No.1885 哲学・思想・科学 | 社会・コミュニティ 『新型コロナウイルスの真実』 岩田健太郎著(ベスト新書)

2020.05.26

緊急事態宣言が全面解除された翌日となる26日、99冊目の「一条本」として、『死を乗り越える名言ガイド』(現代書林)が発売されました。ぜひ、ご一読下さい!
いま、出版界で売れているのは新型コロナウイルス関連の本です。わたしも、緊急事態宣言の間に大量に読みましたが、最も多くの読者に読まれているのが本書『新型コロナウイルスの真実』岩田健太郎著(ベスト新書)です。著者は1971年、島根県生まれ。神戸大学大学院医学研究科・微生物感染症学講座感染治療学分野教授。神戸大学都市安全研究センター教授。ニューヨークで炭疽菌テロ、北京でSARS流行時、またアフリカではエボラ出血熱の臨床を経験。帰国後は亀田総合病院(千葉県)に勤務。感染症内科部長、同総合診療・感染症科部長を歴任。著書多数。本書は、巻末に「本書は世界的なCOVID-19パンデミックの最中に作られた非常時の本です」と書かれていますが、著者の書き下ろしではなく、ライターさんが著者の話を聞いて文章起こしをしたそうです。緊急性のある出版なので仕方ないですね。

本書のカバーの下部

本書のカバー表紙の上部に著者の写真が使われ、下部にダイヤモンド・プリンセス号の青みがかった写真とともに「感染症専門医の第一人者が語る感染不安への処方箋」「ダイヤモンド・プリンセスになぜ私は乗船し、追い出されたのか? 動画公開に至るまでの顛末とは!?」と書かれています。

本書のカバー裏の下部

カバー裏表紙の下部には、「自分と家族を守る感染症対策の鉄則」として、「新型コロナウイルスは空気かんせんするのか?/このウイルスがタチが悪いとはどういうこと?/手洗いやうがいで本当に感染は防げるの?/感染対策にマスクは効果ないって本当?/若者がウイルスを拡げているの?/満員電車には乗らないほうがいいの?/PCR検査で正しい結果が出るのは6割!?/なぜ世界中でパニックになってしまったの?/なぜ医療崩壊してしまう国が出てきたの?/感染症パンデミックは本当に収束するの?」と書かれています。

また、カバー前そでには以下の内容紹介があります。
「本書は、新型コロナウイルスの正体と感染対策を これ以上なく分かりやすく解説した決定版です。 感染症パンデミックとなったいま、世界中の人々が 過剰にパニックを引き起こす メカニズムまでをも理解できます。 そんなとき、組織はどうあるべきか、 個人はどう判断し行動すべきか。『危機の時代を生きる』ための指針に満ちています」

本書の「目次」は、以下の構成になっています。
「はじめに」
第一章 「コロナウイルス」って何ですか?
第二章 あなたができる感染症対策のイロハ
第三章 ダイヤモンド・プリンセスで起こっていたこと
第四章 新型コロナウイルスで日本社会は変わるか
第五章 どんな感染症にも向き合える心構えとは
「あとがき」

「はじめに」で、著者は「新型コロナウイルスについて自分で判断するために、必要な情報や知識とは何でしょうか」と読者に問いかけ、「それは、感染症の原則を押さえることです。『微生物と感染症は違いますよ』とか、『感染と病気は別物ですよ』とか、『感染経路を遮断することが大事ですよ』という、原則的なところからしっかり理解を深めていくことが重要です」と述べています。また、「ダイヤモンド・プリンセスでの対応を除けば、日本政府のコロナウイルス対策は概ね適切だし、諸外国の対応と大きな違いはない、というのがぼくの理解です」とも述べています。

第一章「『コロナウイルス』って何ですか?」では、ウイルスの定義を試みます。ざっくり言うと「他の生物の細胞の中に入らないと生きていけない微生物」ということになるとして、著者は「ウイルスと菌は、よく混同されることがありますね。ウイルスと菌の間で何が違うかというと、じつはこれも厳密に議論するとなかなかややこしい問題なんです。けれどもざっくり言えば、ウイルスは『抗生物質が効かない』もので、菌は『抗生物質で殺せる』ものと捉えていただければ、一般の方でしたら問題ないと思います」と述べます。

一条真也の新ハートフル・ブログ「コロナとサンレー」で、わたしは「コロナ(CORONA)」というのは英語で「太陽の炎」という意味だと説明しました。また、コロナは太陽光線の紫外線に弱いという説を紹介し、「サンレー(SUNRAY)」が太陽光線という意味であることから、「サンレーがコロナを打ち破るのかもしれません」と述べました。本書には、もともとコロナは「冠」のような意味合いだと書かれています。電子顕微鏡で見ると、周りに冠状のギザギザが付いた形をしているので「コロナウイルス」という名前が付いているそうです。

