No.1880 プロレス・格闘技・武道 『毒虎シュート夜話』 ザ・グレート・カブキ&タイガー戸口著(徳間書店)

2020.05.19

『毒虎シュート夜話』ザ・グレート・カブキ&タイガー戸口著(徳間書店)をご紹介いたします。「ギックリ腰なのに、どうしてブログが書けるの?」と思われる方もいるかもしれませんが、基本的に書評ブログはストック記事なのです。悪しからず。
「昭和プロレス暗黒対談」という忌まわしいサブタイトルを持つ本書では、一条真也の読書館『”東洋の神秘”ザ・グレート・カブキ自伝』『虎の回顧録』の著者であり、ともにシニアの域に達した2人のプロレスラーの舌戦により、昭和、平成の日米マット界の暗黒史が明かされるという触れ込みです。アンドレ・ザ・ジャイアント、ハリー・レイス、ブルーザー・ブロディ、ダスティ・ローデス、リック・フレアー、トミー・リッチ、そしてハルク・ホーガン……2人が戦った世界のトップ・レスラーたちの素顔が暴露されます。

本書の帯

本書のカバー表紙には毒霧を噴くザ・グレート・カブキ、裏表紙には毒霧を受けるタイガー戸口の写真が使われ、帯には「『お前は戸口じゃなくて大口だ!』カブキの毒霧に、たじろぐタイガー戸口――日米マット界の裏と表を生きた同世代の2人の『記憶』は、きれい事だけで作られた『記録』よりも濃厚な昭和プロレスの闇に染まっていた!」と書かれています。カバー前そでには「プロレスラーはバカじゃできない、利口じゃできない、中途半端じゃ、なおできないんだよ――ザ・グレート・カブキ」、カバー後そでには「ベビーフェイスは立っていればいい。試合は全てヒールが作っているんだから、ヒールができなきゃアメリカでは稼げない――タイガー戸口」とあります。

本書の帯の裏

本書の「目次」は、以下の構成になっています。
「はじめに」
第1章 力道山の遺産
第2章 全日本の闇
第3章 アメリカン・ドリーム
第4章 誕生「隈取りと毒霧」
第5章 日本マット界とピンハネ
第6章 レスラーたちの下半身
第7章 明かされるSWSの真実
第8章 馬場・猪木は強いのか
第9章 三沢光晴の死から……

「はじめに」では本書の構成作家である原彬氏が「猪木さんがコブラツイストをやり始めた時に、吉村(道明)さんが『寛ちゃん、もしそれでフィニッシュを取るんだったら、1年間、それを続けなきゃダメよ』って言ったの。それで、猪木さんは1年間やったんだよ。そうしたら、新聞が決め技のところに『コブラツイスト』って書くようになった。そうやって技の神話を作っていったの」というカブキの発言を紹介し、「マサ斎藤が亡くなった今、本物のプロフェッショナルヒールとして、全米で活躍してきたレスラーは、2人を除くと、キラー・カーン、ケンドー・ナガサキぐらいか。本人たちの記憶は、史実と違う部分もある。可能なかぎり事実確認をしたが、そもそも裏側の記録など存在しない密度のプロレス界にあって、とにかく興味深くておもしろい『記憶』を書き記すことにした」と述べています。

2人とも全日本プロレスの出身だけあって、新日よりも全日びいきの印象があります。猪木を評価しない一方で、馬場を過大に評価するきらいがあるのです。第1章「力道山の遺産」では、「日本で一番うまいプロレスラー」として、いきなり以下のような会話が交わされます。
カブキ 最初に、確認しておきたいんだけれども、戸口から見て「この人、プロレスが上手だな」って感心したレスラー、多いと思うけど、1人挙げるとすると誰?
戸口 そりゃ、馬場さんですよ。
カブキ そうだよね。馬場さん、実は、すごく運動神経がよくて。カラダの大きさ、手足の長さを見せつける、ダイナミックな試合が、天性でできた。今見ても、あれなら、お客さん来るし、テレビの視聴率も上がるよ。
戸口 昭和40年代のジン・キニスキー、ドリー・ファンク・ジュニアとの60分フルタイムマッチ、セコンドでリングサイドから見ていたけど、とにかくお客さんの目が「すごいな、この人」って思ってた。

2人の馬場びいきは止まらず、こうも語り合います。
戸口 正直、猪木さんとはレベルが違っていましたよね。あの会場の沸き方見たら、猪木さんも、嫉妬しますよ。
カブキ それがわかっているから、馬場さんも、「プロレス日本一、決定戦だ」とか言われても、いちいち相手にしなかったの。
戸口 うん、馬場さんが、歴代のプロレスラーの中で、日本ナンバーワンというのは、間違いない。世界はともかく。
カブキ そう、間違いない。もう、亡くなられて20年たつけど、日本では馬場さんが一番。
戸口 日プロ時代の馬場さんに限れば、世界のベストですよ。

「プロレスの神様」と呼ばれたカール・ゴッチも2人に言わせたらボロクソで、以下のような会話が交わされます。
カブキ 俺に言わせるとカール・ゴッチは、なんで評価されているのか、わからない人だよ。とにかくプロレスはショッパイの。お客さんを何1つ沸かすわけでもないし。だから、アメリカに帰ったら、全然仕事がない。
戸口 ニューヨークに、ちょこっといただけですね。
カブキ 猪木さんが名伯楽に仕立て上げたんだよね。あれ、猪木さんが日本プロレスから出て、新日本を旗揚げする時に、外国人を呼ぶ人がいなかったんで。それで、カール・ゴッチは、プロレスの神様とか呼ばれていたから、「カール・ゴッチが呼んでくれる選手は、本物、強い選手ばかりだ」ってことにして、コネクションを取り始めた。実際来たのは、ショッパイレスラーばっかりだったけど。

