No.1099 社会・コミュニティ 『老人喰い』 鈴木大介著(ちくま新書)

2015.07.30

『老人喰い』鈴木大介著(ちくま新書)を読みました。
「高齢者を狙う詐欺の正体」というサブタイトルがついています。著者は1973年千葉県生まれ。
「犯罪する側の論理」「犯罪現場の貧困問題」をテーマに、裏社会・触法少年少女らの生きる現場を中心とした取材活動を続けるルポライターです。著書に『家のない少女たち』『援デリの少女たち』『振り込め犯罪結社』(いずれも宝島社)、『家のない少年たち』(太田出版)、『最貧困女子』(幻冬舎新書)などがあります。

本書の帯

本書の帯には「『最貧困女子』著者による迫真のルポ」「『オレオレ詐欺』『騙り調査』『やられ名簿』etc.」「牙を剥く、最貧困の若者たち」と書かれています。また帯の裏には、「平均預金額2000万円―老人は詐欺の最高のカモだ」と書かれています。

本書の帯の裏

さらにカバー前そでには、以下のような内容紹介があります。

「オレオレ詐欺、騙り調査、やられ名簿・・・・・・。平均2000万円の預金を貯め込んだ高齢者を狙う詐欺『老人喰い』が、いま急速に進化している。高齢者を騙すために合理化された組織をつくり、身元を徹底的に調べあげ、高いモチベーションで詐欺を行う若者たち。彼らは、どのような手口で高齢者を騙しているのか。どのような若者たちが、どのような心理で行っているのか。裏稼業で生きる若者たちに迫ることから、階層化社会となった日本の抱える問題をあぶりだす」

本書の目次構成は、以下のようになっています。

「はじめに」
第1章 老人を喰らうのは誰か―高齢者詐欺の恐ろしい手口
第2章 なぜ老人喰いは減らないか―(株)詐欺本舗の正体
第3章 いかに老人喰いは育てられるか―プレイヤーができるまで
第4章 老人喰いとはどのような人物か―4人の実例からみた実像
第5章 老人喰いを生んだのは誰か―日本社会の闇のゆくえ
「あとがき」

「はじめに」の冒頭には、以下のように書かれています。

「平成25年版警察白書によれば、振り込め詐欺をはじめとする特殊詐欺犯全体における被害者の約8割が60歳以上の高齢者。
そして総被害額は毎年ワースト記録を更新し続け、14年1~11月だけで498億7343万円にのぼった。
また、未公開株や公社債の契約を促す利殖勧誘、訪問販売や悪徳リフォーム工事、催眠商法に絡む特定商取引など、いわゆる悪質商法についても、全国の消費生活センターへの相談の7割以上(利殖勧誘事犯で71.5%、特定商取引等事犯で77.9%)が高齢者によるものだ。
いまや高齢者を狙う詐欺犯罪や悪質商法は、止めどない勢いで広がりつつある。まさに『老人喰い』、百花繚乱の時代だ」

第1章「老人を喰らうのは誰か―高齢者詐欺の恐ろしい手口」には、なぜ「老人喰い」が生まれたのか、その理由が以下のように書かれています。

「詐欺のターゲットは、決して無作為に選ばれているわけではない。これほど高度な管理を成し遂げられる者たちが、この犯罪を生み出してから、もう何年もが経過しているのだ。当然、彼らは『詐欺で最も効率よく、かつ高額を奪える相手は誰なのか』についての考察も、徹底的に深めていった。いまの日本でもっとも現金を抱え込んでいて、かつ騙されやすいのは誰か。必然的に彼らがターゲットとして絞り込んだのが、高齢者だ」

高齢者詐欺は驚くべきスピードで進歩しています。著者は述べます。

「オレオレ詐欺元年と言われる03年~04年当時では、それこそNTTの発行する電話帳・ハローページをもとに、高齢者と思しき相手にローラー作戦的に電話をかけるという不効率な方法が取られていた。当時の現場プレイヤーによれば、高齢者の女性名の特徴である『1文字の名前』『平仮名やカタカナの名前』にマーカーを引き、そこに電話をかけていたというのだ。
これはこれで、一定の被害を出した。というのも、女性名で電話帳に登録されているということは、すでに配偶者の男性に先立たれている高齢女性である可能性が高い。子供世帯と同居していなければ、相談できる相手がいない独居高齢者女性となるわけで、まさにこれが詐欺のターゲット、どまんなか。ということで数撃ちゃ当たるの精神で電話をかけまくったのだというが、そこには根本的な情報が欠けていた。『相手が現金を支払う能力があるかどうか』である」

