No.2472 哲学・思想・科学 『人文知は武器になる』 山口周・深井龍之介著(文春新書)

2026.06.18

『人文知は武器になる』山口周・深井龍之介著(文春新書)を紹介します。共著者の山口氏は1970年、東京都生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。ライプニッツ代表。慶應義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン コンサルティング グループ等で戦略策定、文化政策、組織開発などに従事。著書に一条真也の読書館『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』『武器になる哲学』『ビジネスの未来』『自由になるための技術 リベラルアーツ』で紹介した本などがあります。 一方の深井氏は1985年、島根県生まれ。九州大学文学部社会学研究室を卒業後、株式会社東芝の半導体部門経営企画に配属。その後株式会社リーボに取締役として参加。2016年2月に歴史領域をドメインとした株式会社COTENを設立。世界史のデータベース化事業を主軸にしています。

本書の帯

本書の帯には共著者2人の顔写真とともに、「世界のエリートはなぜ歴史を学ぶのか?」「『意思決定の質』が変わる」「人類社会の『傾向』を知ろう」「日本の強みはセンスにあり」「ベストセラー『人生の経営戦略』などの著者と『歴史を面白く学ぶコテンラジオ』MCの初対談」とあります。

本書の帯の裏

帯の裏には、「人文知は、思考や判断、行動を変える。」として、以下の項目が並んでいます。
●失敗するリーダーや組織には共通点がある
●世界のスター経営者は人文科学系の出身
●「アメリカ一強」から「権力が分散する時代」へ
●組織や文明が滅ぶ一番の理由は「内部分裂」
●「まだ大丈夫」という瞬間は、すでに危機
●ナンバー1がナンバー2の戦略をマネたら負ける
●伸びている会社の特徴は「おせっかい」
●変化を無視した成功体験の再現は失敗する
●日本は「長中期的な合理性」に対するセンスがいい
●人類は「儀式」をしなければ合意形成できない

本書のカバー前そで

カバー前そでには、「AIの進歩などによって『常識』や『正解』が激変し、ビジネスの世界でもパラダイム・シフトが起きつつある。そんな不確実な時代を生き抜くビジネスパーソンには『人文科学』の知見が必要なのだ。これからの世界と日本を考えるための必読書」と書かれています。

本書の「目次」は、以下の構成になっています。
「はじめに」山口周
第1章 ビジネスパーソンに人文知は必須である
1:失敗するリーダーと組織の共通点
2:時間軸を長く、空間軸を広くとる
3:世界は「アメリカ一強」から
「権力が分散する時代」へ
4:人類社会には「傾向」がある
5:世界のスター経営者は人文知を学んでいる
6:変化が激しい時代は対話力を高めよう
7:「常識」が一生の間に何度も変わる
8:ビジネスでパラダイム・シフトが起こる
第2章 すべての出来事は過去に起きている
9:人間は基本的に変わらない
10:タイミングを読む力
タイミングを読むにも現状理解
11:過ちを繰り返さないために
12:21世紀的な企業のあり方
第3章 歴史はどう動くのか
13:技術革新が社会を変える
14:規範は時代で変化する
15:勝者になれる人の条件
第4章 歴史を武器にする独学の技法
16:まず「問い」を立てる
17:学びに近道はない
18:全体感をつかみながら知識を深める
19:ビジネスのアナロジーで考えない
第5章 これからの世界
20:ナンバー1がナンバー2の戦略をマネたら負ける
21:組織は内部分裂で壊れる
22:欧米は「理性を駆動させれば真理に到達する」
と信じている
第6章 日本の未来
23:「空気を読む」スキルは世界で活かせる
24:「魔改造」が日本の伝統
25:ダブルスタンダードに耐え続けているのは日本だけ
26:「封建資本主義」が世界のモデルに
27:人類は「儀式」をしなければ合意形成できない
28:数字ですべては測れない
29:日本の強みはセンスにあり
30:確変する世界で求められるエリート像
「おわりに 」深井龍之介

「はじめに」の冒頭を、山口氏は「優秀さの定義が書き換わる」として、「『人文科学は役に立たない』と、長らく言われ続けてきました。教養は大いに結構だが、それを身につけることで、コンピテンシーは向上するのか? パフォーマンスは上がるのか? 生産性は向上するのか? こうした問いに明確な数字で答えられない学習は、ビジネスパーソンにとって不必要なもの、ディレッタントの趣味、言うなれば『贅沢品』として扱われてきたのです。企業研修の場でも学校教育の現場でも、まず優先されるのは、会計、財務、統計、プログラミングといった『すぐに役立つスキル』でした」と書きだしています。

