No.0646 心霊・スピリチュアル 『死者は生きている』 和田惟一郎著(PHP研究所)

2012.08.05

『死者は生きている』和田惟一郎著(PHP研究所)を読みました。

帯には「死者の霊魂は実在し、生者と交信したがっている!」と赤字で大書され、続いて「心霊現象に懐疑的だったドイルは、なぜ心霊主義者になったのか。医師として科学的な態度で探求を続け、魂の実在を確信するに至った多くの証拠と研究を紹介。」と書かれています。

また、アマゾンには、本書の内容が以下のように紹介されています。

「死者は生きている。なぜなら、霊能力者を介して私たちに語りかけ、また私たちの前に幻像として現われるからである。死者の霊魂は実在し、私たちに何事かを語りかけようとしている。いわゆる幽霊が本当にいるかどうか科学的に探求しようとしたのが、19世紀後半に英国で誕生した心霊現象研究協会(SPR)である。SPRは当時流行していた交霊会や心霊現象のインチキを暴く一方で、どんなに実験をしても真正と認めざるを得ない心霊現象も数多く報告している。メンバーの言葉を借りれば『人を20回も絞首刑に処せられるほど証拠はそろっている』のである。
このSPRに所属していたコナン・ドイルは、当初心霊主義には懐疑的だったが、嘘偽りのない霊現象を目の当たりにし、最後には確固たる心霊主義者となった。本書はなぜドイルが霊の実在を確信するようになったか、多くの事例と研究を紹介しつつ、霊現象の科学的な背景にも迫る野心的な試みである」

本書の「目次」は、以下のような構成になっています。

「はじめに」
「プロローグ」
第一章:コナン・ドイルとはどのような人物か
第二章:「死者は生きている」をドイルはどう証明したのか
第三章:英国心霊現象研究協会(SPR)
第四章:コナン・ドイルの論証は正しいか

「目次」を見てもわかるように、本書は作家コナン・ドイルを中心に、イギリスの心霊研究の歴史について書かれた本です。『死者は生きている』というタイトルから、わたしは矢作直樹氏の著書『人は死なない』を連想しました。考えてみれば、矢作直樹氏も、コナン・ドイルも医師という共通点がありますね。現役の東大医学部の教授で臨床医である矢作氏は「人は死なない。そこにいる」と述べていますが、それは本書『死者は生きている』のメッセージとまったく同じです。

本書のテキストとなった3冊の翻訳書

さて本書は、著者も「プロローグ」で述べているように、『コナン・ドイルの心霊学』コナン・ドイル著、近藤千雄著(新潮選書)、『英国心霊主義の抬頭』ジャネット・オッペンハイム著、和田芳久訳(工作舎)、それにデボラ・ブラム著、鈴木恵訳(文春文庫)『幽霊を捕まえようとした科学者たち』の本の3冊を主なテキストにして書かれています。というよりも、ほぼこの3冊の内容のダイジェストと言ってもいいでしょう。でも、翻訳書が持つ読みにくさをリライトすることで解消し、心霊の世界に詳しくない読者でも気軽に読めるライトな本に仕上がっています。

本書の主人公というべきコナン・ドイルは言うまでもなく作家です。そう、シャーロック・ホームズの産みの親として有名です。著者の和田氏はドイルほど知的で推理能力の優れていた人はいなかったとして、ホームズのシリーズに触れながら、以下のように述べています。

「主人公のホームズは犯罪学を研究している設定になっているのだが、ホームズの犯罪学は犯人の身体的特徴や癖、犯行現場に残る痕跡などから犯人像に迫る、非常に科学的なものである点である。ドイルはホームズを、足跡や付着した泥、繊維などから犯人像や経路などを判断する、地質学、博物学などあらゆる科学的な知識に通じた人物とし、科学的な捜査をする探偵とした」

犯罪学は、有名なチェーザレ・ロンブローゾによって確立されます。ロンブローゾはイタリアの精神科医で犯罪人類学の創始者ですが、ホームズはそれ以前にその手法に通じた探偵として世に現れました。ホームズシリーズがあらかた発刊された頃、エジプト総督府の警察官学校では、教材としてホームズシリーズが使われていたそうです。著者は、「ドイルは小説という分野をもって、近代的な犯罪学の先駆モデルをつくっていたと言ってよい」と述べています。

そのように科学的な人物であったコナン・ドイルが、なぜ心霊主義者になったのか。これについて、本書には次のように書かれています。

「ドイルが心霊主義を告白するに至った動機は、自分の長男と弟、義弟はじめ多くの身内を奪った第一次大戦の衝撃であり、特にそれが首謀国ドイツはじめ主要なキリスト教国どうしの戦争であったことに、ドイルは深く傷ついていた。
そして第一次大戦の開戦とあわせるかのようにドイルの身辺で頻発した心霊現象が、ドイルの心霊主義を決定的にした」

それでは、ドイルが心霊主義を擁護する論拠とは何だったのか。それは、霊媒のもとで既存の科学で説明できない超常現象が起こることと、死者と交信できるのが事実であることの2つでした。
そしてドイルは、そのような現象は『聖書』にも多く記述されており、イエスも12人の弟子も霊能者であったと主張します。著者は、イエスが起こした奇跡と心霊主義を結びつけるドイルの考えについて、次のように述べています。

