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No.2162 プロレス・格闘技・武道 『なぜ燃やすのか シバター伝』 シバター著(KADOKAWA)
2022.08.17
『なぜ燃やすのか シバター伝』シバター著(KADOKAWA)を読みました。ブログ「シバターの八百長について思ったこと」で紹介した著者は、1985年生。日本の男性総合格闘家、プロレスラー、YouTuber、実業家。横浜市出身。本名は齋藤光。立正大学経営学部卒業。総合格闘家およびプロレスラーとしてはパンクラスP’s LAB横浜にも所属。既婚者で一児の父。愛称は「シバターおじさん」。アパレル系ブランド「SHIBATAR」を創設。過激な動画の投稿を主に行う「炎上系YouTuber」、「物申す系YouTuber」の先駆けとして知られ、ヒカルやラファエルと「炎上軍」名義でも活動中。
本書の帯
本書のカバー表紙には著者の顔写真が使われ、帯には「あの事件の真相とは?」「2022年3月現在 チャンネル124万人!」と書かれています。また、カバー前そでには、「善人か、悪人か。なぜそこまで人を挑発できるのか。なぜそこまで無様な顔を晒せるのか。その秘密がここにある」と書かれています。
本書の帯の裏
帯の裏には以下のように書かれています。
「ギャンブル依存症だった父、突然沖縄に移住してしまう自由な母、マイペースでどこか抜けた弟。そんな家族とともに育った齋藤光少年は、PRIDEと新日本プロレスに出会ったことで格闘技に目覚める。しかし普通の格闘家を目指していたわけではなかった。人見知りで大人しい、パソコンとアニメとマンガが好きだったオタク少年は、趣味が高じて自分たちの‟PRIDE”ごっこをビデオカメラで撮影し、その試合映像をウェブにアップした。対戦は各スポーツ部活の一番強いやつ同士をマッチメイクして、その試合を映像に残し、学年中の生徒が注目していた。いつしかそれは‟リアルファイトクラブ”と呼ばれるようになり、さらに2ちゃんねるに発見されると、まさかの‟スパーリングオフ会”が開かれるようになる。これが、後の炎上YouTuberシバター誕生の萌芽だった――。」
アマゾンの内容紹介には、「決定版の自叙伝が登場! あなたはまだ本当のシバターを知らない」として、「アニメやマンガ、そして格闘技が好きだったおとなしい少年がいかにして”炎上YouTuberシバター”になったのか? ネットの話題を見つけては燃やし尽くしてネタにする。仲よくなった同業者であっても、次の日には罵倒してネタにする。そうかと思えば正論で道を踏み出した人を諭し、次にすかさずパチンコによる禊に誘う。彼は本当は善人なのか? それとも筋金入りの悪人なのか? 近年は総合格闘技興行RIZINにも出場し、まさかの二戦二勝の大戦果。しかしその裏には影の努力と、世を騒がせた戦略があった。炎上YouTuberがいかにして誕生したか、そのルーツをたどり、最新の出来事までを自らの言葉で綴った、最新のシバター自伝がついに登場!」と書かれています。
本書の「目次」は、以下の構成になっています。
第一章 変な少年と格闘技
第二章 パンクラス・マンガ家・出版社
第三章 プロレスラーとしてのシバター人生哲学
第四章 なぜ燃やすのか――YouTubeとビジネス
第五章 シバター、大晦日に立つ
「あとがき」
わたしは、YouTuberとしての著者の活躍にはあまり関心がありません。わたしの関心は格闘技やプロレスにありますので、そのへんを中心に本書を紹介していきたいと思います。第一章「変な少年と格闘技」の「リアルファイトクラブ」では、著者が中学高校大学と同じ場所の学校に10年間通ったことが明かされます。その10年間は、総合格闘技興行RRIDEが始まって終わるまでの10年と、ちょうど重なっていました。また、新日本プロレスで、nwoJAPANやTEAM2000といったヒールユニットが流行っていた時期でもありました。著者は、「世界最強を決める総合格闘技の舞台であるPRIDEでは、当然、外国人選手がしのぎを削っていたが、日本人選手もそこで目覚ましい活躍を見せていた。初期は桜庭和志、中期は五味隆典、後記は青木真也。活躍している日本人選手は大好きだった」と述べています。