しかし、わたしたちは今、スキルや知識の序列の前提そのものが揺らぐ地点に立っているといいます。その理由は2つあり、1つは、AIの登場です。AIの登場によって、「正解を出すスキル」が急速にコモディティ化しています。かつては、早く調べられる人、正確にまとめられる人、整った文章を書ける人、複雑な計算ができる人が「優秀」とされてきました。言い換えれば、優秀さとは「情報処理能力」であり、「正解への到達速度」でした。ところがいまや、これらの多くをAIが、人間より速く、安く、安定して実行するようになってきているのです。

「AIに代替される知的生産」として、著者は、「そもそも知的生産とは何でしょうか」と読者に問いかけ、大きく整理すれば知的生産は以下の5つになるといいます。
1:アジェンダの設定
2:仮説の構築
3:情報の収集
4:情報の分析・統合
5:情報の出力
ちなみに最初に出てくる「アジェンダ」とは、直訳すると「予定表」や「行動計画」を意味する言葉です。ビジネスシーンでは、「会議の目的、議題、時間配分、参加者などをまとめた進行表・事前配布資料」を指します。

「『正しさ』が揺らぐ」では、かつての世界では、優秀と言われる人ほど「普遍的な外部の規範」に依拠したと指摘します。会社のルール、業界の慣行、国家の方針、専門家の見解、あるいはそれらを束ねた「常識」。それらをよく知り、従っていれば、少なくとも自分の判断は免責される。正解があるとは言えないにせよ「間違いではない場所」に立つことはできましたが、いま、その足場が揺らいでいます。著者は、「いま、ここで、私はどのように判断すべきか。何を受け入れ、何を退けるのか。どこまで許容で、どこから越境なのか。短期の合理性と長期の倫理が衝突したとき、どう折り合いをつけるのか。2つの正しさが衝突するとき、何に基づいて調停し、どのように意思決定するのか。この『判断』を引き受けられるかどうかが、個人の強さを分け、組織の質を分け、社会の活力を分ける時代になっています」と述べます。

「世界を理解するための見取り図」では、この2つのコンテキストは、わたしたちに人文科学を要請するといいます。人文科学は、知的スノッブを気取る人たちのファッションアイテムではありません。それはなんらかの形で社会に関わり、その発展を担う人にとって、「アジェンダを設定するための知的基盤」となり、仮説を構築するためのデータベースとなり、さらには規範を内側に育てるための倫理の苗床となるのです。著者は、「哲学は私たちが当たり前に受け入れているものに対して批判的な眼差しを向け、『なぜ、そうなのか』『なぜ、他ではないのか』を問いかけさせます。つまり前提を疑い、価値を多元的に吟味する学問です。歴史学は私たちに『それはどこから来て、どこへ向かうのか』と問いかけることを教えます」と述べています。

さらに、文学はわたしたちに「人はなぜ、そのように感じ、行動するのか」を描く想像力を与えてくれます。哲学・歴史学・文学・・・これらはすべて、世界を理解するための「見取り図」を更新する営みです。著者は、人文科学を「教養」や「嗜み」と呼ぶよりも、むしろOS(オペレーティング・システム)だと考えているそうです。どんなアプリケーション(スキル)を動かすか以前に、どのOSで世界を見ているかが、意思決定の質を決めてしまうからです。同じデータを見ても、同じ出来事に直面しても、人によって洞察が分かれるのはなぜなのか? その差を生むのは、能力の差ではなく、「世界の切り取り方」の差です。そしてAIが普及すればするほど、この差による影響も拡大します。なぜなら、AIは「問い」を代替しないからだといいます。

「『判断の基準』をつくるための訓練」では、もう1つ、正しさが揺らぐ時代においては、規範を外部に委ねられない以上、わたしたちは自分の内部に「判断の基準」を持たねばならないといいます。人文科学は、その基準をつくるための訓練でもあります。著者は、「人文科学は、装飾品ではありません。慰めでもありません。ましてや、逃避先でもありません。武器です。混乱した世界で、自分の足で立つための武器。情報が溢れる時代に、意味をつくるための武器。そして、正しさが揺らぐ時代に、『いま、ここでどう判断すべきか』を引き受けるための武器です」と述べるのでした。

第1章「ビジネスパーソンに人文知は必須である」の1「失敗するリーダーと組織の共通点」の「複数の視点を獲得することが人文知」では、山口氏が「歴史を広い言葉でいえば『リベラルアーツ』『教養』ということになります。人々が深く心を動かされ、長く広く共鳴を受け続けてきたものが、絵画、音楽、文学、哲学といったコンテンツとして残されてきたわけです。そうした積み重ねからなる歴史は、過去の人間たちが何を欲して、どう行動して、その結果に対してどう反応してきたかという記録です。リベラルアーツを『社会人が身につけるべき教養』という薄っぺらい意味でとらえている人がいますが、もったいない。歴史はケース・スタディの宝庫ですから、学べば、様々な意味で役に立つ武器となります」と述べています。

