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No.2480 ホラー・ファンタジー 『閲覧厳禁 猟奇殺人犯の精神鑑定報告書』 知念実希人著(双葉社)
2026.07.15
『閲覧厳禁 猟奇殺人犯の精神鑑定報告書』知念実希人著(双葉社)を読みました。一条真也の読書館『スワイプ厳禁 変死した大学生のスマホ』で紹介した本の姉妹本です。2冊が揃って、1つの物語を創っています。著者は1978年、沖縄県生まれ。東京都在住。東京慈恵会医科大学卒、日本内科学会認定医。2011年、第4回島田荘司選ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を『レゾン・デートル』で受賞。2012年、同作を改題した『誰がための刃』で作家デビュー(2019年『レゾンデートル』として文庫化)。2015年『仮面病棟』が啓文堂文庫大賞を受賞。『崩れる脳を抱きしめて』『ひとつむぎの手』『ムゲンのi』『硝子の塔の殺人』『放課後ミステリクラブ1 金魚の泳ぐプール事件』で、本屋大賞に5度ノミネート。本格医療ミステリー「天久鷹央」シリーズの他、『優しい死神の飼い方』『機械仕掛けの太陽』『となりのナースエイド』など著書多数。
本書の帯
本書の帯には「読んではいけない。」と大書され、「東京郊外で11名が殺された不可解な事件。その真相を、ここだけに残した。どうか、あなたには真実を知ってほしい」「第1位 読書メーター:読みたい本ランキング 単行本(月間)25年6月26日~7月26日 ブクログ:本・週間ランキング 7月第4週」と書かれています。
本書の帯の裏
帯の裏には、以下のように書かれています。
「この本は、何かがおかしい。
11名が惨殺された猟奇事件。だが、現場の見取り図。目撃証言。そして凶器の使われ方。
・・・・・おかしい。
真相を探る医師がたどり着いた奇妙な廃病院。謎の実験。まるで怪物の棲みかのような街。
・・・・・おかしい。
事件。病院。神社。出版社。
すべてが「おかしい」この事件を解明できるのは、あなただけ。
アマゾンより
アマゾンの内容紹介には、こう書かれています。
「この報告書を絶対に読んではいけない――あなたの世界が恐怖に一変する読書体験!!」として、「【このファイルは、先日都内で発生し、世間を震撼させたあの恐ろしい大量殺人事件の犯人の精神鑑定にあたった精神科医の記録をまとめたものである。これを読むことは、皆さんに対して予期せぬ精神的な影響を及ぼす可能性がある。そのため、決して読むことを強制しないし、読みはじめても皆さんが望めばいつでも途中でやめることも可能である――】」
アマゾンより
アマゾンの内容紹介には、こうも書かれています。
「東京郊外で起きた大量殺人事件の記録には不審な点がいくつもあり、それは恐ろしい秘密の手がかりだった。犯人である八重樫信也の精神鑑定を担当した医師・上原香澄のインタビューから徐々に明らかになる事件の真相。犯行時の八重樫は『何』に怯え、一体『何』に襲いかかったのか。ずっと八重樫を見ていたという『ドウメキ』の正体とは? 医療ミステリーのヒットメーカーによるスマホ本ホラー『スワイプ厳禁 変死した大学生のスマホ』(8月20日発売)と対をなす、戦慄の読書体験!」
前作『スワイプ厳禁 変死した大学生のスマホ』は「呪い」が登場するなど基本的にホラー小説でした。でも、本作『閲覧厳禁』はあえてホラー小説となることを避けて、理屈で説明がつく結末となっています。つまり本作はミステリー小説といえます。かつトリッキーな構成になっているので、ネタバレを防ぐため詳しいストーリーには触れません。前作に出てきたライターがしでかした大量殺人。その精神鑑定をする医者が本作の主人公です。あのように完全な怪奇小説を理屈によって引っ繰り返す力業にはちょっと驚きました。
というわけで本作のストーリーは追いませんが、いろいろ気になるキーワードや設定が登場するので、いくつか紹介したいと思います。まず、前作から続いて出てくる「ドウメキ」という言葉。これは「百目鬼」のことでしょう。栃木県宇都宮市の伝説に登場する鬼で、百目鬼という地名の由来になったとされています。大曽(宇都宮市大曽)を通りかかった藤原秀郷(ふじわらのひでさと)のもとにふしぎな老人が現われ「大曽村の北西にある兎田という馬捨場にゆけ」と告げたので向かったところ、十丈はあろうかという大きさで、百の目をもつ刃のような髪の鬼が姿を見せたので、弓を射って退治したとされる。矢を受けて去った百目鬼は明神山で倒れましたが、毒気と炎を放ちつづけ、本願寺(宇都宮市塙田、後に宇都宮市鶴田町に移転)の智徳という僧の法力によって成仏をするまで人々を困らせていたといいます。
また、本作の内容からはフランスの思想家ミシェル・フーコーの著書『監獄の誕生―監視と処罰』を連想しました。同書では、ニーチェに見られた系譜学アプローチが用いられ、刑罰の近代化の過程が分析されています。フーコーによれば、ヨーロッパにおける刑罰は、人道的とされる観点から身体に対する刑罰から精神に対する刑罰へと移行しました。フーコーは、刑罰が進歩したというよりも、その様式が変化し、新しい権力作用が出現したと主張。近代の刑罰においては、専門家の科学的知見が重要な役割を果たしており、犯罪者の精神鑑定を通じて人間を評価します。このような人間を対象にする学問は、人間諸科学と呼ばれ、これはある規範的観点を分析に導入することで、人間の狂気を規定します。つまり、知識によって刑罰における権力を根拠付け、また相補的な関係を持ちながら共に作用するのです。
