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No.1147 読書論・読書術 『本をサクサク読む技術』 齋藤孝著(中公新書ラクレ)
2015.11.18
『本をサクサク読む技術』齋藤孝著(中公新書ラクレ)を読みました。
「長編小説から翻訳モノまで」というサブタイトルがついています。
この読書館でも紹介した『読書のチカラ』、『古典が最強のビジネスエリートをつくる』、『教養力』、『大人のための読書の全技術』F、そして、『全方位読書案内』に続く著者の最新の読書指南書です。
当代一の「読書の達人」による具体的なアドバイスに溢れた内容でした。
本書の帯
帯には本棚をバックに笑顔の著者の写真とともに「『途中で挫折しちゃう』『中身を、すぐ忘れちゃう』 そんな悩みに答えるテクニック」「本の”養分”を瞬時に吸収できる!」と書かれています。
本書の帯の裏
また帯の裏には、以下のような内容紹介があります。
「途中で挫折しない方法を教えます! 登場人物がややこしい長編小説の読み方、難解な翻訳書・学術書を読みこなすコツ、本を同時に読み進める『並行読書』、レーベル別攻略法、1000冊読める大量消化法・・・・・・目から鱗のメソッドが盛り沢山。オススメ本も多数掲載、読書案内にも最適」
本書の「目次」は以下のような構成になっています。
「はじめに―瞬時に本の”養分”を吸収する方法」
●1章 「読破」するにはコツがある
Answer1 並行読書のススメ
Answer2 新書から始めよう
Answer3 昔の受験勉強を今の読書に活かせ
Answer4 「見る」も「眺める」も読書のうち
●2章 長編小説を挫折しないで読む方法
Answer1 登場人物がややこしい長編小説の読み方
Answer2 自分に合う小説はこうして探せ
●3章 「ビジネス常識」としての経済小説、歴史小説入門
Answer1 経済小説で経済を知る
Answer2 知識ゼロからの歴史小説入門
●4章 難解な翻訳書・学術書を読みこなすコツ
Answer1 難解な本をクリアする法
Answer2 海外古典文学を読まずに死ねるか
Answer3 英語ビギナーのための洋書読書術
Answer4 ド文系のための理系本攻略法
●5章 本を選ぶヒント―王道から邪道まで
Answer1 「新刊情報」に分館になろう
Answer2 「ベストセラー」から得られる2つのメリット
Answer3 レーベルごとの個性を知る
Answer4 自室に書棚はありますか?
「おわりに」
「はじめに―瞬時に本の”養分”を吸収する方法」で、著者は次のように述べています。
「あらためて言うまでもありませんが、本ほど知識・情報の詰まった媒体はありません。しかも、古今東西のあらゆる分野を網羅しているし、人類の叡智を結集した奥深さもある。面倒くささを乗り越えれば、それを補って余りあるリターンが待っているわけです。
ではもし、その『面倒くささ』を消すことができたとしたらどうでしょう。私たちの手元には、読書によるリターンだけが残ります。つまり、どんな本でもストレスなくサクサク読めるようになるということです。瞬時に本の”養分”を吸収することが可能になります。読む冊数も格段に増やせるでしょう」
著者によれば、本を「サクサク読む」ポイントは大きく2つあります。
1つは、当然ながら「楽しむ」ということです。
もう1つは、とにかく「数」をこなすことです。
著者は、「蔵書1000冊」をめざすことを提案しています。
1章「『読破』するにはコツがある」では、並行読書を薦めながら著者が述べた次の言葉が印象的でした。
「私にとって本とは、単に知識を得る手段というより、著者が語りかけてくれるもの、その人格に触れて刺激や影響を受けるもの、というイメージがあります。だから全部読むかどうかはともかく、とりあえず”肉声”を聞ければ精神的に落ち着いたり、元気になれたりするわけです。まして、その著者が歴史に残る偉人・賢人だったとすれば、ありがたみは倍増します。贅沢きわまりない環境、ともいいえるでしょう」
著者は、学生に大量の新書を読むように指導しているそうです。
