No.2229 社会・コミュニティ 『老害の壁』 和田秀樹著(x‐knowledge)

2023.04.07

『老害の壁』和田秀樹著(x‐knowledge)を読みました。著者は1960年、大阪府生まれ。精神科医。老年医学の専門家。東京大学医学部卒業後、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっています。ベストセラー『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『六十代と七十代 心と体の整え方』(バジリコ)など著書多数。

本書の帯

 本書の帯には、著者の顔写真とともに、「批判を恐れず、自分の好きなことをやればいい」「この国に立ちふさがる『老害』という名の同調圧力の壁を乗り越えて、70代、80代から楽しく生きる人生の心得」と書かれています。また、カバー前そでには、「長生きよりも『元気』『好きなこと』を優先させる生き方」と書かれています。

 アマゾンの内容紹介には、こう書かれています。
「『老害』は害じゃない! 高齢者医療の第一人者が贈る、老後を楽しく生きる、まったく新しい『老害の壁』の超え方。最近、『老害』という言葉をよく耳にしますが、高齢者はちょっとしたことですぐ世間から『老害』呼ばわりされて人知れず苦しんでいるケースが多いのです。実は、この老害と呼ばれていることのほとんどは、『高齢者に対する同調圧力』でしかありません。この同調圧力が、高齢者から生活や健康、娯楽などの自由を奪っています。本書では、この『老害の壁』を打ち破って人生100年時代を楽しく、健康に、いきいきと過ごすヒントをまとめました。老害と言われることを恐れずに自信をもって過ごせば、人生でいちばん幸福な、最高の老後が待っています」

本書の帯の裏

 本書の「目次」は、以下の構成になっています。
「はじめに」
第1章 老害の壁という名の同調圧力

第2章 老害を恐れていたら要介護に

第3章 老害と言われても気にしない

第4章 老害になるのは脳の衰え?

第5章 老害を気にせず老後を楽しむ

第6章 老害の壁を打ち破るための養生術

「はじめに」の冒頭を、著者はこう書きだしています。
「日本は高齢化がどんどん進んでいて、厚労省の発表によると、日本人の平均寿命は、女性87.57歳、男性81.47歳となっています(令和3年値)。一方で、介護なしで生きられる健康寿命のほうは、女性75.38歳、男性が72.68歳(令和元年値)。女性は約12年、男性は約9年、誰かに介護してもらいながら晩年を過ごすことになります」

 例えば、高齢者が、コンビニのレジでお金を出すのに時間がかかるなどして、レジの前に長蛇の列ができたりすると、後ろのほうの若い人から「何もたもたしているんだ」と罵声を浴びせられたりするとして、著者は「この若い人はきっと『買い物にこんなに時間がかかるなんて老害だな』とでも思っているに違いありません。こんな空気がはびこると、高齢者は萎縮してしまいます。その結果、若い人から老害と呼ばれないように、高齢者はでしゃばらず、つつましい生活を強いられるようになってしまうでしょう」と述べます。

 テレビのワイドショーで、高齢者の運転事故が報道されるたびに、「高齢者の運転は危ないから、早く免許返納させろ」という空気が日本じゅうに広がっていきます。著者は、「でも地方に住んでいる人はご存じだと思いますが、日本には車がないと買い物にも病院にも行けない地域がたくさんあります。高齢者世帯が免許を奪われたら、どんなに不便な生活を強いられるか、ちょっと想像してみればわかるでしょう。そこで、『生活に困るから、まだ運転させてください』とお願いしても、家族やマスコミから老害と言われてしまうのです。高齢者の運転が危ないというのは、いわゆるフェイク・ニュース(ニセ情報やデマ)で、何の根拠もありません」と述べるのでした。

 第1章「老害という名の同調圧力」の「老害という名の同調圧力」では、免許返納すると生活する上でさまざまな不都合が生じると指摘する著者は、「特に地方に暮らす高齢者は、買い物にも行けないし、友だちにも気軽に会いにいくことができなくなってしまいます。そればかりか、要介護のリスクも上昇しますから、高齢者にとっては踏んだり蹴ったり。高齢の夫婦2人暮らしで、1人だけ運転免許を持っている世帯では、2人とも要介護になってしまう危険性すらあるのです」と述べています。

「お酒は暗くなってから飲む」では、飲酒する60万人を対象に調べたイギリスの研究によると、1週間に5~10杯のアルコール飲料を飲むと、寿命が最大6ヵ月短くなる可能性があると報告していることが紹介されています。しかし、著者は「6ヵ月寿命を延ばすためにお酒をやめる必要はあるのでしょうか。これもタバコと同じで、飲まないとストレスを感じるなら飲んでよいと思います。ここは自分の快を優先させるべきでしょう」と述べています。基本的に、わたしも著者と同意見ですね。