そして現在、老人詐欺は大きく進歩しました。著者は述べます。

「詐欺現場の要請は明快だった。『もっと騙しやすく』『もっと金を持った高齢者だけの名簿』が欲しい。これに応じて、名簿屋は新たなる展開をすることになった。元々高齢者の名簿というのは、前述したような一般のDM系名簿業者でも大量に在庫しているものだ。だがそこに記載されるのは、多くの場合は本名と住所と電話番号のみ。加えて生年月日でもついていればよい方といった程度のものでしかない。そこで名簿屋は、名簿に記載された高齢者に対して直接連絡を取り、様々な付加情報を強化してから詐欺組織に名簿を提供するようになったのだ。
この『情報強化』こそが、詐欺業界における名簿屋の進化そのものだった」

本書には、高齢者を狙う「騙り調査」の実態も書かれています。

「騙り調査」とは、国勢調査、地元警察の防犯のための調査、地元福祉事務所による高齢者の居住状況や安否調査などを装って自宅に電話をかけることです。そして、そこでは以下のような内容が聞きとられます。

・居住形態は持ち家か賃貸か。
・独居なのか、家族と同居か。
・配偶者と死別しているなら、その名前、死亡年月日はいつか。
・独居であれば、子供や家族・親族とはどのくらいの頻度で連絡を取っているのか。
・経済的な不安はないか。不動産や証券などの他に現金の持ち合わせはどのぐらいあるのか。
・金融資産は現金で所持(タンス預金)しているのか、銀行に預けているのか。
・不安なことを相談できる相手は身近にいるか。
・在宅介護サービスなどを受けているか。受けているなら利用頻度や形態はどのようなものか。
・健康不安はないか。判断力が低下していたり、認知症のリスクを感じることはあるか。
・悪徳商法などの被害に遭ったことはないか。
・緊急時に連絡を取るべき子供などの氏名、住所、連絡先、勤務先や所属部署はなにか。

第2章「なぜ老人喰いは減らないか―(株)詐欺本舗の正体」では、詐欺組織の実態が明かされています。1店舗9名体制。3人1組で三役系オレオレ詐欺をやる場合、1店舗に1チームではいくらプレイヤーを統括する店長格が優秀でも現場の空気がダレてしまいがちですが、これを2チームにすることで店内の雰囲気が締まって競争意識も生まれるからだとか。これを3チームにすれば、経験豊かなプレイヤーのみでベテランチームを作り、残り2チームを指導しつつ成績を競わせていったり、ベテランプレイヤーが新人チームにくっついて指導することもできるといいます。大企業の営業所も顔負けの戦略を知って、わたしは唸りました。

第3章「いかに老人喰いは育てられるか―プレイヤーができるまで」では、詐欺組織の構成員たちに工業団地で働く労働者の姿を見せた後、リーダーが以下のように語ります。

「現代の高齢者の平均預金額は、2000万円だ。これは不動産とかの資産を含まないけど、日本中の全世帯の貯蓄総額の6割は、60歳以上の人間たちが抱え込んでる。その上で、平均で月18万円の厚生年金を貰っている。これは、今日お前らが見てきた工業団地で働く人間の平均月収とほぼ同じだけど、奴らは働かずにその金をもらっている。年金を貰っている老人の4割は、それを使い切れなくてさらに貯金してる。そして死ぬ時に使い切れずに残すのは、不動産なんかも全部込みの額で平均3000万円だ」

そして、ここから「老人喰い」の大義名分というものが導き出されます。老人たちが年金を貯め込んでいる金は死に金であり、それを引き出して社会に循環させるのは正義であるのだというのです。「老人喰い」における大義名分は、以下のとおりです。