しかも「週に3~5冊」というノルマを課し、授業で4人を1組にして、それぞれ1冊につき1分づつ、3冊なら3分間で内容を説明させるというのです。学生さんはさぞ大変かと思いますが、著者は「自分にとって興味のある部分だけ、極端にいえば重要な一章分だけ目を通して「読了」にしてもいいといいます。つまり、全部を読まなくてもいいのです。
その理由について、著者は以下のように述べています。
「その新書の”肝”だけ取り出して次の新書に移ったほうが、得られるものは大きいはずです。たとえば、『まえがき』と『あとがき』を読み、目次にざっと目を通せば、その本の概要はわかります。あとは、おもしろそうなところを拾って読んでいけばいいわけです。
200ページの新書なら、だいたい2割相当の40ページだけをじっくり読み、他の部分はざっと流す。そういう濃淡をつけて読むわけです。これなら、1冊に30分~1時間もかければ十分だと思います」
わたしなどは、このような拾い読みは著者のような「読書の達人」なればこその読み方であり、学生ならばやはりきちんと全部読んだほうがいいように思います。そもそも読書の経験が未熟な者は、全部を読むという訓練を続けなければ「全体の中でどこが重要なのか」もわからないのでしゃないでしょうか。しかし、著者はこの拾い読みには絶対の自信を持っているようで、以下のように述べています。
「それはちょうど、マグロの大トロ、牛肉のシャトーブリアンだけを取り出して、他は捨ててしまうようなものです。こんなことをするのは贅沢きわまりないわけで、実際にはまず不可能ですが、新書なら可能なのです。そういうことが容易にできる環境に生きていることに感謝しつつ、ぜひ試していただきたいと思います」
2章「長編小説を挫折しないで読む方法」では、著者は長編小説をセリフ中心に飛ばし読みすることを提案しています。そうすると、「ストーリーがわからなくなるのではないか」と思う人がいるかもしれませんが、著者は「こういう飛ばし読みは、さながら映画を観る感覚に近い」として述べます。
「そもそも映画とは、ある時間の流れを2時間程度に凝縮して見せるものです。その長さは主人公の一生分かもしれないし、事件が解決するまでの数年、あるいは男女が出会ってから別れるまでの数ヶ月の場合もあるでしょう。いずれにせよ、その時間の断片を切り取って映像化し、つなぎ合わせてストーリーに仕上げているわけです」
続けて、著者は以下のように述べています。
「私たちは観客としてそれを見て、違和感を覚えることはあまりありません(ときどき混乱する映画もありますが)。あるシーンから次のシーンに至るまでの描かれなかった時間を、頭の中で反射的にイメージしているからです。言い換えるなら、私たちの脳には、いわば”ストーリー想像能力”があらかじめ備わっているのです」
そして、著者によれば、読書でもこの”ストーリー想像能力”は使えるというのです。
「1人の作家の世界に入り浸ってみる」という提案も共感できました。かつて、わたしは高校時代に夏目漱石や芥川龍之介の全集を読破しました。そのことが、わたしの読書人生をどれほど豊かにしてくれたかわかりません。著者は、以下のように述べています。
「かつて評論家の小林秀雄は、『1人の作家の全集を読むことが大事』と述べています。全集には世間的に『駄作』と呼ばれるものも含まれますが、それらもすべて読むことで、ようやくその作家のスタイルや本当のおもしろさが見えてくる、というわけです」
この小林秀雄の文章を高校生のときに読み、すっかり感化されて実践したという著者は、以下のように述べています。
「ある程度好きな作家を見つけたら、その人の『駄作』も含めて片っ端から読み込むことにしたのです。そうすると、たしかにその作家のワールドに浸り切ることができる。長い作品でもあっという間に読めてしまうし、その作家がものすごく身近な存在に思えてくる。それは友人または師匠のような存在に近いかもしれません。これも、読書の大きな醍醐味の1つといえるでしょう」
4章「難解な翻訳書・学術書を読みこなすコツ」では、「難しそうな評論文は『感情』を読み取れ」という提案に唸りました。著者は以下のように評論文を読む大きなコツを述べます。