「ヌード写真で若々しさを保つ」では、著者が男性高齢者が、女性がいる店に行くことを禁止すべきではないと言ってきたことが紹介されます。なぜなら、それは若々しさを保つために必要な行為だからです。著者は、「女性と話したいという欲求は、男性ホルモン(テストステロン)を増やします。逆に、男性ホルモンが減ってくると、筋肉がつきにくくなり、サルコペニアやフレイルになるリスクが高まります。また、男性ホルモンが減ると、意欲が落ちたり、記憶力や思考力が低下します。簡単にいうと、ヨボヨボ老人になる条件がどんどん増えていくのです」と述べます。

 第2章「老害を恐れていたら要介護に」の「運転免許も公共交通もなくなったら」では、国鉄民営化の一番の問題は、たくさんの赤字ローカル線を廃止したことにあると指摘しています。民営化是非の議論をしていた頃に、高齢者は免許返納したほうがよいと言われていたら、国民から大反対されたはずです。ところがそれには一言も触れずに民営化し、赤字ローカル線を廃止して、車なしでは高齢者が生活できないようにしてから、免許返納を「強要」されることになっていったとして、著者は「これは、豊臣家が収めた方広寺の鐘銘に、徳川家が言いがかりをつけたことで始まった大坂夏の陣並みの卑劣なやり方だと思います。さらにひどいのは、2020年になって、国土交通省の有識者による検討会で、現在の赤字路線を廃止する提言がなされたことです。国鉄が分割民営化されたとき、例えばJR東日本は、今後、赤字路線があっても首都圏の路線の黒字分で穴埋めするから、赤字路線があっても廃止はしないと言っていました。その約束を反故にしてしまったわけです」と述べています。

「自動運転になっても免許は返納?」では、今の警察がやっている交通の取り締まりは庶民いじめと言ってよいとして、著者は「すでに、運送会社やバスなどの運転手は、国家公安委員会が定めた機能が付いたアルコール検知器を使ったチェックが義務化されていますが、2020年10月からは社用車(一定の台数を保有する企業)にも適用されるようになりました。これにより、車を運転する会社員は出勤したらアルコールチェックを受けるのはもちろん、遠隔地で運転するときには携帯型のアルコール検知器を携行させなければならなくなりました。これが行われると、翌日に車を運転する予定の会社員はお酒を飲むことができません。ごく微量のアルコールでも検知されてしまうからです。節度のある飲酒であれば、翌日の運転にはまったく支障はありません。毎日運転する会社員なら、休みの日の前日しか飲めないことになってしまいます」と述べます。これは、ひどい話ですね!

 第3章「老害と言われても気にしない」の「性格の尖鋭化でがんこな人はよりがんこに」では、傍若無人な言動などで老害と呼ばれるような人は、若いときからそういう性格で、年をとってから急に暴言を吐くようになったわけではないと指摘します。ただし、年をとってから、言い方がより激しくなるという人はいるとして、著者は「これは『性格の尖鋭化』と言って、元々持っている性格が強くなることを言います。年をとると、この性格の尖鋭化が起こりやすいのです。性格の尖鋭化が起こると、例えば、がんこな性格の人はよりがんこになり、疑り深い人はより疑い深くなります。原因は脳の前頭葉という部位の萎縮です。年をとるとほとんどの人の脳は多かれ少なかれ縮んでいきます。前頭葉は感情や行動の司令塔なので、ここが萎縮すると感情のコントロールがうまくいかなくなり、性格の尖鋭化が起こりやすくなります」と述べています。

 第4章「老害になるのは脳の衰え?」の「脳の神経細胞は高齢でも増える」では、認知症の患者数は60代だと約2.5%ぐらいですが、70代から急カーブを描くように増加し、80代では約30%まで増えていくことが紹介されます。著者は、「では、認知症になる人とならない人ではいったい何が違うのでしょうか。老年精神科医として30年以上働いてきた私の経験から言えることは、認知症の発症は60代から70代にかけての生き方が大きく関わっているということです。その生き方というのは、脳を積極的に使う生き方です。歩かないでいると、歩けなくなってしまうように、体の機能は使っていないと衰えて縮んでいきます。これを『廃用性萎縮』といいます。脳も例外ではなく、使っていないと縮んでいきます」と述べています。

「若者も高齢者も記憶力に差はない」では、75歳ぐらいまでは記憶力はそれほど衰えないことが最近の脳研究でわかっていることが紹介されます。米タフツ大学のアヤナ・トーマス博士らの行った研究で、18~22歳の若者と、60~74歳の年配者のグループ(各64人)、リストにある多数の単語を記憶してもらった後、別の単語リストを見せて、もとのリストに同じ単語があるかどうかを尋ねました。その際、事前にこの研究が「ただの心理実験」だと説明したときは若者と年配者の正解率の差はほとんど見られませんでしたが、事前に「高齢者のほうが成績は悪いものだ」と告げておくと、年配者の正解率だけが大きく低下したそうです。著者は、「一般に若い人の記憶力がよいといわれるのは、努力して記憶しているからです。みなさんも10代の頃は、受験勉強などで、英単語や歴史年表などを一生懸命記憶した経験があるでしょう。そのくらい努力しないと記憶は定着しないものです」と述べます。