新日本プロレスでは、著者は武藤敬司、蝶野正洋、橋本真也のユニットである闘魂三銃士が好きだったそうです。中でも武藤の悪の化身であるグレート・ムタが好きで、一番エンターテインメント性を感じていたし、若い世代にも刺さりやすいキャラクター性や戦い方に引き込まれたといいます。著者は、「こういった格闘技にすっかりハマってしまったので、とうとう学校でPRIDEごっこを始めてしまった。学校の地下に、柔道場・剣道場・カラテ道場を合わせたような施設がワンフロアぶち抜きで存在していた。そこに友達なり、俺の学年の柔道部員なりサッカー部なりが集まって、みんなでプロレスごっこならぬPRIDEごっこをやっていたのだ」と述べます。それは、ブラッド・ピット主演の映画「ファイト・クラブ」にちなんで「リアルファイトクラブ」と名づけられ、著者たちはオープンフィンガーグローブをつけて、マウスピースを噛んだとか。
第三章「プロレスラーとしてのシバター人生哲学」の「中途半端にかつよりも派手に負けろ」では、PRIDEが終わってしまい、テレビでの格闘技の扱いが大幅に縮小された頃、前田日明が立ち上げたTHE OUTSIDERというアマチュア団体が注目を浴びていました。著者は、「大学を卒業した頃にパンクラス所属のプロ選手枠で呼ばれた俺は、団体の対抗戦で初めてTHE OUTSIDERの試合に出た。プロとしての試合だが、俺はそこまで勝ちにこだわっていなかった。こだわっていたのは面白い試合をすることだ。観客にインパクトを与えれば選手として残っていける、試合にも呼んでもらえると考えていたのだ。その結果として、『中途半端に勝つよりも、派手に負けてみたい』ところにまで行き着いていた。これは、プロレスの価値観が根本にあったからならではの考え方かもしれない」と述べています。
こういう著者のエンターテインメントの精神は、THE OUTSIDERの主催者である前田日明から学んだと言えますが、試合に出ていた頃は、実際には「真面目にやれ」と言われていました。直接話したのは1回か2回くらいだそうですが、試合前に一度、前田の控室に呼ばれて「お前、ちゃんと格闘技やったら強いんやから、ふざけずにちゃんと試合やれ」と声をかけられたといいます。著者は、「そのとき、ちょうどオールラウンダーやグラップラーの選手とも打撃で勝負をしてみたかったこともあり、俺はよく『来いよ! 打ってこい!』と煽って、相手に思いっきり一発殴らせていた。そこから打撃の試合に持っていく、という戦術だったのだ。前田さんに声をかけられたこともあり、その日の試合はしっかり打ち合ってみるかと思っていた。そこで開始すぐに『殴ってこい』というアピールをしたのだが、殴られてそのまま失神KOしてしまった。その日以来、前田さんとは喋ってない」と述べます。
「プロレスにおいてヒールとは何か」では、著者が考えるヒールの役割が以下のように語られています。
「最終的には負けるのだけれど、そのことによって見ている人に爽快な気持ちを持たせること、スカッとさせることだ。憎たらしいことを言って、YouTuberなり格闘家なりをバカにしまくってるシバターが、最終的にお灸をすえられる。それが、あるべき姿だと思う。俺が朝倉兄弟や魔袈斗さんに突っかかるのは、相手を挑発しておちょくり倒したとして、最終的にはシバターが成敗されるまでがセットだと考えているからだ。それが、最もわかりやすいエンタメの形だと思って作っている」