・詐欺は立派な「仕事」である。
・店舗に編入されるプレイヤーは、編入されるだけでも選ばれた人間である。
・詐欺は犯罪だが、「最悪の犯罪」ではない。なぜなら「払える人間から払える金を奪う」商法であり、詐欺被害者が受けるダメージは小さなもので、もっと悪質な合法の商売はたくさんあるからだ。
・詐欺で高齢者から金を奪うことは犯罪だが、そこには「正義」がある。金を抱え込み消費しない高齢者は「若い世代の敵」「日本のガン」である。
・ここで稼ぎ抜くことで、その後の人生が確実に変わる。

第5章「老人喰いを生んだのは誰か―日本社会の闇のゆくえ」では、「浪費される人材と才能」として、著者は以下のように述べます。

「かつて任侠団体は『世間で食えない人間を身内に引き入れ、食い扶持を用意する代わりにその身を家族(組織)に捧げさせる』という一面を持っていたが、ここに『一般社会が取り残した優秀な人材を、不良社会が回収していく』という皮肉が生まれつつある。とはいえ、昨今の任侠団体=反社会的勢力の経済活動に対する締め付けの厳しさは、ここであえて言うまでもない。若き閉塞感を詐欺稼業で脱したはずの優秀な若者が、別の閉塞の中に再び押し込められる」

そして、「あとがき」の最後では、最貧困の若者を取材し続けてきた著者の本音が透けて見えるような意見が以下のように述べられています。

「本来、富める高齢者がやってくるべきだったのは、自らの子供や孫に教育費や労力を費やすことのみならず、将来的に自らの世代を支えてくれる『若い世代全体』に金と手間をかけて育て、支えてくれるだけの環境と活力と希望を与えることだった。だが現実は、まったく逆だ。いまもって、若い世代を支える社会制度、学費問題、子供を抱える親への支援、あらゆる『未来の生産力を育てる』ための問題提起や政策よりも、常に最優先され多くの金が動くのは高齢者問題、呆れるほどに固定化されや老尊若卑・・・・・・。
今後の老人喰いを収束に導く方法は、防犯対策でも彼らの手口を啓蒙することでもない。ただ、これからの世代に『与え、育てること』しかないように思われてならないのだ」

この本を読み終えて、わたしはその内容に戦慄を覚えました。
「老人喰い」の大義を認めるような著者の「あとがき」にも驚きましたが、もっと驚いたのはアマゾンのレビューに「老人喰い」の若者たちに共感を示す匿名レビュアーが多数いたことです。
たとえば、「犯罪集団に大義を見てしまって鬱・・・」というタイトルのレビューには以下のように書かれています。

「不遜を承知で申し上げますが・・・被害に遭遇した高齢者に対して正直なところ、『ざまあみろ、自業自得だ』と心の中の悪魔が囁きました。詐欺犯罪を肯定するつもりはありません。理屈はどうあれ盗人の意見など聞く価値などありません。だけど、やっぱり変ですよね? 不公平ですよね?
たとえば自動車会社。老人世代は大手メーカーの『正社員』として定年まで無事勤め上げ、年金満額支給、高額な退職金受給。で、全く同じ仕事をしている若者たちは派遣労働者・・・。作者のスタンスが詐欺実行犯たちに傾く気持ち、痛いほど理解出来ます。犯罪の世界で異様な才能を発揮する人たちは確かに才能の無駄遣いかも知れません。きっとそうでしょう。その素晴らしい才能を表の世界で何故活かせないのか? 当然の命題です。だけど今のこの日本に彼らの「才能」を活かせる土壌があるのでしょうか? 彼らの才能を吸収し伸ばすために、政府=老人たちがしたことは派遣法の改正という若者の奴隷化にすぎません。詐欺犯罪の中で自分を見出す若者たちの『大義』。私には返す言葉がありません」

