No.2477 小説・詩歌 | 読書論・読書術 『夏帆 The Tale of KAHO』 村上春樹著(新潮社)

2026.07.08

夏帆 The Tale of KAHO』村上春樹著(新潮社)を読みました。著者3年ぶり、16作目の長編小説です。女性を主人公にした初の長篇小説でもあります。あいかわらずの不思議で魅力的な物語で、福岡空港から小松空港へ向かう小さな飛行機の中で読み耽りました。

本書の帯

本書の帯には木彫りのありくい人形の写真が使われ、ありくいは「あなたは武蔵境に越さなくてはなりません。それも今すぐに。」と言っています。また、「私はこの世界の出口を見つけなくてはならない――。」「女性を主人公にした初の長編小説。」と書かれています。

本書の帯の裏

帯の裏には「この男はいったい何を告げようとしているのだろう?」「『正直いって、君みたいな醜い相手は初めてだよ』26歳の絵本作家、夏帆は初対面の男にいきなりこう告げられた。とびきり美しくも賢くもなく、ただ少しばかり好奇心の強い彼女は、怒りよりもショックよりも、ただ純粋に驚いた――。」「3年ぶり16作目となる最新長編小説」と書かれ、木彫りのジャガー人形の写真が使われています。

アマゾンには、「正直いって、君みたいな醜い相手は初めてだよ」「26歳の絵本作家、夏帆は初対面の男にいきなりこう告げられた。とびきり美しくも賢くもなく、ただ少しばかり好奇心の強い彼女は、 怒りよりもショックよりも、ただ純粋に驚いた。――この男はいったい何を告げようとしているのだろう? しかしそれから彼女の周りでは、実にさまざまな奇妙な出来事が起こりはじめる」とあります。

わたしは、これまでに村上春樹氏が発表したすべての長編小説を読んでいます。ブログ開設後は新作が発表されるたびに読み、ブログに感想を書いてきました。詳しくは、一条真也の読書館『1Q84』BOOK1&2『1Q84』BOOK3『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』『騎士団長殺し』『街とその不確かな壁』などをお読みいただきたいのですが、わたしは村上氏の長編だけでなく短編集やエッセイの類も読んできました。村上氏が77歳という年齢で、しかも大病をされた後にこのような長編を上梓されたことをまずは喜びたいと思います。

本書は、これまでの村上文学に比べてずいぶんと変わったように思えました。村上文学の特徴として「リアル」と「非リアル」の混在がありますが、本作ではリアルの部分がうんと少なくなって、ほとんど非リアルの物語となっています。つまり、もはや「ファンタジー」と呼んでよいほどにリアルの部分が縮小し、非リアルが増幅しているのです。本作の主人公である夏帆は絵本作家ですが、本作そのものが絵本のような読み物であると感じました。それは、絵本が子どもたちの胸をときめかせて「こころの王国」に連れていくのと同じように、現実に疲れた大人たちをワクワクさせ、そこへ連れていくことができるという意味においてです。

他に気づいた大きな変化では、これまでの村上文学が扱ってきた「死」や「巨大な喪失」という重いテーマではなく、もっと軽やかな物語となっています。村上氏の長編小説には必ず「死者」の気配や「幽霊」の存在が描かれていましたが、それもなくなっています。もちろん、不思議な人物や動物は相変わらず登場しますが。あと、女性を主人公にしただけあって、性的な描写がなくなりましたね。これまでの村上文学は「男性主人公が女性を犠牲にする物語」などと指摘されていましたが、その要素が消えました。

『夏帆』のタイトルを知って最初に思ったのが「女優の夏帆?」でした。最近も一条真也の映画館「四月の余白」で紹介した日本映画で熱演していましたが、わたしは「実在の有名な女優がいるのに、同じ名前だとイメージ上どうなのかな?」と思ったのです。映画化された際に女優・夏帆が主演を務めればいいのかもしれませんが、彼女は35歳です。本作の主人公・夏帆は26歳なので、ちょっと厳しいかもしれません。でも、わたしが抱くイメージとしては2人はよく似ています。