風邪で病院に行くと、抗生物質を処方されることがあります。でも、著者は「『風邪を治す』という意味での風邪薬は存在しなくて、薬にできるのは、くしゃみを止めたり、鼻水を止めたり、咳を止めたりなどの対症療法だけです。風邪そのものは自然に治るのを待つしかない、そして、たいていは自然に治ってしまう、というのが従来のコロナウイルスでした」と説明します。2002年、コロナウイルスの歴史が変わります。中国の広州を中心に、今まで見つかっていなかった新しいコロナウイルスが発見されたのです。これが後に「SARS(サーズ)」と呼ばれる病気の原因である「SARSコロナウイルス」でした。

従来のコロナウイルスは喉とか鼻など「首から上」の症状を引き起こすウイルスでしたが、このSARSコロナウイルスは「首より下」に位置している肺の病気を引き起こしました。著者は「人は肺で酸素の交換をしますから、ここが病気を起こすと呼吸ができなくなります。つまり、命に関わる病気の原因となるコロナウイルスが登場したんです」と述べています。肺炎を起こしやすいSARSは致死率も高く、罹った人の死亡率は約10パーセントでした。

その後、2012年に、今度は中東のラクダから感染するコロナウイルスが見つかりました。「MERS(マーズ)コロナウイルス」です。MERSはMiddle East Respiratory Syndrome(中東呼吸器症候群)の略で、Middle Eastとは中東のこと。MERSコロナウイルスもやっぱり肺炎を起こしました。これはSARSに輪をかけて致死率が高いウイルスで、罹った人の死亡率は30パーセントという非常に怖い感染症でした。

「7番目のコロナウイルス」として、著者は「風邪の原因となる従来のコロナウイルスは4種類で、2002年にSARSが、2012年にMERSが出て、延べ6種類のコロナウイルスが人間に病気を起こすことが、これまでに分かっていたことになります。そして、今回世界中で流行しているのが『7番目のコロナウイルス』になります。これはおそらく2019年の暮れ……11月とか12月とか諸説ありますが、中国・湖北省の武漢で感染を始めました」と述べています。武漢で患者が激増し、そうこうするうちに中国の正月休みである「春節」の時期に突入してしまいました。そして現在のような世界的な大問題になり、2020年3月12日にはWHO(世界保健機関)がパンデミック宣言を出したのでした。

新型コロナウイルスの感染についてはPCR検査の是非が議論されていますが、PCRとはPolymerase Chain Reaction(ポリメラーゼ連鎖反応)の頭文字で、特定の遺伝子を捕まえて増幅させる技術です。著者によれば、対象がウイルスでなくても、遺伝子さえ持っていれば、例えば人の遺伝子に対してもPCRを使うことができるそうです。著者は、「PCRによる検査では、この新型コロナウイルスに特徴的な遺伝子の配列を探してきて、対になっている遺伝子を分離させ、ポリメラーゼという酵素の働きを利用して遺伝子を増幅させます。こうやってウイルスの遺伝子を増やし、見える形にしてあげて写真を撮り、ウイルスがいるかいないか判断する、というのがPCRの原理です」と説明しています。

また、PCR検査はよく間違えるということが指摘されていますが、新型コロナウイルスの検査の場合は喉をこすってサンプリングするので、そこで拾えた遺伝子の量が足りない場合と、そもそも喉にウイルスがいない場合があるそうです。著者は、「ウイルスは人間の細胞の中にいますから、細胞から外に出ているウイルスの遺伝子を捕まえてやらなくてはいけないんですが、感染していても細胞からなかなか外に出ずにサンプリングできないことがあるんですね。あるいは、ウイルスが喉にいなくて肺の中に入ってしまっていると、当然喉をこすっても捕まりません。というわけで、PCRによる検査では偽陰性、つまり体内にウイルスがいるんだけど検査で捕まらないことがしばしば起きます」と述べています。これは今回のウイルスに限った話ではなく、これまでに知られている感染症でもよく起きてきたことだとか。

PCRで陰性でもウイルスがいないという証明にはなりません。逆に、PCRが陽性の場合はウイルスがいるという証明にほぼなります。著者は「つまり、検査はよく間違えるということです。『医学的な検査は正しい』というのは、じつは間違い。多くの医者も誤解しているんですけど、検査はしょっちゅう間違える。ここを理解しておくことが、すごく大切なんです」と訴えます。そして、新型コロナウィルスの感染に関しては、「4日間症状が続いたら病院に行きましょう、あるいは妊婦さんや高齢者、持病のある人は少し早めに病院に行きましょうというのは、正しく診断することをはじめから放棄するということです」と述べています。