また、「詐欺の手口の本ではない。階級社会の歪みを鮮烈に描いた本。」というタイトルのレビューでは以下のように述べられています。

「『高齢者を狙う犯罪とは、圧倒的経済弱者である若者たちが、圧倒的経済強者である高齢者に向ける反逆の刃なのだ』
前書きのこの一文を読んで、戦慄した。この言葉は、私日頃抱えていたモヤっとした気持ちに、明確な答えを提示していたからだ。私(20代)はこれまで、振り込め詐欺などのニュースを   見るたびに違和感を抱いてきた。例えば次のような事件。『80代の女性が、9回にわたって合計およそ6000万円をだましとられました』
私が何よりも引っ掛かったのは、詐欺の卑劣さよりも、6000万という女性の貯金額だ。私たち若働き盛りの世代が、高額の奨学金返済や子供の教育費、住宅ローンに苦しみ、非正規雇用への転落や、年金の不支給に怯えて、何とか日々の暮らしを成り立たせているこの日本で、この女性はいったいどうやって、これだけのお金を貯めたんだろう・・・?
著者は言う。『どんな防犯対策を施そうとも、老人喰いはなくならない』と。
多くの若者たちが、『失望感、閉塞感』を抱き、『努力しても報われることがあまりに少ない』。その一方で、『高齢者の平均貯金額は2000万円』『日本中の全世帯の貯金額の6割は60歳以上の人間が抱え込んでいる』。
そんないびつな階級社会で、『貯金2000万円の人間を騙して200万円を奪う』ことに『一切の罪悪感を感じない』、いや、むしろ『誇りを持つ』若者が生まれるのは自明の理だと。この本は、高齢者を狙う詐欺の実態を書いた本ではない。詐欺と言う世界から、日本の階級社会の歪みを鮮烈に描き出した本なのだ」

さらに、「特殊詐欺の原因ズバリここに」というタイトルのレビューには以下のように書かれています。

「今の政治、メディア等は数的に多数派であり、経済力も既得権を盾に圧倒的に強い高齢者を過剰に擁護する仕組みになっており、借金を増やしても年金の給付を止めようとせず、次世代へのツケによる財政破たんを『見えない不都合な真実』として忌避している。まさに太平洋戦争で敗色濃厚でも『降伏』をあり得ないこととして逃げ続けたことと同じように。そんな努力が報われない現実に絶望し、目の前の既得権者に牙を剥いて搾取することへの心理的抵抗の喪失は、今のままでは解消されるどころかますます広がっていくであろう。間違いなく、この中身は現代への警鐘であり、最後の記述のとおり、若者に与える社会でなければこの老人喰いの問題は絶対解決しない」

とはいえ、「老人喰い」は間違いなく犯罪行為です。
わたしは日本の政令指定都市で最も高齢者比率が高い北九州市に暮らしていますが、本書で指摘されているような2000万円以上の貯金を持つ裕福な老人は一部であり、貧しい老人も多いことをよく知っています。わたしは冠婚葬祭互助会を経営していますが、その会員さんの中にも豊かでないにもかかわらず、詐欺行為の被害者となる気の毒な方もいます。わが社では、高齢の会員さんを守るためにも、「老人喰い」の被害を受けない講習会を開いています。

「西日本新聞」2015年4月24日朝刊

わたしのブログ記事「紫雲閣と警察がタッグ」でも紹介したように、4月24日付「西日本新聞」の記事には、以下のように書かれています。

「冠婚葬祭業大手のサンレーは、県内で運営する斎場の見学会に合わせ、各警察署の署員を講師に招いたセミナーを開いている。高齢者が集う機会を活用し、交通事故や特殊詐欺被害への注意を呼び掛けるのが目的で、サンレーでは初の試みという。
サンレーは北九州・京築地区を中心に葬祭会館「紫雲閣」を34ヶ所展開している。1~2カ月に1回のペースで、各斎場で見学会を催しており、館内の紹介に加え、贈与税などに関する勉強会や終活セミナーを開いてきた。
来場者に聞き取りしたところ、犯罪や事故を心配する声が強かったため、県警に相談。4月からこれまで6署と合同でセミナーを実施してきた」

この試みは、さまざまな可能性を持っています。
まず、これはセレモニーホールが都市のコミュ二ティ・センターとして進化した一歩です。また、冠婚葬祭互助会がイノベーションを図るための道でもあります。さらに、北九州市は日本一の防犯都市として知られます。暴力追放運動の成果を見てもわかりますが、都市のインフラとしての「警察力」が非常に大きいのです。「天下布礼」の掲げて”老福社会”の実現を目指すわが社と日本最強の北九州の警察がタッグを組めば、これはもうスタン・ハンセンとブルーザー・ブロディが組んだようなもの(古いか?!)で無敵です。

わが社は、これからも地域の高齢者の安心のために尽力させていただく覚悟です。もちろん若者の未来も大切であり、この問題に対しても具体的に行動を起こしたいと考えています。

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