わたしは映画が好きなので、小説の登場人物を説明するとき、よく「映画化されたら、演じるのはこの人」みたいに言うことが多いです。本書の場合は、夏帆と同じ26歳の女優だと、山下美月、吉川愛、永野芽衣などがいます。いずれも美人ですが、ちょっとイメージが違います。他に26歳では、実力派の藤野涼子もいいですが、水嶋凛が面白いと思いました。彼女の母親は斎藤由貴ですが、夏帆の妖艶な母親には斎藤由貴はぴったりです。ここは、斎藤由貴と水嶋凛という本物の母娘に演じてもらうのがベストだと思います。

一方、男優の場合はどうか。物語の冒頭で夏帆に対して失礼な発言をする佐原という「モーターサイクルの男」のイメージは、まっさきにブログ「地獄に堕ちるわよ」で若き日の細木和子を地獄に叩き落す詐欺師を演じた中島歩の顔が浮かんだのですが、彼は身長が184センチあります。でも、文中には佐原について「もう少し身長があれば、あるいは俳優にだってなれたかもしれない」という夏帆のセリフがあるので、背は高くないようです。低身長で30代ぐらいでハンサムな男性ということで、吉沢亮(32)、山田涼介(33)、佐久間大介(32)などはどうでしょうか?

本書はそんなに登場人物が多くないのですが、男性では武蔵境の商店街にある刃物研ぎ専門店「とぎや」の主人。彼は70代で高身長、耳が尖っているそうですが、これはもう酒向芳で決まりだと思いました。ブログ「ガス人間」で紹介したNETFLIXドラマで憩いの場「うみかぜ」の施設長を演じた俳優です。彼も身長が184センチあり、彼の若い頃を演じたのが中島歩でした。それから、夏帆の父親。埼玉県の浦和で小児科医院の院長を務めています。性格が変わってしまった母親に振り回されて疲れているという設定で、年齢とキャラ的に吉岡秀隆(55)、筒井道隆(55)、林泰文(54)などがふさわしいと思います。

なんだか映画化のキャスティングの話になってしまいましたが、実際、本書を読んでいると映画のように情景が映像として次から次に脳内に浮かんできます。登場するキャラクターの中では、ありくいの奥さんが気に入りました。ブラジルの奥地からやってきたありくいの夫婦が武蔵境にある夏帆の借家の床下に住んでいるのですが、その奥さんは「わたくしどもありくいは一夫一婦制を固く守っております。ありくいの世界には、人間のみなさんとは違って、別居とか離婚とかそういうものはいっさい存在しません。一度結ばれれば、死ぬまで別れることはありません。いいえ、それどころか、どちらかがさきに死んでも、結婚生活はそのまま維持されるのです。のこされたものが他の誰かと再婚するなどということはありません。偉そうなことを申すようですが、それは愛に対する冒涜というものです」(『夏帆 The Tale of KAHO』P.47)と述べます。この、ありくいの奥さんの言葉はすべての人間の夫婦に聴かせたいなと思いました。

夫婦だけでなく、本書には家庭についての名言もあります。ありくいの奥さんが語る結婚愛と並んで、この家庭の本質を指摘した文章は、わたしの心に深く刻まれました。

 午後の診療を終えて戻ってきた父親と自分のために、夏帆は簡単な昼食を用意した。ハム・チーズ・サンドイッチ、レタスとトマトと胡瓜の野菜サラダ、そして食後のコーヒー。父親はいつもどおりテレビのニュースを見ながら昼食をとった。
「この世の中、まったくろくでもないことばか起こるよな」と父親はニュースを見終えて感想を述べた。
「じゃあ、ニュースなんて見なきゃいいでしょう」と夏帆は言った。
「でもいちおう知っておく必要があるからね」
「知っておくって、ろくでもないことしかこの世の中では起こらない、ということを?」
「そうだよ。それが医師たるものの基本的なつとめだ」
「はあ」と夏帆はあきれたように言った。そしてそれが以前にも交わされたやりとりであることに思い当たった。家庭というのは同じことの緩慢な反復によってそこそこ平穏に運営されていくものらしい。
(『夏帆 The Tale of KAHO』P.306~307)

夏帆と母親との関係は複雑なものでしたが、彼女は父親とは良好な関係を築いていました。それがよくわかる場面があります。村上春樹氏は大のクラシック・マニアとして知られますが、夏帆の父親もクラシック音楽を好み、その古いLPレコードを収集していました。