続けて、著者は「このやり方では、家で寝ていれば勝手に治るコロナウイルスを見逃しているかもしれないけど、別に見逃してもいいんです。家で安静にしているのなら」と述べています。病院に来なくていい人は病院に来ないほうが、二次感染は拡がりません。症状が軽い人に対して病院ができる治療はそもそもないんだから、勝手に治る人は勝手に治しちゃえばいい。それでも治らない人は病院に来れば、そこでは酸素も投与できるし、血圧を上げることもできるし、人工呼吸器につなぐこともできる。その必要性を判断する根拠は、症状です」と述べるのでした。

第二章「あなたができる感染症対策のイロハ」では、免疫力について語られます。「免疫力」とは病原体に対抗する力、つまり生体防御反応の強さのこと。著者によれば、これは、強くなれば強くなるほどいいものではなく、むしろ害になるといいます。例えばアトピー性皮膚炎や喘息、花粉症、関節リウマチなどの症状は「自己免疫疾患」に分類されますが、これらは全部免疫力が高すぎるがゆえに起きた弊害であるとして、著者は「つまり、免疫力ってバランスなので、高すぎても低すぎてもダメなので、『免疫力アップ』を売り物にしている時点で、既に間違いです」と述べます。それでは、インチキでなく免疫力を上げる方法はないのでしょうか。著者は、1つだけあると述べ、それは「ワクチン」だそうです。

第三章「ダイヤモンド・プリンセスで起こっていたこと」では、横浜に寄港した大量の感染者を出したダイヤモンド・プリンセスについて語られます。同船に乗船した著者は、船内では、感染の危険がある区域と安全な区域が区別されていなかったと指摘し、ネットを通じて、国の対策が不十分だと批判しました。その後、ネットに上げていた動画を削除しています。著者は、「クルーズ船が感染症に弱いというのは、感染症の専門家の間では昔から常識でした。肺炎とか、インフルエンザとか、ノロウイルスなんかがクルーズ船で流行りやすいことは以前から分かっていたんです。アメリカのCⅮCもガイドラインを作っていますし、事例もたくさん報告されています。もちろん論文も出ています」と述べています。

しかし、「クルーズ船が感染症に弱い」という常識をおそらく日本の官僚たちは理解していなかったとして、著者は「官僚というのは、要するに出てきたデータしか見ません。だから多分、香港で感染者が出た報告にも『なんだ、1人しか出てないじゃないか』という話になって、甘く見たんだと思います。感染症への経験や、専門知識のバックグラウンドがある人とない人、つまり玄人と素人の違いが出てしまったことが背景にあって、初動が遅れたわけです」と述べています。著者のダイヤモンドプリンセスの感染対策についての政府批判に関しては、じつに多様な意見が飛び交っていますが、政治的な問題には立ち入らないようにしたいと思います。

第四章「新型コロナウイルスで日本社会は変わるか」では、感染の再拡大について語られています。現在、日本においては新型コロナウイルスの感染拡大は収まってきたと見られています。緊急事態宣言も各地で解除されました。しかし、感染症の怖いところは、油断して対策の手を抜くとまた増えてしまうことであるとして、著者は「地震とか津波でも大変な被害は起こるけれど、来てしまえば終わりで、その後は終わったことに対する後始末をすればいい。それが感染症の場合は『終わりかけたんだけど、油断したからまたやり直し』みたいになる可能性があるわけですよ」と警告します。

日本の新型コロナウイルス対策は正しかったのでしょうか。それとも、間違っていたのでしょうか。この問題について、著者は「東京の屋形船の時や、和歌山の病院なんかではすごく上手な押さえ込みをしましたし、感染が拡がった初期、京都や奈良の患者さんからの感染はかなりうまく押さえ込みました。日本は局地戦では割とうまくやってるんです。ただし、戦争と一緒で、局地戦をそれなりに勝っていても全体として負けてしまうということもある。だからこそ、全体で勝つためのグランドデザインが必要です。局地的な戦術を勝利に結びつけるために、全体の戦略でしくじらないことが大事です」と述べています。

新型コロナウイルスの発生地は中国だという見方が大半です。わたしも、そう思います。また、日本はもっと早くに中国からの観光客らの受け入れを禁止すべきだったとも考えています。しかし、著者は「『中国からの渡航を禁止すればよかったじゃないか』という話がよくありますが、おそらくそれは五十歩百歩の問題で、感染の拡がりを止めるインパクトは最終的にはあんまりなかったと思います。中国からの渡航をさっさと禁止したアメリカでも、コロナウイルスはすごく流行しています。渡航禁止したら一時しのぎにはなるかもしれないけれど、他の国を介して、結局人は入ってくるんです。このウイルス感染を完全に免れた国、あるいは免れそうな国というのは今のところ存在しない。春節のときに中国人を入れなきゃよかった、みたいな話は、おそらく程度問題で、問題が深刻化する時期が後ろにずれるだけだったと思います」と述べるのでした。このくだりに関して、わたしは著者と意見が違いますが、「新型コロナウイルスとは何か」を学ぶという意味では、平易な語り言葉で書かれた本書は最適のテキストであると思いました。

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