深井氏は、「教養は、単なる知識ではありません。僕が大事だと思っているリベラルアーツは『人文知』と言い換えられるものです。僕はビジネスパーソンに『複数の視点を獲得することが重要であり、それこそが人文知である』とずっと一貫して言い続けていいます」と述べます。「人文知」とは、哲学・歴史・文学・宗教・芸術などの学問から得られる、人間や社会を理解するための知識と思考様式の総称だとされていますが、深井氏は「自分とは何か? 世界とは何か?」を探求する過程で生まれる知、ないしは探求するのに必要な知だと個人的に考えているそうです。そして深井氏が個人的に考えている人文知は、2つの要素で成り立っています。1つ目は「人間とは何か?」「社会とは何か?」ということもそもそもの前提を疑いながら考える。そして2つ目は、「無知の知」の「態度」です。深井氏は、「ソクラテスの言った『無知の知』に結構集約されるかなと思うんですが、自分が愚かであり何も分かっていないことを自覚し続けて、認知をアップデートし続ける。この態度がなければ、人文的にはなれないと思っています」と述べます。

2「時間軸を長く、空間軸を広くとる」の「いま、起きていることを理解する」では、山口氏が「いま、起きている状況を本当に深く理解しようとしたら、自分の置かれている状況や環境を相対化してみないといけないですよね」と言うと、深井氏が「そうなんですよ。相対化、メタ認知とも呼べると思います。メタ認知という言葉は心理学用語では『自分の認知活動を客観的に把握し、その状態をモニターしながら、必要に応じてコントロールする能力』ですが、僕は『自分の認知を客観的にとらえる』くらいの意味で使っています」と言います。

そして、人文知を学ぶことで、「私たちが社会や自分たちをどのようにとらえているのか」を相対化、つまりメタ認知することができるとして、深井氏は、「『メタ認知する』効用は、いまの自分たちがどのように世界を見ているのかという『世界観』を認識できることです。僕たちは、自分たちが持っている世界観を『当たり前の常識』だと思い込みがちですが、実はそんなことはありません。人権という概念が社会にまがりなりにも実装されたのは、250年前のアメリカ独立やフランス革命のときからですし、いまの世界全体では民主主義ではない国の方が多いわけです」と述べます。

「『新しい世界の見方』が必要に」では、どれだけ相対化できるか、メタ認知の視点を持てるかということでいうと、軸は2つしかないとして、山口氏が「ひとつは、空間軸を広くとる。そのためには、海外へ行ったり、いろいろな文化圏を体験しなさいということですね。もうひとつは、時間軸を長くとることです。私たちは未来に行くことはできないけれども、SF作品を読んだり、観たりすることは一種の思考実験になります。さらに、確実なのは「過去に行く」こと、つまり歴史に親しむってことですね」と述べます。

4「人類社会には『傾向』がある」の「未来について考えるには」では、哲学をちゃんと勉強するなら哲学史がいいとして、山口氏は「哲学史というのは、『世界を最も上手に説明できる言説』や『世界を最も上手に説明できる人物』についてのトーナメントの歴史なんです。ある時点まで非常に説得力のあった説明ではうまく説明できない現象が出てくると、新しい説明が出てきて、より説明力のあるものが支配的になる・・・・・・ということを繰り返しています」と述べます。これは哲学に限らず、どの学問領域でも歴史的な視点は重要で、たとえば科学史家のトーマス・クーンは、ハーバードで科学の歴史を研究していたから、「パラダイム・シフト」という概念を提唱できたわけです。

5「世界のスター経営者は人文知を学んでいる」の「MBAより人文知」では、今日のビジネスにおいて人文科学の知見が有効であることは、ビジネスの現場で活躍している人たちが人文科学系の出身者であるという事実が示しているとして、山口氏が「アメリカを見ると、人文系学部出身のスター経営者が多くいます。ペイパルの共同創業者やオープンAIの初期の支援者として知られているピーター・ティールは、スタンフォード大学の哲学科出身ですし、クオンタム・ファンドの創業者の投資家、ジョージ・ソロスはロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで哲学の修士号を取得しています。あるいはヒューレット・パッカード共同創業者のデビッド・パッカードはスタンフォード大学の教養学部、IBMの2代目社長、トーマス・ジョン・ワトソン・ジュニアはブラウン大学の哲学科でした」と説明しています。

「個人の『人生の競争戦略』にとって大きなチャンス」では、アメリカの作家、ダニエル・ピンクが2005年にアメリカで出版してベストセラーになった『ハイ・コンセプト』(大前研一訳、三笠書房)のなかで、これからの時代はMBA人材よりもMFA(Master of Fine Art:美術学修士)人材のほうがビジネスにおける価値が高まっていくと書かれていたことを紹介し、山口氏は「実際、デザイン・スクール出身のベンチャー起業家も増えていたりして(Airbnb 共同創業者ブライアン・チェスキーとジョー・ゲビアなど)、論理的な思考よりも感性的な思考が実は重要になっているんじゃないか、ということですよね」と述べています。

