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No.0619 オカルト・陰謀 『世界の陰謀論を読み解く』 辻隆太朗著(講談社現代新書)
2012.06.19
『世界の陰謀論を読み解く』辻隆太朗著(講談社現代新書)を読みました。
わたしは陰謀論というものに強い関心を抱いています。同時に、それを丸ごと信じてしまう人を「困ったものだ」と思っております。はい。
本書のサブタイトルは、「ユダヤ・フリーメーソン・イルミナティ」となっています。帯には「偽史を紡ぐのは誰か?」と大書され、「偽書・世界征服計画の書『プロトコル』、フランス革命とメーソンの関係、新世界秩序陰謀論の論理、日本でたびたび巻き起こる震災デマ・・・」と続きます。そう、本書は例の「地震兵器」に代表される東日本大震災関連の陰謀論もフォローしているようなので、早速読んでみました。
本書の「目次」は、以下のようになっています。
はじめに「世界は陰謀論に満ちている」
第一章:日本―コンスピラシー・セオリー・イン・ジャパン
1.オウム真理教の陰謀論的世界観
2.輸入された陰謀論
3.東日本大震災と地震兵器
4.信じたいものを信じる
第二章:ユダヤ―近代陰謀論の誕生
1.ユダヤ陰謀論のかたち
2.ユダヤ陰謀論の虚像と実像
3.記号化された「彼ら」
第三章:フリーメーソン―新しい「知」への反発
1.もっとも有名な秘密結社
2.近代社会とフリーメーソン
3.フリーメーソンの神話と現実
4.陰謀論の証拠を読む――バイクの予言・首都設計・一ドル札
5.国家のなかの国家
第四章:イルミナティ―陰謀論が世界を覆う
1.陰謀論の三位一体
2.イルミナティの虚実
3.新世界秩序の陰謀
4.グローバリゼーションの鏡像
第五章:アメリカ―陰謀論の最前線
1.アメリカ史のなかの陰謀論
2.反連邦主義とモンロー主義――アメリカの保守
3.キリスト教原理主義と陰謀論
4.正しい自分とまちがった世界
第六章:陰謀論の論理―なぜ私たちは陰謀論を求めるのか
1.世界を解釈する枠組み
2.陰謀論者の心理
3.陰謀論を構成する論理
4.陰謀論とは何か
はじめに「世界は陰謀論に満ちている」で、著者は次のように述べています。
「陰謀論は歴史のなかで絶えることなく語られつづけてきた。18~19世紀のヨーロッパでは、およそあらゆる社会変革がフリーメーソンをはじめとする秘密結社の陰謀と結びつけられた。ユダヤ人は古くからさまざまな疑いをかけられてきたが、第一次世界大戦前後の時期に広く普及した『シオン賢者の議定書』という文書をきっかけに、ユダヤ陰謀論は世界中に根づいてしまった。それは、第二次世界大戦におけるユダヤ人の運命にも、少なからぬ影響を与えたのである。『シオン賢者の議定書』は、いまだにその支持者が世界中にあふれかえっている。同じく第二次大戦期には『日本人による世界征服陰謀』がまことしやかに囁かれ、『田中上奏文』という文書がその証拠として、対日プロパガンダに大いに利用された。陰謀論とは、社会にたしかな影響を与えてきた、そしていまも与えつづけている、ひとつの文化的潮流なのである」
第一章「日本―コンスピラシー・セオリー・イン・ジャパン」では、最初に「オウム真理教の陰謀論的世界観」に触れており、次のように述べています。
「オウムによれば、世俗社会と大衆は『彼ら』の思惑どおりにマインド・コントロールされている。マスメディアは享楽的な情報のみを垂れ流し、人間を物質的欲望に囚われた動物と化せしめているのだ。機械的な手段による洗脳も主張されている。例えば携帯電話は電磁波による『洗脳電波発信機』である。アメリカは洗脳兵器の実験を重ねてきており、一般に電離層研究施設とされている『HAARP』は電磁波による気象兵器であり、同時に最終的なマインド・コントロール兵器である」
「東日本大震災と地震兵器」では、「地震兵器」にまつわる主張は、主に疑似科学の領域で古くから存在すると指摘しています。著者は詳しい説明を割愛するとして、「たいていの場合エジソンのライバルとも言われる発明家ニコラ・テスラの研究をもとにしてソ連かアメリカが開発していることになっていること、そんなものは存在しないことを知っておけばじゅうぶんだ」と述べます。
人工地震説にはいろんなバージョンがありますが、核兵器による人工地震説を盛んに主張しているのはリチャード・コシミズです。