「このドイルの思想には、論じなければならない重要な要素が含まれている。なぜなら、イエスの時代に『しるしと不思議』がたて続けに起こったように、心霊現象が19世紀のなかばまら劇的かつ爆発的に起こり、社会現象にまで発展し持続したのは、人間の思惑を越えた何かがあると、ドイルは考えていたからである。つまりドイルは、19世紀以来、誰もが見たり聞いたりできるようになった心霊現象は、人類に道徳と生存の危機が迫っているということを知らせ、人類を道徳的、霊的に目覚めさせるために、高級霊界が人間の世界に起こしているのだ、と認識していた。そして迫りくる生存と道徳の最大の危機は、第一次世界大戦であるとドイルは考えたのである」

このドイルの抱いていた危機感というものを、わたしも強く共感します。

さて、本書はドイルを中心としたイギリスの心霊研究についての翻訳書を要約した部分があると前述しましたが、それでは著者自身の考えはどうなのでしょうか。本書には、次のように書かれています。

「筆者が導いた結論をあえて言うならば、心霊現象をみられるような超常現象が実在することは疑えない、ということである。超常現象がニュートン力学を核とする世界観には完全に反すると承知したうえで、なおかつ超常現象は現に実在すると、筆者は判断するのである。断っておくが、とりあえず肯定するのは、心霊現象を含む超常現象が存在するというこの一点である。こうした超常現象は霊が起こすとか、霊が霊界で永遠に生きているなどという心霊主義全体を肯定するかはさておき、心霊現象と呼ばれる超常現象は実在する、と筆者は判断する」

では、この「筆者」とはどういう人なのでしょうか。
本書の〈著者略歴〉によれば、「1944年、神戸市生まれ。歴史研究家。神戸大学経済学部中退。1985年頃から知的理性的人間に興味をもち、その典型としてアインシュタインと織田信長の研究を始める。公務員の傍ら、自然科学と精神医学などを学び、作家として活躍」とあります。アインシュタインを研究し、自然科学を学んだというだけあって、本書には次のように書かれています。

「私たちが日々経験している物理的世界を構成している物質は、全て素粒子という量子によって構成され存在している。そしてこの量子は量子力学が明らかにしたように、人間が観測するまでは物理学的に存在せず、観測した瞬間に姿を現わすのである。アインシュタインがボヤいたように月は人間が見たときだけ存在し、コンピューターの原理を確立した超天才フォン・ノイマンが断言したように、山や河は人間が見たときに現出するのである。これを量子力学では波束の収縮とか観測者効果というが、量子力学はどこまでも正しい理論であると認められ、ニュートン力学は量子力学の一部の範囲だけに近似的に成り立つ理論であることが判明している」

さらに、著者はアインシュタインの「相対性理論」について述べます。

「そもそも相対性理論の光速度の法則は、物理学の舞台である空間から人間の理解を越えたものを排除したいという、物理学者たちの願望と一致しているのである。もちろん、それが自然を論理で理解するという意味でもあるのだが。
しかし量子力学で数々の実験を試みると、量子は無限の速度で情報を交換するとしか考えられない現象が続出した。そしてひとりの天才が、空間を越えた量子の相関が実証されれば、空間を含む全ての繋りが実証されると考え、それが実証できる方程式と、それを検証する実験を考察したのである。このジョン・ベルが考察した実験は何年か後に実施が可能になり、ジョン・ベルの方程式は全ての相関を示す結果を導くことが実験で検証されたのである。これをベルの定理という」

それまでの物理学においては、ニュートンからアインシュタインまで、すべての存在は無関係に孤立して存在するという前提で成り立っていました。
しかし、「ベルの定理」によって、事象の伝播に時間を要さない、連続した一体の宇宙という自然像が明らかになったのです。その「ベルの定理」とは、量子力学から生まれたものです。ですから敷衍すれば、人間の意志と空間の意思の相関が考えられる理論でもあるとして、著者は次のように述べます。

「量子力学は、粒子やエネルギーが無から突然発生する現象や時間の逆行、情報の永遠の不滅など、心霊現象を想わせる現象や理論に満ちた、ダイナミックで柔軟な理論である。この量子力学が物理学の限りのない根本理論であることを認識すれば、超常現象や心霊現象への偏見が探究心に変わり得ると筆者は想うのである」

本書の最後は、量子力学についての著者の想いが綴られています。
そして、そこには量子力学こそが超常現象や心霊現象の実在を証明してくれるのではないかという強い期待がこめられています。

本書の〈著者略歴〉には、「2010年、逝去」と書かれています。本書の刊行日は2011年10月7日となっていますが、著者は本書の完成を見ずに亡くなったのでした。心霊研究に生涯を捧げた英国心霊現象研究協会(SPR)の科学者たちの多くは、自身の死後に、霊界からメッセージを送ってきたとされています。わたしは、これほど心霊研究への情熱を持ち、量子力学にも精通していた著者が、あちら側から、なんらかの形で「死者は生きている」というメッセージを送ってくれるような気がしてなりません。

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