また、20世紀には、問題解決能力のある人材が重視されてきたと、山口氏は指摘します。ビジネスのボトルネック(隘路)が、不便・不満・不安といった問題をどう解決するかにあったからです。「問題を解く」、「正解を出す」ということにおいては、経営における問題を解決するための技術や知識を体系的に学んできたMBA人材が向いていて、活躍できたわけです。ところが、現在、特に先進国では生活の不便のような問題は解消され、しかもAIによって正解が世の中にあふれているとして、山口氏は「こうした状況下では、問題を解決する能力よりも『問題を発見し、他者に提起する』能力のほうが重要になっています。世の中の勝利条件や勝ちパターンが変化しているので、求められる人材や、有効な学位やスキルも変化しているわけですよね」と述べます。

「習った知識が使えない時代には人文知」では、山口氏が「学ぶことのROI(Return on Investment:投資利益率)という視点から言うと、せっかくお金と時間をかけて学ぶなら、時間が経つと使えなくなってしまうフレームワークよりも、学んだら一生使える人文知のほうが、ROIが高いと言えます。さらに言えば、その投資が将来生み出すキャッシュフローを現在価値に換算して、初期投資額を差し引いたNPV(Net Present Value:正味現在価値)が高いのは、人文科学であるという言い方もできると思います」と述べています。深井氏は、サイバーエージェントや、岡野バルブ製造(北九州に本社があり、火力・原子力発電プラント向けの高温・高圧バルブの製造やメンテナンスを行う企業)とは業務提携し「人文知研究所」を設立していることを打ち明け、「従来とは異なる時間軸・空間軸の視点から、人文・社会科学領域の調査研究を行い、その知見を経営判断に活かしていただいています」と述べます。ここで「岡野バルブ製造」の名が出てきたのには驚きました。

「日本には『翻訳者』が欠けている」では、深井氏が「対話にこそ人文的態度が重要だと思っています。対話しないスタイルを取っても大丈夫なのは、外部環境の変化がないときなんですよね。外的環境変化が少なければ世界のルールや秩序が変わりませんから、わかりきってる正解を追い求めれば良い」と述べます。8「ビジネスでパラダイム・シフトが起こる」の「企業が国家機能の一部を担っていく」では、山口氏が「企業が長期的に信頼を勝ち得るには、ブランディングや広告ではなく、行動や判断、社会への姿勢に一貫性があることが不可欠です。経済学の基本原則として『過剰なものの価値は下がり、希少なものの価値は上がる』ので、変化の激しい時代においては、変わらずに価値を持ち続けるものは何かが問われます」と述べるのでした。

9「人間は基本的に変わらない」の「経験を活かさない手はない」では、いま起きていることはすべて過去のどこかで起きているから、歴史に学ぶべきであるとして、山口氏は「19世紀後半にドイツ統一を成し遂げたオットー・フォン・ビスマルクが言ったとされる『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』のように、ある問題があったとき、それは未曽有のものなどではなく、必ず過去に同様の問題に向き合った人がいて、解決できたりできなかったりしているので、その経験を活かさない手はない、というのが、歴史に学ぶことのわかりやすい効用だと考えています」と述べています。

10「タイミングを読む力」の「タイミングを読むにも現状理解」では、山口氏が歴史を学ぶことの効用としてもう1つ付け加えたいのが、タイミングを読む力がつくということだそうです。タイミングを読む力は、歴史を知っているかどうかと関係してくるといいます。深井氏は、「変化の構造を3つの軸で正確に読み、それを利用して秩序を設計した」ビスマルクに対し、メッテルニヒは「外的環境を理解しながら、内的環境の変化を見誤った」と指摘します。現状理解が先んじている人が、基本的に戦略で勝っていると深井氏は思っているとして、「孫子が『彼を知り己を知れば百戦殆からず』(敵を知り、自分を知れば、百回戦っても負けない)と言っている通りなんですが、現状を理解していれば、未来予測の精度が高い戦略を立てられるという感覚ですね」と述べます。

「アーリーアダプターとパラドックス」では、山口氏のベストセラー『人生の経営戦略』(ダイヤモンド社)にも書かれていますが、マーケティングの古典的フレームワークに「ライフ・サイクル・カーブ」というものがあります。これは、市場の進化・成長を説明する概念で、企業・製品・サービスなどのライフ・サイクルを、導入期・成長期・成熟期・衰退期という4つのステージに分けて整理するものです。山口氏は、「アメリカの社会学者エヴェリット・ロジャースのイノベーター理論によると、新しいものに最初に飛びつくのが、『イノベーター(革新者)』で消費者全体の2.5%。次が『アーリーアダプター』で全体の13.5%。この2つのタイプを合わせた16%に普及すると、製品なりサービスなりが市場全体に一気に広がっていくということなんですけれど、インターネットの普及などもまったくそのとおりに進みました」と述べています。