とにかく猪木に対する発言はひどいものです、第5章「日本マット界とピンハネ」でも、「横浜市鶴見生まれの『アントニオ』」として、こんなふうに言われています。
カブキ 猪木さんって、運動神経がよくないとか言われたりしていたみたいだけど、実際、ショッパかったよ。ドロップキックも、正面飛びでやって、ドテーンと背中から落ちたりしていて、それが、なんで、エース候補になれたかというと、タッパがあったから。力道山が、横浜の鶴見出身と言わないで、「ブラジルから連れてきた」って言って。
戸口 そういう説明してましたね。
カブキ 馬場さんが読売ジャイアンツで、猪木さんには何もなかったから、「ブラジルから連れてきた」っていうことで記者会見をやったの。だから、ほとんどのお客さんが、「猪木は、ブラジルから来た」って思っていた。だから、「日本語をしゃべるな」とか言われていた。でもスパニッシュも、英語もしゃべれないんだから、無口になるしかないよね。
戸口 運動神経が悪かったからこそ、格好をつけたり、オーバージェスチャーでごまかしていた部分もあるんだ。

ちなみに、Wikipedia「アントニオ猪木」のプロフィール「生い立ち」には、以下のように書かれています。
「神奈川県横浜市鶴見区生麦町(現在の鶴見区岸谷)出身。父親は猪木佐次郎、母は文子(旧姓:相良)。父親は猪木が5歳の時に死去。前田日明は『猪木さんの弁によると父親は県会議員か何かだったって』と著書に書いている。実家は石炭問屋を営んでいたが第二次世界大戦後、世界のエネルギー資源の中心が石炭から石油に変わっていったこともあり倒産。現在は東京都港区在住。12歳で横浜市立寺尾中学校に入学するも、生活は厳しかった。13歳の時に貧困を抜け出せるかもしれないという希望から、母親、祖父、兄弟とともにブラジルへ渡り、サンパウロ市近郊の農場で少年時代を過ごす。ブラジル移住後最初の1年半は、農場で早朝5時から夕方の5時までコーヒー豆の収穫などを中心に過酷な労働を強いられた。幼少時代は運動神経が鈍く、友達からは『ドン寛(鈍感)』『運痴の寛ちゃん』などと呼ばれていたが、ブラジル移住後は陸上競技選手として現地の大会に出場し、砲丸投げで優勝するなど、その身体能力を発揮する。その際、ブラジル遠征中の力道山の目に留まる」

猪木が横浜市鶴見生まれというのは公然の事実で、本人も認めていますし、書籍やテレビ番組などでも明かしています。そして、祖父たちとともにブラジルに移民して、コーヒー農園で働いたというのも事実です。そこで砲丸投げで活躍し、力道山の目に留まってスカウトされ、プロレスラーになるために日本にやってきたのも事実です。つまり、カブキと戸口の言っていることは、まったくの的外れで納得できません。だいたい、本書では猪木のことをボロクソに貶していますが、2人は何か猪木に恨みでもあるのでしょうか。ともに、猪木から新日本プロレスに呼んでもらって禄を食んだこともあるのに、あまりにも失礼千万と言えるでしょう。これを読んで、カブキと戸口の人間性が信じられなくなりました。

ならば、馬場のことは手放しで絶賛かというと、冒頭こそそんな感じでしたが、ページが進むにつれて、だんだんこちらも雲行きが怪しくなってきます。第7章「明かされるSWSの真実」では、「SWS移籍の原因は馬場の『カブキ潰し』として、カブキが馬場が自分を潰そうとしていたと告白します。そして、以下のような会話が展開されるのでした。
カブキ 結局、馬場さんは、自分が育てた選手が、ガーッと上に行く分にはいいけども、よそに行って、それで帰ってきて大きくなられたら嫌なんだ。だから輪島さんも潰しにかかったじゃない。
戸口 輪島さん?
カブキ だって、テレビで言うんだから、「輪島はね、練習しないからダメですよ」って。
戸口 そんなこと言ったんだ。
カブキ それ聞いて、輪島さんが「辞める」って言いだして。
戸口 輪島さん、真面目にやってたんじゃないですか。普通、元横綱だと「俺は横綱」っていう頭があるから、1からプロレスのほうに切り替えられないのに。でも輪島さんは1から真面目にやってたよ。僕、その姿アメリカで見ていたから。大したものだなと思った。誰に対しても、腰が低かったし。
カブキ かわいそうだったよね。

この後、カブキによれば、馬場のジェラシーからカブキのCM出演がストップさせられたり、「笑っていいとも!」をはじめとして、テレビ出演も全部断られたことが明かされ、「馬場さん、自分より目立つこと、絶対させなかったから」と言われます。ついには馬場が極度のケチで2人ともアメリカと日本を行き来する飛行機代を払ってもらえなかったことまで暴露される始末です。いやはや、「故人であり恩人である人物に対してここまで言うか!」といった感じで、読んでいてじつに嫌な気分になりました。
本書のサブタイトルが「昭和プロレス暗黒秘史」であることから、馬場・猪木の両巨頭をコキおろすのが目的だったのかもしれませんが、カブキと戸口の2人について、「人としてどうよ?」と思ったのは、わたしだけではありますまい。

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