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No.1186 民俗学・人類学 『文化人類学15の理論』 綾部恒雄編(中公新書)
2016.01.27
『文化人類学15の理論』綾部恒雄編(中公新書)を読みました。
1984年に刊行された本で、文化人類学における15の主要学説の成立事情・理論的特質・分析の代表例・展望を、それぞれの分野の第一線で活躍している研究者が解説しています。
本書のカバー前そでには、以下のような内容紹介があります。
「近年、文化人類学への関心が高まり、その成果があらゆる分野で援用されるようになったが、それが必ずしも正しい理解に基づいているとは言いがたい。本書は、モーガン以降の文化人類学理論の流れを進化論から機能主義を経て広義の構造主義への展開としてみる立場から15の学説に整理、それぞれの理論の背景・特質・展望を、新進気鋭の執筆陣で分析し、現時点で文化人類学が獲得した成果の社会への還元を試みる」
本書の「目次」は、以下のようになっています。
「はじめに」 綾部恒雄
1 文化進化論 黒田信一郎
2 文化伝播主義 クネヒト・ペトロ
3 機能主義人類学 田中真砂子
4 文化様式論 綾部恒雄
5 オランダ構造主義 宮崎恒二
6 文化とパーソナリティ論(心理人類学) 箕浦康子
7 新進化主義 松園万亀雄
8 マルクス主義と人類学 小野沢正喜
9 構造主義 吉岡政徳
10 生態人類学 田中二郎
11 象徴論 梶原景昭
12 認識人類学 福井勝義
13 解釈人類学 小泉潤二
14 文化記号論 関一敏
1「文化進化論」では、1992年に逝去した元北海道大学文学部助教授の黒田信一郎氏は、モーガンの『古代社会』やタイラーの『原始文化』といった古典を取り上げています。まずは、モーガンの『古代社会』について以下のように述べます。
「社会制度の発達についてのモーガンの壮大な図式は、比較法を駆使して総体として楽観的ではあったが、それでも一貫して宗教観念の発達を復元することを回避している。モーガンが宗教=呪術を扱わなかった理由は、進歩の歴史を復元するモーガンの姿勢に照らして教訓的ではある。はじめからモーガンは宗教と社会との関係を扱うのは無理と考えていたのである」
一方、タイラーの『原始文化』はこれとは対照的でした。人類学のその後の展開に資するところが大きかったのです。 『原始文化』の第1章「文化の科学」は次の言葉ではじまります。
「文化ないし文明とは、もっとも広く民族誌の意味で考えると、知識、信仰、芸術、道徳、法、慣習および社会の成員たる人間によって習得されたその他の能力とか習慣を包含する総体的複合である。人類の様々な社会にみられる文化の条件は、普遍的原理に基づいて探究しうるかぎり、人間の思考および行為の法則を研究するに適った主題である。他方、かくも広範に文明を普及させた単一性は、大凡のところ、単一の原因を有する単一の行為に帰せしめてよかろう。けだし、一方、文明の様々な程度は発達ないし進化の段階と見做しえよう。すなわち、各々の段階は過去の歴史の結果であると同時に、まさに未来の歴史を形造るにあたり固有の役割を果さんとするものである」
タイラーは、進化論の立場から、文化科学の提唱を行ったのです。 タイラーおよび、その後継者たちを、黒田氏は次のように説明します。
「独創的な努力によってタイラーは、『文化』というコンテクストのなかに『言語』『神話』『宗教』『呪術』などの概念を有機的に構築することに成功した。そして、タイラーの主知主義的な学説は、『原始文化』を読んだことがきっかけとなり人類学者になったフレーザー(Frazer,J.G.,1854―1941)によって継承され一層発展をとげることとなる。ちなみに、フレーザーの影響は、人類学者・哲学者・文学者など広い範囲におよび、精神分析のフロイト(Freud,S,,1858―1917)への影響は有名である。また、オックスフォードでの直接の後継者マレット(Marett,R.R.,1866―1943)は、タイラーの主題の多く、とりわけアニミズムの理論を発展させた。同時代の論敵だったラング(Lang,A.,1844―1913)もまたタイラーの影響をうけたひとりである」
11「象徴論」では、北海道大学文学部教授の梶原景昭氏が、象徴人類学について以下のように述べています。
「象徴人類学というときに、そこに単一の傾向があるということではなく、いくつかの異なった傾向を包む大枠と考えたほうがよい。たとえばM・ウェーバーの大きな影響を受け、文化の記述と分析を推進し、象徴を通して社会的行為者がこの世界の現実をいかに感じ構成してゆくかという問題に精力を傾注するC・ギアツ(Geertz,C.,1923―)の立場がある。他方、象徴を意味の運び手や文化の窓口ではなく、社会過程のなかで人をつき動かすものととらえるV・ターナー(Turner,V.,1920―83)の視点がある。この2つはいずれも、象徴人類学の幅と拡がりを示すもので、いずれかが正統ということではない」
また、梶原氏は「象徴」について以下のように述べます。
「象徴に対する関心、幅広い意味での象徴研究の歴史は新しいことではない。けれども、時代のパラダイムとして、象徴への関心が組織化され、1つの知的運動として行われるようになるには、たとえば18世紀のロマン主義運動の到来をまつ。R・ファース(Firth,Raymond,1901―)はその多様な特徴を『秩序正しい進歩への不信、革命も含めて変化を予感すること、葛藤と暴力にも関心を払うこと、自然と人間との相互関係の重視』とまとめている」