11「過ちを繰り返さないために」の「この100年で何が変わったのか」では、歴史を学ぶ理由として「過ちを繰り返さないために」ということも大切であるとして、山口氏が「人類の歴史というものは、悲惨、不条理、悲劇の繰り返しですよね。太平洋戦争では300万人以上の日本人が亡くなっていると推計されています。本来、人間はヒューマニズム、理性や判断力を尊重することができるはずなのに、歴史を見るとそれを忘れたような悲劇が繰り返し起きているわけですよね。だからこそ、私たちは世界平和というバトンを受け継ぎながら、少しずつ少しずつ実現していかなければならないはずで、そう考えると歴史を学ぶことは人類としての義務であるとも言えます。それが、最も重要な歴史を学ぶ理由ではないかと思うんです。戦争や差別といった人為的な悲劇だけでなく、自然災害、飢饉といった不可抗力な悲劇もあるわけですけれど、天災の被害を減らすためにも過去の例を知っておくことは不可欠です」と述べています。

「次の世代のために、よりよい世界を」では、現代において社会を動かす力を持っているのは企業でありビジネスパーソンであると指摘し、深井氏が「一昔前は、先端技術は国家が持っていましたけれど、いまは企業が技術を持っていて、お金も、人も動かすことができる。たとえば、グーグルの親会社であるアルファベットの年間純利益は(約1300億ドル超、日本円で約20兆円規模)は、フィンランドの年間国家予算(約888億ユーロ、日本円で約16兆円)を大幅に上回っているんです(2025年)。そういう力のある企業の優秀な人材が、政治に影響力を及ぼし始めているのがアメリカです。そうした流れは日本にも来るだろうと思っています。そうなったときに、ビジネスパーソンが歴史を知らないのでは、歴史上の失敗と同じことが繰り返される可能性があります」と述べます。

社会運営の機能そのものをビジネスに落としていくというのは、ここ50年ぐらいの長期的なトレンドであるとして、山口氏は「人間の営みの究極的な目的は何かと言ったら、『健全な社会の構築』という、ただそれだけですよね。そう考えると、企業の活動も個人の活動も、すべてその大きなプロジェクトを実現するためのサブ・プロジェクトというふうにも言えると思います。健全な社会の構築に向けて、いまここで何をすべきか、すべきでないかということを正しく判断していくためには、やはり歴史に学ぶという姿勢が必要ということになりますよね」と述べています。

「哲学は思考回路をたどることが大事」では、深井氏が「僕、社会性がなさすぎて、めちゃくちゃ怒られてばかりでした。課長に怒られながら、耳かきで耳をかくとか。毎日2時間ぐらい説教されて」と言えば、山口氏も「私も似たようなもんですね。電通時代、テレビ広告の2億円の見積もりを2000万円で出して、上司が誤りに行ったとき、こちらは鼻くそほじって『ゼロ1個の違いで何をグダグダ言ってんだ』という感じだったんです。深井さんの耳かきのほうが、ちょっと上手だね(笑)。だから、いつも上司に怒られたり、蹴られたりしていましたね。上司がみんな『この子、もうちょっと勘弁してください。面倒見きれません』ってサジ投げて、次々に代わったんです。おもしろいのは、最後についたリーダー役は全然会社に来ない人で、何か相談すると『うまくやれ』としか言わなかった。ここからすごい仕事が楽しくなって、全然トラブルがなくなりました」と語るのですが、これはちょっとどうですかね。せっかく内容のある対談をしているのに、こういったヤンチャ自慢みたいなのは不要だと思います。これでは「人文知」そのものが誤解される不安もあり、残念でした。

第3章「歴史はどう動くのか」の13「技術革新が社会を変える」の「人類史における変化の因果関係」では、深井氏が「現代では技術革新のスピードがめっちゃ速いです。技術革新にあわせて、ゲームルールも生活スタイルも変わり、その結果、われわれの倫理・規範の変化が速くなります。この変化のスピードに個人として、組織として対抗していくためには、人間の行動の大きな傾向をつかむことと、自分自身をメタ認知する必要があります。つまり自分の考え方や行動を客観的に認識し、コントロールできるようにする力が必要だということです」と述べています。直近で大きな変化が起きたのは、1950年代半ばから1970年代の高度経済成長期です。戦後、欧米からの技術導入や科学分野などの技術革新によって、日本全体で工業化が急速に進み、いまのソニーやパナソニックなどが成長していきました。その生産体制に合わせて、地方から工場のある都市部への人材移動が常態化します。深井氏は、「すると、家族の形態も変化していきます。それまで日本においては2、3世代が同居する直系大家族が普通でしたが、都市部では夫婦と子供という核家族化が進んだわけです」と説明します。