著者は、コシミズの主張について、「コシミズは9・11を『純粋水爆』を使った自作自演だと主張しているが、彼によれば今回の地震を起こすのに使用されたのも『純粋水爆』である。水素爆弾は起爆装置として原子爆弾を必要とするが、『純粋水爆』はそれが不要で、放射能汚染も少なくてすむとされている。ただし、既知の科学領域では実現の目途も立っていない、空想の産物である」と述べています。
もうひとつ地震兵器として主張されているのが、「HAARP」です。これはアラスカにある米軍施設で、「高周波活性オーロラ調査プログラム」のことです。電離層研究が目的とされており、上空に向け強力な電磁波を照射することのできる巨大アンテナ群が1993年から始動し、2007年に全施設が完成しました。ベンジャミン・フルフォードは、以前からHAARPは地震兵器だと唱えています。
また、新潟県中越沖地震(2007年7月16日)・中国四川大地震(2008年5月12日)・ニュージーランド地震(2011年2月22日)などもすべて人工地震だと主張しているそうです。東日本大震災については当初、ニューメキシコ州とネバダ州にある地震兵器によるものと述べていました。なんともコメントに困ってしまいますが、著者の次の言葉がわたしの心中を見事に表現してくれています。
「実在する他者の、その実像を無視し記号化して理解したつもりになることそれ自体が、陰謀論的な思考のひとつの特徴であり原因でもある」
そして、陰謀論の花形であるフリーメーソンが登場します。多くのフリーメーソン関連書と同じく、本書にはメーソンだったことが明らかな著名人が、以下のように列挙されます。
「例えば作曲家モーツァルト。作家ならば、マーク・トゥエインやコナン・ドイル。
安全剃刀の発明者キング・C・ジレット。ガトリング銃、ギロチン、ペニシリンの発明者。
自動車業界ではフォード、クライスラー、シトロエンそれぞれの創業者。
ヒルトン・ホテル創設者チャールズ・ヒルトン、映画会社ワーナー・ブラザーズ創設者ジャック・ワーナー、紅茶で有名なリプトン卿、ケンタッキー・フライドチキンのカーネル・サンダース。『はじめの一歩』で有名になった必殺技『デンプシー・ロール』の元ネタ、ヘビー級ボクサーのジャック・デンプシーや、ポケモン『フーディン』の元ネタとなった手品師ハリー・フーディーニもメーソンである」
それでは、フリーメーソンとは何を目的とした組織なのでしょうか。著者は、次のように簡潔に説明します。
「まず、彼らは宗教団体ではない。無神論者ではないことが正規のメーソンの加入条件であり、その儀礼にはキリスト教色が濃いが、信仰自体は何でもよい。政治的目的があるわけでもない。少なくとも建前上、フリーメーソンは政治には不介入である。政治と宗教の話はしない、というのが円滑なコミュニケーションのための社会人の知恵だが、メーソンの原則はそれを地でいっている。メーソンの理念は『人間の完成』という非常に抽象的なものである。そもそも統一された目的はない、というのが正解だろう。主義主張が異なる人びとが分け隔てなく交流する場を提供すること。それがメーソンの存在意義であり、最大公約数的に表現すれば『知識人の社交サークル』である」
「フリーメーソン」だけでなく、「ユダヤ」や「イルミナティ」といった単語も陰謀論によく登場します。著者は、この三者の関係について、次のように述べています。
「ユダヤ、フリーメーソン、イルミナティは、世の中にあふれる陰謀論言説の中核にいる。また、現実の世界ではまったく別の存在であるこの三者は、陰謀論の世界ではしばしば区別されない。陰謀論の主張において、三者がどういう関係にあるのかが語られないわけではないが、そうした区別を保ったまま論が展開されることはほとんどない。陰謀論者たちはまるで説明不要の常識であるかのように、『フリーメーソンすなわちイルミナティは』だとか『ユダヤ=メーソンは』といった調子で、話を進めるのだ。キリスト教の教説では、父なる神・キリスト・聖霊は『三にして一』、それぞれ自立しつつ本質としては同一存在とされる。これを『三位一体』というが、陰謀論におけるユダヤ、フリーメーソン、イルミナティも、ほとんど同じような存在だといえるだろう」
なるほど、ユダヤ、フリーメーソン、イルミナティが「三位一体」とは言いえて妙ですね。
第四章「イルミナティ―陰謀論が世界を覆う」の「新世界秩序の陰謀」では、以下のように現代の陰謀論者について述べています。