「初めての店に入ると前頭葉が活性化」では、前頭葉の萎縮は40代頃から始まっていると言われ、MRIなどの画像診断で確認することができることが紹介されます。特に何もしないと萎縮が進んで、早い人では50代ぐらいから、がんこになったり、思い込みが激しくなったり、怒りっぽくなる、といった傾向が見られるようになるそうです。著者は、「こうした傾向は、その人がもともと持っていた性格が尖鋭化したものなので、人によって表れる傾向に違いがあります」と述べています。また、「生活のルーティーン化は脳を老化させます。外を歩くのはよいことですが、毎日決まった時間に決まったコースを歩いているのなら、前頭葉は活性化しません。日常生活の中で、少しでもよいので、変化を持たせるようにするとよいのです」とも述べます。

「認知症とうつ病の症状は似ている」では、精神科医として数多くの高齢者を診てきた著者からすると、高齢者は認知症よりもうつ病のほうがつらいそうです。うつ病になると、食欲がわかない、意欲がわかない、疲れやすい、物忘れがひどい、眠れない、といった症状が現れます。物忘れがひどくなると、「認知症になったのではないか?」と不安になる人もいますが、うつ病の症状には意欲の低下など、認知症の症状と似ているものがあるといいます。著者は、「うつ病の約4割は60歳以上というデータがあります。高齢者がうつ病になりやすい理由の1つに、セロトニンの減少が考えられます。セロトニンは脳の神経伝達物質の1つで、減少するとうつになりやすくなります。また、意欲がなくなったり、不安感が強まったりすることもあります。若い人はストレスが原因でセロトニンの分泌が悪くなり、うつ病になることが多いのですが、高齢者の場合はそれに加えて加齢によってもセロトニンが出にくくなります」と述べます。

「朝日を浴びるとセロトニンが増加」では、セロトニンは朝、太陽の光を浴びると分泌量が増えることが紹介されます。そして、このセロトニンを材料にして、夜になると「睡眠ホルモン」とも呼ばれるメラトニンがつくられます。しかし、高齢者はそもそもセロトニンの分泌が少ないので、メラトニンをたくさんつくれません。北極に近いノルウェーやフィンランド、スウェーデンなどの北欧の国では、夏は1日中太陽が沈まない「白夜」がある一方、冬には太陽が昇らない「極夜」が2ヵ月くらいあります。この極夜の季節は、季節性の抑うつ気分を訴える人が多く、ウインター・ブルー(冬期うつ)と呼ばれています。著者は、「これも日光を浴びることができないことによるセロトニンの減少が大きな原因の1つです。日光がどれだけ大事かわかるでしょう」と述べるのでした。

 第5章「老害を気にせず老後を楽しむ」の「AIの進化で仕事がなくなる」では、AI(人工知能)の技術が進化すると、道路工事をしてくれるロボットや、介護をしてくれるロボットがいずれ開発されると推測します。あるいは、完全自動運転の無人タクシーが登場するかもしれないとして、著者は「そうなると、今以上に生産人口が不要になります。そうなると、生活保護どころか、ベーシック・インカムを配るしか方法がなくなるでしょう。ベーシック・インカムとは、年齢に関係なく、すべての国民が、国から継続的に一定額のお金を受け取れる社会保障制度のことを言います」と述べます。現在、経済学者などが、ベーシック・インカムを配るなら、どのくらいの金額が妥当か試算しているようですが、今のところ年額100万円くらいのようです。これでは食べていくだけでやっとでしょう。いや、それすら難しいかもしれません。著者は、「本当に消費を活性化させようと思ったら、ベーシック・インカムは年額500万円ぐらいにしないと経済効果は得られないでしょう」と述べています。

 第6章「老害の壁を打ち破るための養生術」の「できないことが増えても楽しい時間を持つ」では、著者は「やや体が不自由になっても、高齢者なら時間に追われることはありません。その貴重な時間をしっかり味わって生きましょう。がんや認知症、その他の病気になったとしても、自分のことですから、受け入れるしかありません。悔やんだり、人を恨んでも、何の解決にもならないのです。むしろ、年をとればいろんな病気になるものだと受け入れて、できることを楽しみながら生きるのが、晩年期の正しい生き方のような気がしています」と述べるのでした。

老福論』(成甲書房)

 この考えは、拙著『老福論』(成甲書房)で提唱した「老福」という考え方に通じます。超高齢時代を迎えた日本において、わたしたちは何よりもまず、「人は老いるほど豊かになる」ということを知らなければなりません。現代の日本は、工業社会の名残りで「老い」を嫌う「嫌老社会」です。しかし、世界に先駆けて超高齢社会に突入する現代の日本こそ、世界のどこよりも好老社会であることが求められます。日本が嫌老社会で老人を嫌っていたら、何千万人もいる高齢者がそのまま不幸な人々になってしまい、日本はそのまま世界一不幸な国になります。逆に好老社会になれば、世界一幸福な国になれるのです。まさに「天国か地獄か」であり、わたしたちは天国の道、すなわち人間が老いるほど幸福になるという思想を持たなければならないと思うのです。

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