14「規範は時代で変化する」の「社会の規範は技術革新で変わる」では、家族は人類が生き延びるための仕組みであるという見方ができるといいます。その社会が何の技術によって成り立っているか、農業なのか工業なのかによって合理的な生存戦略は変わります。深井氏は、「生存戦略が変われば必然的に家族の形が変わります。なので、いま、家族形態が変わったのは『規範が壊れたからだ』とか『若者の意識が変わってしまったからだ』とか言われますけれど、そうじゃない。順番が逆なんだと僕は考えているわけです」と述べます。すると、山口氏は「倫理や道徳が崩壊したから家族のあり方が変わったのではなくて、先に家族の形が変わったから、それに合わせていまは規範が以前と変わり始めている段階にあるということですね。いわば社会的に規範の自然淘汰が起きてるってことですよね」と語るのでした。

「株式会社はとんでもない発明」では、歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリが「株式会社や金融の仕組みは人類が発明した想像上の秩序だと、人と人との間に「信頼」とか「つながり」を生み出す概念で、神話みたいなものだ」と述べたことを紹介し、山口氏が「株式会社ってとんでもない発明だと思いますよね。中でも重要なのが株主(出資者)は、会社が倒産しても出資した金額のみ責任を負う『有限責任』という原則です。これによって、リスクが限定されるからみんなが安心して出資できるようになり、巨大な資本を集めて大規模な事業を行うことも可能になったと。これは鉄道の登場と大きく関係していますね。巨大なインフラをつくって長い時間をかけて回収するビジネスモデルなので、有限責任と権限移譲で動かしていくという経済システムが必要になったわけです。これも技術革新によって社会が変わった例と言えますけど、株式会社という有限責任のシステムができたおかげで、今度は経営上のリスクを取ること、イノベーションに挑戦することができるようになった。そして、それが今日のアップルとかスペースXにつながっていくわけですよね」と述べます。

「航空機を進化させたイノベーション」では、技術革新というのはリスクを取って挑戦しなければ起こせないと指摘します。しかし、航空機のテストではリスクを取りすぎるとパイロットの命を失ってしまう。だから、航空機の開発は原理的にリスク回避的にならざるを得ないとして、山口氏は「ところが、パラシュートの登場によって、パイロットは万が一のときは脱出して生きて帰ることが可能になった。そこで、リスクの高い設計や技術を試験飛行でテストできるようになり、航空機にまつわる様々な技術が飛躍的に向上した、という話なんです。このエピソードが与える示唆は重要です。『いざとなったら逃げられる』と思うことができると、大胆な挑戦ができる。これは人生でもビジネスでも同じでしょう」と述べています。これには、強く同意します!

「歴史を武器にする独学の技法」の18「全体感をつかみながら知識を深める」の「読む本をどう見極めるか」では、山口氏がコンサルの仕事をしていたとき、ある分野の知識が必要になったら、関連する本を5冊ぐらい選んで目を通していたといいます。定番の入門書が2~3冊で、少し専門的な本を2~3冊。そうすると、その分野の土地勘みたいなものが持てるようになるそうです。また、山口氏は「佐藤優さんは、本を買う場合、同じテーマで3冊か5冊という単位で選ぶそうです。奇数にこだわるのは、偶数だと主張が相反するケースがあって、どちらが優勢かわからない。もう1冊加えてみると、優勢な主張がわかるし、読んだ本すべての主張がバラバラなら、そのジャンルにはまだ定説がないことが分かる、と。松岡正剛さんも同じことをおっしゃっていたそうですが、これはなるほどと思いますよね」と述べています。

本の読み方』(産経新聞出版)

「読書は身体行為」では、山口氏が「私もね、そんなにたくさん置ける場所がないので、涙ながらに手放して、涙ながらにまた買うみたいなことをしょっちゅう繰り返してます。図書保管問題はなかなか厳しいですね。スペースの問題を考えれば電子版なんだろうけれど、知的な対話をしながら読む場合は、やっぱり紙がいい。線を引いてメモを書いて『こことここが矛盾している』とか。自分の聖書は書き込みだらけでボロボロですけれども、知的格闘が必要な奥行きのある本を読むときは、やっぱり紙がいいですね」といえば、深井氏は「ですね。読書って知的行為というよりも、身体行為なので紙がいいんでしょうね」と言い、さらに山口氏が「数学の問題を解くのと同じように、手を動かしながら読んだほうが深く潜れる気がします」と言います。このあたりは、拙著『本の読み方』(産経新聞出版)のメッセージにも通じています。

「『わかる』から『かわる』」では、松岡正剛が「わける・わかる・かわる」ということを言っていて、「わかる」ということは元の自分から「かわる」ことだと訴えていたことが紹介されます。また、「解るとはいったいどういうことか」という問いに対して上野専緑は、「解るということはそれによって自分が変わるということでしょう」と言っていたことが紹介され、山口氏は「『わかる』ということは、ただ知ること以上に自分の人格に関わることなんですね。すぐに見つかる答えは、ほんとうの答えではないわけです。その奥にあるほんとうの答えが見えたときに、いままでとはまったく違う景色が見えるとか、いままでとはまったく違う視座が持てるような強烈な変化が自分自身に起こる。この感覚は、やはり楽しいというのがあって、やみつきになってしまいますよね」と述べるのでした。