さらに、ロマン主義と「象徴」との関連について、黒田氏は述べています。
「いわば深層の意味への希求を暗示するこの時代の感受性は、詩的表現・夢・神話などに関心をよび起こし、現実の別の次元を想起させる自然の全体性、異世界への憧憬をもたらしたのである。こうした関心にはノヴァリス(Novalis,von Hardenburg)による呪術言語の研究、リヒテンベルク(Lichtenberg,Georg Christoph)の夢の象徴性の探求、古典学者たちの行なったギリシャ神話の再解釈などが含まれる。自然が示す神秘的な力、象徴の想像力などの問題は当時の西欧世界に、隠された意味世界の拡がりをもたらしたといえよう。古代世界と東洋への志向、理想郷や『高貴なる野蛮人』という形での『未開社会』に対する関心が存在していたことも明らかである」
そして、この読書館でも紹介した名著『儀礼の過程』を著したスコットランド出身の人類学者ヴィクター・ターナーの考えを以下のように紹介します。
「ターナーは象徴とは身体的・道徳的・政治経済的な力を現実化する手段であり、そうした象徴の力は部族社会においては通過儀礼の境界状態(たとえば成人式の場合、儀礼の途中で子供でも大人でもない状態)にみられ、あるいは歴史的な境界期で社会が危機にみまわれた際にもっとも顕著に発現するという。このことは同時に象徴が無時間的存在でなく、社会の変化に対応して意味を変えてゆくことや、あるいは時代が変わると、人びとはしばらく忘れていた象徴をとり出して、それに以前とはまったく異なった意味を付与することにもわれわれの注意を喚起する。 それは象徴が病気治しの儀礼で力を発揮したり、危機の時代に社会を外部に対抗して団結させ一体感を産み出したりするからである。こうした危機の状況以外では象徴がまさに静的な表現として、指示対象と1対1の対応をしているといってよく、それは特に注目すべき問題ではないというのがターナーの立場である」
13「解釈人類学」では、大阪大学大学院人間科学研究科教授の小泉潤二氏が以下のように述べています。
「人間が意味(meaning)を求める動物であるという命題は、ギアツがマックス・ウェーバーから受け継ぎ、分析のほとんど公理的な大前提としたものである。彼によればわれわれ人間にとって最も耐えがたいことは、自らの概念化する力が脅かされその経験世界に渾沌がもたらされることであるが、それが起こり得るのは、第1にわれわれが認識し分析する能力の限界において、第2に感情的苦痛に耐える力の限界において、第3に道徳的判断力の限界においてである。ギアツはこの三方面において、人間が根源的に必要とする『意味』が失われ『解釈の可能性』さえもが危うくなり得ると考え、これを『意味の問題』(the Problem of Meaning)と呼んだ。彼が『文化システム』(cultural system)と呼ぶ『常識』や『宗教』や『イデオロギー』や『芸術』などは、それぞれが特有な形でこの意味の問題に対処するものとして捉えられている」
14「文化記号論」では、九州大学人間環境学研究院教授の関一敏氏が、ダン・スペルベルの認知的象徴装置論を紹介しています。 スペルベルは「完全な動物や異種混成動物、怪物たちはなぜ象徴的思考にふさわしいか?」(1975年)という奇妙な題の論文で、現代西洋社会が都市のなかで動物たちと出会う4つの場所として「動物園」「見世物市」「サーカス」「イルカ水族館」をあげました。著者は、以下のように述べています。
「このうち動物園ではライオンはライオンらしく、ゾウはゾウらしくという種に応じた典型が示されるのに対して、見世物市では手足頭の過剰や欠如、半人半獣の異常な動物が展示される。サーカスは両者の中間に属していて、形態的には動物園のように完全だが、見せる芸はその動物種の理念的規範をはるかに逸脱したものである。最後にイルカは形態的完全さにおいてサーカスの動物たちと同じだが、人間の統御外にある闊達さを示す点でサーカスとは異なる。イルカに特徴的なのは疑似人間的な知力と動物的迅速さをあわせもつという種の理念規範そのものが、すでに動物全体の理念を逸脱していることである」
本書を読んで、文化人類学のさまざまな理論を俯瞰することができました。 文化人類学は、まず19世紀後半に文化進化論として成立しました。その後、伝播主義による批判を経て、1920年代にはデュルケーム社会学の影響を受けた機能主義が登場します。機能主義とは、現地調査に基づいて文化を全体的・静態的に理解し、その中での個々の要素の機能を分析する立場です。20世紀前半にはこの機能主義が主流でありながらも、 文化様式論・オランダ構造主義・文化とパーソナリティ論・新進化主義・マルクス主義人類学など、さまざまな立場が興隆しています。
しかし1960年代には、構造主義の登場によって、パラダイム・シフトが起こったのです。構造主義は、人間精神に見られる無意識の普遍的構造を追究する立場ですが、これが機能主義に代わって、文化人類学の主流となりました。構造主義を代表する文化人類学者がクロード・レヴィ=ストロースです。構造主義は、以後の文化人類学に多大な影響を与えましたが、そこから、象徴論・解釈人類学・認識人類学・文化記号論などが派生していきました。本書を読んで、このような流れをざっと掴むことができました。