これが、フーコー独自の権力概念である「権力/知 (Pouvoir-savoir) 」です。『監獄の誕生』では、イギリスの思想家ジェレミー・ベンサムの「パノプティコン」という監獄の構想が紹介されています。この建築物は円形になっており、中心部に監視塔が配置され、そこを中心に円状に独房が配置。そして、監獄に対して光が入るために、囚人からは、監視員が見えません。その一方で、監視員は囚人を観察できる仕組みになっています。このような構造物において、監視員は、囚人に対して一方的な権力作用を効率的に働きかけられます。囚人は、常に監視されていることを強く意識するために、規律化され従順な身体を形成します。『閲覧厳禁』には、パノプティコンとほぼ同じ施設が登場し、そこで囚人は無数の目によって監視されます。
「スタンフォード監獄実験」という言葉も登場します。アメリカ合衆国のスタンフォード大学で行われた心理学の実験です。心理学研究史の観点からは、ミルグラム実験(アイヒマン実験)のバリエーションとも考えられています。1971年8月14日から8月20日まで、アメリカ・スタンフォード大学心理学部で、心理学者フィリップ・ジンバルドーの指導の下に、刑務所を舞台にして、普通の人が特殊な肩書きや地位を与えられると、その役割に合わせて行動してしまうことを証明しようとした実験が行われました。模型の刑務所(実験監獄)はスタンフォード大学地下実験室を改造したもので、実験期間は2週間の予定でした。新聞広告などで集めた普通の大学生などの70人から選ばれた心身ともに健康な21人の被験者の内、11人を看守役に、10人を受刑者役にグループ分けし、それぞれの役割を実際の刑務所に近い設備を作って演じさせたのです。
その結果、時間が経つにつれ、看守役の被験者はより看守らしく、受刑者役の被験者はより受刑者らしい行動をとるようになるということが証明された、とジンバルドーは主張しました。近年、スタンフォード大学より公開された実験の録音テープにより、「刑務所長役」から「看守役」へ積極的な指示・指導が為されていたとの指摘がなされ、実験結果そのものの信頼性が問われる事態となっています。また、被験者の1人が発狂した振りをしたことを認めました。このスタンフォード監獄実験を元にしたマリオ・ジョルダーノの小説『Black Box』を原作とした「es[エス]」という映画があります。2001年のドイツのサイコスリラー映画です。原作者のジョルダーノ本人が脚本に加わっています。原題は「実験」の意ですが、心理学・精神分析学の用語で、「無意識層の中心の機能」という概念を意味する語でもあります。
小説『閲覧厳禁』には「エシュロン」という言葉も登場します。これは階層や段階を意味するフランス語由来の言葉ですが、一般的には米英など5カ国が運用するとされる世界規模の通信傍受システム(諜報網)を指しています。電話・ファクス・メールなどの通信を傍受・分析し、国家戦略や産業スパイ活動に利用されているとされますが、米国政府は公式に認めていません。このシステムは冷戦時代に開発されたとされています。1972年の元NSAのペリー・フェルウォックによる暴露でNSAの大規模な通信傍受活動は初めて認知されるようになりました。当時、アメリカではウォーターゲート事件など米国政府による盗聴が問題となっており、フェルウォックはダニエル・エルズバーグによるペンタゴン・ペーパーズに触発されたといいます。その後、関係者による暴露が相次ぎ、1988年にダンカン・キャンベルによって「エシュロン」と報じられるようになりました。2012年にはエドワード・スノーデンによるPRISMによる通信傍受手法などの暴露が行われました。
アメリカの「エシュロン」とともに、中国の「天網」も登場します。「天網(てんもう)」には中国の巨大監視システムと「天が張った網は粗く見えるが、悪人を逃さない」という意味のことわざの2つの主要な意味があり、特にAI顔認証を駆使した中国の監視網は「Skynet」とも呼ばれ、社会統制に利用されています。AI(人工知能)と顔認証技術を搭載した数億台もの監視カメラを全国に張り巡らせ、国民の行動をリアルタイムで監視・追跡するシステムです。犯罪の抑制や容疑者の特定、さらには信号無視などの軽微な違反行為の監視まで、広範な社会管理を目的としています。『閲覧厳禁』には、ここに挙げたようなパノプティコン・スタンフォード監獄実験・エシュロン・天網といった怪しげな話題やシステムが次から次に登場するのですが、ちょっと説明がくどいように感じました。オチも含めて、「物語としてはちょっと弱いかな」というのが正直な感想です。あと、本書のイラストがチープに思えるので、これは『スワイプ厳禁』のように写真を使った方が良かったと思います。