第5章「これからの世界」の21「組織は内部分裂で壊れる」の「文明が滅びるのは内的要因」では、国家、あるいは組織の壊れ方として一番再現性が高いのは何かというと内部分裂であると指摘し、深井氏は「過去の歴史では内部分裂した組織って、意見の対立から、殺し合いに発展するんですよ。殺し合っている最中に周りの国が自分より強くなって倒されるというのが一番よくある滅び方です」と述べます。すると、山口氏は「なるほどね。イギリスの歴史家、アーノルド・ジョゼフ・トインビーも、古代文明の研究から、文明が滅びる原因は敵の攻撃や環境変化といった外的要因ではなく、内的要因にあると言っていますね。内的要因というのは、自国の歴史を忘れたり、理想や理念を失うといったことです」と述べています。

22「欧米は『理性を駆動させれば真理に到達する』と信じている」の「相手を知ろうとする感覚が重要」では、文化人類学や社会人類学について、山口氏が「19世紀の後半に『自分たちは一体何者なのか』という自己理解の不安に対するある種の解決策として出てきた学問ですよね。単純に他の民族を知りたいということよりも、他者を知ることによって自分を明確化するという否定神学的なアプローチだと思います。ですから、ある種の謙虚さみたいなものが出発点で、レヴィ=ストロースが1962年に『野性の思考』を刊行したあたりがピークだったのかもしれないですね」と述べています。

「アメリカが他国を理解しようとしない理由」では、その後、20世紀の後半になると、ビジネスを介して世界がどんどんつながるようになっていって、少なくともビジネスのプロトコル(約束事)を使うと、コミュニケーションが成り立つようになったとして、山口氏は「売買とか金利とかの仕組みは、資本主義のルールの中であれば宗教や文化が違っても共有できるので、ある程度のコミュニケーションができている感覚になる。このことが、他者のものの見方や考え方を知らなければならないという駆動因をなくす原因になったというのが私の仮説なんですけれど」と述べるのでした。

「日本は強いポジションをとれる」では、本当は西洋型のシステムやエートスを全面的に入れたいけれども、その一方で実はその内部に諸々の日本的なものが残っていて、半ば自覚していても、言葉にしたり認めたりしていないということが指摘されます。なぜなら、自分たちの持ってるものは劣っているものだからといいます。それが、丸山眞男が指摘した日本のモードだとして、山口氏は「そこを積極的に認めようと言ったのが、編集工学を提唱した松岡正剛さんですね。彼は日本の政治や社会のあり方はダブルスタンダードというより『デュアルスタンダード』だとおっしゃっていました。ダブルスタンダードというのは、通常ネガティブな意味で使われます」と述べています。

2つの相対する要素が両方とも表に現れていて、それらをご都合主義で使い分けるという意味合いです。山口氏は「一方で、松岡さんのおっしゃっていたデュアルスタンダードは、2つの要素の双方に『表に現れているもの』と『隠れているもの』があって、それらを互いに持ち合いながら、破綻しない最適な塩梅で併存しているという状態です。漢字と仮名文字、神仏習合、幕府と天皇の併存などがそのいい例でしょう。つまりデュアルスタンダードが日本文化の方法論なんだと考えると、日本的なものと西洋的なものも相克ではなく、デュアルの関係にあると考えるのがいいのかもしれないですね」と述べるのでした。

27「人類は『儀式』をしなければ合意形成できない」の「ビジネス界を支配しているのは『古い哲学』」では、深井氏が「僕たちが直面している問題の根幹は、『企業のパフォーマンスはすべて数字で示せるはずだ』という強い思い込みがあります。いまのビジネス界を支配しているのは、デカルトやカントの時代から地続きの、いわば『300年前の古い哲学』なんですよね。それは、『世界は客観的に計測可能である』という前提に立ち、株価や離職率、果てはソーシャルインパクトまでも数字で説明しようとする『定量化至上主義』です。しかし、この古い思考基盤には、決定的な『ブラインドスポット(死角)』が存在します」と述べています。

古い思考基盤の「ブラインドスポット」の具体例は、財務諸表上は最高益を叩き出していても、社会に対し責任をはたさず、社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)を毀損している企業も存在しることです。その現実は、わたしたちの内側に「結局、企業は金のために汚いことをするんだ」という「絶望的なリアリティ」を固定化させてしまいます。しかし、こうした信頼の失墜や、未来の起業家の意欲を削ぐといった負の影響は、現在のPL(損益計算書)には一切表れません。深井氏は、「数字だけを追いかけると、こうした『人間としての実感』が抜け落ちてしまうのです。『人間としての実感』や『関係性の変容』がすっぽりと抜け落ち、長期的にはそのツケを社会全体で払わされることになるんです」と述べます。