「ヒールに宿る言葉の力」では、プロレスにおけるヒールとは、スポーツにおけるアスリートとはかけ離れた存在であるとして、著者は「昭和のスタープロレスラーだったアントニオ猪木のプロレスを見ればわかりやすいが、ベビーフェイスはスリーとのような筋肉ムキムキで美しい身体をしている。一方のヒールは、太っていたりけむくじゃらだったり、見た目からして醜い存在だった。近代プロレスでは、ヒールであっても美しい身体をしていることが多く、ヒールとベビーフェイスの境界は曖昧になっているように感じる。だが、俺は見ている人が嫌悪感を抱いたり、憎たらしいと思ってしまうような、本来のヒールというものをやりたかった」と述べています。
第五章「シバター、大晦日に立つ」の「PRIDEの魅力とは」では、PRIDEが凄かったのは、主に外国人対外国人の試合が行われていたのに、日本人がその試合に大注目し、熱狂して観戦していたということだと指摘します。著者は、「これは今では考えられない話だ。なぜそういうことが起きていたかというと、それはPRIDEが世界一強い男が誰なのかを決める舞台だったからだ。そこには、ミルコ・クロコップやアントニオ・ノゲイラ、エメリヤーエンコ・ヒョードル、ヴァンダレイ・シウバ、クイントン・ジャクソンといったファイターがひしめいていた。そして、それらのファイターの試合に、日本人ファンが、日本人選手の試合以上に注目していた。最強を決める舞台だからこそ、打撃でドラマチックな展開になるばかりでなく、寝技で抑え込んだり、関節を取り合ったりというような、一見すると地味な展開にもよくなっていたが、にもかかわらず観客はリングにかじりついて試合の行く末を見守っていた」と述べています。
当時のPRIDEは、総合格闘技としてはまだ成熟していませんでした。異種格闘技戦というニュアンスを強く持っていたところがあったのです。つまり、柔術家のノゲイラなら寝技で勝負し、元K-1ファイターのミルコなら立ち技で勝負する。そこが選手ごとに明確に分かれていて、決して相手の土俵で戦ったりはしないので、どちらが勝つのか、どちらが強いのかを予想するのがより面白かったのでした。著者は、「現代では総合格闘技も進化したので、立ち技も寝技も基本的には全部できないと話にならないし、結局、一番強い人は全部が強い人ということになってくる。だから、総合格闘技が成熟していなかったときの頃のような面白さは、現代では失われてしまった。PRIDEには、そういう失われた熱狂があったのだ」と述べますが、これは非常に鋭い分析であると思います。
「プロレスラーとしての資質、そして華とは」では、著者は以下のように述べています。 「ザ・プロレスラーが誰かといえば、俺はアントニオ猪木だと考えている。なぜなら、勝っても、事故っても、そして負けたとしても、その全てをエンタメにする力を持っていたからだ。しかも、彼の試合を観る観客のほとんど全てが、目の前で起きているのは本当に真剣勝負なのだと思ってみていたはずだ。そういうときに、自分がもし事故的に負けることがあったらどんなドラマチックなことになるのだろうか、ということをアントニオ猪木は明確に理解し考えていたと思う。だから、格闘家としての実力も、エンターテナーとしての実力も含めて、最強のプロレスラーは彼だったなと思うのだ」と述べるのでした。この猪木論も秀逸で、著書をちょっと見直しました。
「地下格闘技から再び格闘技の熱が高まる」では、THE OUTSIDERの後期に登場してきた朝倉未来・海の兄弟が取り上げられ、著者は「その強さやカリスマ性にはかなり勢いがあり、そのまま朝倉兄弟はRIZINにも参入した。THE OUTSIDERという実験は、とんでもない掘り出し物を発掘することに成功したのだ。これが普通の団体の話だったらそこまで注目しなかったかもしれないけれど、プロレスから格闘技を始めて総合格闘技を作ってきた前田日明という人がこの兄弟を生み出したのだと思うと、独特の感慨を感じた」と述べています。