「今日、陰謀者たちはアメリカや国連を通して国際社会を完全にコントロールしている、とされる。これまで述べたような構図に、古代からつづく悪魔崇拝カルト、ユダヤ国際金融、フリーメーソン、イルミナティ、共産主義、等々が接ぎ木され、新世界秩序陰謀論が形成されるのだ。ある出来事がどのような陰謀なのかについては、陰謀論者の多くに共通の見解があるものもあれば、論者によってバラバラなものもある。例えば、ある論者によればヒトラーはイルミナティの手先であり、『彼ら』の計画にしたがって第二次世界大戦を引き起こした。別の論者によれば、ヒトラーはユダヤの真実を見抜き自衛を試みるも敗れ去った、陰謀の犠牲者だ。
しかし『すべてが陰謀である』こと、2度の世界大戦、地域紛争、社会主義革命からソ連崩壊、国際的テロ行為、エイズなどの伝染病、学校教育、メディアや娯楽産業にいたるまで陰謀のコントロール下にあることについては、すべての陰謀論者が一致している」
また、以下のように陰謀論者というものを本質について説いています。
「陰謀論者たちは、丸いものがあれば『目』を、数字があれば『666』を、また三角形があればピラミッドを見つけだす。その他にも、5千円札に描かれている富士山はじつはユダヤの聖地シナイ山であるとか(実際は岡田紅陽『湖畔の春』という写真作品)、CMや雑誌広告にはサブリミナル・メッセージが仕込まれているだとか(そのメッセージとやらは、それを主張する人以外の目では確認できない。なおサブリミナル効果の有効性は学術的に疑問視されている)、陰謀論者は日常のいたるところに陰謀のサインを発見してしまうのである」
また、次の言葉も非常に的確であると思いました。
「『本当のことはつねに隠されている』『自分だけは隠された真実を見破ることができる』という心理のもと、何もないところから陰謀を見出すことこそが陰謀論の本領であり、陰謀論を貫く論理である。その意味では、日常に潜む陰謀のサインという考えは、その本質がもっとも先鋭的に現れたものと言ってもいいかもしれない」
「グローバリゼーションの鏡像」では、過去の陰謀論と現在の新世界秩序陰謀論を比較している点が興味深かったです。著者は、両者の違いを次のように述べています。
「過去の陰謀論と現在の新世界秩序陰謀論との大きなちがいは、以下の2点である。
第1に、非常な包括性。新世界秩序陰謀論では、今まで個別に語られてきたさまざまな陰謀や都市伝説などが『新世界秩序』という統一目標のための陰謀の一部としてつなぎあわされ、また、陰謀の主体としては数多くの組織が複雑に連携したネットワークが想定されている。
第2に新世界秩序陰謀論は、陰謀集団は世界支配を企んでいるというよりも、すでに世界をほとんど支配していると主張する。陰謀論者によれば歴史は陰謀によって一貫して操作されてきたのであり、現在の政治経済や世界情勢はもちろん、日常生活の隅々まで陰謀の支配下にある。世界、そしてわれわれはすべて、過去から現在にいたるまで、新世界秩序の陰謀の手のひらのうえでコントロールされているのである」
なるほど、非常に納得できる説明ですね。
最後に、第六章「陰謀論の論理―なぜ私たちは陰謀論を求めるのか」の「世界を解釈する枠組み」の次の文章が本書全体のメッセージを要約しているように思います。
「この社会がどのように動いているのか、誰がどのような目的で動かしているのか。そもそも誰かが動かしているのか、勝手に動いているのかわからない。そのなかに存在する自分の生活や選択は、本当に自分の意志によるものなのか。本当は他の誰かの意志に踊らされているだけなのではないか、知らないあいだに社会的に構築されコントロールされているのではないか。
そのような不安に対し、陰謀論は世界の秩序構造を明確に説明し、世界やわれわれを操作する主体を一点に集約し可視化するとともに、陰謀論者たち自身の自律性の感覚や自己の独自な存在意義を回復し保証する機能をもつ、と考えることができる。陰謀論は世界がどうなっているのか、何が正しく何がまちがっているのか、誰がどのように世界を動かしているのかを明快に説明してくれる。簡単に言えば、陰謀論はわかりにくい現実をわかりやすい虚構に置き換え、世界を理解した気になれるのだ」
世界を理解するための枠組み。たしかに、それが陰謀論の正体かもしれません。ならば、古代の「星座」や「神話」にも通じる心理がそこには働いているのではないか。
そう、人間とは世界を理解するために「物語」を必要とする奇妙な生き物なのです。
それが、地震兵器といった荒唐無稽な物語であったとしても・・・・・。