「古代中国では亀の甲羅で意思決定」では、深井氏が「僕が歴史の勉強から導き出した仮説の1つに、『ホモ・サピエンスは、基本的に儀式をしないと集団での合意形成ができない』というものがあります。人類がもっともコストをかけてきたのは、儀式、コンセンサスをとる手続きだと思っています」「ホモ・サピエンスの合意形成にはやはり儀式が必要。それはそれで行いつつ、別のスタイルの儀式も行いましょうよ、と。現在のエコシステムではなかなかそれが難しいこともわかっているんですけれども」と述べています。これは、拙著『儀式論』(弘文堂)で展開した「人間が人間であるために儀式はある」という儀式必要論と同じメッセージです。

儀式論』(弘文堂)

わたしは、『儀式論』で「人間は儀式的動物である」という哲学者ウィトゲンシュタインの言葉を引用し、人類にとって儀式がいかに不可欠であるかを提唱しました。その要点は、人間には生存・睡眠・生殖のほかに「礼欲」という本能があるという仮説に基づきます。この本能がある限り、結婚式や葬儀をはじめとする儀式は永遠に不滅です。また、社会や人生が合理性ばかりになると人間の心は悲鳴を上げます。冠婚葬祭などの儀礼を通じて、目に見えない「縁」という抽象的な概念を実体化し、喜怒哀楽の感情を分かち合うことで心の平穏を保つことができます。人類の普遍的文化儀式は人種・民族・宗教を超え、太古から続く人類の普遍的な営みです。わたしは、儀式を「人類を幸福に導く最古の科学」と捉えています。

「なぜ日本でスタートアップが育たないのか」では、日本の金融が発展したのは明治の開国以降だと考えると、確実にリターンがある領域にしか投資してこなかったという見方もできるといいます。鉄鋼や鉄道、造船のように、短期間のうちに欧米に追いつかなければいけないという状況下で、確実な成長がある分野に超長期の産業融資を行うことが求められてきた。そういう意味で言うと、比較的楽な時代の資金提供を担うことで発展してきたというわけですが、山口氏は「ところが、ここ30年ぐらい、どんなものが世の中で大きな価値を生み出すのかが読めない時代になっています。その中で資金提供を行うというのは、初めてのアメリカ的な形での投資・融資というものが求められる局面に入っているという言い方もできますよね。アメリカのベンチャーキャピタルのロマンティシズムとかスピリッツを導入するのは難しいかもしれないけれども、これも歴史に学んで現状理解、メタ認知をしてほしいという話ですよね」と述べるのでした。

「ドラッカーが称賛した明治維新」では、ピーター・ドラッカーが「世界中の歴史を見て最も成功した社会変革の事例は日本の明治維新だ」と述べたことが紹介されます。ドラッカーは経済学者といわれていたけど、本人は社会生態学者を名乗っていて、そういう研究をしていたわけです。なぜ、明治維新は成功したのか。ドラッカーは、その要因の1つに、藩ごとに教育制度や政策が異なる分権的な社会でありながら、共通項もあったことを挙げています。つまり、藩ごとに教育制度や政策が異なるために、倫理やリーダーシップ論などについて絶妙な多様性があった。また、制度や組織の多様性があった一方で共通項もある社会だったからこそ、近代化という共通目的のもと、多士済々が集まって分権的な試行錯誤ができたことで、世界に類を見ないような短期間での近代化を成し遂げることができたんだと。山口氏は、「その共通目的を持てたということの背景に、中長期的合理性に対するセンスがあったという見方はできますよね」と述べます。

30「確変する世界で求められるエリート像」の「本質的な決定を下す力」では、生成AIが長足の進歩を遂げるなか、ホワイトカラーの仕事も大きく変わっていくといいます。確変する世の中で、求められているのは、暗記が得意だったり、与えられた問題に正解できる能力ではない。そもそも近代以降、国家や組織は細分化と専門化を進めてきました。分業制によって専門性を極めることで生産性を高め、問題を解決してきたとして、深井氏は「残っている問題は、環境問題にしろ、世界の平和にしろ、どれも1つの学問領域や1つのプロフェッショナリズムだけで解決できるような類のものではなく、より学際的、横断的な総合判断が求められています。その学際的、横断的な知の土台となるのが、人文知です。いま、この世界でこの瞬間、この日本において、現状や環境を理解できる「人文知」をもった人、エリートが求められているのです」と述べるのでした。

本書は面白い対談本でしたが、明らかに1人の発言が長すぎて、「これは相当に加筆したな」と思わせる箇所が多々ありました。あと、人文知といいながら、歴史学以外への言及が少なく、深井氏が手掛けている歴史をデータベース化するというビジネスの宣伝臭がしたことも事実です。それでも、AIが爆走する社会における「人間の生き方」を示した名対談であり、特に「人類は『儀式』をしなければ合意形成できない」というメッセージはとても心に染みました。