 夏帆はコレクションの中からパブロ・カザルスの指揮したバッハの『ブランデンブルク協奏曲』の、ボックス入りアルバムを選び、一枚をレコード・プレイヤーに載せ、針を落とした。夏帆はクラシック音楽にはとくに詳しくないけれど、そのレコードは昔からとくに気に入って、一人で時折聴いていた。『ブランデンブルク協奏曲』は有名曲だから、多くの演奏家が取り上げて演奏しているが、本職はチェリストであるカザルスの指揮する盤ほど、じかに心に呼びかけてくる演奏を夏帆は耳にしたことがない。
 小学校高学年の頃のことだったろうか。居間でこのレコードを聴いている父親に向かって、その音楽に対する感想をふと口にしたことがある。「この演奏はずいぶん力強いけれど、同じくらいずいぶん優しいよね。柔らかな栗色の毛並みの、たくましい熊さんみたいに」と。
 そう言われて、父親はちょっと驚いたように夏帆の顔をしばらく見ていたが、その感想に対してとくに意見は述べなかった。ただ小さくこくりと肯いただけで、そのまま目を閉じて音楽に聴き入っていた。でも夏帆にはわかった。自分が口にした意見を父親は本当はけっこう嬉しく受け止めているのだということが。彼は生来耳を深く傾ける人であり、多くを語る人ではなかった。
(『夏帆 The Tale of KAHO』P.300~301)

不思議かつ厄介ないろいろなことが一応の解決を見たとき、夏帆はしばらく滞在していた浦和の実家から武蔵境の自分の家に帰ります。そのとき、父と交わした会話がすごく素敵で、わたしはちょっと感動してしまいました。

「この先、もし何かあったら電話をしてね。手伝いに来られると思うから」
「ああ、ありがとう」
「で、お父さんの身体の具合はどうなの? ちゃんと定期健診とか受けている? 医者の不養生ってこともあるし、なんとなく心配なの」
 父親は笑った。「ああ、年に二回、総合病院で知り合いの医者に診てもらっているが、問題がなさ過ぎていつもあきれられる。今のところべつに心配しなくていい」
「よかった」と夏帆は言った。父親はもうひとつ体調がすぐれないとシロアリの女王は言っていた。でもそれは私をおびやかすためのでっち上げだったのだろう。おそらく。しかし丸っきりの嘘というのではないかもしれない。シロアリの女王が口にする真実と嘘との境界は曖昧でわかりにくいものだ。
 夏帆はあらためて父親の顔を見て言った。「これからも、いろんなことがうまくいくといいね」「ああ、いろんなことは、だいたいいつもじゅうぶんうまくいっているけどな」と父親は言った。幸福な人だと夏帆は思った。何はともあれ感心しないわけにはいかない。古いLPレコードで聴くブラームスの『クラリネット五重奏曲』がよく似合っている。
(『夏帆 The Tale of KAHO』P.347~348)

最後に、村上氏はなぜこのような奇妙な物語を書いたのか? それは、ドイツの哲学者であるヴァルター・ベンヤミンの「善き物語」という考えを小説で提示したかったからではないでしょうか。ベンヤミンは、エッセイ『物語作者―ニコライ・レスコフの作品についての考察』(1936年)で、「善き物語には、必ず何かしらの有用性が含まれている」と論じ、真の物語は聴き手に教訓や助言を与え、経験を伝達する力を持つべきだと主張しました。『夏帆 The Tale of KAHO』には、ありくいの奥さんが夏帆に向けた「これはあなた自身の物語であるからです」という発言が出てきます。ありくいの奥さんは、「ですからあなたが必然的にその世界の中心となります。そして善なるものも悪しきものも、善でも悪でもないものも、等しくあなたのもとへ押し寄せてきます。ほら、こうしてありくいも参りますし、ジャガーも現れますし、シロアリの女王もやってきます。あなたがそれらのものを引き寄せるのです。そしてあなたは押し寄せてくるそれらのものたちの中から、あるものは進んで受け入れ、あるものはきっぱり排除しなくてはなりません。それは中心人物であるあなたが引き受けなくてはならない責務なのですーー諾か否かを判別し、それを善き物語へと導いていくこと、それがあなたの役割になります」(『夏帆 The Tale of KAHO』P.158)と書かれています。77歳の国民的作家が書いた16冊目の長編小説には明らかに「善き物語」の有用性があります。これからも村上氏がお元気で「善き物語」を書き続けてくれることを七夕の夜に祈りました。