「格闘家の体重問題」では、格闘技における体重差の問題が取り上げられます。体重差というものは階級の設定以上の差になると指摘した上で、著者は「たとえばシバターは階級でいったらタイトヘビー、つまり93キロくらいだ。ところで朝倉未来はフェザー級だから66キロ、朝倉海はバンタム級だから61キロということになる。30キロも差があるじゃないか! と思われるかもしれないが、これはあくまでも試合当日のことだ。格闘家には減量というものがある。少なくともシバターが試合をしたときぐらいの話だが、未来さんは見る限り80キロくらい、海さんも70キロはあると思う。つまり、そこまでシバターと彼らの体重は離れていなかったのだ。だというのに、彼らは試合になるとめちゃめちゃ運動量を増やし、食事を制限して、最後にはダメ押しの水抜きで体重を規定にそろえるのだ。この原料が本当に厳しくつらいものだ」と述べます。著者は、「減量幅が大きい朝倉兄弟であれば、ナチュラルに近い階級でさらに実力を発揮する可能性も大いになると思う」とも述べています。
「リング上でガチを確信、十字で勝利を奪う」では、昨年12月31日の大晦日に行われた総合格闘技イベント「RIZIN.33」で、著者が元K―1ウェルター級王者の久保優太から奇跡の勝利を挙げた一戦が取り上げられます。試合の内容について、著者は「俺は首相撲を仕掛けてきた久保選手に飛び付き逆十字を仕掛け、まさに一本勝ちを奪うことに成功した。実は、飛び付き逆十字は、首周防の態勢になったときに一番仕掛けやすい。久保選手はキックボクシングとムエタイのトップファイターであり、この形にとても自信があったのだと思う。でも、これはMMAの試合だ。首相撲になったら打撃の展開ではなく、胴タックルなどから組み合いになり、グラウンドに寝かされる可能性が高い。そして、俺のように飛び付きの関節のような技を仕掛けられるリスクもある。だから、寝技ができる選手に首相撲を仕掛けるのは得策とは言えないだろう。飛び付き逆十字は、俺にとっては得意技で、体に染み付いた動作だったから、流れるように極めることができた」と述べています。
しかし、その後、著者と久保の試合前のLINEのスクショがネット上に流出しており、内容を抜粋すると著者が「明日は台本なしでやりましょう。ただ、これだけお願いなのですが、多分いつでも私を仕留められると思うので視聴率やてんちむさんにラウンドガールお願いしてたりするので1ラウンド目はめちゃくちゃ私ふざけるので1ラウンド目うまく時間潰して2ラウンド目で本気で倒しにきてください」とお願いしたところ、久保が「明日は台本なしで正々堂々承知致しました! いつでも倒せるだなんてとんでもないです! 僕の良いのが当たれば倒れる、シバターさんの良い技が極まれば極まる。というどっちもあり得る展開だと思います」と返しています。
このLINEのスクショが世間に流れ始めると、すかさず著者は1月1日に自身のユーチューブチャンネル「プロレスリングシバター」で「RIZIN大晦日大会での疑惑について」のタイトルで動画を配信。著者は、「ぼくの試合の件で、ちょっと巷に疑惑が浮上しておりますので、当人の口から説明しないと騒動が収まらないと思い、動画を撮っております」と切り出しました。著者は、「当人なんではっきり言いますね。私、シバターは昨日の久保さんとの試合において一切の八百長はしておりません」と、きっぱりと否定。出回ってるスクショについても「これは全く身に覚えがありません。あれ捏造なんじゃないですか」とこちらも否定しました。
続けて、著者は「ただ、もしあれが本物だったらとしたら。シバターから久保さんに送られていたのだとしたらね。久保さんって元K―1のチャンピオンでしょ? プロ格闘家でしょ? 絶対に飲んじゃダメでしょ。飲んだふりしても、1ラウンドでマジで仕留めにいかなきゃダメでしょ」と指摘し、さらに「もし仮にそういうのがあったとしても、そこは勝たなきゃダメでしょ。負けたら何も言うパワーはねぇよ。勝ったやつが正しいんだから、この世界って僕は思いますけどね」と持論を展開しました。わたしは、「これはシバターの方が正論だな」と思いました。もともと、この試合のかなり前から両者はYouTuber同士としてLINEを交換していたようですね。
