摘していることが紹介されます。国境を越えたヒト・モノ・カネの往来は、「勝ち組」と「負け組」を生みました。成功した人はほんの一握り。多くの労働者は不利益を被りました。それを示す象徴的な言葉が「ダボスマン」です。考案したのはサミュエル・ハンチントン。話題作『文明の衝突』(1996年刊)で今日の文明間対立を予言し、長年、ハーバード大学の教授を務めた国際政治学の泰斗です。彼は「死せる魂 国民性を喪失したアメリカのエリート」と題する2004年の論考で、この言葉を世に送り出しました。掲載したのは「ナショナル・インタレスト」。フランシス・フクヤマが「歴史の終わり?」を発表した外交誌です。
ダボスとは、スイスの保養地ダボスで開かれる「世界経済フォーラム」の年次総会(ダボス会議)を指します。ハンチントンは、会議に参集する政治家、企業家、外交家、知識人、国際公務員ら「ダボスマン」を厳しく告発したのです。ダボスマンはグローバル化の恩恵を受け、冷戦後の世界に現れた「新興のグローバル・スーパークラス」です。国境を越えた自由な往来を是とし、国家間の障壁撤廃を歓迎し、国民国家を時代遅れと見なします。しかし、ハンチントンに言わせれば、彼らの魂は死んでいるといいます。庶民と懸け離れた高みの世界に身を置き、社会とのつながりを欠く「根無し草」のような「無国籍」エリートです。キメジによると、ハンチントンはダボスマンを軽蔑していたそうです。
ダボスマンたちが浮世離れした世界にどっぷり浸かっていたとき、足元では多くの同胞が苦しんでいました。長年勤めてきた工場が人件費の安い国に移り、仕事をなくして生活基盤が崩壊した人たちです。ところが、彼らの窮状が顧みられることはありませんでした。中央の政治エリートは既得権にまみれ、保身と私欲に身をやつしました。日々の暮らしに悪戦苦闘する労働者や農民たちは「忘れられた人々」として置き去りにされたのです。そうした中、「救世主」を渇望する声が日ごとに強まっていきます。「苦境から救い出し、『より良い場所』へ導いてくれる強い指導者」(キメジ)です。グローバル化のひずみこそ、ストロングマンの台頭というトレンドラインを生んだのです。
「核心思想」では、アメリカの衰退を招いたのは、権力の上座でグローバル化の恩恵を受けてきたエスタブリッシュメント(体制エリート)であり、左派が巣くう「ディープステート(闇の政府)」であるというトランプの考え方が紹介されます。だからこそ、トランプは2017年1月20日の最初の就任演説で、「ワシントンから権力を取り戻し、あなたたち人民にお返しする」と約束しました。「首都の一握りの連中」が独占してきた恩恵を「国民」に行き渡らせると宣言したのです。それは「米国を再び豊かに」することにほかならないとして、著者は「国民生活を底上げし、未来への希望を与え、『親の代より暮らし向きが良くなる』という夢を取り戻す――。それこそが『黄金時代』に込められた思いに違いない」と述べます。
関税はそのための武器です。トランプは25年1月20日の2度目の就任演説で、「外国を潤すためにアメリカ国民に課税するのではなく、アメリカ国民を潤すために外国に課税する」と公言しています。「夢の回復」は、トランプの「レコンキスタ」です。「都市」に対する「農村」の、「エリート」に対する「大衆」の、「ウォーク」に対する「常識」の、自由陣営の「店子(同盟国)」に対する「大家(盟主)」の失地回復です。著者は、「グレン・カールやマイケル・キメジが指摘したように、それを伝統主義や修正主義への回帰と見ることもできるだろう。光(近代)に対する影(伝統)の逆襲である。ギャディスもトランプの復権について『先祖返り』との見方を示した」と述べています。