「最初に『この著者は何が好きで何が嫌いかを見きわめる』ということです。理屈より先に、感情を探るわけです。私はこれを『好き嫌い現代文』と呼んでいます。そういう目線で目次を見たり、『まえがき』を読んだり、全体をパラパラ読んでみると、だいたい見当がついてきます。たとえばミシェル・フーコーの『監獄の誕生』(新潮社)なら、『この人は管理社会が嫌い』ということが即座にわかります。マルクスなら『資本主義が嫌い』、ニーチェなら『神が嫌い』といったところでしょう。あるいは『国家が嫌い』ということを言葉の端々に滲ませる知識人・文化人も少なくなりません。こういうことを念頭に入れて読み始めると、意外にサクサク読めるようになるのです」
これは、まさに大量の難解な書物を読んだ人ならではの方法です。
さて、本書には「よろず読書相談室」というコラムが全部で9本収録されています。
さまざまな読書に関する悩みを著者に相談するという内容なのですが、特に心に強く残ったのが「ずっと自分に自信が持てなくて、『自分には価値がない』『もう生きていても仕方がない』という思いを抱えて生きてきました。『ダメ人間』の私を救ってくれるような本があったら、教えてください」という22歳の女子学生の相談に対する回答でした。
著者はこの相談に対して、最初に「大丈夫です。『この世には生きるだけの価値がある』と本は教えてくれます」と言い切ります。
そして、以下のように述べます。
「よく指摘されるとおり、自殺者数は毎年2万5000人以上にものぼっています。最近は減少傾向にあるとはいえ、『多い』という印象は変わりません。世界的に見ればまだまだ豊かで平和な国で、いったい何が起きているのでしょうか。もちろん、事情はそれぞれでしょうが、1つには視野狭窄があるように思います。『自分には価値がない』『もう生きていても仕方ない』と思い詰めるのは、自分のことばかり見ているということでもあります。しかし、もう少し視野を広げると『自分がたまたま生を受けたこの世の中には価値がある』と思えるようになる。そのきっかけをつくってくれるのが教養であり、それを得るもっとも手っ取り早い手段が読書なのです」
さらに著者は「自分の中身や狭い生活空間ばかり見ていると、たしかに厭世的な気分になることもあります。しかし、世界の芸術や学問や政治・経済・社会に目を転じれば、そこにはかならず一生懸命に生きている人々がいる。その存在を知ることで、この世はやはり生きる価値があると思えるようになるわけです」とも述べています。
この著者の考え方には心底感動をおぼえました。
まさに、読書は「生きる力」を与えてくれるのです!
「おわりに」では、著者は次のように「読書の意義」について述べます。
「読書で得られるのは、知識や情報だけではありません。もっと深い部分で心の支えになったり、考え方や生き方を教えてもらったり、『自分の軸』をつくってもらったりすることに意義があるのです」
ちなみに、著者にとっての「私の軸をつくった5冊」は以下の通りです。
1.勝海舟『氷川清話』
2.メルロ・ポンティ『知覚の現象学』
3.ニーチェ『ツァラトウストラ』
4.ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』
5.石井真人(編著)『ある明治人の記録』
著者にならって、わたしも自分の軸をつくった5冊をご紹介します。
1.『論語』
2.白川静『孔子伝』
3.渡部昇一『知的生活の方法』
4.サン=テグジュペリ『星の王子さま』
5.ピーター・ドラッカー『ネクスト・ソサエティ』
「おわりに」の最後にでは、衰退する出版業界に思いを寄せながら、著者は次のようなドキツとするようなことを述べています。
「出版業界全体を1つの生物として捉えるなら、今は適者生存を賭けて必死でもがいている状態だと思います。言葉は少々悪いですが、『腐りかけの肉が一番美味い』ともいいます。読者にとってみれば、生涯の師または友となるような良書に意外に簡単に出会えるかもしれません」
著者がこのようなブラック・ジョークを放つ人であるとは知りませんでした。
たしかに的を得ていますが、これも豊富な読書のたまものなのでしょうか?