一連のやり取りから思い出すのは、かつての著者と朝倉未来の八百長エピソードです。2019年11月24日に愛媛プロレスで朝倉未来と対戦したさいに、シバターは試合前に朝倉の控室で土下座し「ゴング鳴ったら飛びつき十字でガーッといくんで、レフェリーが極まってないのにゴング鳴らしちゃうみたいな」と交渉し、負けてくれれば3000万を払うと約束しました。朝倉も負けることを了承しましたが、試合になると朝倉は飛びつき腕十字を切り返してパウンドを連打、立ち上がった著者にさらにパンチを連打、そして右フックでKO勝利しました。そのまま倒れた著者を無視し「真剣勝負はこういうもんなんで。大晦日RIZIN出場するので」とファンにアピールしたという出来事がありました。この交渉自体が著者のYouTuberとしての芸であり、格闘家としての戦略であるわけで、それに乗らなかった朝倉未来は賢く、久保優太は愚かだったと言えるでしょう。そして、試合後の八百長疑惑による炎上まで想定内だったとしたら、著者は天才ですね!
もともと著者は格闘家ではなく、プロレスラーです。プロレスの世界では台本通りの展開に試合を行わないことを「ブック破り」といいますが、日本プロレス史上最大のブック破りは、昭和29年12月22日に蔵前国技館で行われた力道山vs木村政彦戦でしょう。「昭和巌流島の闘い」と呼ばれたこの世紀の一戦は、大相撲元関脇の力道山が、不世出の柔道王であった木村を頸動脈への空手チョップでKOしました。試合後、木村は「試合は引き分けの約束だったのに、力道山が裏切った」と訴えました。世間は木村の「引き分けの約束」発言から、プロレスが真剣勝負でないことを知り、この後、熱狂的だったプロレス人気は急速に冷めていきます。しかしながら、ルー・テーズやアントニオ猪木といった超一流のプロレスラーたちは常に相手がブック破りを仕掛けてくることを想定しながら試合をしていたといいます。そして、彼らは仕掛けられたら必ず相手を制裁していました。それが出来ずに相手の約束を鵜呑みにしてKOされてしまった木村は真のプロレスラーではなかったと言えるでしょう。
「炎上し、薪をくべ続けた正月」では、著者は「何も知らなかった俺の嫁は、世間で炎上していることを知って『ええ光そんなことしてたの? どうなっちゃうの?』と狼狽していたが、俺は『訴えられることもギャラが減ることもないし、炎上しても自分のプラスにしかならないよ』と答えた。『そういう風に考えて、こうなったからには次にどんな動画を出そうかとすごく考えていて、今ワクワクしているんだ』とも。嫁は『うちの旦那は本当にサイコパスだわ』と呆れていた」と述べます。そして、最後に著者は「みんな暇で退屈で、でも忙しく働いていて、日々ストレスを抱えて生きている。だからこそ格闘技やワイドショーのようなものの刺激で喜び、ストレスを解消する。エンタメの役割は結局のところこれだ。アンチも信者もそれからあまりそれまでは興味を持っていなかった人もみんな盛り上がった。だから、みんなが得をしたのだと俺は思っている」と述べるのでした。
一条真也の読書館『死なばもろとも』で紹介した本の著者であるガーシーを連想させる自分勝手な理屈だとも言えますが、ガーシーといえば、女性YouTuberきりたんぽの活動休止問題で、著者はガーシーを猛批判。ガーシーは他人からの批判に逆ギレすることで知られていますが、果たしてこれから両者のバトルが始まるのでしょうか? ガーシーvsシバターなら、かつてのPRIDENお頂上決戦であったヒョードルvsミルコにも匹敵する黄金カードではないかと思ってしまうのは、わたしだけではありますまい。