「影のアメリカ」では、「リベラルのアメリカ」の象徴が「人は生まれながらにして平等」とうたい上げた独立宣言(1776年7月4日採択)だと指摘します。その11年後に制定され、三権分立を国家制度に組み込んだ合衆国憲法も「世界のお手本」として強調されます。しかし、アメリカは建国当初から帝国思想も内包していました。トランプのように、グリーンランドからカナダ、パナマに至る北アメリカ全体を支配する野望を抱いていたというのです。それを象徴するのが「自由の帝国(Empire of Liberty)」という言葉です。提唱したのは「建国の父」の1人で、第3代大統領のトーマス・ジェファソン。「自由」と「帝国」という相矛盾する言葉に、アメリカの二面性が潜んでいるといいます。
エピローグ「『19世紀』へ向かう世界」の「『金ぴか時代』への回帰」では、歴史家のジョン・ルイス・ギャディスの目には、「トランプのアメリカ」が「金ぴか時代」と呼ばれた19世紀に似た状況に近づきつつあるように映ることが紹介されます。南北戦争(1861~65年)が終わり、工業化が飛躍的に進んで貧富の格差が著しく拡大した時期です。この時期のアメリカは、文字通り「金ぴか」の資本家や富裕層が羽振りを利かせる一方、多くの労働者や農民が繁栄から取り残されました。疎外感を深め、怒りをたぎらせ、社会に不満が充満したのです。しかし、そうした緊張の中から、格差や不公正を是正しようとするポピュリズムが生まれ、革新主義運動に発展していきました。著者は、「こうした大変革は、2世紀半のアメリカの歴史の中で折に触れて起こっている。1929年のニューヨーク株暴落に端を発した大恐慌後のニューディールや、50~60年代に本格化した公民権運動などである」と説明します。
「勢力圏の世界」では、国際秩序も塗り替えられていくことが指摘されます。ギャディスによれば、第2次大戦が終結した1945年当時、アメリカは世界をほぼ支配できる立場にありましたが、中国の台頭で状況は劇的に変化し、もはや世界を支配できる立場ではなくなりました。だから、アメリカが主導して築き上げた戦後80年の国際秩序は「本来の寿命を超えた」と見ています。著者のインタビュー中、ギャディスは「『旧来の秩序が存続することは可能か?』と問われれば、私の答えは『ノー』だ」と自問自答したそうです。歴史はどこへ向かうのか? ギャディスは「19世紀のヨーロッパのような世界」を思い描きます。ナポレオン戦争後、イギリス、フランス、オーストリア、ロシアといった大国が「勢力均衡(バランス・オブ・パワー)」によって平和を保った時代です。
「力こそ正義」では、トランプが同盟国に突き付けた命題の1つは「アメリカの保護を当然視したり、アメリカが全世界に対する責任に関心を持つという考えを当たり前と見なしたりすることは『間違いだ』ということだ」といいます。その上で、ギャディスは「アメリカのパワーを背景にした世界の秩序は1945年から80年の長きにわたって続いてきた。とはいえ、それは人為的な仕組みであり、自然に続いていくものではない。日本は戦後、同盟体制の一員として、かなりうまくやって来た。しかし、アメリカがこれからの80年も特定の国々に、これまでと全く同じ保護を与え続けると考えるのは非現実的だ」と、諭すように説いたそうです。
「あとがき」では、本書が共同通信社が2022年3月から25年4月にかけて配信し、加盟新聞社25紙に掲載された大型国際インタビュー「レコンキスタの時代」(隔週連載、計80回)を全面改訂し、書籍用に書き下ろしたものであることが紹介されています。現在、後継企画として手掛けている「レコンキスタ2・0~トランプのアメリカ」の要素も一部取り込んだそうです。わたし自身、「いつの間に世界はこんなふうになったのか?」と狐につままれた気分でしたが、人類にかけられた魔法(黒魔術?)の正体がよくわかりました。成毛眞さんの言うように、「この本は読まなきゃダメだ!」と思います。
