No.0014 神話・儀礼 『儀礼の過程』 ヴィクター・W・ターナー著(思索社)

2010.03.07

この『儀礼の過程』の著者であるターナーは、イギリスの人類学者です。宗教儀礼や通過儀礼についての研究で知られています。特に、『通過儀礼』を書いたジェネップによる通過儀礼の三段階構造理論を深化させ、「移行儀礼」についての理論拡張によって高い評価を得ています。

ジェネップは儀礼の本質を「分離」「移行」「合体」の各段階によって説明しましたが、二つの段階の中間に位置する「移行」期において個人は「中途半端」な存在となります。すなわち彼らは、それまで自分自身がその一部を成していた社会にはもはや所属していません。しかも、まだ社会への再加入を果たしていないのです。

ターナーは、その状態を「リミナリティ」と呼びました。

リミナリティは、自己卑下・隔離・試練・性的倒錯、そして「コミュニタス」によって特徴づけられる不安定で曖昧な時期です。なお、これもターナーの造語である「コミュニタス」とは、社会構造が未分化ですべての成員が平等な共同体として定義されます。

コミュニタスとは、身分や地位や財産、さらには男女の性別など、ありとあらゆるものを超えた自由で平等な実存的人間の相互関係のあり方です。

平たく言えば、「こころの共同体」ということになるでしょう。

ターナーは『儀礼の構造』において、マルティン・ブーバーの「我と汝」という思想、アンリ・ベルグソンの「開かれた道徳」「閉ざされた道徳」という考え方を援用してコミュニタスを説明しています。

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儀式から「こころの共同体」が生まれる

コミュニタスは、まず宗教儀式において発生します。

一般に儀式とは、参加者の精神を孤独な自己から解放し、より高く、より大きなリアリティーと融合させることを目的にしています。特に、宗教儀式においては、一般の信者には達し得ないような宗教的な高みを彼らに垣間見させるという意味合いが大きいと言えます。

カトリックの神秘家の目的は「神秘的合一」の状態に達すること、すなわち、神の存在を実感し、一つになるという神秘体験をすることにありますし、熱心な仏教徒が瞑想をする目的は、自我がつくり出す自己の限界を打ち破り、万物が究極的には一つであると悟ることにあります。

けれども、稀代の高僧ならいざしらず、誰もが独力でこうした高みに到達できるわけではありません。そこで、一般の信者にも参加できる効果的な宗教儀式というものを考案して、彼らにもおだやかな超越体験をさせ、その信仰を深めさせようとしたのです。

これは、キリスト教や仏教などの大宗教に限りません。

これまで地球上に登場した人類文明のほとんどすべてが、何らかの宗教儀式を生み出してきました。そのスタイルは無限といってよいほど多様ですが、一つだけ共通点があります。

それは、宗教儀式が成功した場合には(当然のことながら常に成功するわけではありません)、脳による自己の認知や情動に関わる知覚に、ある共通の変化が起きるという点です。そして、あらゆる宗教人たちは、この変化を「自己と神との距離が縮まった経験」として理解するのです。

もちろん、すべての儀式が宗教的であるわけではありません。

政治集会から、裁判、祝日、求愛、スポーツ競技、ロック・コンサート、そして冠婚葬祭に至るまで、いずれも立派な社会的・市民的な「儀式」です。こうした世俗的な儀式にも、個人をより大きな集団や大義の一部として定義しなおすという意義があるのです。個人的な利益を犠牲にして公益に奉仕することを奨励し、社会の団結を強めるための機構としては、世俗的な儀式は、宗教的な儀式よりもはるかに実践的です。この機能を軽視してはなりません。

そもそも、社会に利益をもたらすからこそ、儀式的行動が進化してきたとも考えられるのです。ターナーも、コミュニタスは何より宗教儀式において発生するとしながらも、それを大きく超えて、広く歴史・社会・文化の諸現象の理解を試みています。

そしてターナーは、この「こころの共同体」としてのコミュニタスに気づくことにより、「社会とは、ひとつの事物ではなく、ひとつのプロセスである」という進化論的な社会観に到達したのです。

このように、儀式とは共感の源となるのです。

わたしは、これまで結婚式・葬式ともにそれぞれ数千件に立ち会ってきました。 もちろんすべてがそうではないにせよ、冠婚葬祭とは人々の共感を生み出す装置であると言ってよいと思います。 特に、披露宴で花嫁が声をつまらせながら両親への感謝の手紙を読む場面や、告別式で故人への哀惜の念が強すぎて弔辞が読めなくなる場面などでは、非常に強大な共感のエネルギーというものを感じます。

結婚式や葬式から生まれる共感のエネルギーは、明らかにターナーが「コミュニタス」と名づけたものに通じていると思います。

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